エネルギー・原子力政策の再構築【遠藤量太】

『公研』2023年10月号「公研セミナー」 公研セミナー第719回 資源エネルギー庁 大臣官房 総務課 参事官 遠藤量太 えんどう りょうた：1977年北海道出身。2001年京都大学経済学部卒業後、経済産業省に入省。資源エネルギー庁電力・ガス事業部原子力立地・核燃料サイクル産業課原子力立地政策室長、原子力広報室長、原子力技術室長、原子力政策課長などを経て、23年７月より現職。 自由化後のエネルギー産業 遠藤 今日は「エネルギー・原子力政策の再構築」というテーマでお話ししていきます。最初に強調させていただきたいのは、今回の講演や資料の内容は、私の個人的見解であって所属する組織等の見解ではない、ということです。ただし、私も拙いながらエネルギー政策にずっと関わって参りました。今日はその経験を通じて、自分なりにもがきながら感じたことや考えてきたことをお話ししていきます。そして自分なりのエネルギー・原子力政策についても提言をしていけたらと思います。 本編に入る前に少し自己紹介をさせてください。私は２００１年に経済産業省に入省し、05年に資源エネルギー庁の電力・ガス事業部政策課の法令班長を命じられました。当時は「第３次電力自由化」が終わった後でした。第４次をやるのかどうかという端境期でしたが、ここで初めて電力行政に携わることになります。 この以前から、自由化ＶＳ規制維持という二項対立の構図は厳然として存在していました。当時の政治的な権力関係で端的に言えば、役所と電力業界（電気事業連合会）は、自由化をめぐって鋭く意見が対立していました。私自身も電力に関わるようになってからというもの、この対立の根本的な背景には何があるのだろうかと関心を持つようになりました。電力自由化については、後ほどじっくりとご説明いたします。 そこから電力自由化ではなく、特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律（最終処分法）の改正に携わりました。これによって、超長期ウラン廃棄物（ＴＲＵ：Trans Uranium） も最終処分の対象に加わることになります。単一変換と呼んでいますが、海外で再処理を行うことで濃縮度を増した高レベル放射性廃棄物に置き換えて、日本に持ち帰ることが可能になりました。 また、六ヶ所村の再処理工場で核燃料の再処理を行うときは、電力会社が日本原燃に委託します。当時はこの際の引当金は、外部資金で賄わなければならないというバックエンド法──今はありません──がありました。ここをテコ入れして、30年分割で納付できるようにするといった法改正を行いました。テクニカルですが、実はとても重要な改正を手伝わせていただくことになりました。 ここから本格的に原子力の世界に関わり出すようになって、ウラン２３８とウラン２３５の違いなどについても、このときから勉強するようになりました。 東日本大震災が発生した２０１１年当時は、大臣官房で法令審査の手伝いをしながら、いろいろエネルギー法制を見る経験を積んでいました。震災後は、原子力損害賠償支援機構法に携わることになります。端的に言うと、あのとき東京電力はそのままでいくと破綻してしまって賠償金のお支払いができなくなる状況にありました。それを国が賠償支援機構を原子力賠償法に上乗せするスキームをつくり、この危機を凌ぐことになったわけです。 この法改正後に、私は賠償支援機構に出向することになりました。さらには賠償支援機構が出資する東京電力に、株主組織の一員という立場で経営に足掛け４年くらい携わらせていただくことになりました。私がメインでやっていたのは、賠償と廃炉をどのようなかたちでうまく進めていくべきかといった負担の枠組みづくりでした。こうして賠償と廃炉にひたすら取り組む４年間を過ごすことになりました。ですから私の役割はどちらかと言えば、電力業界の合理化や再編などからは距離があったと言えます。 本省に戻り、福島復興推進グループに配属されて、今度は経済産業省大臣官房のほうから廃炉・賠償をやることになりました。それからエネ庁の電力ガス事業部での最初の２年間は原子力基盤室長として、原子力発電所の再稼働を進める仕事に取り組みます。具体的には、新規制基準の審査に通った原子力発電所の再稼働に取り組む電力会社のサポートです。技術、資金、人的側面のいずれにおいても原子力発電所を動かすハードルは格段に上がりましたから、国として支援できるところはお手伝いしようというものです。 原子力立地政策室長も２年間務めました。全国の原子力立地自治体を回って、自治体のご要望をつぶさにお伺いをしながらニーズにお応えをしていくという仕事を電力会社と二人三脚でやらせていただきました。 この２年間は、原子力政策課長として、今回の原子力基本法や電気事業法などの改正に取り組みました。気がつくと、ほぼエネルギー、特に原子力しかやっていない役人人生を歩んで参りました。ですから私は、電力の世界で何かやらかすようなことがあると、役人としては他にもう使い道がないとも言えます（笑）。 そもそもの自由化の目的とは それでは本編に入ります。まずは自由化後のエネルギー産業についてご説明していきます。今日は電力自由化の問題点についても指摘していきますが、私は必ずしも自由化自体が「ダメだ」と言いたいわけではありません。どういう目的で自由化が進められてきたのか、現状はどうなっているのかといったことを論理的に考え直すことが必要だと思っています。自由化を進めるという一つの政策判断がなされた結論は否定しませんが、やる以上は補完が必要だというのが私の基本的な立場です。 ストーリーの最初として、そもそも何を、何の目的で「自由化」がなされたのかを、経済成長論、産業政策論、企業収益論それぞれの視点から振り返っていきます。 世界に先駆けて電力の自由化が進められたイギリスやアメリカでは、どういった契機で開始したのか。日本はそれらの先行例に倣って自由化したわけですが、今どういう状況が起きているのか。こうしたポイントを考えるために、エネルギー政策の歴史を少し振り返って、今まで何をやってきたのかをおさらいしてみます。こうした点を俯瞰することで、エネルギー政策は何をすべきなのかが見えてくるのではないかと思います。 今日は公益事業に従事されている方々にご出席いただいています。しかも、資本投下の規模が大きい事業に関わっておられる方が多いと思います。電力会社は特にその規模が膨大です。東日本大震災当時の東京電力のバランスシート（ＢＳ）を見ると、アセットで10兆円を超えていました。震災直後には「東京電力は破綻処理すべきだ」という政治的な声が上がりました。しかし、あのときに破綻処理できたのかと言えば、それはムリだったと思います。ＪＡＬ（日本航空）のＢＳを比べてみましたが、東電は多くの項目で10倍以上の規模がありました。もちろん、最大の理由は迅速な損害賠償の実施なのですが、大き過ぎて潰せないという面もあったわけです。当時の日本の公社債市場の６割ぐらいが電力債で、しかもその約半分が東電でした。従って東電がデフォルトを起こした瞬間に、日本の社債市場は大きく混乱して、日本銀行のオペレーションが難しくなってしまう現実もありました。 電力会社の企業規模は、そのぐらい大きいわけです。戦後のいろいろな経緯を通じて、さまざまなかたちで民間の活力を活かしながら、ある程度規制も導入しながら電力会社は大きく成長しました。しかし、大震災を契機として電力会社は自由化下での競争という転換を迫られることになった。 経営から中長期的な視点が失われた 震災以降の自由化の大きなポイントの一つは、経営から中・長期的な視点が失われたことにあると思っています。今までの電力会社の方々は、数十年という長いスパンを前提にして電力需要を想定したうえで、電源構成を企画してどのように投資すべきかを考えてきました。しかし、今は会計上から見てもそれが許されなくなってきています。この状況が20年、30年と続いていくことになったら、日本の電力は危機的な状況になっていく可能性があります。そのことを真面目に考えなければなりません。いま我々は今後の電気事業を左右する極めて重要な岐路に立たされていることを申し上げたいと思っています。 それでは、どのような目的で自由化がなされたのかを具体的に考えていきます。ここにはいろいろな議論の仕方がありますが、まずは経済成長論から見ていきます。各国経済の比較分析から、経済成長と相関性が高いとされる要素がわかっていて、次の二つにわけることができます。一つは技術等の外生変化に応じた、生産要素（資本・労働）の「流動性」です。例えば、技術革新やニーズの劇的な変化、あるいは人口がものすごく増えたときに、それに合わせて資本や労働の資源がうまく組み合わされるようになることで、フル活用されることが経済成長にとっては好ましいわけです。 そういう意味では、生産要素の流動性ができるだけ高いほうがいい。バブル崩壊後の日本経済の低成長の原因は、労働市場や金融市場の硬直性・媒介機能不全による「国内での資源組み替えの不全」に求める見方もあります。 二つ目は、要素活用を支える「基本枠組みの堅牢性」です。ただ単に流動性が高いだけではなくて、それを支えるベースとなる教育、社会保障、金融市場などの制度が堅牢であることが重要です。この二つの要素と経済成長は、相関性が高いことがわかっています。 これを電力業界に置き換えて考えてみます。今のエネルギー産業の世界では、市場の規模が大きく変化するような技術的な地殻変動はまだ起きていません。しかし、再生可能エネルギー・分散型電源・水素などの分野では、そうした技術的な飛躍が起きるのではないかという期待がずっとあります。 仮にそういう状況になったときに、旧来型の電力産業から再エネ分散型に資本や労働の資源を移動できるように自由化すべきだというのが一つの論拠です。つまり、旧来型の火力や原子力等に充てていた資本・人材を新しい分野に回すためにも、自由化したほうがいいという発想です。 こうして発電・小売の参入退出規制や価格規制などの撤廃が進められたわけですが、自由化によって①生産要素の流動性の向上、②基本枠組みの堅牢化、③技術革新──などにどれだけの効果があったのかは、これからきちんとした検討が必要です。卸・小売の価格競争によって全要素生産性の上昇にまで繋がっているとはまだ言い切れないのが現状だろうと思います。 コンテスタビリティ理論 次に産業政策論から自由化の目的を見ていきます。産業組織論と言えば、独占禁止法に焦点があたります。独禁法が導入されたばかりの１９５０年代、60年代くらいの古い時代は、カルテルやトラストをものすごく厳格に適用して、完全に監視することを徹底していました。このときによく参照されたのが、ハーフィンダール指数です。ある業界の市場における企業間の競争状態を測るもので、市場占有の度合いを表します。最初は厳格に適用していましたが、次第にそんなに厳しく規制しなくても適正な競争はきちんと働いているという考え方が出てきています。この議論をリードしたのが、米国の経済学者ボウモルたちです。 ポイントになるのは、コンテスタブル（競争が可能なこと）という言葉です。つまり競争が働いた結果、その産業の寡占化が進んだとしても、全体の効率化が進み、価格も抑制されているのであれば、それは好ましい状態であるという考え方です。ですから参入規制を撤廃して、市場による競争に任せた結果、それで寡占化したとしてもそれは容認すべきだと。この「コンテスタビリティ理論」が１９７０年代から80年代にかけての公益事業の規制緩和論の流れをつくった、と言われています。 この理論にもとづいて自由化が進められます。電力、航空、鉄道や電気通信産業のような公益事業ですら、参入退出規制は不要であって規制緩和すればよいと考えられるようになります。極論すれば、下水のようなインフラも参入への規制をなくして民間に競わせたほうが、価格も下がるし効率化するというわけです。 これを徹底してやったのが、イギリスのマーガレット・サッチャーです。アメリカもそれに続いたわけです。ちなみにアメリカの場合は50州それぞれで制度がすべて違っています。公益事業の規制緩和という流れができている州は、電力も自由化がどんどん進められました。しかし、実際には航空産業も電気通信産業も完全なコンテスタブルな市場で完全に調整が働くわけではなかったので、再規制が必要だとも言われています。 参入企業数で評価することはおかしい？ 日本にもこうした理論が80年代後半から90年代にかけて入ってきました。出羽守という言い方があるように、我々は「イギリスでは…」「アメリカでは…」という議論をしがちですが、日本の自由化も欧米の先進事例に倣って導入された面もあります。日本でも最初の電力自由化として、電気事業法の改正が行われることになりました。 日本の自由化が欧米の前例に倣ったものなのであれば、その評価指標は寡占度や参入企業数ではなく、あくまでも潜在競争圧力による価格抑制効果で測るべきです。自由化の目的は経済厚生の拡大にこそあります。 ですから、どのくらい寡占状況が改善されているのか、参入企業数は増えたのか、といった点だけで評価するのはおかしいのです。端的に言えば、コンテスタビリティ論の前の時代、つまりは独禁法が導入された頃のオールドスタイルな議論が日本では行われている面もあるかもしれません。したがって自由化の評価軸は、電気料金が下がって消費者余剰が増大したとか、より良い電力サービスが提供されるようになったかどうかといったポイントであるべきです。政策評価において、参入した企業数で自由化を評価している議論には疑問を感じています。 自由化はあらゆる産業において正しいわけではない 経済学的視点で考えれば、自由化であれ規制維持･強化であれ、すべての国のあらゆる産業に普遍に妥当し得る基本原則や価値軸に足り得るモノはありません。丁寧に見ていくと、産業というのはどれもすべて違っていて、難しい要素がいっぱいあります。特に電力の場合、固定費がすごく大きいという特徴があるし、ファイナンスの期間も長くなります。今のある一時点を切り取ったときに限られた資源をフルに使えていても、中長期で見ていくと大きく変化する可能性があることも考慮しなければなりません。これを動学性（経時的変化）の議論と言ったりします。 それから、外部性（公害等の不経済や産業集積等の正の効果）の面でも、電力は単純化できないところがあります。例えば、核燃料の再処理や最終処分は、一社だけではなくて共同でやっています。公害、それから今ではＣＯ２の取り扱いも大きな問題になっていて、そうした不経済を評価軸にどうやって読み込むのかは、かなり難しいところがあります。 それから情報の非対称性をどう考えるのか。例えば、電力が寡占状態にあるとして、◯×電力が集中的に情報を掌握している状況になっているとします。そうすると、◯×電力はその情報力を駆使することで、より規模の小さい電力会社に対して圧倒的な優位に立つことがあり得ます。こうした情報の非対称性に対する評価軸も必要になる。 電力産業で喩えてみましたが、他の産業でも個別の構造に応じた政策とその評価が求められるわけです。一定の規制が効果的な場合もあるだろうし、その撤廃が有効なこともある。状況はとても難しいにも関わらず、「自由化はあらゆる産業において常に正しい」という理解が社会のなかにも広く存在しているように思います。 実際は、あらゆる産業にあてはまる定性的な政策や価値軸といった概念はすでに存在しません。そういうシンプルな経済理論をすべてにあてはめるのではなく、個別につくり込んだ産業政策が必要なんです。スーツに喩えれば、テーラーメイドの団業政策が求められる時代がすでに到来しています。私が大学で学んでいた２０００年前後の時代で、すでにそれは当たり前の前提とされていました。 自由化ＶＳ規制維持という対立構造はとてもイメージしやすいですが、これは経済学の理論的な背景がある主張だけでなく、ある哲学にもとづく政治的判断と言う側面もあると思います。率直に申し上げて、東日本大震災後はそういう側面があったことは否定できないと思います。それがいいか悪いかという価値判断は、別です。電力会社がエネルギー供給をずっと独占していたことで、「いろいろな政治的な弊害が出ている」「みんなで参画することが正しい」といった主張を実際に私も聞きました。 すべての経済主体に参入退出の機会が保障されていることは、経済的な成果にかかわらず尊重すべきという考え方があります。自己決定論的な法哲学の領分に属する話ですが、規制をつくる際には共有されています。ＥＵはその典型的な例です。フランス国営の電力会社ＥＤＦは、フランス全土を垂直一貫で独占していましたが、ＥＵ域内で共通する参入退出規制をなくすというルールに従うことになりました。ＥＵ域内の企業がフランスに参入できるようになりました。ドイツも含めてＥＵ加盟国は同じルールを受け入れています。 後発のものを含むイコール・フッティング（競争の条件を平等にすること）の保障は、ＥＵでは大前提となる考え方です。ＥＵ域内で一つの大きなマーケットを持つことで経済的な合理性を図ろうという一つの議論はありますが、どちらかと言えば、法哲学的な論拠を重視していると感じます。こうしたＥＵのやり方は、別に否定されるものでもなく、一つの価値判断としてあり得ることです。 生じた問題を手当てするのは政策の責任 次に企業収益論の観点から考えていきます。先ほど、労働移動が促進されることが自由化の大きな狙いの一つであるとご説明しました。しかし、実際にはそう単純ではありません。自由化されたからと言って、どんどん渡り鳥のように企業を移動するわけではありません。 なぜなら、企業からすればやはりある程度は人を抱え込んで中長期で育てなければ、人的資本は形成されないからです。労働力を完全に囲い込んでしまうことも問題ですが、時間を掛けて育てなければ、収益性は上がっていきません。あえて申し上げると、日本の社会保障や金融市場の制度など社会的な仕組みは、アメリカのように雇用の流動性が高いことを前提にしたものには現状ではなっていません。自由化によって生産要素の流動性を高めても、それでいきなり企業収益が上がるかどうかは別問題です。ここもファクトとして指摘されています。 エネルギー、特に電力分野において自由化をやっていくのであれば、生産要素の流動性を高めることで生じてくる問題にも焦点を当てる必要があります。現状では、問題への補完の仕組みも必ずしも十分でないまま、企業の意思決定スパンを短期化させる結果ももたらされています。ここを真面目に見据えて、生じている問題をどのように手当てすべきなのかを考えていくのは、政策の責任であるというのが私の問題意識です。 電力会社から失われた「削りしろ」 それでは、どういう問題が起きているのか。まず挙げられるのが、申し上げたとおり、電力会社の意思決定のスパンがどんどん短期化していることです。電力会社は域内供給を全掌しつつ、将来の需要予測に合わせて電源の設置や系統整備を計画的に行ってきました。中長期的な経営視点から最適な設備投資を企画してきたわけですが、自由化以降は、意思決定可能なスパンがどんどん短期化しています。したがって、中長期で費用回収をしていくような巨大な設備形成ができなくなってきています。 その背景にはさまざまな要因があります。これは電力会社によって問題意識は違うのかもしれませんが、私が話を聞いてきた感じで言えば、会計上もそうした経営スタンスを取ることが難しくなってきたことが大きな理由になっています。過去の総括原価方式、地域独占、垂直一貫が正しかったかどうかという価値判断は置いておいて、かつては事実として投資回収の長期化やバッファー（削りしろ）が容認されていました。一定の電気料金が算定期間で認められれば、需要が大きく減っていかない限り、投資回収は確実なところがありました。そのために、効率化をどんどん推し進めようという意識はあまり働かなかった反面、ある程度のバッファーの削りしろもあったと思います。 私の諸先輩たちからは、90年代初頭ぐらいまでは電力会社が経済対策の一翼を担っていたという話をよく聞きました。例えば、景気が悪くなった際に補正予算をとって国が経済対策を打つとなったときに、電力会社も協力して、送 配電網の更新やメンテナンスを予定より繰り上げて実施することが行われていたと。例えば鉄塔のペンキを塗り替えたり、電線を張り替えたりすることで、地域の方々にお金が降りる仕組みがあったわけです。 ある種、国の予算の一環のようなかたちで、巻き込まれていたと考えることができます。逆に言えば、それぐらいのバッファーが社会的に容認されていたという環境があったと聞いています。私が入省した２０００年初頭の時点では、そうした余裕はすでに失われていました。 投資回収を長期化できていたことは、キャッシュ・フローの面でも大きな強みになっていました。安定的に社債の償還ができるし、しかも一般担保という仕組みもあったこともあって、低利で調達することができた。これが圧倒的に有利でした。さらには、潤沢なフリーキャッシュフローによって、社内金融（部門間の順繰りで更新投資）が可能になっていたことも好循環を生んでいました。例えば、東京電力は、二重の外輪線を持つ巨大な送電線網に莫大な投資をしていますが、減価償却の期間は、償却費が入ってくる。 それがフリーキャッシュフローを生んでいました。そのため社内金融というかたちで、外でそこまでお金を借りなくても社内でお金が調達できた。東京電力はその余力があったので、柏崎刈羽という７基の発電施設を持つ世界最大の原子力発電所の建設をファイナンス的にこなしていける現実があったわけです。ですから巨大な送配電網、発電設備などの部門間の資金の順繰りをやっていくことで、全体として効率的に回していく仕組みができていたことは大きな強みになっていました。 さらには、東京電力は域内の将来における需要の伸びをすべて掌握したうえで、効率的な設備投資を計画できていました。当時は、経済成長と電力需要の伸びは完全に一致していましたから、需要が伸びていく地域を見極めて、その地域全体にとって一番効率的に送電線を引くことを計画的にできていました。 ただし、問題点を指摘すると、バランスシートの膨張にはある意味で無頓着だったところがあって、非効率部門が温存される弊害があったことも指摘されています。それから、規制に守られた電力会社がそれだけの規模の決定権限を持つことが政治哲学的には「問題だ」という意見もありました。大震災以降、電力会社はこうした弊害を政治的にも追及されることになりました。 会計ルールによる圧力 自由化以前の電力会社には、長期的な視点に立つことができることで得られたさまざまなメリットがありました。しかし、自由化で価格競争に晒されることになると、それらの持ち味が失われていきます。 少し極論化したかたちでの説明になりますが、自由化で電力経営に何が生じたのかを見ていきます。まずは投資回収の短期化圧力が生じます。中長期で投資していても、いつ回収できるかわからないのだから、とにかく早く回収すべきだという圧力が働きます。これは企業一般に当然あることですが、手持ちのキャッシュを増やそうとするわけです。そして、ＲＯＡ（総資産利益率）を高めるためにバランスシート上のアセットを圧縮しようと考えるようになり、遊休火力発電所などの不稼働資産の除却圧力が働きます。遊休火力は通常は運転していないが、非常時に備えてバックアップ的な役割を果たす発電所です。けれども、どうせ使わないのであれば、廃止すべきだという発想になります。石油火力などはすべて潰してしまってかまわないという判断がなされました。 総括原価方式ではなくなりましたから、稼働率が低くて収益性のない遊休火力は資産として認識することも難しくなります。株主や監査法人からもアセットから落とすことを求められるようになります。「他の企業はそんなムダな工場などは持っていない」と言われれば、それはその通りではあるんです。したがって、会社の意思決定以上に会計ルール上なかなかそういうバッファーを持てなくなる。 それに、利益に対して資産が大きいままだと、社債や長期借入の条件は当然悪化します。以前に世界中で社債などの格付けをやっている会社がどのような基準で、格付けを決定しているのかを調べたことがあります。大震災以前の東京電力はそれなりに高い評価を得ていました。 電力が自由化されたヨーロッパの電力会社は、有利子負債に対して営業利益で何年で返せるかを示す債務の償還年数をすごく厳しく見られていました。そのため格付け評価も低いわけです。同じ基準を日本の電力会社にあてはめると、ものすごく格付けが悪くなる。 けれども当時、東京電力を始め電力各社は、それなりに良い格付け評価を得ていました。なぜなら、総括原価方式による将来の回収保証があると、50％ぐらい下駄を履かせて評価することが合理的であると判断されていたわけです。社債と株とではパターンは違うでしょうが、格付け会社はファイナンスの理屈を合理的に決めていました。 けれども自由化後は、下駄を履かせることはできませんから、借入の条件が悪くなって、社内金融の余力もなくなっていきました。 短期的な収益を最優先するのは自然 さらには域内の電力需給は、他事業者の参入で他律的に決まる面も強まりましたから、中期需給見通しに合わせた発電・送配電の「すり合わせ投資」は困難になりました。 太陽光発電が大量に導入されましたから、その発電量がどのくらいあるのかによって、全体の電力需要が決まることになりました。そうなると全体量を計画的に見積もることが物理的に困難になっている。かつてのような発電・送配電のすり合わせ投資もなかなか難しい。 そうなると電力会社からすれば、「安定供給のためにちゃんと投資しろ」と言われても、なぜそこまでのリスクをとる必要があるのか、自由化されたではないか、という発想になるのは自然です。借金をして長期で回収するような投資などはせずに、せいぜい２、３年先ぐらいの収益を最大化することを最優先にした経営判断がなされるのは自然のことですよね。将来のＰＬ（損益計算書）が読めず、収益率も低いのにキャッシュフローに負担がくるような投資は止めておこうと考えるのが普通になってくる。 自由化をめぐる議論では、市場競争下では、事業種や電源種の淘汰選別が働いて、将来的にも最適な供給力の調達がなされていくだろうという主張もなされていました。将来の需要については、過去のプロファイルや先物市場によってある程度の期待形成がされて、それによって現物の企業が判断をして、設備投資を行うと。現在のところ、そうしたサイクルは十分には機能していません。 むしろ電力規制を強化すべきだった？ それまでの電力会社は、域内の需給両面での調整を独占的に担ってきました。けれども、東日本大震災の際は「一般電気事業者が、供給区域内の需給両面の調整を、中長期・短期とも専ら担う」との従来の制度前提が、有事には限界を露呈したことは事実です。私は、震災以前の電力制度において、ここが一番反省すべき点だと思っています。 私は八王子の先の高尾に住んでいます。23区内は計画停電しませんでしたが、私の住んでいるエリアは停電することになりました。「なんだ！ 三多摩格差か！」と怒ったことを今でも覚えています。あのときは０・５合くらいのお米を炊いただけの商品がスーパーでは８００円の値段が付けられて売られました。「何だ、これは！」と驚愕しました。そういう苦しみを味わった身からすれば、こういうことがあってはならないと痛感しました。 その経験も踏まえて、私は電力制度の改革案を勝手につくっていて、それを当時の担当に投げつけていました。この制度改革案は、自由化ではなくてむしろ電力規制を強化する案でした。第三者機関がきちんと需給をチェックして、電力だけに任せずに供給制限令も出すし、供給力を増やすことを命じることもできる仕組みです。電力のさらなる安定供給の確保のためには、そうした客観的で強制的な手段が必要だと個人的には考えました。電力だけに任せるより安定性が増すだろうと。当然そのためには規制強化や透明性の向上が必要になります。 それはともかく、政府は、自由化により電力供給の参画者を増やすことで震災後に見られたような危機を回避できると判断しました。産業政策上はさまざまな選択肢がありますが、当時の判断としては、新規参入者の事業継続を信頼し、「担い手」を増やすこととしたのです。 ちなみに90年代以降に金融自由化（ビッグバン）をやった際も、銀行業法などでは参入退出規制、経営是正、破綻処理スキームが存続しているし、預金保険制度などは一部拡充も行っています。統廃合等の動きと並行して、新銀行の破綻処理を含む預金者保護の発動実績も続いているわけです。実際に足利銀行の破綻処理や新規に参入してきた銀行の破綻処理でも使われています。 金融の自由化と比べ、電力制度改革の場合は、こうした枠組みが整備されていません。大手金融機関の破綻が相次ぐなかで進んだ金融自由化との状況の違いもあるのだと思いますし、良いか悪いかはさておき、法・政治哲学的な視点が強く意識されてできた側面もあると思います。 こうした措置は世界中で普通に行われています。例えば、今アメリカの民主党政権はいわゆるＧＡＦＡに対して独占禁止法に反しているのではないか、と厳しくあたっています。特にドラスティックな法務長官は熱心に取り組んでいると言われています。経済的な利益だけでなく、法哲学的な視点も尊重されているわけです。こういうことは、普通にあり得るので否定はしません。 ただし、実際の将来の安定供給を考えると、電源と送配電の整合性にも配慮した中長期大規模の経済合理的かつ十分な資本形成をする担い手は誰なのか、という問題につき当たることになります。 今のままではそうした機能の担い手の不在が生じかねません。必ずしも市場で調達できるものではないことも明らかになってきています。誰もやってくれないのだとしたら、今の仕組みに対する補完が必要ではないか、というのが私の問題意識です。 図表１は、今回の電気事業法等の法改正に際して参考人として陳述を賜りました山内弘隆先生（一橋大学名誉教授・武蔵野大学経営学部特任教授）のご見解です。山内先生のおっしゃったことは、私が言っていることに近いと理解しています。ポイントになる箇所には下線を引いていますが、マーケットはやはり短期的な視点が基本で、今の時点から見たとき10年先20年先を想定して事業者がどう行動するかというところはリスクがあって実現するのは難しいというご見解をいただきました。 今まで話してきた自由化をめぐる私の見解を次のようにまとめます。「何でもかんでも市場に任せれば良い」という主張は、理論上も、またその後の経験則的にも妥当しません。「自由化は善」「レッセフェールは還るべき自然」なのではなく、あくまでも経済成長、エネルギー政策（Ｓ＋３Ｅ）を実現するための一手段として、目的と対象・範囲を明確化して行うことが必要です。 自由化には効率化圧力等やサービス多様化等の効果がありますが、少なくとも「経営意思決定の対象スパン短期化圧力」は、原子力発電など大規模電源や送配電施設などのエッセンシャルファシリティの安定的な資本形成との関係では、明らかな齟齬も起こしています。「送配電だけ総括原価維持」では、中途半端・不十分だったことが明らかになりつつあります。 自由化に伴う課題が見えてきた以上、「エネルギー政策の実現すべき価値軸」の再定義・明確化を前提に、企業活動を補完するための制度再設計が必要となっています。その考え方については、普遍的な法律レベルで価値軸を再定義するものであると考えています。 エネルギー政策が実現すべき価値 次にエネルギー政策が実現すべき価値について、自律性・外部適合性・持続性の三つの視点からご説明していきます。現状が何とかしなければならない厳しい状況にあることはご理解いただけたのではないかと思いますが、それでは何をすべきなのか。今はそれすらよくわからなくなっているのが現状だろうと思います。 どういう理屈で、何を根拠に何のためにやっているのか？ そもそも、そうした拠って立つ価値軸が明確ではないので、中長期的な手当てや補完ができていない。ですから、まずは拠って立つ根拠となるところを明確化するというのが、今回の法改正で採られた考え方です。これは、資源エネルギー庁の原子力小委員会で委員長をお務めいただいた山口彰先生（東京大学名誉教授・（公財）原子力安全研究協会理事）の問題意識でした。 国家は自律的に立っていなければならない 何を根源的な価値軸とするのか。これは政治の意思決定の領分でもありますから、役人が言うのは僭越かもしれませんが、私なりの解釈としてエネルギー政策において実現すべき価値として次の三つを挙げたいと思います。 ①国家としての資源・技術自律性の確保。国家として資源や技術も含めて自分で立っていられる自律性や強靭性を確保することです、第二次世界大戦も自前のエネルギーで立っていられなくなった状況を打破するために悲劇に突き進んだ現実があります。昨今のウクライナ戦争や台湾有事が起こる可能性を鑑みても、ここは、最優先すべき価値です。 ②社会・環境への持続的な適合性の確保。環境保全、経済活動（企業立地・安定低廉性）などが持続的な適合性を受け入れられるかどうかも重要な価値です。 ③経済性・予見性の確保による持続的で着実な資産形成。社会基盤インフラとして機能させて、同時に安全高度化の保証を達成するためには担い手となる人たちが持続的に投資をしていける経済環境であることが必要です。やはり、ビジネスとして継続していける仕組みを国が整備しなければならないと思います。 例えば「道路を自由につくってください」ということになったらたいへんなことになりますから、そこは国なり市町村がつくらなければならないのと一緒ですね。 この三つの価値軸のなかでも、最初に挙げた国家としての資源や技術の自律性の確保は特に重要です。18世紀にスウェーデンの政治学者ルドルフ・チェーレン──「地政学」の生みの親とされています──は、この考え方をドイツ語でアウタルキー（autarkie：閉鎖経済）という言葉で定義しています。国家を有機体として考えたときに、やはり自律的に立っていられなければならないのではないかという主張は古くからありました。ルドルフ・チェーレンは、国家の経済的自律は、経済政策上の課題でなく、政治的問題であると指摘したうえで、輸入依存を脱した、国家が経済的に自給自足できる状態（autarkie：閉鎖経済）の確立を提唱しています。この提言は、今現在でも重要性は変わらないと考えています。 いま挙げた三つの価値軸を実現するために、具体的なエネルギー政策を実施する際において考慮すべきいくつかのポイントを指摘しておきます。 ①資源賦存・技術優位性の変化。まずは資源ですが、国内には昔は石炭があり今でも水資源には恵まれています。しかし、それ以外の資源が国内にはほとんどなく、化石燃料を輸入に依存していることは、日本のエネルギー政策の大前提になっていることは言うまでもありません。 それから技術の優位性があるかどうかもきちんと見極める必要があります。震災後、太陽光発電が一気に普及しました。確かに資源は輸入しなくても済みますが、太陽光パネルを輸入しているわけですから、技術優位性を持っているとは言えません。技術優位性を持っているかどうかという条件は、大きな変革を行う際には一つの目安になります。 ②社会・環境のニーズの変化。安全や環境意識の高まりや少子化、電化による需要形態がどのように変化していくのか、きちんと見極めることも重要です。 ③ファイナンス環境の変化。需要の不安定化、会計・環境主導での調達条件の変化にうまく対応することも求められます。 ものすごく単純化した議論ですが、こうしたさまざまな要素の変化に対応しながらエネルギー政策が実施されてきました。ここで明治以降の日本のエネルギー政策の歴史を簡単に振り返ってみたいと思います。今指摘した三つの変化にどのように対応して展開してきたのかが見えてくると思います。 日本の電力産業の歴史的変遷 図表２から６は、日本の電力産業の歴史的変遷を図式化したものです。縦軸が規模の経済性を示しています。エネルギー密度、燃料低廉性、入手安定性が大きい電源のほうが安く安定的につくれるので、「規模の経済性」が大きくなります。横軸が社会適合性です。政治的・社会的導入コスト、系統等とのシステム適合性、自然環境への負荷などが横軸の要素になります。社会的に受け入れやすく、なおかつ効率的な電源が理想的です。この図で見れば、第２象限に収まっているのが好ましい。そこにどうやって持っていくのか。それがエネルギー政策のなすべきことであるというのが私の理解です。 それでは電力産業の歴史を辿っていきます。図表３は、明治、大正から戦前までの時代を示しています。最初期の火力発電はものすごく効率が悪くて、街灯にしてもガス灯や灯油に勝ち切れませんでした。１９０７年（明治40年）に最初に建設された水力発電は、山梨県大月市駒橋の駒橋発電所でした。日立製作所の創業者、小平浪平さんが東京電力の前身の東京電燈でやっておられた事業です。駒橋発電所から日本初の長距離の高圧送電が引かれたことで、水力発電に規模の経済性が出てくるようになります。そうした技術が確立されたことで初めて、電力会社がガス灯や石油灯を駆逐するようになり、規模の経済性が大きくなっていきました。 当時は、国家統制によってダム建設が進められました。社会的な適合性などは考慮されずに国家プロジェクトとして強力に推進されましたから、極論すれば「国全体で統合して、すべて効率的に競争なく計画的に送電網も導入してしまえ」ということになりました。 こうして戦前に誕生したのが、日本発送電株式会社です。多くの犠牲者が出たことで知られる高熱隧道の黒部第３ダム、北海道の雨竜第１ダムなどが建設されていきました。とにかく電力を増やしていき、高圧送電線も計画的にどんどん引かれていきました。「水主火従」の時代です。 図表４は戦後から経済成長の時代を表しています。戦後になると、火力発電の技術革新が進み効率性が上がっていきました。最初に火力を担ったのは、石炭でした。ＧＨＱの経済政策である傾斜配分（ドッジ・ライン）を背景にして、国際収支限界での国内炭の開発と活用が強力に進められました。大型送電技術、設備形成、大出力タービン導入など、いずれも技術革新が進みます。 水力発電所も引き続き日本各地で建設が進みます。関西電力の黒部第４ダムなどは、世界銀行の融資も利用して建設されたわけです。ただし水力ダムに関しては適地がなくなっていったこともあって、頭打ちになっていきます。 やがて、火力発電では、石炭よりも石油が普及していきます。石炭よりも石油のほうが流体性が高いために使いやすいわけです。こうしてエネルギー革命が起きたわけです。「火主水従」へシフトした時代でした。 ＬＮＧと原子力を導入した背景 しかし、そこに１９７３年にオイルショックが起きる。その後、日本は、30年かけて石油からＬＮＧ（液化天然ガス）に置き換えてインフラとして入れることを決めます（図表５）。港湾、ＰＬ（パイプライン）などのインフラ整備、さらにはＬＮＧの冷却、輸送などの技術確立も国策として支援します。それからもう一つは原子力です。海外から技術を入れて、日本で効率的に使えるようにしました。原子力はいきなりではなかなか地域の受容が進まないという事情もありましたから、田中角栄さんがいわゆる「電源三法」を整備することで、立地自治体に原子力を受容していただく環境づくりをやったわけです。 石炭も海外炭の活用や、既存のボイラーでも微粉炭化した炭を使えるようなかたちで発電効率を高めていきました。技術政策や政治的な対応なども含めて、いかに効率化して、いかに社会に適合できる電源をつくるか、といったことを追求していったわけです。 先ほど申し上げた三つの価値軸を実現していくうえでは、やはり規模の経済性が大きな意味を持っています。電力需要は増大していましたから、安価な電力を安定的に供給することが要請されていました。それに応えるためには、効率的なエネルギー政策を打たなければなりません。この時代は、世界の地政学的な変化に合わせた技術の革新、それから新しい電源を社会的に適合できるように、政治的に配慮することもきちんと政策として手当てされていたと言えるのではないかと思います。図表で言えば、第２象限に持っていくための政策的な努力が各方面からなされてきたことがわかると思います。 東日本大震災後の変化 それが東日本大震災後にはどうなったのかを示したのが図表６です。福島第一原子力発電所での事故を受けて、脱原発が強く主張されるようなりました。社会的適合性が大きく後退することになりました。また、新しい規制基準が導入されたことで、耐震補強を始めとしてさまざまな追加的な対策が必要となり、規模の経済性も小さくなっているという指摘もあります。 環境対策面でも大きな変化が起きています。いわゆるカーボンニュートラルの観点から、石炭、ＬＮＧ、石油などの化石燃料の使用が抑制されるドライブが働いてきた。そうした環境コストを市場価格に反映させることを、外部不経済を「内部化する」と言ったりしますが、そのために効率性が悪くなってきています。再エネは元々エネルギー密度がものすごく低いのですが、ＦＩＴ、ＦＩＰの買い取り制度を導入することで社会的に受け入れられるように政策的に強く後押ししたわけです。 技術は進歩していますが、太陽光や風力など以外は同期電源であることでは共通しています。水力、火力、原子力のいずれもダイナモをぐるぐる回転させて発電しています。水で回すのか、火を燃やして蒸気を起こして回すのか、原子力で熱をつくって蒸気を起こして回すのかの違いにすぎないわけです。 ちなみに同期電源は発電所が停止してもしばらくは回転を続けるので、すぐには脱落しないように系統全体を守ってくれる利点もあります。２０１８年に北海道でブラックアウトが起きた際には、私も北海道電力の本店で一緒に対応させていただきましたが、あのときも地震が発生して苫東厚真発電所がストップしてもしばらくは持っていました。それがあるかないかで、大きな違いがあります。 大震災以降、太陽光が飛躍的に普及しましたが、それでも同期電源が占める割合は依然として高い。戦前から現在までを振り返ってみると、これまでも電源構成は数十年かけて、少しずつ変遷しています。ただし劇的に変化したわけではなく、石炭、石油、ＬＮＧなどの化石燃料、それから原子力という熱源の推移の範囲内での変化に留まっているというのが私の理解です。したがって集中電源整備、大規模送配電を前提として施設整備を展開してきたわけです。 主たる電源の推移の要因は、以下が挙げられます。①国内資源（水・土地等）の量的・質的限界、②海外での地政学的・経済的な化石燃料価格の変動、③新熱源の高効率な実用化技術の進展（ＬＮＧ輸送・原子力等）、④国民の問題意識（脱炭素等）──。 「電力事業とはファイナンスなり」 こうした諸条件の変遷に対応しながら、どうすれば電力需要を満たすことができるかと、いろいろなことをやってきたのがエネルギー政策の歴史です。ただ、一貫して前提となっている要素があって、それは日本が小資源かつ山がちの地形であって大都市に人口が集中しているという特殊性があることです。それからドイツなどと比較しても日本は人口も多く、経済規模も大きい。 そうすると、やはり大規模かつ長期の資産形成が前提になってくることは、今まで一貫してずっと変わっていません。だからこそ松永安左衛門翁は、「電力事業とはファイナンスなり」ということをおっしゃったのではないか。その根本は、今も基本的には変わっていないのだと私は考えています。 原子力基本法のポイント お話ししてきた日本のエネルギー事情を踏まえ、エネルギー政策において担保すべき政策の枠組みはどのようなものが望ましいのか。ここでは、以下の三つのポイントを指摘させていただきます。 ①資源・技術の自律性とリスクポートフォリオの構築。資源・技術はやはり自律性（アウタルキー）を持っていなければなりません。資源のことを考えるとやはり原子力は必要ですが、それだけに頼るのも不安があります。ですから、再エネも当然使わなければならないし、石炭もある程度は持っていなければなりません。燃料・技術の海外依存度を引き下げつつ、変動に対応する選択肢を複線化することが望ましいわけです。リスクポートフォリオをどういうかたちで持つのか、それを社会にどのようなかたちで受け入れていただくかも併せて考えることが必要です。そのために国は何ができるのか、事業者の方々は何ができるのかを検討します。 ②社会的ニーズの制度的・中立的なビルトイン。環境ニーズ・社会的コストの内生化、事業形態の革新化の推奨。 ③「普遍ルールの明示・制度化」と「変動要素の許容」。ファイナンス面では、中長期で投資をしていくためにも、政策的な一貫性がずっと持続するという見通しが持てることが重要です。普遍的なルールが明示されていれば、これにもとづいてやっていれば大丈夫だという安心感を与えることで、長期の投資をするための資金調達ができるようになります。それがなければ、なかなかお金を貸すことはできません。ですから、普遍的なルールの明示化という制度をまず整えたうえで、それが「社会に必要である」ということを国も制度に則ったうえで説明を尽くす。 以上のようなポイントを踏まえたうえで、具体的に政策に落とし込まなければダメだというのが私の発想であり、山口彰委員長から教えていただいたことでもあります。 昨年夏に原子力小委員会でまとめた中間論点整理についてご説明します。ここでは原子力の開発・利用に当たっての「基本原則」を再確認しています。これは内閣府の原子力委員会（上坂充委員長）でもご説明申し上げて、原子力基本法の改正にも相当程度取り込んでいただいたと理解しています。 原子力が実現すべき価値 今まで申し上げてきたことの繰り返しになりますが、原子力を今後も継続して使っていくための価値基準を「原子力が実現すべき価値（Ｓ＋３Ｅの深化）」として明確にしています。まずは、原子力が何のために必要とされるのかを明らかにしたうえで、その活用の前提として国や事業者が満たすべき条件は何なのかを具体的に提示します。それを変わらないかたちにするために、法令レベルでしっかりと書くことを提言しています。 原子力が実現すべき価値の項目では、「我が国のエネルギー供給における『自己決定力』の確保」と書いています。他の国に依存せずに、供給の自律性を確立することが重要だとあらためて主張しています。そのために国が配慮すべき事案についても、法律にきちんと書くべきだと訴えています。その他、研究開発、ファイナンス面での環境整備、分断しかかっている原子力のサプライチェーンの再構築、立地地域社会への対応など、今日お話ししてきたことを中間論点整理では提言させていただきました。 今回改正された原子力基本法は、それらの提言が盛り込まれたかたちになっています（図表７）。このなかからあらためて強調しておきたいポイントをいくつか抜粋してご説明いたします。 目的にあたる第１条は、「この法律は、原子力の研究、開発及び利用を推進することによって、将来におけるエネルギー資源を確保し、並びに学術の進歩、産業の振興及び地球温暖化の防止を図り、もって人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することを目的とする。」としていますが、「産業の振興」「地球温暖化の防止」という言葉が最初に書かれているのが特徴になっています。 基本方針をまとめた第２条の３には、「エネルギーとしての原子力利用は、国及び原子力事業者が安全神話に陥り、平成二十三年三月十一日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う東京電力株式会社福島第一原子力発電所の事故を防止することができなかったことを真摯に反省……」とあります。ここにある安全神話という表現に象徴されていますが、事故は起こり得るものであるという認識に立って、安全は徹底して最優先されることが書かれています。 「国の責務」としては、電気の安定供給の確保、非化石エネルギー源の利用の促進及びエネルギーの供給に係る自律性の向上のために必要な措置を講ずる、としています。もちろん原子力施設の安全性を確保することが大前提になっていて、そのうえで「地域振興その他の原子力施設が立地する地域の課題の解決に向けた取組を推進する責務を有する」という表現が盛り込まれています。さらには研究開発、人材育成も含めて産業基盤の維持、強化についても書かれています。 今日は電力会社が中長期的な投資をすることが難しくなっている現状についてご説明しましたが、この点に関しては次のように書かれています。第２条の３の３「電気事業に係る制度の抜本的な改革が実施された状況においても、原子力事業者が原子力施設の安全性を確保するために必要な投資を行うことその他の安定的にその事業を行うことができる事業環境を整備するための施策」──。今日は触れませんでしたが、使用済燃料の再処理等の実施、廃炉の推進、最終処分の計画的な実施などのいわゆるバックエンドについても明記されています。 今回の原子力基本法の改正では、今まで取り組んできたことを踏まえて、とにかくそれらを普遍的なルールとして制度化して明示することを意識しています。もちろん法律に書けばそれで終わりという話ではなくて、これから具体化していかなければなりません。そのいくつかが、今年４月に官房長官以下の原子力関係閣僚会議で決定された「今後の原子力政策の方向性と行動指針」という文章に盛り込まれています。そのなかに「市場価格の変動等に対応した予見性の確保」という項目があります。国による、将来の安定供給の確保や脱炭素電源の確保等の政策趣旨に則った、原子力発電所の建設や安全対策に係る投資を対象とする電力市場制度のあり方を検討・具体化するものです。例えば、電力市場制度の再点検の結果を踏まえた、長期脱炭素電源オークションの枠組みを活用・改善、その他の措置による、原子力を含めた計画的な脱炭素電源投資の支援などを行っていきます。また、国による、バックエンド事業に係る予見性向上に向けた措置の検討・具体化も記載されています。 これらは、これから具体化に向けて議論していかなければなりません。国がサボタージュするようなことがあれば、原子力基本法違反になります。ですから、法律に明示することは、ある意味では退路を断つことでもあります。 何よりも、方向性を法律レベルで堅牢性あるかたちで明確化できたことが今回の意義だというのが私なりの理解です。 国がやるべきことは？ 最後にあらためて原子力政策の要諦について整理させていただきます。まず私の危機認識ですが、小資源国の日本は国家の自律性を確立するためにも原子力はやはり必要です。けれどもサプライチェーンも含めて、技術的な自律性が失われつつあり、今のままでは危機的な状況になりかねません。ここはすごく問題視しています。 なおかつ社会的受容性が低下していることもあり、このままでは原子力を維持しづらくなっています。そして自由化に伴って投資回収スパンが短期化し、収益率が下がり、ファイナンスが付かないために、将来に備えた設備投資の決定が難しくなったことも危機的な状況です。 打開に向けて、まずは政策の原則を堅牢な法律・外交レベルで明確化することが必要です。今回の原子力基本法の改正はまさにそれにあたります。 国がやるべきことは、社会に対して日本のエネルギーの自律性を回復させるためにいろいろな仕組みをつくる必要性を丁寧に説明することです。中長期的な投資をきちんと行ってもらうためにも、事業環境の整備を進めていくことを法律レベルで明確化させていただく。国の政策や方向性がブレないことを示すことで、安心して投資していただくわけです。外交レベルでもそうした発信が必要です。今後はいろいろな場を使って、日本の政策の方針を明確化して、諸外国にも理解してもらうことも重要です。 またバックエンドの関係も含めて、潜在的な原子力のリスクに対して、国がどういうかたちで制度的な手当てをするのか。現状ではバックエンドの問題も含めて、原子力を使っていくうえでの説得力のある全体ストーリーをつくりきれていません。それが提示できれば、どのような手当てが必要になるのかといったことを具体的に考えられるようになります。 今後これらの課題に対してどのように具体化していくのかについては、今日ご参加いただいた皆様のご意見をお伺いしながら進めて参りたいと思います。これからも引き続き、我々が気づいていないこと、足りていないことがありましたら、いろいろな場を通じて私にインプットをいただければ、本当にありがたく思います。 ◆意見交換 電力事業者に期待すること 向後 私自身も２００５年頃より原子力関係の業務に深く携わってきましたので、今日の遠藤さんのお話は私自身の経験とも重なり、一つひとつ非常に腹落ちしているところです。また原子力政策に関する昨今の動きの背景について理解を深めるうえでとても勉強になりました。 本日のご説明では特に国の責務を強調されていらっしゃいましたが、一方で我々原子力事業者、特に電力事業者に対して今後期待することや現状では足りていない部分などの問題意識についてご紹介いただければと思います。 立地地域の振興に尽力を 遠藤 今回の法改正では、国がやるべき責務と並行して、電力会社への期待を書いた「事業者の責務」という項目があります。第２条の４の第１項では防災体制を充実させることが責務として書かれています。東京電力で言えば、柏崎刈羽原子力発電所の安全性をさらに高める責務があります。ここには国も必要な措置を講じることで、協働いたします。繰り返しになりますが、安全性の確保は絶対的な前提です。 第２項には、立地地域の振興や地域の課題の解決に向けた取り組みに協力する責務がある、と書かれています。私の問題意識では、ここも非常に重要だと考えています。私は立地政策室長を２年間務めさせていただきましたが、その経験から言えるのは、立地自治体の方々は、自由化前と後を比べると電力会社との結び付きが小さくなっていると感じておられるということです。端的に言えば、経済面での貢献や地域との共生が後退してしまっている。 原子力だけではなくて、送配電の現場や火力発電所でも似たようなことが起きています。我々が電力会社を非難することは簡単ですが、実際に資金的にも人的にも余裕がなくなってきています。震災後に新規制基準が導入され再稼働がものすごく長引いたことで、先ほど申し上げたバッファーがなくなってきた。 さらには、そうした意思決定をして、社外取締役を含めて通していくことのハードルがとても高くなっています。特に費用処理ではなく利益処分となったときに、「ハードルが跳ね上がるんです」というお話も聞いています。私も東電で勉強させていただいて、ちょっとかじっていたのでよく納得できます。 けれども、今回の基本法改正には「立地地域の振興」が書かれていますから、地域との共生は法律上の責務だと言えます。社内で議論いただくときには、法律を論拠にして立地地域社会からご信頼をいただくための取り組みを強化する姿勢を示していただきたいとの思いもあります。偉そうな言い方になりますが、国がお墨付きを準備させていただきました。交付金以外にもいろいろなサポートをさせていただくのが、今回の法改正の象徴的なところです。 しっかりと投資できる環境を整備する それからもう一つは、やはりしっかり投資をしていただきたいということです。安全管理対策投資だけではなくて、原子力発電所の新増設ということになってくると、電力だけではできないことは当然わかっています。その前提として「国の責務」にある「原子力事業者が原子力施設の安全性を確保するために必要な投資を行うことその他の安定的にその事業を行うことができる事業環境を整備する」があります。 ただし、ここにある事業環境整備については、どういうかたちでやっていくのかは、これから電力の皆さんと歩調を合わせて考えていきたいと思います。お互いに取引をするような関係ではなくて、共通の目標を持って進めていくことが理想的です。中長期的な視点に立った資産形成をやっていくために、お互いにできることを提案し合うようなコミュニケーションを取っていきたいと思います。 第７次エネルギー基本計画のポイントは？ 髙田 遠藤参事官には日頃からご指導をいただいていますが、今日はアカデミックな、しかも心強いお話を頂戴しました。この場を借りてあらためてお礼を申し上げます。 第７次エネルギー基本計画の策定に向けた現在の動きに関してお伺いいたします。今回改正しようとしているポイントはどこなのか、またまとめられる時期がいつ頃になるのか。ＧＸ推進法やＧＸ脱炭素電源法が成立してＧＸ実現に向けた環境整備が整いつつありますから、そこから予測できる部分もありますが、差し支えない範囲で教えていただければ幸いです。 排出削減目標は大きな焦点になる 遠藤 最初にエネルギー基本法（エネ基）に対する個人的な意見を述べさせていただくと、相対的に脚光があたりすぎているために、エネ基の内容がややプレイアップされ過ぎているのではないかとも感じています。大震災前までは、原子力委員会が長期計画については原子力政策大綱を定めていました。別途に温暖化大綱を決めていました。当時の我々からすると、それらの政策大綱などの内容をまとめたものがエネルギー基本計画であるという認識でした。率直に言えば、それほどコストもかけられていなかったし、脚光があたることもそんなになかったんです。それが２０１０年ぐらいまでの状況でした。 それが震災以後は、原子力委員会の役割がすごく縮小されることになって、なおかつ再エネの比率に関心が集まるようになります。原子力委の大綱にかわり、基本政策分科会にさまざまな意見を持った方が集まって、議論がなされるようになりました。このようにして、大いに耳目を集めることとなった経緯があって、エネ基に焦点があたるようになったのです。 これは語弊のある表現になりますが、エネ基は閣議決定なんです。内閣の方針によってその内容が変わる可能性もあります。注目が大きいあまり、エネ基の策定過程ですべての物事が決められ、固定化されるといった誤解もあると思います。 ある電力会社の方から「エネ基はただの読書感想文だ」とお叱りいただいたことがありますが、ある面ではそれは間違いとも言い切れません。と言うのも、エネルギー基本計画の本体そのものには、実は数字は元々あまり入っていなくて、震災後もエネルギーミックスは、別途でつくっていました。また日本が国際的に約束する排出削減目標ＮＤＣ（Nationally Determined Contribution）も別途でつくっています。けれども結果的にそれらがエネ基に盛り込まれるので、エネ基のプロセスで重要なことがすべて決まると受け止められるようになってしまったわけです。 そのうえで今後の議論のポイントになる点を申し上げると、やはりＮＤＣです。これは皆様の期待形成や投資活動にも大きな影響を与えることになります。いま申し上げたように、どのようなプロセスで決めるかはともかくです。２０３０年のＮＤＣはいろいろな意見がありつつ、46％という数字が決まった経緯がありました。今度は２０３５年はどうするのかを打ち出さなければならない状況です。それはエネ基に盛り込むかどうかという政治的な調整は別にして──おそらくオーバーラップしてくるでしょう──ここで何を決めるのかということが最大の焦点です。 水面下の綱引きがすでに起きている 今年４月に行われたＧ７札幌（気候・エネルギー・環境大臣会合）や広島でのサミットでは、水面下の綱引きがすでに起きています。２０３０年におけるＬＮＧの比率は、今の世界情勢の現状を踏まえるとそんなには減らせません。なぜならウクライナ戦争の影響で生ガスが入って来なくなったために、ドイツは急ピッチでＬＮＧプラントを建設しています。もっと言えば、石炭に回帰している現実があります。 ２０３０年のＮＤＣは、新型コロナ後の需給ひっ迫もウクライナ侵攻も起きていない時点で出した数字ですから、現状に合わせた議論が必要になります。今後は、誰がいつ次の目標を国際的に打ち出すのかに注目が集まっている状況です。２０３５年を見据えてイギリスは、「石炭は外せ」と言っていて、それをサミット議長国の日本が仲裁するような動きがすでに始まっています。 国際的にどういうことを決めていくのかは、やはりこの１、２年の間の政治情勢の変化に左右されるのだと思います。来年のアメリカ大統領選挙で政権はどうなるのか。今のドイツの政権が行きづまらないのか。イギリスのスナク首相のスタンスはどうなるのか。こうした要素の変化によって流れは決まってくる。ここはおそらく一番大きなポイントになります。他方で、今年つくった脱炭素に関するパッケージは、状況が大きく変わらない限り、ある程度そのまま入ってくるのではないかとは個人的には思います。 原子力燃料の輸送 長瀬 ２点ご質問します。１点目は個人的な関心ですが、東日本大震災後に第三者機関が電力需給を調整する構想を描いていたというお話がありました。その第三者機関はどういった人たちによって構成されることをイメージされていたのでしょうか。またモデルになる組織が他にあったのでしょうか。 ２点目は原子力燃料の輸送について伺います。いま原子力発電事業にとってボトルネックになりつつあるのが輸送の部分です。日本はウランを輸入に頼っていますが、地政学的な有事が起きると海外からの入手が難しくなる可能性があります。それに原子燃料を運んでくれる船会社が非常に少ないという問題があるし、保険の引き受け手がなければ、そもそも船を出せません。ウクライナ戦争が勃発した際に大きな問題になったのが、この保険でした。このあたりについてはどのようにお考えでしょうか。 計画停電への反省 遠藤 東日本大震災後の計画停電を受けて、私は独自に電力需給を第三者が監督・補完すべきだと構想しました。あのときは、東京電力、それから資源エネルギー庁は、共に世の中から強い非難を浴びることになり、政治的な傷も残ることになった。当時、私がイメージしたのは端的に言えば、緊急時には、電力の供給や需給を第三者的な立場の機関が客観的に認証したうえで制限できるようにすることでした。それまでは電力需要がどれだけ伸びても、供給を制限する発想はなかったですよね。事業者は供給量を増やし続けるよりも、減らすこともできるという前提だけでやっていた気がします。しかし大震災時に露呈したように、実際は大規模電源が中長期で脱落した際の対処について十分な準備や見通しがあったわけではありませんでした。 そこはやはり電力事業者が矢面に立つよりも、きちんと説明責任を果たす仕組みを国なりがつくらなければならない。ただし国やエネ庁にその能力があるわけではありません。ですから国、電力事業者、さらには学者などの専門家も加えた第三者委員会をつくり、国がお墨付きを与えるような仕組みですね。一般電気事業者を補完する機能を持たせて、説明責任を果たしつつ、公正性を担保する機関をつくりたいと。供給制限などの命令を出す場合は、その機関の具申を受けて大臣が最後は責任を持つかたちで出します。 過去にも供給計画に関する仕組みはありましたが、発動されたことはありませんでした。やはり巨大な災害が起きることを前提として、どういう電源を持っておくべきか、あるいはどのくらいの予備力を持つべきなのか、それを第三者がチェックする仕組みは必要ではないかというのが当時の私の発想でした。大震災後の２０１５年に設立された電力広域的運営推進機関（ＯＣＣＴＯ）は、ある面では結果的に似た仕組みになっているのではないかと思います。 日本まで運ぶ船がなければ問題になる 二つ目の原子燃料サイクルに関するご質問は重要なポイントです。この問題が顕在化していないのは、ＢＷＲ（沸騰水型原子炉）型の原子力発電所の再稼働がまったく進んでいないためです。電力会社のウランの在庫は、海外の鉱山もありますし国内にあるものも含めて積み上がっています。したがって、この先しばらくの期間、この点が大きなリスク要因になる可能性は大きくないと思います。 しかしＢＷＲの再稼働が進み出すと、将来的には今ご指摘いただいた問題はボトルネックになる可能性があります。まさにおっしゃる通り、船の保険がつくかどうかが決定的なポイントになります。ウランも海外からの輸入に頼る資源です。もちろんエネルギー効率は極めて高く、地政学リスクは相対的に低いですが、基本的には他の輸入資源と同様のリスクを抱えていることも事実です。 ウランの場合は幸いなことにエネルギー密度がすごく高いので、備蓄が効いてきます。有事に備えて国内でそのウラン粉末の成型・加工に持っていく前の蓄えを増やすのは有効です。個人的には他の化石燃料で備蓄を行っているのと同様、国のリソースも活用して、真剣に取り組まなければならないと思っています。 当然それらを運んでくる船の問題も手当てしなければなりません。地政学上の問題のない地域からどうやって購入するのか、アメリカとはどういうかたちの協力関係を構築するのか。ここも背骨になる。この問題は構造的なものですから、いずれは根本的な解決を図らなければなりません。こうした課題も含めて、核燃料サイクル全体をとりまく課題について、あらためて確認し、シナリオを説得力あるものにしていくことが求められています。そのなかには、国内だけでなく、海外とのやりとりのなかで規定される問題が多く含まれており、ご参加いただいている皆様のご意見もしっかりとお伺いしながら、前に向けた検討を進めて参りたいと考えています。 原子力を担う人材について 木村 改正された原子力基本法の改正では、地域振興を図っていくことが盛り込まれています。しかし、実際には審査の長期化によって再稼働が進まない状況が続いたために、地域共生を目的としたさらなる貢献をしようとしても、立地地域の期待が薄れてしまっている現状があります。また、稼働している原子力発電所の運転を経験したことのない社員も増えています。電力事業者のガバナンス不足を棚に上げて申し上げていますが、停止の長期化によって顕在化しているこれらの問題については、どのようにお考えでしょうか？ 産業全体で人材を育てる 遠藤 原子力基盤室長を２年間務めましたが、まさにご指摘いただいた問題にずっと取り組んで参りました。私は現場や保守を担う人材に関する課題は、大きく二つにわけられると思っています。一つはいかにガバナンスを効かせて、どうやって安全性を向上させるかということです。ただし、安全性の向上については、少し正確に定義付けるべきだと私は思っています。もちろんリスクは低減させていくべきですが、セーフティフォーカスを考えると、確率的リスク評価も無視して無限にコストをかけて減らしていく発想に陥ってはならない。ハードとソフトの両面をわけた上で、ソフト面についてこそガバナンスを見直して安全向上を徹底すべきだと考えています。もう一つは、産業大での技術的人材、それから現場・保守を含めた人材を育成していく仕組みをどのようにつくるのかという課題です。 一つ目のソフト面も含めたガバナンスの強化について我々が参考にしてきたのは、アメリカの原子力発電事業のあり方でした。アメリカにはＩＮＰＯ（原子力発電運転協会）があって、要はガバナンスの競争がアメリカ内で働く仕組みがある。ＩＮＰＯとＮＲＣ（アメリカ合衆国原子力規制委員会）との連携によって審査や検査が短時間で済んでいる。結果的には検査手数料が減って経済性も上がるようなフォーマットになっている。それが理想だという議論がありました。 私の先輩はアメリカのある企業に倣って、「そこは可能な限りマニュアル化して導入したらいいんじゃないか」と主張していましたが、電力会社側からは「そんなのは絶対にダメだ。それはむしろ間違っている」といった議論が戦わされた経緯もありました。 もう一つは、どういうかたちで産業大で原子力を担っていく人材を確保していくべきか、という課題です。アメリカの場合はネイビー（海軍）から豊富に人材が供給されるし、流動性がすごく高いという特徴があります。電力会社で原子力発電事業に携わっていた人が、今度は原子力規制委員会に行くようなことが是認されています。ですから、産業全体で人材が回っていく循環と育てるフォーマットがある。しかし日本にはそれがないわけです。 再編は根本的な解決にはならない？ いま挙げた二つの課題にはまだ答えを出せていませんが、解決策としてよく言われる仮説が「再編しろ」と。そうした考え方もあることは否定しません。その論拠は、規模が小さい地方電力では単独では人を育てられない。再編して皆で一緒に育成すべきだ、という手段論で主張される方が多い。 けれども個人的には再編は根本的な解決にはならないと感じています。ファイナンスの手段としての部分的な再編はもちろん否定しません。これから原子力のリプレースをやっていくうえでファイナンスを付けるためにも、プロジェクト単位としての再編は現実として十分にあり得る議論だと思います。しかし、ＪＥＲＡなどと違って、再編によって規模の経済性が働くメリットは大きくないのではないか。特にバックエンドなどの問題を考えると、一緒になっても課題も同時に大きくなるだけで、減らせる経費にしてもそれほどの額ではないというのが、私の本質的な実感です。 おそらく再編することで規模が大きくなったとしても、どちらかと言えば、人をまとめてそこのボリュームを削っていくかたちにしかならないのではないか。人を育てること、ガバナンスを高めていくことには結び付かないように思います。むしろ単純に再編するよりも、安全マネジメントの向上に向けた健全な競争や相互作用が、アメリカの原子力事業者間での競い合いのように働いていくやり方もあるのではないか。それが現実的だと思います。 原子力を担う人材の育成にはいろいろなやり方があると思っています。必ずしも一つの電力会社で育てなくても、人の行き来を活発にさせたり外部的に専門の教育機関をつくったりすることでの育成も可能でしょう。東京大学は、専門職大学院のような教育機関をやり出していますが、そうした仕組みをもっと大々的にサポートし、活用していくアイデアもあり得ます。これは産業大で、また国としてもやるべきことの一つだと思っています。原子力技術のサプライチェーンを分断させないためにも、この取り組みは必要になってきます。 そして何よりも、立地地域への対応はそんなに簡単な話ではありません。それは、原子力立地政策室長での経験を通じて痛感したことです。また、次の仮説にはいろいろな意見を皆様もお持ちでしょうが、やはりある程度、目の行き届く範囲の適正規模というものがあるのではないか。何か不安を抱えていそうな、普段とは様子がおかしい従業員がいたとしたら「お前、大丈夫か？」と声を掛けてやれるような関係が築かれていれば、それだけで問題はずいぶん減るのではないか。 これは結果論なのかもしれませんが、例えば、四国電力の伊方原子力、北陸電力の志賀原子力いずれも規模の小さい会社ですが、マネジメント上の大きな問題は起きていません。目が行き届いている関係ができていたからではないかというのが私の一つの仮説です。正しいかどうかはわかりません。もちろん、これは柏崎刈羽の７基が大きすぎるから小さくすべきだという意味ではありません。大きい発電所であっても、目が行き届く運営の仕方であれば問題はない。 いずれにせよ、お互いの顔が見える関係をつくっていくことが大事な気がしています。そのためには単に再編して規模を大きくするより、現状の体制のままでもできることがあるのではないか。その意味では、運営にはいろいろな工夫の仕方があります。まだ具体的な答えは出てこないので、一緒に悩みたいと思います。 規制当局も含めた人材確保について 沼田 今日は遠藤参事官の豊富なご経験に裏打ちされた問題意識から、これから実現させるべきエネルギー政策や産業政策の価値軸について論理的にお話しいただきました。たいへん腑に落ちる点が多く、感謝しています。 先ほど人材のお話が出ましたが、既設炉を最大限に活用するためにも、人材の確保・育成は極めて重要だと考えています。今回改正された原子力基本法で、原子力の研究開発、そして利用の推進を位置付けていただいたことは、とても心強く思っています。また人材の育成および確保の強化が明記されたこともありがたく感じています。ただし、その方法については、まだ具体的な答えがないというお話でした。我々は安定運転を行っていくために人材育成は当然一生懸命やっていきますが、規制当局も含めた産業全体での今後の人材確保の方向性については、どのようにお考えでしょうか。 エネ庁と電力会社の信頼関係を構築 遠藤 極めて本質的な問題だと思います。現状では、規制当局とコミュニケーションを取る仕組みが公開の場を除いて乏しくなっています。それにはいくつかの理由があります。一つは、原子力委員会の役割が大幅に縮小されたためです。昔は総合科学技術会議のように原子力委員会が原子力関係の人材育成のための予算を内閣官房、原子力安全・保安院、文部科学省、資源エネルギー庁などに総合的に配分する機能を担っていました。しかし、それが完全に分断されました。今は原子力規制庁、エネ庁、文科省はそれぞれの目的の人材を育てるための予算を付けています。 ここは、大学の先生方に私は叱られ続けていたことの一つです。つまり横串を通して全体を見る機能が失われてしまったわけです。震災後に襟を正そうとしたことは正しかったにせよ、人材の育て方やお金の付け方にも細かくミシン目が入ってしまいました。大学の先生からは「それは違うんじゃないの」とご指摘をいただいています。事実ここは大きな問題の一つだと考えています。規制委員会と電力会社との馴れ合いがあってはいけないと襟を正すことは重要ですが、原子力を担う人材をどうやって育てるのか、どういう人材が望ましいのか、といったベースの議論は一緒にやっても良いはずです。そういう場がなければ、共通の理解や目標を設定することが難しくなります。 一緒に学び、共通の目標やビジョンを持つ それから規制当局、電力事業者、産業界などがお互いに顔が見える信頼関係が構築されていれば、健全なコミュニケーションを図ることが容易になるかもしれません。例えば、規制側から見ても、この人の主張には耳を傾けるべきだ、尊重すべきだと思わせる電力事業者の方はおそらくいたのではないかと思います。しかし、世代交代等によって、そうした関係の維持も難しくなっていると想像します。もちろん規制のあり方について私はコメントするものではありませんが……。 そこはアメリカと日本の大きな違いの一つではないかとも経験的に感じています。ですから電力会社、メーカー、建設会社も含めた協力企業、そしてエネ庁や規制庁の職員たちが一緒に学べる職業専門大学院のような教育機関があることが理想的だと考えています。そこで１年間でも一緒に学ぶことができればいい。そこでは、よりフランクなコミュニケーションがあってもいいと思われます。お互いが考えることを理解し合うコミュケーションの機会を増やしながら、共通の学術的理解や技術的理解に拠って立つ議論ができて、かつ目標やビジョンを共有する共通の土壌をつくることは原子力全体にとって必要だと思っています。 原子力委員会の役割は変わりませんが、人を育てる新しい仕組みを考えなければならない。遅ればせながら文科省と経産省がようやく一緒に議論を始めていて、原子力基本法に盛り込んでいます。こうした繋がりをより広げて、先ほど一例として申し上げた職業専門大学院をサポートするような仕組みをつくることも一案です。 まだまだ議論の段階ですが、これは放っておくと誰も手を付けないものです。いま危機感を持たなければ、10年後20年後に基盤を喪失していく可能性があります。声をあげなければ本当にまずい。こうした指摘もいただいています。この危機意識をどのようにアナウンスするのかも重要になってきます。担当外なのでコメントは避けますが、自民党の「原子力規制に関する特別委員会」の鈴木淳司先生が、山口彰先生など学会の方々にヒアリングされてまとめられたご提言にもそうした内容が入っていると承知しています。まずはこうしたところを具体化するのが、政府全体としての重要な課題になると思っています。 今後の原子力の海外展開 藤田 今後の原子力の海外展開についてお伺いします。原子力基本法を拝見すると、ご支援いただける方向性であることはわかりますが、具体的にはどのようにイメージされているのでしょうか。新規の革新的な炉型も含めて次世代型原子炉に関心が集まっていますが、やはり政府もしくは公的融資機関からのご支援がなければ、なかなか民間だけでは進められないだろうと思っています。 もう１点は原子力の社会的受容性についてお伺いします。おっしゃられた資源技術の自律性の確保という点については、いち国民としてもやはり現在の燃料価格の高騰による電力料金の引き上げの状況は、家計の問題として大きな問題と考えざるを得ません。日本のエネルギー政策の自律性を高めるためにも、原子力発電所の再稼働が急がれています。かかる状況下においても、原子力の再稼働については、反対する方々が政党および国民のなかにもまだまだたくさんおられます。そういう方々に対する説得や資源技術の自立性とリスクポートフォリオの構築といった点を浸透されるための方法論についてのお考えをお聞かせ願います。 いろいろな地域で客先が増えている 遠藤 率直に申し上げて、日本の事業者が一括して原子力発電所を受注して建設していくようなビジネスがなくなっている現状があります。そのなかでも東芝で言えば、ＡＰ１０００（第三世代プラスの加圧水型原子炉）などは海外にどんどん出ていこうとしています。その際は、東芝をキャプテンとして共同パートナーとなる企業もコンソーシアムを組んで一緒に海外展開していくことになる。その際に参入される企業が海外規格に合わせることや固定費がかかるといった問題については、国が予算を付けるかたちでの海外支援をイメージしています。ＡＰ１０００についてはウクライナで導入される可能性も出てきましたし、三菱重工業で言えば当然フランスやイギリスもターゲットです。いろいろな地域で客先が増えてきています。 今年の３月に運動論として今後やらせていただくことを打ち上げましたが、具体的な中身についてこれから検討する段階です。海外展開に参画される企業は、ここがネックになるといった障壁をつぶさにお伝えいただければと思います。それに対して国として何ができるのか、丁寧に対応したいと考えています。今まではできていなかったので、意識的に進めたいところです。風呂敷を広げてばかりいると思われるかもしれませんが、皆様と綿密に議論させていただきながら中身を込めていきたいと思います。 原子力を容認する割合が増えている 次の原子力に対するpublic acceptance（社会的受容性）についてはずっと悩んでいます。ただ、最近の傾向を見ると、再稼働を容認する割合が増えています。何が影響しているのかと言えば、やはり電気料金が上がってしまっていることが大きいのだと思います。再稼働が進んでいる関西電力、九州電力は電気料金を値上げせずに済んでいるし、四国電力も比較的上がっていません。この違いは目に見えてきていますので、ここは大きいと思います。原子力基盤室長だったときの話ですが、高浜原子力が再稼働したときに、大阪の一般の方から大飯原子力発電所に「高浜が動いて電気代が下がったんだよ。大飯も頑張って再稼働してくれよ」という激励の電話があったという話を当時の所長から聞いたことがあります。 原子力への受容性は性別によっても違いますし、それ以上に年齢層によって受け止め方がずいぶん異なります。男性、そして若い人ほど受容性が高い傾向があります。いま我々は、それぞれのセグメントにわけた媒体を使った理解促進活動が必要だと考えています。若い方向けにはＳＮＳ、お年を召した方にはテレビや新聞を使うことが有効です。ＳＮＳを利用したコンテンツづくりは我々も比較的すぐに対応できます。ただテレビや新聞はそうはいかないので、電力会社、電気事業連合会、原子力文化財団などとうまく歩調を合わせながら展開できればと思っています。 産業分野の電力化の推進について 吉野 今後、脱炭素を進めるうえで産業分野の電力化がますます必要になります。米国では、製鉄の電炉メーカーと原子力事業者の連携が進んでいます。日本においても電力コスト低廉化、安定供給、脱炭素は、今後の投資判断に当たって一層重要な要素になっていきます。ただし強い国際競争に晒されている業種の場合は、折角の脱炭素投資を国内ではなく海外で行うことにもなりかねないところがある。それを回避するためにも原子力基本法にある、「産業基盤を維持し、及び強化」する方向性には期待しています。このあたりの産業分野の電力化の推進については、どのようなお考えをお持ちでしょうか？ 原子力発電所との連携は合理的な選択肢 遠藤 極めて重要な指摘です。最近聞いて、とてもびっくりした話ですが、 ChatGPTなどの生成ＡＩの普及によって電力需要が爆増しています。アメリカで言えば、MicrosoftやGoogleなどの企業を中心に自前でＳＭＲ（Small Modular Reactor：小型モジュール炉）を持つのが得策ではないかという議論が始まっているそうです。大手ＩＴ系企業は、脱炭素を重視する観点から再エネを推していますが、供給安定性と価格安定性を考慮すると、ＳＭＲを数基持って自前で運営するほうが合理的ではないかという考え方が出てきている。 自前のＳＭＲで、生成型ＡＩやサーバーなりで激増している電力需要を賄おうというわけです。日本の一部の会社でも日本国内で同じことはできないのか、検討を始めているという話も出てきているようです。第７次エネルギー基本計画では、生成ＡＩなどの新しい電力需要の増加についてはまったく盛り込めていませんが、今後はそこへの対応も必要になるのだと思います。 ご質問いただきましたように、カーボンニュートラル達成のために製鉄においても水素還元の導入や電炉への転換が本格的に始まろうとしています。特に電炉の場合は、安定供給を考えると原子力発電との連携は現実的で合理的な選択肢になります。フィンランドの紙パルプなどの電力消費量がものすごく多い産業では、直接出資して電力会社が発電所をつくり、ある種の株主への配当といったかたちで安定供給を享受するプロジェクトファイナンスのスキームで原子力発電所を建設する動きも出ています。 したがって、将来的には国内でも産業用の熱転換や熱の利用の仕方を変えていく際には、原子力で発電された電力を用いることは大いにあり得る方向性だと思います。そうすると、製鉄や化学工業などの分野は、電力のヘビーユーザーになります。需要地からの近接性＋ファイナンスのタックをどう組成していけるのか、そのモデルを早くつくらなければなりません。 電気にしても水素にしても産業界のニーズをよくご相談しながら、ファイナンスのあり方も含めて次の仕組みを具体的に構想していく段階に入ろうとしています。今回のＧＸ移行債の予算でも原子力の新型炉、高速炉・高温ガス炉については、３年間でそれぞれ５００億を計上していて、２０３０年ぐらいまでに実証炉を建てて動かす計画になっています。まずはこの辺りを皮切りに、新しい試みが始まることになります。 電力事業に「公益の心」はあるのか 北村 電力政策の思想論についてお伺いします。私は、電力政策は公益事業であるという思想でやってきた世代なものですから、電力事業にとって一番大事なのは絶対に供給を絶やさないことだと教え込まれてきました。自然災害やプラント事故が起きて止むを得ず停電になったときは、徹夜での作業が連続することがあっても、いち早く復旧させて電気を届けるという思いで仕事をしてきました。電気事業を長くやってきた者の立場からすると、経済成長論、産業政策論あるいは企業経営論もそれぞれ重要ですが、一番大事なことはやはり安定供給なのだと思います。 自由化する発想もわからないでもありませんが、電力事業はやはり公益事業なのだと思います。今は電力・ガス事業部になっていますが、昔は役所にも公益事業局という局もありました。役所にも電力は公益事業であるという意識はずっとあるのだと思います。 今年１月に四国電力の社長・会長を歴任されて、私の友人でもあった千葉昭さんが亡くなりました。亡くなる直前の『公研』のインタビュー記事（『公研』２０２２年11月号「私の生き方」）のタイトルが「『公益の心』を大切に」でした。千葉さんの電力事業への思いが端的に込められているのではないかと思います。私も含めて電力事業に携わってきた年寄り連中からは「『公益の心』を忘れてしまっているのではないか」という声をよく聞きます。遠藤さんからご覧になって、電力事業には「公益の心」は今でもあるとお感じでしょうか？ 安定供給を最優先に考える発想は変わらない 遠藤 今回この資料をつくった後にある方から、「結局、優先順位が最も高い政策は何なのだ」と質問されました。それに対して私は「必要となる需要量を絶対に満たす電力供給を確保することだ」と答えました。よくエネルギー政策の要諦はＳ＋３Ｅと言われていますが、とにかく停電を起こさないことを最優先すべきだと考えています。 そもそも日本のエネルギー政策は、不足する需要を満たすために講じられてきました。戦前を振り返れば、必要なエネルギー資源の絶対量を満たせなくなったために大陸進出に突き進んでしまった不幸な歴史があります。石油危機の教訓を受けて原子力を推進した際には、立地地域に受け入れてもらえるよう電源三法をつくったわけです。直近では、昨年春には東京電力管内で電力需給が逼迫したことがありました。それからウクライナ戦争の影響でサハリンからの天然ガスの供給が途絶えるのではないか、という危機感からたいへんな緊張を強いられたこともありました。 停電は人の命に関わることですから、電力供給は絶対に絶やしてはなりません。とにかくコストが掛かろうが、極論すればＣＯ２の排出量が増えてしまったとしても、優先すべきは安定供給です。ですから供給に不安があれば、今動いていない発電所を動かし、運転していない原子力があれば、再稼働を急ぐべきです。資源エネルギー庁も安定供給を最優先に考える発想は変わらないと思います。 「雷が鳴ったら絶対にお酒は飲まない」 私は電力会社の皆様には、電力マンのスピリットの一端を学ばせていただいた経験があります。特に地方の電力会社からいろいろなことを教えていただきました。例えば、電線を登って補修をされる方々は「雷が鳴ったら絶対にお酒は飲まない」とおっしゃっていました。仮に停電が起きたとしても、すぐに復旧させることで地域の安定供給を支えるのが誇りであり自己実現であるという電力マンが、今でも全国で活躍されているわけです。青森県むつ市に東京電力が中間貯蔵施設をつくるときには、東電の立地を担当される方が家族で引っ越しされた話も聞きました。むつ市のソフトボール大会にも家族総出で参加しているそうです。私が経産省に入省して６年目のことでしたが、地域に溶け込むためにそこまでやっている姿はとても印象に残っています。 ご指導いただいた通り、今日の私のご説明は理屈に流れ過ぎていたきらいがありました。やはり現場の第一線で働いておられる方々と、政策をつくっている人間とのあいだに距離があるのは組織的にも大きな問題だと思っています。やはり、両者のコミュニケーションを増やす仕組みを意図的に設けることも大事ではないでしょうか。 電力会社は、地元の人材を育成することで、地域の電力供給を維持してきました。地域の優秀な人材が、ずっと支えてきたわけです。各電力会社が培ってきたそうした文化がいま失われつつあるのかもしれません。人材の確保も含めて、公益を担う電力会社が成り立っていける仕組みはやはり必要なのではないかと考えています。 安定供給への使命感が組み込まれている 濵田 電力安定供給については、各電力会社が変わらぬ努力をしています。どこの現場であってもその思いに変わりはないと思います。私は原子力発電所に勤務していたことがありますが、安全運転をするために皆が愚直なまでの努力をしています。電力マンのＤＮＡには電力の安定供給への使命感が組み込まれているのだと思います。今日のお話を聞いて、資源エネルギー庁の皆様も同じ気持ちでいるのだと感じた次第です。これからも、ご指導をいただきながら協力関係を深めていくことができれば幸いです。 ブラックアウトの強烈な経験 遠藤 最後に少しだけ私自身の強烈な経験についてお話しさせてください。私は北海道電力のブラックアウトの際には、札幌の本社で２週間サポートさせていただきました。そのときに北電の送配電と火力の皆様の仕事ぶりは本当にすさまじいものがありました。ずっと寝ないで対応されていて、もう戦闘民族という印象でした。 大災害が起きて停電が発生すると、役所の人間は「故障はどのくらいで回復するんだ」「いつ停電は収まるんだ」と繰り返し聞いてきます。もちろんわかっていれば、すぐに伝えるわけですよね。役人が執拗に追及しても、事態が改善するわけではありません。現場は必死に復旧作業を行っているわけですから、かえって邪魔になってしまう。霞が関からは何度も同じ問い合わせがありましたが、むしろ現場の妨げにならないように、うまくとりなすことが私の役割だったりもしました。 一緒にそうした修羅場をくぐらせていただいた経験は、本当に得難いものがありました。役所と電力会社が一緒に危機に対応することで、目線を合わせる経験をすることはとても重要だと思います。 （終） 司会 公益産業研究調査会 専務理事 堀籠 節 2023年9月1日 ベルサール九段/リアルタイム配信 セミナー出席者 向後 浩(東京電力ホールディングス) ・田中 康史(東京電力ホールディングス) ・山本 博通(東京電力ホールディングス) ・今井 貴彦(関西電力) ・徳山 秀(東北電力)・ 島崎 祥人(東北電力)・ 渡辺 悠(東北電力) ・濵田 寛(九州電力) ・池田 純也(九州電力) ・大久保健一(九州電力) ・上吹越将人(九州電力)・ 松崎 道治(九州電力) ・平田 則彦(中国電力)・ 藤森 誠(中国電力) ・東 幸弥(四国電力) ・髙田 聡(北海道電力) ・古川 泰(北海道電力) ・阿部 孝志(北海道電力) ・石出 伸一(北海道電力) ・木林 尚稔(北海道電力) ・沼田 典明(北陸電力) ・魚屋 敦司(北陸電力) ・大久保宏明(北陸電力) ・伊東 照恭(北陸電力)・北村 雅良(電源開発) ・家山 健吾(みずほ銀行)・ 伊藤 佑(みずほ銀行) ・坂口 喜啓(みずほ銀行) ・佐野 功(みずほ銀行) ・武藤 祐貴(みずほ銀行) ・長瀬 琢磨(丸紅) ・榎本 裕洋(丸紅) ・杉尾 芳彦(大和リース) ・柴崎 晃(大和リース) ・鈴木 行俊(大和リース) ・吉野 恭司( JFEスチール) ・松川 大輔( JFEスチール) ・前田 誠( JFEスチール)・ 新宮 和周( JFEスチール) ・横井 敦(東海旅客鉄道) ・久保 哲俊(東海旅客鉄道) ・山角 洋之(三菱重工業) ・藤原 正彦(日揮) ・岩崎 壯泰(日揮) ・片桐 千博(日揮)・ 藤田 豊明(東芝エネルギーシステムズ) ・松本 茂(東芝エネルギーシステムズ) ・河村 圭(東芝エネルギーシステムズ) ・三浦 浩(東芝エネルギーシステムズ) ・小向 夕紀(東芝エネルギーシステムズ)・河野 義雄(東芝エネルギーシステムズ)・ 井上 一男(東芝エネルギーシステムズ) ・坂下 嘉章(東芝エネルギーシステムズ) ・鈴鹿 曉志(東芝エネルギーシステムズ) ・松原 儀尚(東芝エネルギーシステムズ)・ 本間秀一郎(古河電気工業) ・石垣 一郎(古河電気工業)・ 宇佐美幸一(川北電気工業) ・小田 茂一(大成建設) ・小橋 栄作(大成建設) ・檜山 直彦(清水建設)・ 土田 浩(安藤・間) ・福田 和人(前田建設工業) ・赤松 英樹(佐藤工業) ・今村 一紀(東亜建設工業) ・大橋 裕寿(東洋建設) ・三浦 直之(株木建設) ・栗山 務(FEN) ・近本 一彦(日本エヌ・ユー・エス) ・原田 隆(日本エヌ・ユー・エス) ・野口 恭男(芝工業)・ 渡邊 厚夫(富士石油) ・木村 公一(東京発電) ・壹岐 素巳(海外電力調査会) ・森下 義人(海外電力調査会)