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『公研』2024年1月号「PR」 中部電力は昨年10月6日、長野県阿智村および飯田市に建設した清内路水力発電所の運転を開始した。同発電所は、天竜川水系黒川および小黒川の流水を活用した発電出力５６３０ｋＷの流れ込み式の水力発電所である。 流れ込み式とは、河川の水を完全にせき止めて溜めることはせずに、流れている水をそのまま発電所に引き込む方式である。大きなダムを建設する必要がないため、コストが抑えられ、河川の生態系への影響が少ない方式である。 中部電力による新規の流れ込み式発電所の開発は、１９９６年に運転開始した平谷水力発電所（発電出力８１００ｋＷ）以来、約27年ぶりのことである。また、同社が保有する稼働中の水力発電所はこれで２００カ所目となった。 この記事では清内路水力発電所の概略を説明したうえで、建設時に中部電力再生可能エネルギーカンパニー清内路水力建設所の所長を務めた西畠英治さん（現在は、再生可能エネルギーカンパニー企画室付 （株）シーテック出向）と同水力事業部運営技術グループの春日幸治副長に清内路水力発電所の特徴、建設の苦労話、水力発電所の今後の展望などについてお話を聞いていく。 自然に溶け込む水力発電所 清内路水力発電所のある長野県下伊那郡阿智村は、南信州屈指の温泉地「昼神温泉郷」を有する山間の村である。環境省が認定する日本一の星空の村でもある。 同発電所は、大平黒川えん堤と小黒川えん堤の２カ所で取水している。大平黒川えん堤は、江戸時代から飯田と南木曽を結ぶ大平街道の峠の宿場として発展した大平宿から少し下った地点にある。また小黒川えん堤近くには、樹高18・2メートル、幹回り７・25メートル、樹齢５００年以上と推定されている「小黒川のミズナラ」がある。ミズナラでは日本一の大きさとされ、古くから神木として崇められてきた国の天然記念物でもある。 国道２５６号線を走るドライバーのなかには、清内路水力発電所を通過してもここに水力発電所があることに気が付かない方もいるかもしれない。水力発電所を象徴する水圧管路が地中に埋められ、地表面は緑化されているためだ。 発電所は、半地下式になっている。地上部に大きな建物があるわけではないので、発電所周辺の自然や景観に大きな影響を与えることがない。水力発電所の心臓部と言える水車と発電機などの発電設備は地下に設置されていて、その深さは約30メートルにも達する。階段を使って昇り降りするのは一苦労である。この山間部に、これだけ大きな地下構造物が存在していることを周辺環境から想像するのは、難しいのではないか。 清内路水力発電所の構造を水の流れに沿って上流から簡単に説明してゆく。 ①最上流にあるのが、大平黒川えん堤…飯田市の黒川に設置されている。最大で毎秒２・０５立方メートルを取水し、導水路に送る。えん堤の高さは５メートル程度である。河川を少しせき止めることが目的なので、貯水機能は持ち合わせていない。 ②上口導水路トンネル…約２・７キロメートルのトンネルで小黒川えん堤まで水を送る。 ③小黒川えん堤…阿智村清内路の小黒川に設置されている。最大で毎秒０・45立方メートルを取水し、大平黒川えん堤からきた水と合わせて導水路に送っている。 ④下口導水路トンネル…約２・４キロメートルのトンネルで水槽まで水を送る。 ⑤水槽…水圧管路に安定的に水を送るために水を溜める。 ⑥水圧管路…落差による水の勢いで発電所の水車を回すために水槽と水車をつなぐ管路であり、中は水で満たされている。同発電所では山の尾根に沿って、水圧管路が設置されている。 ⑦発電所…水圧管路を通ってきた水で水車を回し、その動力で電気をつくる。清内路水力発電所の水車は、横軸ペルトン水車を採用している。落差の大きい地形を利用し水に勢いをつけることで、おわん型の羽根を回転させる。ちなみに、水圧管路を通って流れてくる水の速度は、時速約２６０キロにもなる。新幹線の速さを思い浮かべるとイメージしやすいだろう。 ⑧放水路・放水口…発電に使用した水を清内路川へ放流する。 清内路水力発電所の年間の想定発電量は、約２９００万ｋＷｈ。これは一般家庭約８８００世帯分に相当し、約１万３０００トンのＣＯ２削減効果を見込んでいる。 中部電力の西畠英治さん、春日幸治さんにお話をうかがっていく。 ──清内路水力発電所の特徴をお聞かせください。 西畠 特徴は、河川の水を二つのえん堤から取水して発電に用いる流れ込み式を採用している点にあります。この方式は水を溜める大きなダムを建設する必要がないので、環境面にやさしいのです。 水槽から水車までの間をつなぐ水圧管路に、ＦＲＰ（Ｍ）管（強化プラスチック複合管）を採用したことは新しい試みでした。ＦＲＰ（Ｍ）管は、ガラス繊維と樹脂モルタルを複合したもので、従来の鉄管よりもコストを安く抑えられます。溶接を必要とする鉄管に比べて施工が容易なことも大きなメリットです。景観に配慮するために、水圧管路は尾根に埋め込み、緑化するかたちで施工しています。 余水路を省略した設計になっていることも大きな特徴です。水車や発電機が故障した場合は、水を止めて停止をかけます。そうすると導水路から水槽に流れ込む水の行き場がなくなってしまうので、通常は水を河川に逃すためのルートを別に設ける必要があります。余水路と呼んでいるのですが、清内路水力発電所ではこれを省略することでコスト削減を図っています。 ──なぜ省略が可能なのでしょうか？ 西畠 当発電所ではペルトン水車を採用していますが、この水車はノズルから噴き出す水をおわん型の羽根に勢いよく当てて回転させることで、発電しているわけですが、この水車には水を羽根に当たらないようにするデフレクタという装置が付いています。 故障が起きた際にはこのデフレクタで水車ランナに当たる水流を逸らさせ下流に流すことで、水槽の水を溢れさせることなく河川にそのまま流す構造を利用して、余水路を省略しているわけです。 ──30メートルもの深さのある半地下式の発電所に驚きました。 西畠 国道のそばに建設した発電所ですから、水圧管路は国道の下を通す必要がありました。発電に使用した水は下流に位置している清内路川に流すので、その高さ関係から半地下式が採用されることになりました。地上には十分な平場の敷地を確保できないこともあって、水車と発電機を地下に設置する設計になっています。30メートルの落差を有効利用できますし、地形に一番適した方式を採用したということになります。 大雨で工事が延期 ──建設工事でご苦労された点は？ 西畠 私が直接関わったわけではないのですが、開発可能性調査の時、地元の方々への工事の説明は特に丁寧に、時間をかけて行われたと聞いています。現場の阿智村ではリニア中央新幹線のトンネル工事も予定されていましたので、二つのプロジェクトには非常に高い関心が寄せられました。そうしたこともあり、行われる工事の内容について地元の理解が得られるまできちんと説明して、無事承諾を得られたという経緯があります。 ２０２１年７月に熱海市で、不適切な盛り土が起点となり、大規模な土石流災害が発生しました。今回の建設工事でもトンネルを掘ればどうしても残土が発生します。ですから、その残土置場の対処には万全の措置がなされていることを、地元の方々に徹底して説明しました。 最大の困難は２０２１年８月の大雨による被害で、えん堤工事のアクセス道路の県道が崩壊・陥落する災害が発生したことです。このため、えん堤工事に必要な生コンクリート車などの大型車両が運行できなくなり、当初計画していた２０２２年６月に運転開始の予定は１年以上の延期を余儀なくされました。 道路管理者と協議を行い、道路の早期復旧のお願いをしましたが、小型車両なら通行可能であること、また道路が生活道路ではなかったこともあり、復旧工事の進捗はこちらの希望どおりとはなりませんでした。 そういった状況の中、県道復旧工程について県に何回も確認、県道復旧工事施工者にも直接の工程確認や、少しでも早く大型車が通行できるよう調整を行い、大型車の通行可能な日程調整をするとともに、えん堤の施工方法を工夫して工期の短縮に努めました。 ──予定が見直しになると、それを再調整するのは、今の時代はとても難しくなってしまいますね。 西畠 人の確保は、今回の工事を通じて難しい課題ではありました。大平黒川えん堤の制水門や排砂門などのゲート電源は、小黒川えん堤より自営線にて大平黒川えん堤まで２・７キロメートルの導水路内に水中ケーブルを布設し送電しました。 水中ケーブルの接続作業は特殊技能を有した技術員が実施するため、施工する約２年前より技術員の確保を行います。導水路トンネルの施工工程より水中ケーブル布設工事が可能な時期および大平黒川えん堤のゲート電源が必要な時期のリミットも確認しながら布設実施時期を決めています。 トンネル工事が遅れた場合、大平黒川えん堤の工事進捗が早まった（ゲート電源の必要な時期が早まった）場合など、クリティカル工程となるポイントをしっかり調整し、進捗状況を注視しながら関係各所と調整を図り施工しました。 また、災害後に再設定した運転開始工程よりも何とか1日でも早く運転開始できることをめざし、工期短縮に取り組み、有水試験の開始時期を約２カ月早めたチャレンジ工程を掲げました。 えん堤より取水し、水車発電機の性能を確認する有水試験時のメーカー試験員の確保も限られた技術員となるため、要員確保の調整が必要となります。工事進捗は天候に左右されるため、チャレンジ工程どおり進捗できるか不確定であるため、メーカー試験員を確保する時期の決断は迷いました。早めに決断して、試験員などの人員確保の調整を行いたいのですが、万が一チャレンジ工程で進捗できなかった場合、延びた時期に試験員など人員確保ができなくなるリスクもあり、予定よりもさらに工程遅延になりかねないからです。 試験員の確保は、すでに他の現場が予定されており調整は難航しましたが、他の発電所の工程なども確認・調整を行うなどして、何とか確保することができました。これも担当者がチャレンジ工程の目標達成に向け、根気よく交渉を重ね取り組んでくれた成果です。 ──水圧管路の工事は、現場の地形に応じて工事の手法も変わってくるのだと思います。 西畠 水圧管路の工事は索道と呼ばれる空中ケーブルを用いて資材などを搬入することが一般的ですが、今回の現場では尾根に沿ってモノレールを設置しました。 索道は直線的にしか物を運べないので、いくつも設置する必要があります。モノレールによる搬入の場合は、尾根に沿ってレールを敷くので搬入するためのルートを最小限にできます。環境への負荷を減らす利点があります。ただし、モノレールの場合は、時速２キロ程度と非常にゆっくりしか進まないので、より時間がかかってしまうという課題もあります。課題を解決するため、鋼材でつくられた水圧鉄管ではなく、軽く接続が容易なＦＲＰ（Ｍ）管とし埋設施工しました。ＦＲＰ（Ｍ）管は、発生土による埋設が可能であるため、土砂の運搬が少なくなり施工効率の向上が図れることに加え、完全に埋設されることから地表面の緑化が可能となり、視覚的にも環境と調和した水圧管路を構築することができました。 長期間安定的に発電できる強みがある ──燃料が不要で、ＣＯ２を排出しない水力発電は、近年その役割が見直されている印象があります。水力発電事業の今後の展望についてお聞かせください。 西畠 当社が保有する現役最古の発電所である岩津水力発電所は、１８９７年（明治30年）に運転開始されたものですが、１２５年以上経った現在でも稼働しています。水力は調査を開始してから完成に至るまで長い期間がかかりますが、いったんできあがった発電所は長期間にわたって安定的に発電できるという強みがあります。 最近では出力変動が大きい太陽光や風力などの再生可能エネルギーの普及・拡大がめざましいこともありますから、調整機能を果たす揚水式の水力発電の役割は一層高まっていると思います。 春日 国内の水力発電事業の歴史は古く、事業性を確保できる適地が減っているのが現状です。けれども当社としては、未利用の水資源活用や新たな適地の発掘に向けた努力は今後も継続していき、適地についてはしっかりと開発していきたいという考え方でいます。 水力発電の長期に安定して運転できるという特徴は、他の再エネ電源にはない大きな利点です。この利点を最大限に生かしていくことが、今後の水力事業にとって重要な要素ではないかと思います。安定した運転のためには、経年劣化が進む既設の水力発電設備に対して適切な保守を行い、かつ、計画的に設備改修を行うことが重要です。 また、最近の自然災害の激甚化にともない、これまで想定できなかった設備被害により発電停止する事象が発生しているため、環境変化に応じた設備対策を行うなど、設備の強靭化にも積極的に取り組んでいます。 ──中部電力２０１カ所目の水力発電所の建設は進んでいるのでしょうか？ 西畠 静岡県の安倍川水系に安倍川水力発電所（流れ込み式、発電出力７５００ｋＷ）を建設中です。導水路トンネルも貫通して、工事は順調に進んでいると聞いています。２０２４年12月の運転開始を予定しています。 ──地元との関係についても一言お願いします。 西畠 今までは建設事務所もありましたし、工事の説明等で地元の皆様と接する機会は多くありました。今後はそうした機会が保守などに限られて少なくなりますが、地元の方からの問合せなどに対してもしっかり説明しご理解をいただくなどして、引き続き良好な関係を維持しなければなりません。 また、えん堤の取水口には落ち葉などが流れ込んでくるのでそれを回収する除塵装置が備え付けられています。落ち葉は畑作をされている方にとっては、腐葉土として利用価値があります。これを提供することで、少しでも地元の方々のお役に立てればと考えております。 ──ありがとうございました。

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