公研セミナー

『公研』2023年5月号「公研セミナー」 東京大学大学院経済学研究科教授 ナウキャスト創業者・技術顧問 渡辺 努 わたなべ つとむ：1982年東京大学経済学部卒。Ph.D（ハーバード大学、経済学）。82年日本銀行入行、調査統計局、信用機構局、金融研究所などで勤務。一橋大学経済研究所助教授、京都大学経済研究所客員助教授、一橋大学経済研究所教授などを経て現職。2019年4月より東京大学大学院経済学研究科長。15年、東大発ベンチャー株式会社ナウキャストを設立。著書に『物価とは何か』、『世界インフレの謎』など。 日本のインフレ率 渡辺 私は東京大学の経済学研究科に所属しており、マクロ経済学分野、特に物価や金融政策を専門とする研究者です。研究対象は物価ですが、個々の商品の価格とマクロの物価がどうつながっているのかを調べることがテーマです。具体的には、一つひとつの商品価格のデータを学生やスタッフ、データ提供企業の皆さんに手伝ってもらいながら集めて分析しています。昨年ぐらいからインフレが起きたということで、いろいろなかたちで皆様のお仕事や生活に影響が及んでいる、あるいは先々どうなるのかと心配されている方も増えています。本日は、研究者として何かお役に立てることがあると思い、お話しさせていただきます。 海外の人が日本でどういうことが起きているのかを知りたいときに、コロナの前から大学の研究者に話を聞きに来ることが多いのです。私の場合だと、例えば海外のヘッジファンドや機関投資家、あるいはアメリカやヨーロッパの中央銀行や政府の人たちが研究室に来るのでお話をする機会がありました。ただ、この２─３年は当然のことながらコロナで減ってきていました。それ以前から日本がだんだん注目されなくなってきており、日本経済についてお話しする機会が減ってきたので少し寂しく感じていました。それが昨年の夏ぐらいから急速に訪問客が増えてきました。海外の金融機関の人たちは、日本の株式市場あるいは国債で、もうひと勝負できるのではないかということで、日本が再び注目されてきているのだと思います。 なぜそうなったのか。今日お話をする賃金と物価について大きな変化が日本に出てきていると見られているからです。この二十数年の日本の物価と賃金は、海外から見ると全く面白くないものでした。海外の投資家にとっては動きがないことが一番困るわけですけれども、日本は四半世紀そういう状況が続いてきたわけです。日本が物価と賃金の観点から関心を集めたのは、１０年前に黒田日銀総裁が就任した時にさかのぼります。先般亡くなられた安倍元総理がアベノミクスを始めたときは、海外の投資家にソコソコ注目されました。それ以降、初めてと言っていいぐらいの感じで、いま日本の物価と賃金は注目されています。たまたま私は海外の投資家の方々と接触する立場にいるので、そういうことを肌身で感じていますが、日本国内の議論では海外から注目されていることが認識されていないことを、私は少し残念に思っています。日本の賃金と物価に変化が起きているという話題は日本から海外に発信すべき重要なテーマです。私たち日本人の様々な活動──企業あるいは家計としての活動そのものが注目をされていることを強調しておきたいと思います。 海外が日本に再注目する理由 では、なぜ海外の人たちが再び日本に関心を持ち始めたのかをお話ししたいと思います。まず、そもそもインフレがどうなっているのかを簡単におさらいして、それから私自身の考え方をお話しします。総務省統計局が毎月作成している消費者物価指数からインフレ率がどうなっているのかを見ます（図１）。１９９５年から四半世紀の間の日本のインフレ率を見ると、ゼロ％の線を少し上回ったり少し下回ったりしていますけれども、基本的にはゼロ％の周りをウロウロし続けているのがはっきり見てとれます。日本経済はこういう特徴を持っているわけです。 この現象は、日本では、デフレあるいは慢性デフレと呼ばれています。けれども、デフレはインフレの反対ですので、通常は物価が下落する現象のことを指すわけです。例えば、アメリカの大恐慌期は物価が10％下落しましたけれども、そういう大きな下落が本物のデフレです。日本でもそういうことが起きるのではないかと言われた時期もありましたが、結果的に大恐慌期のようなデフレは起きませんでした。その代わりに、日本では物価が上がりも下がりもしない現象が長く続きました。これをデフレと呼ぶのは、少し間違った言葉遣いではありますけれども、それに倣ってお話を続けたいと思います。 日本がゼロ％で25年間やってきた間、アメリカは日本よりだいぶ高い３─４％ぐらいのインフレ率できました。インフレ率については、今は研究者も中央銀行の人たちも２％ぐらいがちょうどいいという認識で一致しています。アメリカはこの25年間、それに近い水準でやってきたと言っていいと思います。逆に日本はゼロ％ですので、２％よりも低すぎたと言えます。その日本が昨年頃から変化をしているわけです。 米国とヨーロッパでは２０２１年ぐらいからインフレが加速して、一時期は前年に比べて10％ぐらい物価が上がりました。アメリカは金利の引き上げ（金融引き締め）を昨年初めぐらいから始めました。それが少し効果があったということで、今はインフレ率が５％程度まで下がってきています。それでもインフレ率はまだ高めです。アメリカやヨーロッパだけでなく世界中どこでもインフレが高まっている状況が21年ぐらいから起きています。 欧米のインフレの一つの原因は、もちろん戦争です。例えば、ウクライナ産小麦の貿易が滞って世界中で食糧不足が起きてインフレになるという具合です。ウクライナ戦争（ロシアの侵攻）は２０２２年２月に始まったのですが、アメリカやヨーロッパのインフレは21年３月ぐらいから始まっていました。欧米では戦争のほぼ１年前からインフレが始まっていたわけです。戦争がインフレを加速したのは事実だと思いますけれども、理由は別にあったわけです。考えられるのは、新型コロナウイルス感染症のパンデミックです。パンデミックが原因となっていろいろな分野での供給制約が起きて、それがインフレを起こしたと言うのが、今の定説的な理解の仕方になっています。欧米のインフレはそういうことで起きているわけです。 一方で日本はどうなっているかと言うと、日本は欧米のようなかたちでのパンデミックに起因するインフレは、今のところ起きていません。今起きているのは、海外のインフレが日本に流入して日本の物価が上がっていることです。今までずっとゼロ％のところでウロウロしていたインフレ率が、２０２２年ぐらいからググッと上がってきて足元は４％を超えるぐらいまで上がってきています。４％と言うのは欧米から比べるとまだまだ低いし、望ましいと言われている２％から見てもそんなに大きく離れているわけではない、と私は思います。ただ、私たちはずっとインフレ率ゼロ％の世界で生きてきました。そこから見ると４％は結構大きな数字ですので、社会全体が大きな騒ぎになっている状況かと思います。 欧米のインフレについては非常に不確実性があります。先ほど申し上げたように、米国も欧州も金融引き締めをやってきて、それなりに効果があってインフレ率を多少なりとも抑えてきたのは事実です。他方で、最近、欧米の銀行の調子が悪くなってきました。金融引き締めで銀行経営に難しい面が出てきて、いろいろなトラブルの種を抱えていた銀行が破綻をする、あるいは破綻直前まで行ってしまうという問題が出てきています。そうなると、インフレ退治のために今までのような金融引き締めを続けていくことが難しいというのが現状です。今後を考えると、インフレ率が一直線に下がって２％に綺麗に着地する未来は描きにくいと思います。今のような、アメリカは５％、欧州はもう少し高い水準のインフレ率が、２０２３年も24年も続くと覚悟せざるを得ないと思います。それがどのぐらい長く続くのかは誰もわかりませんが、当面はそういうことが続くと思われています。 日本はどうかと言うと、実は日本のほうがさらに不確実性が高いわけです。先ほど申し上げたように、日本は他の国に比べてインフレ率は低いのですが、これから上がっていって欧米のような水準までいくのかという心配もあります。他方で、日本はインフレ率がゼロ％に戻っていくのではないかと見るエコノミストもいるわけです。そもそもの問題として、上がるのか下がるのかということですら、よくわからないという状況に日本はあるわけです。 食料品や日用雑貨の物価からインフレ率を分析 私の研究の一部を紹介します。スーパー、コンビニ、ドラッグストアなどのＰＯＳ（販売時点情報管理）データを企業から送ってもらい、それを私達が集計・分析しています。１２００ぐらいの店舗から毎日送ってもらっているＰＯＳデータを私たちが作ったアルゴリズムで集計をして物価指標を作っています。その指標（図２）を見ると、昨年４月10日に比べて７・９％上がっていました。結構高いインフレ率になっているわけです。スーパー等で売っているものですので、基本的に私たちが毎日買うような食料品や日用雑貨という身近な商品が中心になります。そういうものは人々の物価に関する感覚に強く影響を与えるもので、それが７・９％上がっているとなると、消費者あるいはメディアはインフレで大変だということになります。 ７・９％というのは近年なかった数字で、非常に高いインフレ率です。さらに言うと、７・９％が天井で、今後は下がるのかを見たときに、どうもそうはならないわけです。今年に入ってから食料品を始めとして様々な企業が値上げを表明してきました。だんだん値上げの裾野が広がっていく傾向すら見えていますので、この先もう少し上がっていく可能性はあると見ています。 日本の慢性デフレは終わっていない 消費者物価指数は６００品目から構成されています。例えばシャンプーとか理髪の料金とか、そういう財やサービスの価格を一つひとつ集めて、総務省は消費者物価指数を作っています。６００品目あるので、それぞれについて、前年の同じ月に比べて価格が上がったか下がったか、変動は何％だったのかを計算することができます。そうやって作った消費者物価の品目別インフレ率について、頻度分布を描いたものが図３です。 非常に高い率で上がったものもたくさんあることがわかります。日本で起きているのは、急性のインフレだと見ています。急性インフレは、アメリカでもヨーロッパでも起こっています。しかし、日本は他の国と違う特徴があります。それが図３の真ん中のピークです。このデータは今年２月のものですけれども、ゼロ％のところにたくさんの品目があります。 これは、昨年２月と比べて物価が全く変わっていない品目がたくさんあることを意味しています。どれくらいあるかというと、全体の３分の１です。これが日本の慢性デフレを表しているわけです。ゼロのところのピークは１９９５年ぐらいに現れ、それから25年経っても変わらず存在し続けています。最近の物価高で「日本はもうインフレなのだからデフレは終わった」とおっしゃる方もいますが、そんなことは全くありません。この慢性デフレは昔も今もここに鎮座していて、変わっていないわけです。 日本は、慢性デフレという元々かかっていた病気と、急性インフレという昨年あたりから入ってきた病気の二つ病気を抱えているのが特徴です。同じような図をアメリカやヨーロッパの国々について描いても、急性インフレのほうは同じように出てきます。ところが慢性デフレのゼロ％ピークは一切出てきません。私が知っている限り、こんなものが出てくる国は日本だけです。生身の人間でも病気を二つ抱えていると、一つの病気の治療のための薬を飲むと、もう一方の病気が悪くなることがよくありますけれども、日本経済も全く同じです。慢性デフレと急性インフレの二つを抱えていて、片方を直そうとするともう片方が悪くなる可能性が十分にあり得ます。 昨年あたりから、日本が金融緩和を続ける中で海外は利上げをしてきたので、結果的に円安になりました。そういう中で、円安を防ぐためには日本も利上げをすべきだ、という議論がずいぶん語られました。もし日本が急性インフレしかなければアメリカやヨーロッパと同じように利上げすべきだ、と私も強く思います。そうすれば円安も解消されたでしょう。仮に昨年日本が利上げしたら、急性インフレに対しては良い効果があったかもしれませんけれども、慢性デフレについては明らかに悪い効果が出ることが予想されました。なので、日銀も政府も欧米の中央銀行のように利上げに向かわなかった。それはひとえに慢性デフレにも目配りしなければいけないからで、利上げを躊躇したわけです。このように、日本の金融政策は慢性デフレという余分な病気を抱えているが故に、欧米とは違う処方箋を中央銀行や政府が考えなければいけない、難しい状況になっています。 慢性デフレからの脱却 日本の現状を理解する上で、慢性デフレがどうやって起きてきたのか、今も昔と同じような慢性デフレなのか、あるいは少しは良くなりつつあるのか、慢性デフレはこの先どうなっていきそうなのか──が最大のポイントだと私は思っています。 図４は１９７３年からの日米のモノの価格、サービスの価格、名目賃金について、その価格水準がどう動いてきたのかを示しています。この50年間の日本の物価と賃金の動きを見ると、70年代、80年代、90年代前半までは３本線はみんな右肩上がりになっています。同時期のアメリカも３本線それぞれが右肩上がりになっています。傾きを見ても、日米でそんなに差がないことがわかります。だから90年代前半までは、日本で変なことは起きていなかったと言っていいと思います。ヨーロッパもアメリカと同様ですので、世界全体と日本の物価と賃金は同じような動きをしていたのです。 90年代後半になると明らかに違う動きが出てきました。アメリカは右肩上がりが３本線とも続いていきます。ところが、日本は成長が止まった感じで、モノの価格もサービスの価格も名目賃金も横方向の水平線になってしまいました。 なぜ物価と賃金は成長が止まったのか 日本は90年代半ばぐらいから慢性デフレが始まったという話を最初にしましたけれども、そのこととモノとサービスの価格が動かなくなったことは符合しています。ここで注目していただきたいのは、賃金です。実は賃金も同じ時期から動きを止めています。つまり、90年代後半ぐらいから物価が動きを止めて、そこから慢性デフレが始まっていますが、ほぼ同じタイミングで名目賃金も上がるのを止めています。何らかの理由で、物価と賃金が仲良く動きを止めたことが考えられます。それをいろいろなデータを使い検証する中で、私が仮説として考えているストーリーをお話ししたいと思います。この25年間、慢性デフレの時期に賃金とモノ・サービスの価格は日本の中でどうなっていたのか、どうして水平線になっているのか──を説明する仮説です。 図５の左側は、「日本版の賃金・物価スパイラル」を描写したものです。まず、賃金・物価スパイラルについて簡単にご説明します。例えば、昨年のイギリスではインフレが起きている中で、労働組合は自分たちの生活を守るために高い賃上げを要求しました。それを企業も呑まざるを得ないということで高い賃上げが実現すると、人件費が上がっていくので企業はその分を価格に転嫁します。そうすると、さらにインフレが加速していくわけです。こういうことで賃上げと物価高がまさにスパイラル的──この場合は悪循環的に上がっていくというのが、賃金・物価スパイラルです。 それに類することが、経済成長が水平線の時期の日本で起きていたというのが私の仮説です。ただ、日本では物価上昇によって賃金がガンガン上がるなんてことは起きなかった。起きたことは、物価も賃金も両方上がらない──連動しているという意味ではよく似ているわけです。その意味でスパイラルだったというのが私の解釈で、その意味合いを込めて「日本版の賃金・物価スパイラル」と呼んでいる仮説です。 ガラパゴス的なスパイラルが続いてきた日本 この水平線の時期には、まず企業が毎年モノやサービスの価格を変えないことが起きています。そうすると消費者にとっての生計費も変わりません。そうなると労働者は賃上げがなくてもそれなりの生活は維持できます。労働組合としても、生計費が落ち着いている中で賃金だけ上げろと言っても社会の理解がなかなか得られないから、賃上げを諦めるようになりました。企業としては、賃上げがないとなれば人件費が毎年変わらないので、それを価格に転嫁する必要がなくなります。これでモノやサービスの価格を据え置くという出発点に戻ってくることになります。 日本はこのサイクルを繰り返しながら２５年間やってきたというのが、私の理解です。他の国では賃金と物価についてこんなスパイラルは起きず、一定の率で賃金も物価も上がっていきました。まさにガラパゴス的なスパイラルが日本で起きてきたと言っていいと思います。ただ、ガラパゴスではあったけれども、それなりに過ごしやすいガラパゴスだったことも事実だと思います。 価格が毎年据え置きなので、消費者からすればインフレになる心配がありません。先々の見通しを考えるときに、例えば子供の教育費や生活費がどんどん上がることを心配する必要はないという意味では、物価に関する不確実性が低くて、消費者にとって過ごしやすい社会だったと思います。企業にとっても、通常の国であれば賃上げで人件費が毎年上がっていく苦労がないので、人件費高騰について心配する必要が基本的にはなかった。そうすると、他のところに経営資源を多く回すことができるという意味で、企業にとっても将来の不確実性が低いというメリットは大きかったと思います。 このように消費者も企業も共に不確実性が低いという意味で、非常に過ごしやすかったということです。だからこそ25年もの長い期間、このサイクルが続いたのです。もし住み心地が悪ければ、賃金と価格が据え置かれる社会がこんなに長くなることはなかったわけです。しかし当然のことながら日本はガラパゴス（閉じた世界）ではありません。他の国と物やお金のやり取りも人の移動もする国です。そうすると、どこかでこのガラパゴス的にやってきたことの綻びが出てきます。実は、この25年の間にも所々でそういうものが見えてきたわけですけれども、なにぶん過ごしやすかったので、そういう綻びが出ても綺麗に修復して、また元のサイクルが繰り返されてきました。 例えば、１０年前に当時の安倍総理が始めたアベノミクス、あるいはこの４月に退任された黒田日銀総裁がやってきた異次元の金融緩和は、政策的にこのサイクルを壊そうとしたものでした。このサイクルを壊すための圧力がかかったので、その頃は一瞬このサイクルが崩れそうになりました。けれど、このサイクルの居心地の良さが強い要因になって、これを壊すことは失敗に終わりました。政策以外にも、いろいろなショックが起き、このサイクルが壊されそうになりましたが、実際には壊れなかったわけです。 この居心地の良いサイクルが今、壊れつつあるというのが私の認識です。今日申し上げたいことのポイントはそこにあります。冒頭申し上げた、海外の人が再び日本に関心を持ち始めているのは、日本はこのガラパゴス的なサイクルでやってきたけれども、どうもそれが壊れるのではないかと見ているからです。その兆しがあるので、それを調べに私のところへ来ているわけです。次に、どうやってこれが壊れようとしているのか、どの程度壊れる可能性があるのかについてお話しします。 物価への認識が変わり始めた この１年間、大きな変化がいくつか起きています。まず一番大きな変化で、これが全ての変化の出発点だったと私が思っていることは、消費者が物価は上がると思い始めたことです。私たちは、消費者が物価についてどう思っているかについて毎年アンケート調査──日本だけではなく、他の先進国の消費者についても行っています。その中で、２０２１年までは、日本の消費者は「物価は上がらない」と答えていました。「日本版の賃金・物価スパイラル」の中で心地良いガラパゴスの世界にいましたので、「日本の物価は上がらないで据え置きだ」と答える人が圧倒的に多かったわけです。それはヨーロッパやアメリカの国々の消費者とは全く違っていました。欧米の消費者は、「物価は上がるもの」と常に答えていました。彼我の差は大きかったわけです。 そういう差は２１年もあったのですけれども、２２年５月に行った調査では初めてその差が消えました。日本の消費者もアメリカやヨーロッパの消費者と同じぐらいに、「物価は上がる」と予想し始めました。私たちはそれをインフレ予想と呼ぶのですけれども、日本の消費者もインフレ予想が欧米並みに高まりました。そのことが昨年の春ぐらいに起きました。昨年春は日本ではまだインフレはそれほど起きていなくて、当時のインフレ率は２％に達しないぐらいでしたので、まだまだ低かったわけです。それにも関わらず多くの日本の消費者は、日本のインフレ率は高くなるという予想を持ち始めたのです。 通常は実際にインフレが起きてから先々もこういう状態が続くのではないかということで、インフレ予想も高まるのですけれども、実際にインフレが起きる前に日本の消費者のインフレ予想が上がったというのが大きな特徴です。なぜ日本の消費者のインフレ予想が上がったのか。おそらく、他の国で高インフレが起きていることがメディアで報道され、ＳＮＳなどでも語られるという中で、日本でも同様な事態になるのではないかという連想が働いたからだと思われます。あるいは、昨年２月からウクライナ戦争が続いていますので、当然インフレになるだろうと思う日本人も多かったのだと思います。 消費者行動はどう変化したか 消費者のインフレ予想の変化は消費者の行動を変化させました。私たちのアンケート調査で、昨年の春ぐらいから行動が変化していることがわかってきました。私たちは、価格が上がった商品を見たときにどう対応するのかを、日本と欧米の消費者とで比べます。欧米の消費者は、「高いのは嫌だけれども、しょうがないからその店で値上がった商品を買う」という答えが典型的でした。それに対して日本の消費者は、「価格が高くなった商品を見ると、値上げした店では買わずに違う店に行く」と考える消費者が以前は典型的でした。他の店に行けばきっと安いだろうと思うわけですね。全般的に物価が上がらないと過去の日本人は思っていたので、「他の店に行けばきっと以前の値段で売っているはずだ。この店で値段が上がっているのは特別な事情があったからだ」と考えるわけです。欧米の人たちは、そもそも物価は上がるものだと思っていますので、「この店で価格が上がっているということは他の店でもきっと上がっているだろう」ということで、他の店に行くのは無駄足になるかもしれないから、その店で買うという答えになっていたわけです。 値上げした商品を見ると他の店に逃げるのが、日本人の典型的な消費のパターンというのが２０２１年の調査までの結果でした。しかし、これが昨年の春の調査で大きく変わりました。日本人も欧米人並みに他の店に逃げなくなったということが、初めて観察されました。私たちはずっとこの調査をやってきたのですけれども、常に日本とアメリカやヨーロッパとでは消費者行動に差があったのですが、それが昨年初めて消えたので非常に印象的でした。これが注目すべき変化の二つ目です。この消費者行動の変化と、一番目の変化であるインフレ予想が高まったことは符合しています。 企業の価格づけ行動に変化 三つ目は企業の価格づけ行動の変化です。企業は消費者行動の変化を機敏にキャッチしますので、値上げしようとします。これまで日本の企業は、原材料費などが上がってもなかなか価格に転嫁できませんでした。価格を上げると消費者が逃げてしまうというのが過去のパターンでしたから、怖くて価格を上げられなかったのです。数年前に、居酒屋の鳥貴族が値上げしましたけれども、消費者が蜘蛛の子を散らすように他の店に逃げてしまうことが起きました。同様のことが起きるのではないかと他の企業も考えるので、なかなか値段を上げられなかったのが、これまでの日本だったわけです。しかし、昨年の春ぐらいから日本の消費者が逃げなくなってきたので、企業はコスト増の価格転嫁を始めました。それで日本の物価が上がり、それに伴う生計費の上昇が起きました。 企業が強気に出たことを受けて労働者も行動を変化させました。これが四つ目の変化です。生計費が上がってくると、当然のことながら生活者としては困ったことになります。そこで労働組合は、今年の春闘では大幅な賃上げを求めたわけです。春闘での賃上げ率は、この２０年間ぐらいは毎年２％ぐらいしかありませんでした。２％というのは定昇分のみということを意味します。それが今年は３・８％まで上昇しました。賃上げはまだ十分だとは言い切れないというのも事実ですが、それでも、過去２０年間起きなかった本格的な賃上げが起きたことは注目に値します。 賃金・物価の新しいサイクルが起き始めた 消費者のインフレ予想の変化、消費者の値上げ耐性の高まり、企業の価格転嫁、大幅な賃上げの四つの変化がこの１年間で起き、「日本版の賃金・物価スパイラル」とは違うことが日本社会で起き始めました。新しいサイクル（図５右側）は、例えば物価は毎年２％ぐらい安定的に上がっていき、生計費も毎年２％ぐらい上がっていくというものです。生計費が上がるので賃金も上がらないと困るので、賃上げを要求していく。日本の場合、労働生産性の上昇率が低いから、賃金をたくさん上げるのは難しいのですけれども、それでも労働生産性の上昇率は毎年１％ぐらいありますので、物価上昇の２％に生産性上昇の１％を足した３％ぐらいの名目賃金の上昇が可能だと考えられます。賃金が毎年３％ぐらい上がっていくと、人件費上昇につながっていくので、企業はその分を価格に転嫁していく。こうして、物価は２％、賃金は３％というふうに安定的に毎年上がっていくことになります。 このサイクルは、多くの国では普通に起きているものです。日本はようやく標準的なサイクルに移りつつあると言っていいと思います。私はこの新しいサイクルが望ましいことだと考えています。今まで日本が過ごしてきたサイクルでは、少しでも価格を上げるとお客さんが逃げてしまうから、企業としては価格を動かすことはできない、その前提の下で経営をしなければなりませんでした。そうなると、優れた新商品のアイディアが頭に浮かんだとしても、それを即座に実行とはなりません。新商品の開発には当然コストがかかりますが、それを価格に転嫁できないからです。開発コストを回収できないとなると、せっかくのアイディアを諦めざるを得ません。このようにして、イノベーションが阻害されてしまいました。 ２０００年頃のアメリカは、実はデフレの縁にいました。いつデフレに陥ってもおかしくないという状況でした。当時、米国の中央銀行の議長だったアラン・グリーンスパンはデフレを回避するには金融緩和が必要だと考えました。しかし当時、金融緩和に向かうことには反対の意見が少なくありませんでした。そうした人たちを説得するために、グリーンスパン議長は様々なところで何度もスピーチをしました。そこで語ったストーリーが、今私が申し上げた新商品開発に関しての話です。当時、彼が言ったのは、今、日本で起きているようなデフレ──物価が下落するという意味でのデフレではなく、価格が凍りついたように動かなくなってしまうという意味でのデフレです──になってしまったら、アメリカの企業は新商品開発をやめてしまう。アメリカ企業の経営者ができることは、売る工夫ではなくコスト削減しかなくなる。そうすると、人件費や材料費を削るというコスト削減に精力を費やしていく。どの企業も、それによって辛うじて収益を上げるという後ろ向きの経営になってしまう。アメリカのダイナミクスは失われる──とグリーンスパンは訴えて金融緩和反対派を説得しました。実際、金融緩和をして、アメリカはデフレの縁で留まってデフレに陥りませんでした。 ２０００年当時の日本は、すでにデフレだったわけですけれども、そのあとさらに20年ぐらい慢性デフレを続けてきたわけです。まさにグリーンスパンが言ったような、イノベーションが阻害される状態が長く続いてきたのです。日本の元々のサイクルでは、単に賃金と物価が上がらないという価格の話だけではなく、企業経営に非常に悪いことが起きていたのです。そのサイクルから健全なサイクルに移るのは、非常に望ましいことだと私は考えているわけです。多くの研究者や企業経営者の方々も健全なサイクルに移るのが望ましいとお考えのことと思います。 物価と賃金の好循環への道 ようやく物価と賃金が好循環する健全なサイクルに移る状況が日本にも生まれてきました。しかし、これですべて解決で万々歳かというと決してそうではありません。現在どういう状況にあるかというと、昨年春から１年間かけて、新しいサイクルをとりあえず１周回してみたというところです。今後もこの健全なサイクルで回していきたいわけです。１周回れたのだから２周目もいけるだろうと気軽におっしゃる方も少なくありません。しかし、私はそこまで楽観的ではありません。１周できたのは事実で、それは偉業ですが、そのことに満足して何もせずにぼんやりしていると、新しいサイクルが定着するどころか、元のサイクルに引き戻されてしまうだろう、と私は思っています。 私たちは25年間、慢性デフレのサイクルでやってきました。先ほども申し上げたように、結構居心地が良かったわけですので、そうするともう１度戻ろうという社会の機運が簡単に盛り返してくると見ています。実際、新聞の投書欄などで、昔のほうがよかったという意見をしばしば目にします。ですから、何もせずにぼんやりしていて健全なサイクルを２周目３周目と回すということはあり得ないのです。２周目３周目をきちんと回すにはどうすればよいか、そこに知恵を絞って適切な政策対応を行う必要があります。 まず物価に対する政策対応ですが、昨年春に消費者のインフレ予想が高まったというのがすべての出発点だったと先ほど申し上げました。私はそう確信していますし、多くの研究者や日銀の政策担当者もそう考えていると思います。この先の２周目３周目においても、インフレ予想が高いまま定着するかどうかがカギを握っています。皆が、また物価は据え置きだと思い始めたら慢性デフレのサイクルに戻ってしまいます。ですから、物価はソコソコ上がるというイメージを皆さんの頭の中にしっかり定着させるのが大事です。 この点で良い方向の流れだなと私が感じているのは、若い人たちがインフレを経験したことです。例えば大学での私の学生たちは20歳前後ですけれども、日本の慢性デフレはもう25年続いているわけですので、彼らが生まれる前からデフレでした。だから彼らはインフレを経験したことがないわけです。20代は当然として、30代、あるいは40代でもインフレの記憶があまりないと思います。彼らはインフレの経験がないので、安倍総理や黒田総裁が先々はインフレだと叫んでも実感を持てませんでした。日本のインフレ予想がなかなか上がってこなかった原因はここにあります。しかし、その彼らもこの１年間でインフレを経験しました。そして、もしかしたらこういうインフレが将来も続くかもしれないと考えるようになっています。若い世代のインフレ予想の変化、そしてその定着は望ましい変化だと見ています。 ２％目標をやめることはあり得ない議論 ただ心配なこともあります。日銀総裁に私の同僚だった植田和男先生が就任されました。植田先生は経済学者として私とそう違った考え方をするとは思っていませんけれども、黒田総裁時代の10年間に日銀がやってきた政策を変えるべきだという議論が世の中から出てきています。その中で象徴的なのが、日銀がこの１０年間でやってきた物価目標政策です。消費者物価の上昇率を２％にするというのを掲げてきましたが、黒田前総裁はそこに拘りすぎたために副作用の強い政策をやったという批判があります。それで、いっそのこと２％の物価目標政策をやめてしまえとか、２％という数字に杓子定規に拘るのはやめたほうがよいということが言われています。２％目標そのものをやめるのは、私からすると絶対あり得ない議論です。私は、今はまさにそういう物価目標政策が一番必要な時期だと考えています。つまり、１周目から２周目に移れるかどうか、過去25年間に起きなかったことがようやく起き始めているときなので、今こそまさにインフレ予想を上手に定着させるために、物価目標政策が必要になってきているわけです。そういう肝心なときにやめてしまうのはあまりにもったいない。今の政策を断固維持すべきだと思います。 年金についても政策的な対応が必要です。年金給付額は制度的には物価上昇にスライドさせる仕組みになっていますけれども、財政的な問題があるので完全にはスライドしていません。インフレになると年金給付額は目減りしてしまうのです。年金をもらっている方々の生活は圧迫されるので、健全なサイクルに移ることに反対する雰囲気になってしまう可能性が高い。そうならないために給付額をきちんと物価にスライドさせることが必要です。もちろん財政との兼ね合いがありますので、一筋縄ではいかない部分がありますけれども、真剣に検討すべきだと思います。それから、規制価格です。日本は、政府が規制する価格が他国に比べると非常に多いのです。規制価格は、消費者を独占企業から守るという観点から作られています。つまり、価格を上げないことに大きな重みが置かれているわけです。消費者が守られるという意味でのメリットはありますけれども、健全なサイクルに日本が移行するという前提で考えると、物価が毎年２％上がっていく中で規制価格だけは１ミリも動かないというのでは、企業の経営が成り立ちません。 規制企業も物価にスライドさせて価格をきちんと上げられるような仕組みが必要だと思います。欧米の国々では、例えば公共交通機関について物価にスライドさせて料金を上げています。むしろ上がり過ぎるので問題になっているようです。規制料金だからと言って１円も上がらないのは日本だけです。日本の規制料金にも物価スライドの仕組みを欧米に倣って導入すべきだと思います。 優秀な人材確保のためにも賃上げ継続を 健全なサイクルの定着には賃金面での政策対応も必要です。３月の春闘では大企業はソコソコの賃上げができました。収益をしっかり確保している面もありますが、大企業としては海外との賃金格差が非常に大きくなっていますので、若い優秀な技術者などが海外に逃げてしまうことを防ぐためにも、その差を埋めにかかる必要があったわけです。なので、大企業については今後も賃上げを続けると見ていますので、２周目３周目についてそれほど心配していません。 心配なのは中小企業です。今年の春闘でも、中小企業は賃上げについて決して好ましい状況ではありませんでした。理由は明らかで、中小企業は価格転嫁が難しい状況に置かれているからです。エネルギーの値段が上がっていても、大企業と取引している場合、その分を価格に転嫁することができない、あるいは価格交渉のテーブルにもつけないということが起きています。 この辺については、政府はもちろん経団連や商工会議所も認識しています。例えば公取や中小企業庁は、大企業と中小企業との間の価格に関する取引条件の決め方を調査するために人員を増やすといったことを行っています。あまりにも作法が悪い大企業については名前を公開し、それによって消費者からプレッシャーがかかるようにしようというわけです。まだ始めたばかりで大きな成果が上がるというところまではいっていませんが、そういう政策対応を粘り強く続けることによって、中小企業でも価格転嫁できる環境が徐々に整っていくだろうと思います。 中小企業の賃金では最低賃金のパスが鍵 それから、中小企業の賃金については、私が最も大事だと思っているのは最低賃金です。毎年夏ぐらいに最低賃金は決められるので、今はそのための下交渉が始まりつつある時期です。実は、最低賃金はアベノミクスのもとでもそれなりに上げられていて毎年３％程度上がってきました。先日も岸田総理が、今年は時給１０００円を実現しようと、具体的な数字に言及されました。非常に良いことだと思います。 私はもう一歩、踏み込むことができると考えています。仮に今年は１０００円だと決めるとして、来年や再来年についてはそのときになってから決めましょうというのが今の仕組みです。私はそこを変えたほうがいいと思っています。これから夏にかけて最低賃金の交渉を政府の中で進めていくわけですけども、今年の水準として１０００円というのを決めるだけでなく、その次の年には１０５０円に、さらにその次は１１００円に、そのまた次は１１５０円にしよう──こういうふうに、この先数年分の目安を今年決めてしまうのです。そして、その目安を総理が広くアナウンスするのが良いと思っています。 今までも３％程度はきちんと上がってきたわけです。その延長線上で考えれば、今後も上げていくというのがおそらく政府が考えていることでしょう。だったら、政府が考えている将来の最低賃金のパス（道程）をアナウンスしましょうということを提案しているわけです。今まで全く最低賃金を上げて来なかったのに、先々ぐっと上げると言っても、皆信用しないかもしれませんけども、一応上げてきた実績があるので、来年も再来年もその次の年も５０円ずつ上げていきます、と言っても信用してもらえるのではないでしょうか。 なぜそれをやると良いのか。例えば２０２４年の春闘を中小企業の労組が闘おうとしたときに、中小企業には最低賃金に近い労働者が多いわけですので、最低賃金が２４年はこれぐらい上がる、25年はこれぐらいというのが見えていると、自分たちの賃金も最低賃金の上昇とパラレルになるようにこれくらい上げて欲しいと要求できます。今年の春闘では足元のインフレが高かったのでそれをテコに労組は交渉を進め、それが成功につながりました。交渉にはテコが必要です。政府によって示された最低賃金の先行きのパスは、来年以降の春闘での強力なテコになると思います。 企業サイドから見ても、例えば中長期の経営計画を立てるときに、人件費がどうなるかを当然織り込みます。賃金についてはあまりにも不確実性が高いので、例えば人件費が変わらないという見通しのもとで中長期の経営計画を立てることがあると聞いたことがあります。大企業は最低賃金よりもずっと高い賃金でしょうけれども、最低賃金の将来パスを総理が口にすると、中期計画を立てるときに人件費の計上に影響していくだろうと思います。そうやって賃金が上がる姿が、中長期計画の中に織り込まれていくようになる。健全なサイクルで経済が回るという事実が企業経営にビルトインされていくことになりますので、よりこの健全なサイクルが定着しやすくなるのではないかと考えています。 日本経済が健全なサイクルに変わるためには 実は、私は昨年の年末から経済財政諮問会議の臨時メンバーをやっており、今年の骨太の方針を６月までに作る作業に携わっています。今年は日銀総裁が変わったこともあって、金融政策の位置づけはどうあるべきかをもう一度考え直そうとしています。それから、今まで日銀が国債をたくさん買ってきたわけですが、方向性としてはそれも変化するので、そうすると財政政策にも影響が出てきます。金融政策と財政政策の両方を全体的に見直し、必要なところについては直そうというわけです。 その議論の場でも、最低賃金の将来のパスを見せることを提案しています。私の提案どおりになるかどうかは全くわかりませんが、最低賃金は政府が行使できる非常に強いツールです。このツールを有効に活用して健全なサイクルに移る道筋を整備していただきたいと思っています。 ◆意見交換 賃金と価格の上昇がもたらす影響 増田 ２点質問いたします。賃金と価格の安定的な上昇のサイクルへ日本が移行・定着した場合、ＧＤＰや為替にどのような影響をもたらすでしょうか。 次に労働組合の存在感についてです。ここ十数年の間、組合が企業に要求を出す機会がどんどん減り、組合の存在感が非常に薄くなっていると感じています。これは大企業で顕著に見られます。本日のご講演で、物価の上昇率が賃金上昇における交渉の目安になるというお話がありましたが、一連の賃上げ要求の動きによって組合の存在感は復活してくるのでしょうか。 「成長と分配の好循環」へ繋がる 渡辺 先ほど、アラン・グリーンスパンの言葉を借りて図５左側のサイクルは結果的にイノベーションを削いでいるというお話をしました。さらにこの図５左側のサイクルを異なる視点から見ると、図５左側は価格が動いていないので非価格競争とも言えますし、昔でいう旧ソ連のように価格メカニズムが正常に機能していない状態とも言えます。一方で、図５右側のサイクルは価格メカニズムがきちんと機能している状態です。頑張った企業が価格を上げ、それにともない頑張った人の賃金が上がる。あるいは、下がってしまう人も出てくる。このような当たり前とも言えるメリハリのある経済状況をようやく取り戻すことができるのが、右側のサイクルです。このサイクルが定着すると、まずは経済活動が活発になります。そうすると、イノベーションを起こす余裕も生まれます。また、労働者もスキルアップに積極的になり、それが労働生産性の向上にも繋がります。このように、右のサイクルはＧＤＰやイノベーションにも良い側面があるのです。 実は、岸田政権は当初に「成長と分配の好循環」を掲げ、次に「賃金と物価の好循環」を掲げていて、後者が前者にどう関係してくるのかについて、現在私も参加している諮問会議の中で議論しています。私は物価と賃金の好循環に取り組むだけでも、それなりに成長に良い面をもたらすと考えています。そうなると、今度はようやく成長と分配の好循環に話が移っていくことができるのです。 では、為替はどうなっていくのか。右側のサイクルでは物価が２％ずつ上昇し、それに伴い賃金が３％ずつ上昇します。これは日銀がめざす物価上昇率２％を実現している状態となっているので、こうなると日銀はゼロ金利やマイナス金利を続ける必要はなくなり、欧米と同じように金利を上げ始めるでしょう。日本は欧米と比べるとあそこまで激しいインフレではないので、急激な上昇ではありませんが、それでもある程度金利は上がると予想します。植田総裁はこのような金利の操作を遠くない将来、始めるだろうと考えています。 そうなると、為替は円高方向に進みます。これがいつ起こるのか時期を明言することは難しいのですが、今年や来年の春闘が作用して、２０２４年後半にはこのサイクルが２巡目・３巡目に入ります。そこで、ようやくきちんと定着し回り始めたという実感が湧いてくるのではないでしょうか。そうなれば、日銀はサイクルが順調に回っているとの認識に基づき、金利を上げ始めるでしょう。そして、為替も円安は止まり円高に向かって舵をきっていくのではないでしょうか。 次に二つ目のご質問、労働組合についてです。おっしゃるように、組合の存在感が薄いから賃上げが今までできていなかったのではないか、というお話はよく耳にします。私は労働組合の専門家ではないのですが、そもそも組合に入りたい人が減少していることや、非正規雇用やフリーランスの増加などが要因で、組織は弱体化しているのだろうとぼんやりと考えていました。実は昨年の夏ごろから組合の方が研究室に来て、賃上げ要求をどう決めたらよいのかというようなことを、一緒になって考えるお手伝いを始めました。それがきっかけで私自身も組合の話に首を突っ込みはじめました。そこで実感したのが、確かに存在感が薄れてきているのは事実だが、今回の春闘で何もしないとなると組合の存在意義が本当に無くなってしまうという強い危機感を持っている方が多くいた点です。組合の方々も今年こそは根性を据えて頑張ろうということで、皆さん非常に熱心に取り組んでいらっしゃるなと感じました。 さらに今回の春闘は若い方にノウハウを伝承するという意味で、非常に意義があったと考えます。と言うのも、実は組合で実際に活動されている方は、若い人が非常に多いです。しかし、今まではずっと定期昇給しかなく、２０１０年以前は春闘すらなかった時代が長く続きましたので、若い組合員の方にとってはそもそも春闘がどういうものか、賃上げ要求はどうやるのかもわからないというのが実情だったのです。これまでは、春闘と言っても実際に会社と戦うわけでもなく、定期昇給分をもらうだけだという認識がありました。 しかし、今回の春闘で定期昇給を上回るベースアップを勝ち取るためには、物価の上昇を経営者に説明して理解してもらう必要があるという流れを、初めて若い人も経験しました。また、今回の春闘は経験が豊富なシニアの方と一緒に戦うことで、若い人がノウハウを知るきっかけになったとお聞きしました。そのため、私個人としては、今回の春闘で組合の存在感がどんどん薄くなることに歯止めがかかったと感じています。いずれも参加率はまだ低いままですので、何か打開策が必要ですし、組合に入っていない方も含めて賃上げが起きる社会を作らなくてはいけませんが、この１年で組合の実情は大きく変貌したのではないでしょうか。今後も期待が持てると感じています。 年金財源を補填すべきか 小平 私も先生がおっしゃるように、図５右側のサイクルに移行することが非常に大事だと感じていますが、１９９０年代以降左側のサイクルから抜け出せない要因の一つに、日本の社会的な制約や雰囲気があるのではないかと考えます。バブル崩壊後、企業への批判が強まる中でまずは雇用確保をという企業への社会的要請が一段と増大し、また、デフレの中で企業による価格引き上げへの社会的逆風も強まりました。地方の経済・雇用を支えている中小企業等の合理化や倒産は地域への影響が大きく、批判も厳しいことから、現状で存続することが第一になりがちです。このような雰囲気は今もまだ残っています。バブルとそれに続く長いデフレは国の政策や企業の対応に起因しているとは思いますが、同時に、こうした社会的な制約・雰囲気も経済停滞の要因になっているのではないかと感じています。この点に手をつけないで企業に頑張れと言っても好循環なサイクルへの移行は簡単には実現しないのではないでしょうか。ただ、現在が以前と大きく異なるのは、労働需給がタイトになっていることです。意識の高い企業は、持続的な成長をめざして人材確保のためにも賃金と価格の引き上げに今後さらに積極的に取り組んでいくと考えます。グリーンスパンが言うように、アメリカは解雇や価格の引き上げは難しくありません。 二つ目に、いろいろなところで指摘されているように、アメリカの物価が上がっている背景には多くの産業で寡占化が進展していることがあります。一方日本では過当競争が根強く残っていて、価格競争が非常に激しい。この点についてはどう見ているでしょうか。 三つ目にチャールズ・グッドハートとマノジ・プラダンの『人口大逆転 高齢化、インフレの再来、不平等の縮小』の中で、バブル崩壊後日本企業は国内では投資の抑制を始め非常にディフェンシブな経営を行ったが、海外投資や海外進出は極めて積極的に行うという、日本国内外の経済環境を踏まえた大変合理的なものだった、と述べられていて、データを見ると確かにそうした面があると思います。人口が減り市場が縮小していくという状況は変わらない一方、デカップリング等国際環境が激変する中で、今後企業の投資を始めとする経営戦略がどう変化していくのかについても注視する必要があります。 最後に、年金のマクロ経済スライドについてです。マクロ経済スライドは、少子高齢化進展の中で年金受給者にも負担をしていただかないと１００年もつ年金財政維持は困難ということで、難しい議論を経て２００４年に導入されました。マクロ経済スライドをやめて年金の完全物価スライドを行うと、将来的には年金制度が破綻しかねません。例えば、消費税を上げて年金財源を補填するといったことを同時に行わないままに、右のサイクルに移る目的で完全物価スライドを行うことは無責任に感じます。 世界一高かった賃金が足かせに 渡辺 まず、１９９５年頃から日本は慢性的なデフレの状態にあるというお話を先ほどしましたが、ではなぜそこから企業側の考えが変わってしまったのか。95年は超円高の時期で、ドル建てだと日本の賃金は世界で一番高くなってしまいました。この頃は中国が経済成長を始めた時期で、日本の高い賃金だと中国相手に競争に負けてしまうということで、多くの経営者はこの賃金の高さを課題に感じていました。当時、日経連が出したレポートにはこの課題意識が明確に記されていました。その一つが、非正規雇用の活用です。年功序列制や終身雇用をやめるという急激な変化は難しかったので、ならば非正規雇用の活用により、もう少しフレキシブルに対応しようという提案がレポートでなされました。 もう一つが、賃金です。賃金の高さは懸念されていましたが、さすがの日経連も賃金を下げようとは言えないので、これ以上円建ての賃金を上げないようにしようとレポートに記しました。これは春闘をやめることを意味しました。正直、このレポート自体に強制力はなかったと私は思いますが、多くの経営者の方が同じ考えだったのだと思いますし、組合の方々も企業がつぶれてしまったら元も子もないわけですから、グローバルな競争を勝ち抜くためには賃上げを抑えるということに同意したのだと考えます。さらに、消費者も賃金を上げないという日本企業のあり方におそらく納得をして、それが日本社会全体の共通認識になり、図５左側のサイクルの出発点をつくったのではないでしょうか。 このように賃金の上がらない状況が生まれると、当然のことながら消費者は価格を上げることに寛容ではなくなり、おっしゃるように「価格を上げる企業は悪い」という風潮が定着したのではないでしょうか。賃金と価格は「鶏と卵はどちらが先か」という関係と似ていますが、日本の場合は国際的な競争に勝つために賃金を抑えることが先に起きて、それが物価の停滞を招いたと私は解釈しています。 現在、日本の賃金は先進各国の中で極めて低くなっています。世界一高い賃金だった過去は、夢のまた夢という状況です。実は２０１０年の前頃から、日本の賃金は決して高くないと言われていました。それでも春闘はやらず、人件費を抑えることで何とかして国際競争力を維持することが金科玉条のように守られてきてしまったのです。この風潮をどこかで見直すべきだったのだろうと思います。 組合の方から教えていただいたのですが、実は２００６、７年頃に春闘をもう一度やろうという声があったそうです。この時期は、振り返るとリーマンショックの直前ですが当時は日本経済そのものも少し落ち着いてきていたので、賃上げを要求してもいいのではないかという議論が組合の中で行われたのです。このような動きがより広範囲に起きていたのなら、１９９５年から続く風潮に変化をもたらすことができたのではないでしょうか。しかし、現実は２００８年にリーマンショックが起きてしまい、より賃上げが困難な状況に陥ってしまいました。このような偶発的な不幸もあって、今日まで賃金が上がらないメンタリティが続いてしまったのだろうと思います。 働き手不足の対応に限界が 次に、労働需給のタイト化についてです。日本は当然のことながら、働き手がどんどん減り、労働需給がタイトになっています。政府もこの問題をどうにかしようとしていますが、簡単には解決できていません。コロナ禍前を振り返って見ると、安倍政権や菅政権では働き手不足の問題を、女性とシニアの方が労働市場に参加してもらうことで、ギリギリのところで何とか持ちこたえていました。しかし、現時点では女性やシニアの方も打ち出の小槌のようにどんどん労働市場に出てくるわけがないだろうということで、この対応策の限界が見えてきています。 さらに、パンデミックの影響が今後徐々に出てくると予想されています。例えば、現在アメリカやヨーロッパで急激に賃金が上昇しています。パンデミックをきっかけに働く人が急激に減り、労働供給が不足したからです。アメリカは定年制ではないので、コロナをきっかけにリタイアのタイミングを早めるシニアの層が増加しました。と言うのも、コロナ禍で在宅勤務を経験したことで、コロナがある程度収まったとしても職場や工場に出勤するという働き方に抵抗感が生まれてしまい、それなら予定よりも早いけれどリタイアしようと考えるシニアの方が増えているのです。さらに、女性も労働市場に戻ってきていないのが欧米の現状です。パンデミックは労働供給を減らす影響があるということを、欧米の事例がはっきりと示しました。 日本は経済の再開が本格化していないので、労働供給が先細っていく未来は明確には見えていません。しかし今年や来年頃までには経済の再開が間違いなく本格化します。そうなると、欧米と同じように労働供給がコロナ禍前に戻らないという問題が表面化するのではないかと思います。これはこれで深刻な話なのですが、一方で、今日のお話の趣旨からすると、この労働供給の減少は賃金の観点から見て、悪い話ではありません。つまり、労働需給が締まり賃金を上げやすくなるので、右側のサイクルに移りやすくなるのです。ただ、経済全体を考えると労働供給の減少は間違いなく大きなダメージになるので、別の手立てが必要だと考えています。 また、人口のご質問とも関係するのですが、今後労働需給が逼迫すると人材の取り合いが起こると予想されます。現に地方の旅館ではこの問題が出てきていますが、今後は様々な業界で同様の問題が出てくるでしょう。そうなると、高い賃金を提供できる企業と、提供できない企業の選別が行われることになります。業績が厳しい企業は、賃上げもできず人も不足しますので、経営が成り立たない状況に陥ってしまうのです。賃上げができないような企業はなくなったほうがいいという主張をする方からすると、企業が淘汰されていくことは望ましいのかもしれません。しかし、地方だとそのような企業も貴重な雇用源なので、賃金を上げることのできる企業にだけ人が集まるという状況になったとして、果たしてそれでいいのかという議論は当然あり得るでしょう。現段階では、労働力の取り合いはまだ顕在化していませんが、１─２年の間で経済の再開が本格化するにつれて、問題は浮き彫りになり議論も活発に行われると予想します。 これに関して私の考えをあえて申し上げると、私としては企業がある程度淘汰されていくのは仕方がないことだと思っています。と言うのも、日本はほとんどの産業で企業の数が多すぎて、供給過多の状況です。それにより立派な企業も健全ではない戦い方をする企業の競争に引きずられてしまい、適正な価格を設定できないなどの多くの問題が生じています。企業の淘汰がきちんと進むことで、各産業はより健全な状態になることが望ましいと考えます。他方で、地方の企業がこの考えでやっていけるのか、という問題も出てきますが、私としてはまずは経済のメカニズムを正常に戻すことが前提で、その基盤がないと地方の財政状況への課題に手をつけることすら難しいのではないかと考えます。 最後に、年金の問題についてです。おっしゃるように物価が上昇している時に、年金受給者のことだけを考えて年金の物価スライドを行うということは、後々財政の逼迫を引き起こします。そこで、この問題に対処するために１００年維持できるような財政改革としてマクロ経済スライドなどが導入されましたが、これらの改革は明らかに私の考えには反しているのです。先ほどのご質問にも関係しますが、物価を上昇させて右のサイクルを定着させることで、イノベーションの活性化や生産性の向上が起き、それがＧＤＰの上昇や供給能力の回復に繋がります。そして、それらは最終的には税収の増加に繋がるのです。また、すこし強引な話ですが、例えば年金の物価スライドを５年間しっかり行うとします。そうなると、物価の上昇に伴い年金も増えるので、年金受給者の方も右側のサイクルに移ることへの不満はあまり出てこないのではないでしょうか。 そして、そのサイクルを回っているうちに、図５右側のサイクルが当然だという社会全体の雰囲気が定着します。その後に年金による財政の逼迫を考え、年金の支給額を一度戻していただくという方法も可能なのではないでしょうか。すこし騙しじみたお話で恐縮ですが、やはり図５右側のサイクルに移すことによって日本の国力をもう一度復活させないと、財政や年金、そして地方の問題にも議論が踏み込めないと思うのです。左側のサイクルにいる体力の弱い状態で様々な課題に手をつけようとしても、それは重荷になってしまいます。これに関しては異なる意見の方もいると思いますが、個人的な考えは以上の通りです。 ２％物価上昇目標はなぜ実現しなかったのか 渡邊 ２０１３年以降、黒田総裁の２％の物価上昇の目標が実現しなかった最大の理由はなんなのでしょうか。消費税引き上げの影響も含めて先生のお考えを教えてください。 頑固な考えが直らなかった 渡辺 おっしゃるように10年前に異次元の金利緩和政策が始まり、物価の２％上昇が掲げられましたが、結果的には実現できませんでした。ではなぜ失敗してしまったのか。ご意見いただいたような、２０１４年と２０１９年の２回の消費税引き上げが消費を抑制し、それが物価の停滞に繋がったというのは事実です。特に、２０１３年頃は円安が進んでいましたが、物価も上昇傾向にあったので、消費税を上げても物価は順調に上がっていくだろうと多くの人が予想しましたし、日銀も同様の考えだったと思います。しかし、実際には消費税引き上げと共に急速に消費が落ち込み、お店も特売を始めるなど結果的にまた物価が下がってしまいました。なので、消費税の引き上げが物価の停滞に影響したというのは事実だと思います。 ただ、失敗の根本は別のところにあったと考えています。やはり、図５左側のサイクルで過ごした時間があまりにも長すぎたというのが、根本的な理由だったと思うのです。要するに、価格は据え置きで賃金も据え置きの社会が長く続いてしまったので、消費者も企業もその状態が当たり前になってしまい、いくら安倍政権や黒田総裁が提言したとしても、頑固な考えが直らなかった。これが最大の理由だったと思っています。仮に消費税の引き上げがなされなかったとしても、左側のサイクルであるデフレマインドが障害になり、結局は同じ失敗をしていただろうと想像します。 日本経済の世界的評価 金子 今回の日本の動きについて、世界からどのような評価がなされているのかについて質問いたします。今回の講演の冒頭で、これまでは日本に変化がなかったので世界から関心が低かったが、最近は変化が出てきたので関心が高まっているというお話がございました。テレビや経済情報誌などで、中国や中東の国々が東京の不動産を買い漁っているという話も聞きましたが、これらは日本経済の変化によって今後の成長を期待しているから起きる行動なのでしょうか。また、先生のところにいらっしゃる海外のエコノミストやメディアの方は、どのような評価やレポートをあげているのかお聞かせください。 ようやく出口を見出しつつある日本 渡辺 率直に申し上げますと、海外の方が関心を持つということは日本を応援するということではありません。そのような慈悲深い方はいないと考えていいです。日本の不動産が注目されているというお話がありましたが、いま日本では不動産を含めた様々な価格がようやく動き始めて、これが商売のチャンスだと考える人が増えてきているというのが正直なところです。そのため、彼らにとっては仮に日本経済がダメになったとしても価格が動き出して自分たちが儲けられれば良いということに尽きるので、日本人にとって必ずしも愉快な話ではありません。 ただ、日本の物価や賃金が動き出したことについて、海外の人は日本人にとって望ましいことだと評価している人が圧倒的に多いのです。と言うのも、彼らからするとこれまでの日本は真っ当なサイクルができない国で、非常に変なことをやり続けている国だという見方をされてきました。その日本がようやく普通の国になるための出口を見出しつつあると評価しているのです。これは、応援しているのではなくて、客観的な目線での評価です。だからと言って、日本で正常なサイクルが続いたら、もう一度脅威的な国家だとみなすことはないと思います。あくまで異常な国から普通の国に戻ると言う程度の話です。また、ＩＭＦなどの国際機関のレポートでは、日本にもようやくいい芽が出てきたというようなことが記されています。 我々日本人からすると、商売目的でも構わないので、もう少し日本に関心を持ってもらえるように努力する必要があります。さらに関心だけにとどまらず、日本企業が昔のように世界の中で活躍し、少しでも脅威を与えられるような存在になることが理想的ではないでしょうか。 異なる賃金・物価サイクルへの考え 榎本 私も残念ながら日本は高い確率で図５左側の循環にいずれ戻ると考えています。一方で海外の投資家や国内金融機関の中には、図５右側の循環が定着すると見る方が一定数います。このように日本と海外で見通しの違いが生じるのはなぜなのでしょうか。 歪んでいた日本人の認識 渡辺 非常に良いご質問です。おっしゃるように日本の方は、最終的には図５左側のサイクルに戻ってしまうと考える方が非常に多いです。どうせ戻ってしまうのだと。 一方で、海外の人は、異口同音に、図５左側のサイクルに戻る理由が理解できないと言うのです。と言うのも、そういう方々は図５左側のサイクルで生きたことがなく、物価も賃金も上がる世界でのみ生きてきたので、当然この流れだと日本は図５右側のサイクルが定着すると考えますし、そもそも図５左側に長く停滞していたことが信じられないのです。ですから、日本人のまた図５左側に戻ってしまうかもしれないという懸念を、海外の方に理解していただくことは非常に難しいです。つまりは、私たち日本人の感覚がそれほどまでに歪んでいるということなのです。 （終） 2023年4月21日 ホテルメトロポリタンエドモント/リアルタイム配信 司会 公益産業研究調査会 専務理事 堀籠 節 ◆セミナー出席者 金子 洋平(東京電力ホールディングス) ・藤森 誠(中国電力) ・阿部 雄介(四国電力) ・牛間 省吾(北海道電力) ・伊東 照恭(北陸電力) ・定岡 祐二(みずほ銀行) ・尾崎 望(みずほ銀行)・ 田村 匠(みずほ銀行) ・原田 彩(みずほ銀行) ・榎本 裕洋(丸紅)・ 柴崎 晃(大和リース ) ・今井 洋介( JFEスチール)・前田 誠( JFEスチール) ・松川 大輔( JFEスチール)・ 今野 愛( JFEスチール) ・小平 信因(トヨタ自動車) ・鈴木 寛(トヨタ自動車) ・福島 啓介(トヨタ自動車) ・内山 雅之(トヨタ自動車) ・小野原大輔(東海旅客鉄道) ・小野 暁史(東海旅客鉄道) ・山角 洋之(三菱重工業) ・藤原 正彦(日揮) ・河村 圭(東芝エネルギーシステムズ) ・宇佐美幸一(川北電気工業)・松﨑 任宏(安藤・間)・ 杉本 幸司(熊谷組) ・村橋 健一(熊谷組) ・町村 俊彰(前田建設工業) ・赤松 英樹(佐藤工業) ・大橋 裕寿(東洋建設)・ 株木 康吉(株木建設) ・作田 光生(株木建設) ・岩崎 晋也(ミドリ安全) ・森田 良行(アーク・ジオ・サポート) ・内藤 義博(日本コンクリート工業) ・渡邊 厚夫(富士石油) ・増田 祐治(海外電力調査会)

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