ぐんぎん尾瀬片品発電所・家康公用水発電所未来に繋がる小水力の新たな価値【東京発電】

『公研』2023年12月号 「PR」 近年、脱炭素への関心の高まりから水力発電の再評価が進んでいる。なかでも、中小水力発電は建設時に大きな工事が不要なため環境への影響が少ないこと、水の流れを止めずに発電できることなどを背景に、存在意義がますます高まっている。 東京発電は１９２８年の設立から今日まで、中小水力発電事業を通じて地域の暮らしを支えてきた。現在、78カ所の中小水力発電所を運転し、河川だけでなく、発電に農業用水や上下水道も活用するなど、中小水力への知見は広い。 そして、同社は設立１００周年を迎える２０２８年見据えて自社の誇りや知名度の向上を目的とした、「価値向上プロジェクト」を立ち上げた。そのパイロットプラントとなったのが、群馬県利根郡片品村のぐんぎん尾瀬片品発電所と静岡県富士宮市の家康公用水発電所だ。このプロジェクトは「地域に開かれ、愛される発電所」を目標に掲げ、これまでの水力発電所にはない観光、教育、防災という、三つの新たな価値を提供する。 今回、プロジェクトのパイロットプラントであるぐんぎん尾瀬片品発電所のお披露目会と家康公用水発電所を取材する機会を得た。本記事では、二つの発電所の特徴やお披露会当日の様子を紹介する。また、東京発電代表取締役会長の木村公一氏にプロジェクトへの想いを伺った。 尾瀬の豊かな自然に溶け込む外観 今年10月21日、群馬県利根郡片品村にあるぐんぎん尾瀬片品発電所のお披露目会が行われた。発電所のある片品村は、本州最大の高層湿原・尾瀬ヶ原の玄関口にあたる村で、水芭蕉の楽園と言われる雪解けの時期から秋の紅葉シーズンまで、多くの人がハイキングに訪れる。また、至仏山、燧ヶ岳、武尊山、赤城山など２０００メートル級の山々に囲まれる水資源に恵まれた地域である。 発電所までは上毛高原駅から車で１時間15分程。道中、車窓から見える山々の山頂付近には紅葉が色づき始めていた。まず、発電所に到着して驚いたのがその外観だ。滑らかな曲線が特徴的で、建屋という言葉が似合わないほど壮大かつ繊細な美しさを感じさせてくれた。このデザイン性の高さが同発電所の提供する一つ目の価値、地域の方々の憩いの場・立ち寄りスポットとしての発電所だ。地元の人だけでなく、ハイカーや山菜採りに訪れた人々の休憩場所となるように、丸太のベンチやカフェスペースなどが設置された。 同発電所の意匠設計は、建築家である團紀彦氏が手掛けたものだ。團氏は自然と都市の共生を掲げていて、同社のコンセプトに共感し、発電所の設計に携わったという経緯がある。渦をイメージしたその外観は、急峻な渓流が流れる豊かな尾瀬の谷間に見事に溶け込んでいた。発電という実用的な側面だけでなく、建築的価値が高い発電所は日本で稀有な存在だろう。 再エネを学ぶ場として 次に発電所の設備と特徴を詳しく見ていく。ぐんぎん尾瀬片品発電所は、利根川の支流である片品川の渓流「車沢」より、最大で毎秒０・45立方メートルの水を取水する。有効落差は約１７５メートル。水流の衝撃を利用して羽を回す横軸ペルトン水車を採用。水圧管路で導かれた水を、羽根車についたお椀状のバケットに勢いよく当てることで水車を回し発電をする。ホースの口を潰すと水が勢いよく噴射する現象と似た仕組みだ。最大出力は６７８キロワット、年間の発電電力量は３７０万キロワットアワーを計画し、一般家庭約８７０世帯分の電力需要に相当する。 また、イタリアＺＥＣＯ社の水車を日本で初めて採用した。ZECO’sブルーと言われる鮮やかな青の水車部分には、直径約30センチメートルの窓がドラム式洗濯機のように埋めこまれていて、水車の回転が外から見える珍しい構造となっている。実際に窓を覗くと、白波を立てながらペルトン水車が力強く回転する様子が見え、なかなか想像しにくい水力発電の仕組みを視覚的に理解することができた。 さらに、建物には大きな窓があり、発電所に入らなくても外から発電の様子を見学することが可能だ。外壁には水力発電の仕組みや小水力発電のメリットなどを記したパネルも設置されていて、訪れる人に再生可能エネルギーを学ぶ場を提供する。お披露目会の日には地域の人々に向けた、発電所内見学の時間も設けられた。 同発電所は防災への対応としての役割も担っている。発電所内にはポータブルバッテリーが常備してあり、停電が起きた際には携帯の充電やハンディキャップパーソンへの貸し出しを想定している。 発電所から広がる繋がり 今回、建屋のデザイン部分が完成したことを機に行われたお披露目会では、神事や除幕式、そして関係者による挨拶も行われた。式典が始まる前から地域の方々が会場に集まる様子が見られ、発電所への地元の期待が感じられた。式典には東京電力グループから、東京電力エナジーパートナーの長﨑桃子氏（代表取締役社長）や東京電力リニューアブルパワーの永澤昌氏（代表取締役社長）も参加。また、イタリアＺＥＣＯ社からPaolo Zerbaro代表、片品村から梅澤志洋村長、参議院議員の竹詰仁氏もお祝いに駆け付けた。建築家・團紀彦氏も出席し、自身が設計を手掛けた発電所を「自然と静かに対話をする舞台装置である」と述べた。 また、地元との交流を盛り上げるために、当日は木村会長率いるバンドの演奏やピザのキッチンカーなどが準備された。午後から雨が降り少し冷え込む天候だったが、熱々のピザを食べながら地元の方々が同社の職員と談笑している様子が見られた。発電所を運営する人々と直接言葉を交わすことは、地域の人々に大きな安心感を与えるだろう。 ある女性は「私の息子はここの工事をしていたの」とどこか誇らしげな表情で繰り返しお話してくださった。発電所を囲むように広がる人と人との交流が感じられる時間だった。 家康公用水発電所 小水力発電の街・富士宮市でも進むプロジェクト また、２０１９年からすでに発電を開始している家康公用水発電所も、「地域共生型デザイン発電所」をめざし、外観のデザインを一新する工事を行っている。ぐんぎん尾瀬片品発電所に続きこちらの発電所も取材をする機会を得た。 家康公用水発電所という名前は、徳川家康の命によりつくられた「北山用水」を発電に利用していることが由来だ。静岡県富士宮市の須藤秀忠市長によって命名された。発電所がある富士宮市は小水力発電の数と総出力共に日本一を誇り、「日本一の小水力発電の街」として知られる。水源が豊富にあり、富士川水系（芝川）には東京発電だけでも14カ所の発電所を有し、細かな用水路が市内に網目状に張り巡らされている。また今回は、観光名所である白糸の滝にも立ち寄ることができた。岩壁から染み出る湧水が落ちる壮大な姿は、この街が水の街であることを実感させてくれた。 今回訪れた家康公用水発電所は、数十メートル先に民家があるような田舎町に建っていて、人々の生活空間に馴染んでいた。有効落差28・２５１メートル、最大使用水量０・68立方メートル。１５８キロワットの最大出力を持ち、３００軒分の電力を賄う。小規模ながらも用水に流れる水は勢いがあり、何より水の透明度に驚いた。現在は新デザインに向けての改修工事中で、設計は團紀彦氏によるものだ。縦と横の直線が織りなすモダンでシンプルなデザインだ。大部分の改修工事は終了しており、２０２４年２月の竣工を予定している。 発電所の外にはテーブルやベンチが設置されていて、住民へ憩いの場を提供している。また、建屋の正面入り口は大きなガラス扉に変更され、発電の様子を外から見ることが可能となり、観光、教育への活用が期待される。 また、富士宮市は２０５０年までにＣＯ２排出量を実質ゼロとするカーボンゼロシティをめざしていることもあり、発電所のコンセプトに強く共感。同社とは協力体制にある。市が開催するＥバイク（電動自転車）に乗って市内を観光するツアーの立ち寄り所に同発電所が組み込まれる。 地域への感謝をどう示せるか プロジェクトの発起人である木村会長にお話を伺う。 ──このプロジェクトにどのような想いを込めましたか？ 木村 これまで、弊社は安定供給をお届けすることを最優先に脈々と水力発電事業を続けてきました。そして、２０２８年に創業１００周年を迎えるにあたり、企業理念を新しく打ち出すことにしたのです。そこで生まれたのが「新しい価値を創造し、豊かで持続可能な社会づくりに貢献します」という理念です。 そもそも、水力発電で使う河川の水は私たち発電事業者のものではなく、地域のものです。国から許諾されて地域の水を資源として使わせていただくことで、約１００年間事業を続けることができたのです。ただ、立ち止まって振り返って見ると、地域への感謝を具体的に示したことがないことに気づきました。 では、どうしたら地域に感謝を示すことができるのか。その目標に向け、社内で様々な年齢、職種の方々を集めて価値向上プロジェクトチームを立ち上げました。そして生まれたものが、ぐんぎん尾瀬片品発電所と家康公用水発電所のアイデアです。 ──なぜ尾瀬の片品村を選んだのでしょうか？ 木村 水力発電に適した地点は、すでに日本全国で開発し尽くされていて、大規模な水力発電所の建設地はほぼ残っていません。ただ、小水力発電はまだ可能性があるのではないかと考え、我が社でも常に適地を探して全国を歩いて調査しています。とは言っても、残されている地点のほとんどは基準を満たさないことが多いので、適地を探すことには中々苦労しました。そんな中、最低限の水量を満たしたのが今回の地点でした。また、２０２２年２月に片品村は、２０５０年のＣＯ２排出量実質ゼロを目標に、ゼロカーボンシティを掲げたこともあり、弊社の想いに強く賛同してくださっています。 ──外観にまでこだわる発電所はこれまでにない試みです。 木村 昔、スイスとドイツの国境にあるラウフェンブルク水力発電所を訪れる機会がありました。一般的な発電所はコストの観点から外観が簡素なものがほとんどですが、この発電所はレンガ造りのとても美しい発電所で、発電機の周りに女性の名前がたくさん書かれています。建設に携わった方々の奥様や恋人の名前だと、保守点検をしていた方が誇らしげにお話ししてくださいました。この出来事が私の記憶の中に強く残っていて、日本でも発電以外の価値を加えた発電所をつくれないかと考えたのがきっかけです。 ──今回、日本の発電所で初めて需要家に対するネーミングライツが使用されました。 木村 群馬銀行さんがネーミングライツを取得してくださり、「ぐんぎん尾瀬片品発電所」という名前になりました。群馬銀行さんは「２０３０年度ネットゼロ」という温室効果ガス排出量削減目標を掲げていて、我が社の水力発電事業と地域共生のコンセプトに賛同してくださったのです。また、発電所で発電された電気は群馬銀行さんが全量買い取り、発電所近くの北毛地区の９店舗および電算センターで使用されます。 ──どの発電所が発電した電気かわかるのですか？ 木村 東京電力エナジーパートナーが再エネで発電された電気であることを証明するトラッキング付きＦＩＴ非化石証書を活用しています。トラッキング情報の付与により、どの発電所で発電された分なのかがわかる仕組みになっています。 ──この価値向上プロジェクトは、今後どのような広がりを見せるのでしょうか？ 木村 やはり我々は民間の企業なので、新しいことに挑戦するとき費用対効果が必ず求められます。ここは、二つのパイロットプラントを通して慎重に検証していくべき点です。ただ、チャレンジの効果は金銭的なものだけではありません。チャレンジは企業価値の向上に繋がりますし、何より社員の誇りに繋がります。 この１００年近い間、我が社は発電事業において社会への誠実さを持ち続けてきました。真摯に問題に向き合って改善しようとする体質がしっかり根付いていると思います。さらに、今回のプロジェクトのように、自社の事業を通して「地域に貢献をしている」という誇りを、社員に感じてもらえたら嬉しく思います。その誇りが集結するとさらに大きなイノベーションが生まれると信じています。そして、そのアイデアをどんどん具現化していき、また新たな評価を得られれば次のイノベーションに繋がっていく。この社員の誇りから始まる好循環を、今後も我が社で広げていきたいと考えています。 ＊ ＊ ＊ 今回の取材を通して感じたのが、地元の人々も社員もこの新しい取り組みに強い期待を寄せているという点だ。これまでの発電事業にはないかたちで、地元、発電所、発電事業者の三者が繋がっていることがわかる。小水力への期待が高まる今だからこそ、東京発電の新たなチャレンジは小水力の価値を何倍にも高める大きな一歩になっただろう。 （終）