めいんすとりいと

『公研』2023年10月号「めいんすとりいと」 私が宇宙開発戦略推進事務局に着任した、今から４年前、日本は、米欧と比べて安価な通信衛星を製造し、トルコ等からの受注に成功。これから、世界の通信市場マーケットでもシェアが取れると期待された。実際、企業は、量産体制も整えていた。 しかし、残念ながら、その期待は実現しなかった。その一つのきっかけは、イーロン・マスク氏が経営するスペースＸが数万基に及ぶ大量の小型衛星を飛ばして、グローバルに衛星通信を提供するビジネス（スターリンク）構想をぶちあげたことだった。今でこそ、ウクライナで、その実力は実証されたが、当時は、まだ、みんな半信半疑。しかし、世界中の通信会社に新規投資を躊躇させるには十分だった。さらに致命的だったのが、米欧の名だたる衛星メーカーが、急遽、フルデジタル通信衛星の販売を開始したことだった。フルデジタル衛星は、自動車同様、打ち上げ後も、無線で衛星のソフトを書き換えることで、常に最先端の技術でサービスを提供できる。そう訴求することで、将来に不安を感じる通信会社の心を摑み、新規受注の大半はこのフルデジタル衛星になった。 一方、日本は、当時、政府が次世代通信衛星を開発中だったが、それが成功しても、フルデジタル化を達成できない。このままでは、日本の通信衛星は世界市場から駆逐されてしまう。そうした危機感から、関係省庁が連携し、試験衛星の打ち上げを遅らせても、フルデジタル化に取り組むこととした。これにより、なんとか、世界で競争できる技術が確保できるはずだ。しかし、何故、こんな事態に至ったのか。 その答えは、ほどなく明らかになった。要は、米欧の会社は軍事用にすでに10年以上前から、フルデジタル衛星を開発・運用していたのだ。それを、スターリンクの登場で動揺する市場に投入した。 日本は政府も企業も、民生用市場の動向や需要家のニーズにばかり注目し、海外の競合企業の実力を十分把握できていなかった。 この一件を通じ、我々は、米欧が、軍事用に技術を開発し、一定期間経過後に民生用に展開する流れを、よりリアルに理解できた。20年後、30年後の民間宇宙システムを理解するためには、現在、軍が開発・運用しているシステムを理解することだ。そして、その技術に投資することが、結果として、民生用を含めた宇宙産業を育てることになる。考えてみれば、デュアルユース技術とは、そういうものだ。防衛用の需要がある程度見込めれば、民生主導で開発することも可能だ。 いま、米軍は、スターリンク同様、何千基もの通信衛星・監視衛星を打ち上げ、戦場の状況から戦闘機・ミサイルの飛行状況までをリアルタイムで共有するシステムを構築中だ。これが、数十年後には、民生分野でドローン、自動車、飛行機等の自動運転やインフラの管理など様々な市民活動を支えるシステムになることも想像に難くない。 すでにこうした問題意識に立った政府のプロジェクトも立ち上がり、企業も具体的なビジネスに向け動き出している。過去の失敗を繰り返してはならない。 ただし、それにはもう一つ大きな課題がある。システムの性格上、この事業はグローバルなビジネスとならざるを得ない。いまそれができるのは、米国企業だけ。欧州や中国、インドが後を追う。日本にそれができるか……。 しかし、できなければ、将来、経済社会の基盤システムを他国に完全に依存することになる。失敗を恐れず、海外にパートナーを求め、市場を開拓するべきだ。成功すれば、必ずや日本の将来を支える重要産業になるだろう。ここが踏ん張りどころだ。 私自身、現職でも、それに少しでも貢献したいと思っている。 経済産業省通商政策局長

めいんすとりいと

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