ＧＸを左右する設備廃棄、独禁法への留意が課題に【江田覚】

『公研』2023年8月号 「issues of the day」 政府は経済・産業のグリーントランスフォーメーション（ＧＸ）を重要政策と位置付けた。企業にとっては、温室効果ガスの排出削減に向けた新規投資とともに、既存設備の縮小や廃棄が課題に上がる。設備廃棄では業界内外における調整を求められる一方で、同業間で情報を共有する場合、独占禁止法に抵触する恐れがある。該当する重厚長大メーカーにとっては留意が必要となる。 政府が２月に閣議決定した「ＧＸ実現に向けた基本方針」で、２０５０年のカーボンニュートラルをめざし、官民合わせて10年間で１５０兆円を投資していく計画を示した。ＧＸ推進では、グリーンな設備や技術、運送手段の導入が注目されるが、こうした新規投資とともに目を向けるべき取り組みがある。それは、排出削減が困難な老朽化した設備（レガシー設備）の縮小や廃棄である。 設備廃棄、広域の調整が不可欠 特に、レガシー設備の廃棄が課題になる業態が、化学や鉄鋼などの重厚長大産業だ。化学業界では、基礎化学品の供給過多が続き、国内９カ所に15存在する石油化学コンビナートへの再編圧力が高まってきた。鉄鋼業界では、高炉から相対的に温室効果ガスの排出量が少ない電炉に転換する動きが加速している。 こうした従来型の設備を縮小、廃棄する場合、関係者間の緻密な調整が欠かせない。 例えば、エチレンを中心とする基礎化学品は、国内では供給過多の状態が恒常化している。化学メーカーにとって、利益率が相対的に低い基礎化学品の国内での生産調整が課題になる。ただし、基礎化学品は半導体、自動車などの製造業にとって欠かせない素材であり、技術革新によって用途が今後、多角化・拡大する可能性もある。このため、各社は国内生産の縮小を検討しながらも、業界として内需に見合った供給力を維持することを期待され、上下流の取引先を含めて調整することが重要になる。 また、コンビナートや高炉などは、多数の取引企業が協業で運営され、地域経済と雇用を支える存在である。設備の縮小・廃棄に当たっては雇用に配慮し、地域社会と緊密に意見交換することが求められる。 公取委への相談と事例蓄積が焦点 このようにレガシー設備の廃棄は業界内外の調整を求められる。その過程で競合企業同士の情報共有が発生する場合は、独占禁止法の観点から細心の注意を払うことが不可欠になる。競合間の情報共有は、競争手段の制限や新規参入の制限といった競争制限効果をもたらす恐れがあるためである。 公正取引委員会は３月に策定した指針「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」で、事例の一つにレガシー設備の廃棄を取り上げ、独禁法違反への注意を求めた。指針は、競合企業同士が「独自に判断することなく、相互に連絡を取り合い、廃棄する時期や廃棄する対象を決定」した場合、独禁法上の問題になると明記している。 この指針に対し、製造業界には「レガシー設備を廃棄する過程での情報交換は避けがたい」といった懸念が目立つ。企業がアンモニアや水素など次世代燃料を活用した新設備に共同投資し、新設備の稼働に合わせてレガシー設備を廃棄する場合、情報共有が発生する可能性があるという。ある産業団体は、設備廃棄に関する情報交換が一律に独禁法違反とみなされる場合、新規設備への巨額投資が難しくなると指摘している。 こうした民間の懸念を踏まえ、公取委は、ＧＸを目的としたレガシー設備の廃棄や新設備への投資などについては、個々の状況を勘案して判断していく意向だ。政府も６月に閣議決定した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画２０２３改訂版」（成長戦略）で、「（ＧＸ実行は複数企業の連携が重要であることから）国際的な競争状況も踏まえ、設備の共同廃棄（中略）等における独占禁止法に関する課題について、事業者等の取組を後押しする対応を検討する」と言及。政策的に対応する構えを見せた。 ただし、公取委は現行の指針では、詳細な判断基準を示していない。このため、企業は当面、同業間の情報共有が起きそうな場合、公取委の相談制度を活用し、積極的に公取委の考え方を確認していく姿勢が必要になる。 相談によって事例が蓄積されれば、指針は更新されていくはずだ。結果的に企業の予見可能性は高まり、経営判断の障壁は低くなる。企業と公取委の間で相談・事例蓄積が進むかどうかが、ＧＸを推進するうえで焦点となりそうだ。 そして、公取委による判断は当該企業だけではなく、関連する業界や自治体に影響が及ぶ。周辺産業・地域の利害関係者も動向を注視することが求められるだろう。 デロイト トーマツ グループ ＤＴＦＡ インスティテュート主任研究員 江田 覚