issues of the day

『公研』2023年10月号「issues of the day」 ２０２３年の夏は、観測史上最も暑い夏になった。全国９１５地点の観測地点のうち過去の最高気温を更新したのは実に１２８地点。特に北日本で顕著だった。暑かったのは日本だけではない。中国や南欧、北米では40℃を超える気温を７月に記録し、地球全体の夏の平均気温も過去１位を更新。国連のグテーレス事務総長の「地球沸騰」という言葉が話題になった。 猛暑になると、真っ先に地球温暖化を思い浮かべる人は少なくないだろう。しかし、温暖化だけではこのような異常な暑さにはならない。実際、今年の日本の夏は、複数の非常に珍しい状況が重なって、高温がもたらされた。日本で発生する極端気象の（温暖化を除く）要因は、大きく２種類に分類できる。一つは海洋の状況、もう一つは大気の「ゆらぎ」である。海況は、異常気象の発生のし易さを左右し、お膳立ての役割を担う。今年の海況は、熱帯東太平洋で海面水温が平年よりも高くなるエルニーニョ現象が発生していた。エルニーニョは世界各地の異常気象の引き金になり、また地球全体の平均気温を底上げすることが一般的に知られているが、日本付近に限ると、夏は冷夏傾向、冬は暖冬傾向をもたらすことが多い。従って、今年の夏は、エルニーニョなのに日本が暑いという珍しいことが起こっていた。その他の海況の特徴としては、前の冬に発生していたラニーニャ（エルニーニョと対になる現象で、熱帯東太平洋の海面水温が平年よりも低くなる）の名残で熱帯太平洋西部の海面水温が平年より高いままであったこと、インド洋熱帯域で「インド洋ダイポール」と呼ばれる東西対の海面水温パターンが発生したこと、日本周辺の海面水温が極端に高かったことが挙げられ、いずれも日本付近で太平洋高気圧の張り出しを強めて気温が上がりやすい状況をつくっていた。 大気のゆらぎとは、大気中の微小なから発達していく偶発的な自然の変動のことである。中緯度域で発生する異常気象は、ジェット気流の蛇行と関連していることが多い。ジェット気流は、南側の暖気と北側の冷気を隔てる役割をしているため、日本付近でジェット気流が北側に蛇行すると、日本は暖気に包まれて高温になる。このジェット気流の蛇行は、大気のゆらぎによって発生する。今年の夏は、ユーラシア上空を伝播してきたジェット気流のゆらぎが日本付近で北に蛇行するかたちとなり、猛暑の引き金となった。さらに、夏のレジャーに多大な影響を与えた台風６号は、日本の南側をゆっくり通過していく間にその付近での上昇気流を強化し、その北に位置する太平洋高気圧を強める働きをしていた。このような台風の振る舞いも、大気のゆらぎの一部である。このように、海側では日本の猛暑を後押しする海況と抑制しようとするエルニーニョが混在しているような条件下で、大気のゆらぎによって日本が高温になる偶発的な条件が複数重なって、この夏のような記録的な猛暑の発生につながった。我々が気象庁気象研究所と協力して行ったモデルシミュレーションによる見積もりでは、今夏の日本の猛暑の発生確率はわずか１・65％であり、非常に稀な現象であったことがわかった。 地球温暖化の影響は？ このような高温イベントに対し、温暖化も影響していたことは間違いない。前出の研究チームは、シミュレーションの条件を変えて、温暖化が進行しなかったと仮定した場合の計算も行った。人間活動による温室効果ガス等の排出量を産業革命前の状態に戻したこと以外は、今年の夏と同じ気候条件である。この仮想の実験結果では、今夏のような猛暑が発生する確率はゼロ、温暖化がなければ起こり得なかったことが証明された。 1.65％と0％では大した差ではないと思われるかもしれないが、ゼロか否かの違いは非常に重要な意味を持つ。発生確率がゼロということは、例えどんな極端な大気のゆらぎや海況が重なったとしても、温暖化による底上げがなければ、今夏のような猛暑のレベルには到達できないということである。このような「温暖化がなければ起こりえなかった」という結論に至る高温事例が近年多くなってきている。我々は、温暖化が進行しなければ経験することがなかった未知の極端気象が待ち受ける新たな時代に足を踏み入れつつあるのかもしれない。 国連広報センターは昨年、世界各国のメディアとともに気候キャンペーン「1.5℃の約束－いますぐ動こう、気温上昇を止めるために。」を立ち上げた。1.5℃とは、２０１５年のＣＯＰ21で採択されたパリ協定の中で世界各国が表明した世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて1.5℃に抑えるという目標値である。しかし、＋1.5℃度の世界はすでに目前に迫っており、避けることは難しいだろう。前出の研究チームの見積もりによると、1.5℃目標がたとえ達成されたとしても、日本の年間の猛暑地点数は約1.4倍になると見積もられている。今夏の猛暑によってもたらされた生活の不自由さの記憶が鮮明なうちに、この事実を重く受け止め、暑さに適応するための社会の行動変容を加速させていく必要があるだろう。 東京大学大気海洋研究所 今田由紀子

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