前田努 – 公益産業研究調査会／koken

『公研』2024年2月号「公研セミナー」 第７２３回 財務省主計局 次長 前田努 まえだ つとむ：1992年東京大学法学部卒、大蔵省（現：財務省）入省。96年ハーバード大学ロースクール卒、主計局主計官補佐、主計局総務課課長補佐、大臣官房文書課広報室長を経て2011年奈良県庁出向、13年奈良県副知事。15年財務省に復帰、麻生太郎財務大臣秘書官、主計局主計官、主計局法規課長、大臣官房文書課長、内閣官房内閣審議官を歴任。22年6月より現職。 令和６年度予算 前田 財務省主計局次長の前田と申します。一昨年の６月に主計局の次長に就任いたしました。主計局というのは、端的に言うと国の予算編成を担当している部署です。局長がいて、その下に私を含めた次長が３人います。次長の下には３人ずつ、合計９人の主計官という役職があり、一人の主計官が一つか二つの省庁の予算を担当しています。私の担当は、総務省、その中でも金額が大きいものが地方財政です。さらに、財務省、文部科学省、農林水産省と、合計四つの省を担当しています。本日は、担当以外の分野もありますが、令和６年度予算全体のお話をさせていただきます。前半部分では、明後日１月26日に国会に提出する予定の令和６年度予算案について、そして後半部分では、日本の財政の課題についてご説明します。 まず本題に入る前に、本日、私がお話ししたいと思うポイントをお伝えします。それは、平成以降の30年余りを振り返る中で、現在、財政は転換点にあるということです。過去を振り返るにあたって、財政の大きな節目となったのが平成２年、１９９０年でした。バブルが最盛期の頃です。 私事になりますが、私が旧大蔵省に入省したのがその２年後の平成４年、１９９２年でした。いくつか見習いのポストを務めた後、平成14年に課長補佐として主計局に入ります。ここから現在まで約20年間、主計局を中心に財政に関わってきました。主計局では毎年12月の予算概算決定に向けて連日議論を重ねるわけですが、その渦中ではどうしても目の前の課題で精一杯になってしまいます。今、私が主計局に入ってからの20年間を振り返って見ると、その時の課題が大きな流れの中で、どのように位置づけられていたのか、少しは見えてくるものもあって、そのような個人的な振り返りも含めて、本日はお話ししたいと思います。 では、今が財政の転換点であるとはどういうことか。平成２年はバブルの最盛期であったとお話ししました。それは、平成はバブルの崩壊から始まったということも意味します。私が入省した頃は、景気対策という言葉をよく耳にしました。当時の景気対策と言えば、公共事業の追加です。公共事業を増やし仕事が増えることで景気が良くなるという、典型的な、いわゆるケインジアン的な経済対策を打ち出し、財務省でもそれに沿った財政出動をしていました。 ところが、平成10年頃を過ぎると、いま起きていることは通常の景気循環だけではないことに気がつき始めます。すなわち金融危機です。当時、13行あった都市銀行が、現在では三つのメガバンクにほぼ集約してしまったように、金融危機を背景に経済が長期停滞に陥っていたのです。これは、税収の伸び悩み、減収というかたちで財政にも大きな影響を及ぼしました。 また、平成10年ごろから社会構造の変化も進んできました。高齢化の進展です。少子化と高齢化はセットで語られることが多いのですが、財政においてまず問題となったのは高齢化の進展、そしてそれに伴う社会保障費の増加でした。経済の停滞による減収と社会保障費の増加が重なり、税収で賄えない歳出を公債金、つまり借金で賄うことになります。 このように、平成２年以降は歳出と歳入の差の拡大、つまり政府債務の増大が財政の最大の課題となっていきました。平成10年代以降、歳出の課題は社会保障費の増加にどう対応していくのかと同じことだったのだろうと思います。そのため、この約20年間は増加する社会保障費への対応をずっと議論してきました。令和に入っても社会保障費の増加は続いていますが、さらに社会保障費以外にも、大きな財政支出を伴う新たな課題が出てきているのです。これが一つの財政の転換点です。 併せて、これまで経済がデフレ基調にあったものが、近年では20年、30年ぶりに物価が継続的に上昇する可能性があり、これは同時に金利の上昇という新たな財政上の課題をもたらします。このことが財政にとってのもう一つの転換点ではないかということを、順にご説明していきます。 複雑な予算をイメージするために 令和６年度予算の概要をご説明します。令和６年度予算の総額は１１２兆円余となりました。ここまで大きな金額だとなかなかイメージしにくいと思うので、まずはざっと大きな輪郭を掴んでいただくために、予算の中身をご紹介します。 図１は、令和６年度一般会計予算の歳出・歳入の構成を円グラフで表したものです。まずは、左の円グラフの一般会計歳出、つまり支出を見ていきます。総額が１１２兆円余り。割合が大きなものから順に説明しますと、一番目は時計でいう12時から４時頃を占める、社会保障関係費の約38兆円です。全体の３分の１を占めます。二番目に大きいものが、12時から反時計回りに９時頃までを占める、約27兆円の国債費、つまり借金の返済です。過去に発行した国債の償還費と利払費で構成され、全体の４分の１を占めます。三番目に大きいものが、国債費から下にいって、同様に９時から７時までを占める地方交付税交付金等です。総務省の所管で、私が担当しています。約18兆円弱。全体の６分の１を占めます。この大きな３項目で全体の４分の３を占めていて、総額で82～83兆円の規模です。大まかに言うと、社会保障、過去の借金の元本と利子の支払い、地方への財源の移転という大きな３項目で主な歳出は成り立っているのです。 残りの４分の１は、中程度の大きさの３項目とその他で構成されています。その３項目は防衛関係費の約８兆円、公共事業関係費の約６兆円、文教及び科学技術振興費の約５・５兆円です。その他は、食料安定供給関係費やエネルギー対策費、経済協力費などで構成されていて、全体の約10分の１である約10兆円弱となっています。なので、大きな３項目と、中程度の３項目を押さえていただけると、約９割の予算の輪郭が掴めると思います。 なお、余談になりますが、その他の項目の半分を占めているのが「その他の事項経費」で、全体だと約５％、５・７兆円です。この「その他の事項経費」の半分強の２・９兆円は、国家公務員の人件費です。正確に言えば自衛隊員の人件費は防衛費の中に含まれますので、自衛隊員以外の人件費ということになります。国家予算の項目は馴染みが薄いものが多い中、例えば、皆さんそれぞれの企業の人件費比率との比較といった視点から見ていくと感覚的にも少し身近に感じられるのではないでしょうか。 令和6年度予算の特徴は総額の減額 次に、図１右側の一般会計歳入の円グラフを見ていきます。歳出を支える歳入、つまり収入です。内訳は、所得税が約18兆円、法人税が約17兆円、消費税が約24兆円で、基幹税と呼ばれる３項目です。令和２年度以降税収は過去最高を更新し続けてきましたが、令和４年度以降は横ばいになっています。 これも余談になりますが、過去最高の税収は、平成29年度まではバブル最盛期である平成２年度の約60兆円でした。その時の内訳は、所得税が26兆円、法人税が18兆円、そして消費税が５兆円です。現在と比べると、所得税が８兆円ほど多いですね。法人税はほぼ同額で、消費税はご承知のとおり当時３％だった税率が、５％、８％、10％と段階的に引き上げられ、現在では増収となっています。 右の円グラフで、12時から反時計回りに８時頃までを占める部分は公債金です。つまり借金です。歳入の内、全体の３割強を占める35・４兆円余りを借金で賄っていることになります。 続いて、令和６年度予算のフレームについてお話しいたします。１１２兆円の予算をわかりやすくするために大きな枠組みで示したものが、「予算フレーム」です。 図２をご覧ください。まず、歳出を三つに分けています。一般歳出、地方交付税交付金等、国債費です。一般歳出は裁量性のあるいわゆる政策的経費になります。地方交付税は、所得税、法人税、消費税などの税収の一定割合を地方の財源とする仕組みなので、一般歳出と比べると裁量性が低い予算とされています。一番上の約67・８兆円の一般歳出は、さらに三つに区分されます。社会保障関係費、社会保障関係費以外、物価・賃上げ促進予備費です。社会保障関係費は、一般歳出の半分を超える37・７兆円となっています。 令和６年度予算の特徴の一つは、令和５年度予算の総額約１１４兆円と比較して、１・８兆億円の減額となっている点です。これは珍しいことで、後ほどご説明しますが、高齢化によって社会保障費が増加しているため予算総額は毎年増えています。年末や夏の予算要求の時期に「過去最大の予算」とか「過去最大の要求」という報道を目にしますが、基本的な傾向として予算は毎年増加しているため、当たり前のこととも言えます。例外的に平成18年度と平成24年度は前年度から予算総額が減額されましたが、令和６年度の予算総額の減額というのは一つの特徴と言えるでしょう。 では、なぜ減額したのか。一般歳出の中にある物価・賃上げ促進予備費の減額が最大の要因として挙げられます。令和５年度では新型コロナウイルス感染症や物価高騰への対策などとして、５兆円の予備費が計上されていました。この予備費は最初、新型コロナウイルス感染症への対応として令和２年度補正予算において計上されました。しかし、皆さんご承知の通り、新型コロナウイルス感染症は、感染症法上の位置づけが昨年５月に５類に変わり、日常が戻ってきました。このように社会生活が日常に戻る中で、新型コロナウイルス感染症の流行に伴って膨張した予算も平時の規模に戻していくことを、我々財務省としても大きな方針として予算編成に当たってきました。結果として、予備費を４兆円減額することで、歳出総額を減らすことができ、この方針はある程度達成できたのではないかと評価しています。 図２で予備費の下にある地方交付税交付金等は、令和５年度の16・４兆円から令和６年度では17・８兆円と、１・４兆円の増額となりました。この増額は定額減税が影響しています。昨年秋の経済対策で、所得税と住民税の定額減税が決定しています。一人当たり、所得税が３万円、地方税である住民税が１万円の減税ということで、住民税については、０・９兆円ほどの減収が見込まれています。この住民税の減収に対して、国が全額補填をするため、その分地方交付税交付金等が増加しています。 国債費は１・８兆円の増額となっています。そもそも国の債務残高は、毎年30兆円を超える額を新たに借りているので継続的に増加しています。したがって、債務の償還費も毎年増えていきます。この償還費の増額が０・６兆円です。さらに増額の大きな要因として、利払費の想定金利の引き上げがあります。令和５年度の想定金利は１・１％でしたが、令和６年度ではこれを１・９％に引き上げました。この引き上げによって利払費が１・２兆円の増額となりました。金利については、平成の間、基本的に継続的に低下していました。したがって、この想定金利の引き上げは、冒頭に述べたように、財政の転換点でもあります。 地方交付税交付金等と国債費の増額、加えて社会保障関係費の８５００億円の増額、この三つを合計すると４兆円となります。予備費の減額が４兆円なので、たまたまですが金額上一致して、相殺されるようなかたちになりました。 本年度限りの要因で歳出が減少 その上で、全体では１・８兆円の減額となっています。これは、金額で見ると一般歳出の中の社会保障関係費以外の１・８兆円の減額と見合うかたちになっています。この減額には特別な要因があります。それは防衛費です。後ほどご説明しますが、令和５年度から５年間かけて防衛費を大幅に増額することが決まっています。その財源として、今年度に４・６兆円を先取りで確保しました。しかし、この財源の内、令和５年度に実際に防衛費に充てられた分は１・２兆円だったので、残りの３・４兆円は令和６年度以降に活用する財源として防衛力強化資金という別勘定に積み立てを行っています。この３・４兆円は令和５年度に使われた額ではありませんが、この積み立ても歳出として計上されるので、令和５年度予算は３・４兆円膨らんだのです。令和６年度ではこれが全額剥落して３・４兆円の減額となりますが、防衛費は令和６年度も引き続き１・１兆円増加していますので、その差額として２・３兆円の減額になりました。 さらに、今年１月１日に発生した能登半島地震を受けて、この対応に万全を期すために一般予備費を新たに５０００億円追加しました。この予備費は、復旧・復興でどのような対応が必要なのか具体的な中身は今後決定します。２・３兆円からさらにこの５０００億円を差し引いた１・８兆円が、令和５年度と比較した令和６年度予算の歳出の減額となっています。 数字のやりくりで少しわかりにくかったかもしれません。要するに、新型コロナウイルス感染症対策などとして計上した予備費の減額、また防衛費をめぐる財源のやりくりの中での減額が予算全体の減額となったということで、今後も予算規模が毎年減額する傾向になったわけではありません。 次に、歳入についてご説明すると、税収は１６８０億円の増収となりました。先ほどお話しした定額減税による約２・３兆円の減収を含めても、なお伸びているということで、景気は引き続き拡大しているのだろうと思います。所得税、法人税、消費税ともに基本的な傾向としては伸びてきています。その結果として税収やその他収入で賄えなかった部分、すなわち公債金は、約35・４兆円ということで、１７４０億円ほど令和５年度より減額したことになります。この点で、財政健全化にも配慮した予算になったと考えています。 高齢化の伸びに社会保障費の伸びを抑える 続いて、令和６年度予算のポイントを見ていきます。図３をご覧ください。まず、今の説明の流れに沿って、図一番下の「歳出の効率化」からご説明します。令和６年度予算の歳出の特徴は、総額が減ったこと、そして新規国債発行が減ったことです。その要因の一つとして挙げられるのが、歳出の効率化です。予算編成を行うにあたって、我々主計局では、各省から出てきた予算要求を、必要性や緊急性、単価が適正であるかどうかを一つひとつ精査をしながら積み上げていきます。ただ、毎年ゼロから予算を積み上げるだけではなく、全体の大きな方針も踏まえながら予算編成をしています。 その方針とは、社会保障関係費について言えば、実質的な伸びを高齢化による増加分の範囲内に収めるというものです。少しわかりづらいかもしれませんが、基本的に高齢者の方が増えると、社会保障費の伸びは避けられません。当然ながら、年齢を重ねれば病院に通う回数も増えますし、年金も支給されます。お年寄りが増えるほど、社会保障費が増えることは当然のことです。 ただし、社会保障費が伸びる要因は高齢化だけではありません。医療の高度化も要因の一つです。数年前に話題になったオプジーポという抗がん剤をご存じでしょうか。非常に効果が高い薬と言われていますが、薬価も高く、保険で負担する額も増えてしまいます。このように医療の高度化に伴っても、社会保障費は伸びていくのです。そこで社会保障費全体の中でやりくりをして、高齢化による増加分の範囲内に収めるという方針をとっています。この範囲内の金額が令和６年度予算では３７００億円となっています。社会保障関係費の増加はこれ以外にも年金の物価スライド分が３５００億円ありますが、これはまた後ほどお話しします。 一方、非社会保障関係費については、これは個別定量的に説明できるものではないのですが、過去と同じ程度の歳出改革の努力をしましょう、という考え方の下、過去10年間の平均の伸びに抑える方針にしています。令和６年度予算の具体的な数字で言うと、４００億円の伸びに抑えるということです。 現場の感覚だと、基本的には前年度と同額にするというイメージです。ただ、ここ２年ほど物価が非常に上昇してきているので、実際には４００億円の伸びではなく、物価上昇分を勘案した１６００億円の増額としています。このような大きな方針の下、歳出の効率化を行うことで、いま申し上げたように新規国債の減額につながったわけです。 図３に戻り、ポイントの中身を見ていきます。一番上の「経済」では、物価の上昇は財政だけでなく、我々の生活にも当然影響が及びます。そのため、物価の上昇に負けない賃上げは、政府全体で大きな課題です。とは言っても、賃金は民間企業さんのそれぞれの事情に応じて決定されるものなので、政府だけで賃上げを実現できるわけではありません。政府が決められる賃金、例えば診療報酬や介護報酬など医療福祉分野の公定価格をプラスにすることで、令和６年度ではベースアップで２・５％、定期昇給分を入れれば４％の賃上げになるように予算を措置いたしました。 次に、「社会」の中でも、「こども政策等」です。少子化は我が国が直面する最大の危機であるという認識の下、「こども未来戦略」に基づく「加速化プラン」を、令和６年度予算に盛り込みました。後ほど詳しく説明します。 次に、「外交・安全保障」です。防衛費が増加していることはすでにご説明しました。我が国周辺の厳しい安全保障環境はもとより、ウクライナ侵略、中東情勢、イスラエルのガザ地区への侵攻など、激動する外交環境に対応するために、外交や安全保障において必要な予算を増額しています。 最後に、「令和６年能登半島地震への対応」です。今後の被災地の復旧・復興に切れ目なく対応できるよう、もともと５０００億円計上していた一般予備費に、先ほど申し上げたとおり５０００億を追加し、合計１兆円を計上しました。以上が令和６年度予算のポイントです。 財政の課題 続いて、日本の財政の課題についてお話しいたします。日本の財政には様々な課題があると思います。歳出に無駄が多いのではないか、諸外国と比較して○○の支出が少ないのではないかなど、いろいろなご意見がありますが、私としては、マクロで見た財政の状況、具体的には歳出と公債金を除いた歳入の差の拡大、つまり政府債務の増大が日本の財政の抱える最大の課題だと考えています。 図４は、債務残高を国際比較したものです。国際比較をするために、名目値ではなく対ＧＤＰ比で示しています。一番上の折れ線が日本です。日本のＧＤＰは約６００兆円ですが、令和５年度の債務残高は２５５％でＧＤＰの２倍以上、政府の債務の範囲についてはいくつかの統計がありますが、約１４００兆円以上の債務を抱えているということになります。第二次世界大戦末期ですら約２００％だったので、これは過去に例のない多額の債務残高です。図を見ておわかりのように、先進７カ国の中でも突出して債務残高が多いと言えます。 一方、「財務省は常に債務残高が多いと言っているが、実際には国は資産も多く持っているのではないか」とのご指摘があります。それを勘案したものが、図５の純債務残高の国際比較です。純債務残高とは、債務残高から金融資産を差し引いたものを指します。確かに、グラフを見ると図４ほど各国との差が大きくないように見えます。しかし、世界における順位では、90カ国中89番目に位置し、やはり決して良いとは言えない、むしろかなり悪い状況と言えます。日本より一つ上、88番目のイタリアは、２０１０年代前半に欧州債務危機に直面しました。当時はポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペインの財政状況が悪く、各国の頭文字をとってＰＩＩＧＳという枠組みで語られました。ＰＩＩＧＳの中でも発端となったギリシャは、財政破綻の危機に直面し、年金受給開始年齢の大幅な引き上げや、就労人口の20％を占めていた公務員の給与の大幅カットなどを強いられました。これによって大規模な抗議デモが起きるなど、財政危機によって大きな混乱が起きたのです。 もちろん、日本でも直ちにギリシャ危機のようなことが起こると言いたいわけではありません。財政が悪化するとどのような問題が起きるか、その一つの例としてギリシャ危機を振り返るとイメージしやすいかもしれません。 話が逸れましたが、89番目ということで日本の財政状況は悪いと言えます。さらに、折れ線グラフを見るとわかるように、対ＧＤＰ比で債務残高が増えていく傾向にあり、これは大きな問題だと考えています。 日本はどのくらいの資産を持っているのか 「日本には資産があるから問題ない」という指摘ですが、実際に国はどれほどの資産を持っているのでしょうか。資産の話に入る前に、かつて「国の会計は現金会計で行われていて、さらに一般会計のみが対象で特別会計や独立行政法人などその周辺は含んでいない」というご批判がありました。そこで現在では、国の財務書類が整備されています。民間企業と同様の会計基準でＢＳ（貸借対照表）、ＰＬ（損益計算書）を財務省で作成しています。なお、国の場合は収益という概念がないので、ＰＬではなく業務費用計算書と呼んでいます。 図６をご覧ください。二つの棒グラフで示されたものが国の貸借対照表です。国と言うと、税を集めてそれを再配分するとか、あるいは事業を実施するとかいわゆる財政的な機能がわかりやすいわけですが、金融的機能も果たしています。右側の棒グラフ一番上の、短期証券（外国為替資金証券等）88兆円から見ていきます。 現在は円安が問題になっていますが、円高不況という言葉があるように、かつては円高が問題となっていました。円高だと輸出に力を入れている企業にとっては価格競争力の点でマイナスですね。円高局面で政府が為替介入をする場合、市場から短期証券で円を調達してドルを買います。その結果円が安くなってドルが高くなるわけですが、買ったドルは運用の観点からドル建ての外貨証券として保有します。それが左の資産合計の上から二番目の有価証券（外貨証券等）に対応しています。 二つ目が、右の負債合計の上から二番目の公的年金預り金で、１２２兆円です。これは、皆さん年金保険料を納めていただいていると思いますが、それを一度国の年金特別会計に集めた後、年金積立金管理運用独立行政法人（ＧＰＩＦ）に寄託をして運用しているものです。これが、左の資産合計の上から三番目の運用寄託金に対応しています。 三つ目が、右の負債合計の上から三番目と四番目の財投預託金と財投債です。財務省の理財局が担当している財政投融資という仕組みで、国債というかたちで市場からお金を集め、これを貸付金として、例えば日本政策金融公庫に貸し付けをして低利の貸し付けをやってもらうなど、様々な機関に貸し付けをしています。これが、左の資産合計の貸付金１２３兆円に対応しています。 今お話しした三つの金融機能によって、相当額の金融資産を持っていることになりますが、いずれも見合いの負債が存在することは、この貸借対照表で示されたとおりです。そしてこれらを相殺したものが、先ほどご説明した純債務残高です。「そうは言っても出資金や道路やダム、河川といった有形固定資産などもあるはずだ」というご指摘もあります。ただ、道路などの有形固定資産はそう簡単には売れません。さらに、右の負債合計の真ん中あたりにある建設公債によって、これらの資産を取得している点にも留意が必要です。 いずれにせよ、左の資産合計の一番下にある、民間では債務超過となる「資産負債差額」は約７００兆円となっています。これは保有資産の額を超えた負債の金額であり、対ＧＤＰ比で１００％を超えています。これ以外にも地方自治体の負債もあり、保有資産を勘案しても財政状況が良いとは言えません。債務残高がどんどん増えていくと、果たしてこの債務は返済できるのか、と市場の信認の低下を招くおそれがあり、この債務残高対ＧＤＰ比を安定させる、さらには安定して引き下げることが必要です。ただ、どのくらいの比率をどのくらいのスピードで引き下げるかは、議論が必要だと考えています。 経済の悪化が財政の悪化に直結 では、なぜこのように債務残高が積み上がったのか、財政収支の推移を図７で見ていきます。対ＧＤＰ比です。基本的に０％以下で推移をしていて、毎年度債務残高が増えています。ただ過去には財政収支がほぼ均衡した年もありました。直近だと平成２年度です。冒頭にもお話ししましたが、この平成２年度は財政にとって一つの節目で、この年以降多少回復することはあっても平成10年度ごろまで、金融危機を背景とした財政収支の悪化が続きます。その後回復していくのですが、平成20年度ごろ、リーマン・ショックによって再度悪化します。その後また回復していきますが、令和２年度ごろに新型コロナウイルス感染症の流行により、再び財政収支も悪化します。 このように、基本的に財政と経済は不可分な関係にあります。財政悪化の大きな要因は、経済の悪化にあることに間違いありません。したがって、債務残高をどうにか減らそうとする時には、経済成長は不可欠だと我々も考えています。「財務省は経済のことを考えずに歳出と歳入の差を縮めることだけを考えている」というご批判を頂戴することもありますが、我々も経済あっての財政だと考えています。 財政健全化に向けた取り組み では、政府は財政の健全化に向けて、これまでどのような目標を掲げて取り組んできたのでしょうか。ここでは、さらに遡って戦後から振り返っていきましょう。 戦後は、赤字国債を出さないということが財政の規律として掲げられていました。実際、財政法第４条では「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以てその財源としなければならない」と定められています。法律上、赤字国債は発行できないことが原則です。例外として、建設国債は認められています。戦後初めて赤字国債を出したのが昭和40年度です。その後昭和50年度から本格的に赤字国債が発行されるようになります。赤字国債の発行に当たっては、将来的に赤字国債の発行をゼロにするという目標を同時に掲げてきたのが、昭和の時代です。昭和55年度、昭和59年度、年号は平成に変わりますが昭和65年度には赤字国債発行をゼロにする、赤字国債から脱却するという目標年次を設定し、それぞれ55脱却、59脱却、65脱却と呼ばれていました。 そして、平成２年度、すなわち昭和65年度に65脱却という目標を達成しました。繰り返しになりますが、この平成２年度というのは財政における大きな節目となっています。達成できた要因は、バブル経済といわれた経済成長だったと考えられます。 しかし、バブルの崩壊に伴い、平成６年度から再び赤字国債を発行するようになってしまいます。さらに、急速に発行額が増加するのが平成10年度です。この時期の平成９年に橋本政権において、財政構造改革法が制定されます。歳出の抑制、削減を軸に財政の健全化をめざすために成立した法律です。バブル崩壊直後は景気対策というと公共事業とされていたので、多額の建設国債が発行されました。そこで赤字国債・建設国債に関係なく、財政収支の赤字を対ＧＤＰ比の３％以下にすること、同時に平成15年度までに従来同様、赤字国債からの脱却もめざしました。しかし、残念ながら平成10年度以降も財政の状況は悪化していきます。その背景としては先にご説明した金融危機があったと思います。 プライマリーバランスの導入 そして、平成14年に小泉政権において、財政再建に本格的に取り組む方針が再び掲げられます。プライマリーバランスという新たな指標を導入したのです。それ以前に用いていた財政収支は、債務償還費を除いた支出をすべて借金以外の収入で賄わなくていけないというものでした。つまり、利払費も借金以外の収入で賄うということです。一方、プライマリーバランスは少し基準を緩くして、利払費までは借金で賄ってもいいが、債務の償還に加え金利の支払いを除いた部分、すなわち政策に充てる経費は借金以外の収入で賄いましょうという指標です。いきなり財政収支の指標で目標を立てることが難しかったため、まずは少し達成し易い２０１０年代初頭のプライマリーバランスの黒字化という目標を立てたのです。 平成18年になると、平成23年度という具体的な年度をプライマリーバランス黒字化目標に設定します。そして黒字化は達成できるのではないかと見通しが立てられていました。しかし、その見通しを覆す事態が起こります。リーマン・ショックです。これによって、平成23年度達成という目標は困難なものとなったのです。そして、経済が回復した平成25年に、２０１５年度に２０１０年度比でプライマリーバランスの赤字を半減、そして２０２０年度にプライマリーバランスを黒字化するという目標が新たに立てられました。その後、２０１５年度の半減目標は達成できたのですが、黒字化目標は後倒しとなり、現在では、２０２５年度のプライマリーバランスの黒字化が目標となっています。 それでは、なぜプライマリーバランスの黒字化が必要なのか。繰り返しになりますが、プライマリーバランスは債務償還費と利払費を除いた部分を借金以外の収入で賄うということです。したがって、プライマリーバランスが黒字になると、経済成長率と金利が同じ場合、債務残高の対ＧＤＰ比が一定になります。 つまり、プライマリーバランスが均衡すると、対ＧＤＰ比で見た時に債務残高は増えないのです。ただ、経済成長率と金利の関係は、必ずしもイコールというわけではなく、経済成長率が高い場合もあれば、金利が高い場合もあるのですが、この二つはおおよそ表裏の関係にあることを前提としたフローの目標であるとご理解いただいていいと考えています。 社会保障費の増加が財政悪化の要因 それでは、財政収支の悪化による債務残高の累増がなぜ起こったのか、さらに分析してみます。図８は平成２年度からの普通国債残高の増加要因を分析したものです。左の棒グラフご覧ください。バブル崩壊に伴って、景気対策として公共事業を追加したため、公共事業関係費が国債残高の増加要因として目立っています。一方、平成10年度以降になると社会保障関係費の増加が要因として顕著になっていきます。 図８の右の棒グラフは、税収の減少要因を示したものです、先ほどお話ししたとおり、税収の減少は経済の停滞が影響しています。財政悪化の要因は、当初は通常の景気循環が要因と考えられたのですが、実は金融危機を背景とした長期的な経済の停滞が大きな要因となったと考えられます。それに加えて、歳出面では社会保障関係費の増加が財政悪化の最大の要因となりました。 なお、新型コロナウイルス感染症流行後の令和２年度以降は、その対策として「その他の歳出」という項目が急激に伸びていますが、これを平時に戻すということを令和６年度予算編成の方針としたことはすでにお話ししたとおりで、今後はこの要因は減少していくものと考えています。 では、なぜ社会保障費が増えているのでしょうか。皆さんご存じの通り、日本では世界で類を見ないほどの急速なスピードで高齢化が進んでいることが大きな要因です。日本の人口ピラミッドはもはやピラミッドのかたちをしておらず、高齢者の層が膨らんでいます。韓国や中国もいずれは日本のような人口推移を辿ると言われていますが、欧米では日本ほど極端な高齢化の進行は見られません。 高齢化によってお年寄りの人数が増えると、社会保障費が増えることはおわかりかと思います。加えて社会保障は年代によって一人当たりにかかる費用に大きな差があります。年代別にかかる医療費は、64歳以下では１年間で平均19・９万円ですが、75歳以上になると92・３万円となります。国が負担をしている額では、64歳以下は２・７万円に対して、75歳以上は12倍の32・３万円となります。年齢を重ねると、どうしてもお一人にかかる医療費は増加し、社会保障費の増加につながります。もちろん、長寿社会はとても喜ばしいことだと私は思っています。ただ、高齢化に伴い医療や介護のサービスが必要になるので、この高齢化の進展という社会構造の変化に国の予算構造を追いつかせる必要があるのです。 異例のスピードで増加した日本の社会保障費 次に図９をご覧ください。この図は、国民負担率と社会保障支出を対ＧＤＰ比で比較したもので、日本の社会保障費の増加がいかに急速に進行したかが読み取れます。国民負担率と社会保障支出は基本的には正の関係にあって、負担額が多い国は福祉も手厚くなっています。図の右上にあるフィンランドやデンマークなどの北欧の国がその代表例です。反対に、図の左下にあるアメリカやアイスランドは、負担額が少なく、福祉も手厚いとは言えません。 実は日本も１９５５年から80年ごろまでは図の左下に位置していたのですが、90年ごろから社会保障支出がぐっと伸びていることが図からもわかります。さらに国民負担率はそこまで変化がないまま社会保障支出が急激に伸びています。これは正の関係から外れた、世界的に見ても異例な動きと言えます。 この社会保障費の急激な増大をどうにかしなくてはいけません。図の左上にあるように給付の伸びの抑制を図る必要がありますし、負担をお願いしなくてはいけないこともあるかと思います。ただ、何も手を打っていないわけではありません。先ほど、物価の上昇に比例して年金支給額も増やす必要があるため、社会保障関係費の内、年金の物価スライド分として令和６年度は３５００億円ほど伸びたとお話ししました。ただ、単純に物価上昇率分を上乗せしたわけではありません。マクロ経済スライドという考え方が導入されています。これは物価の上昇率ではなく、賃金の伸び率に合わせて年金を増加させるという考えです。現在、高齢者の方に給付されている年金は、現役世代が納めた保険料も充てられています。そのため、賃金が伸びないと現役世代の保険料も伸びず、年金の伸びも確保できないということで、物価上昇率ではなく賃金の伸び率に合わせているのです。 加えて、高齢者が増えて現役世代が減ることも勘案して、年金の伸び率も調整するという仕組みになっています。このマクロ経済スライドは社会保障給付の伸びに対する抑制策の一つです。また、５％から８％、さらに10％と上がった消費税率も、「社会保障と税の一体改革」という考え方の下、消費税率の引き上げはすべて社会保障関係費に充当されています。 ところが現在、社会保障関係費以外にも、日本は新たな課題に直面しています。もちろん社会保障分野も継続的な改革が必要ですが、それ以外でも対応しなくてはならない新たな歳出の増加要因が出てきました。これが、私が近年、財政の転換点を向かえていると考える理由です。 図10をご覧下さい。左側にまとめられた社会保障関係費以外の予算は平成２年度から令和４年度までの32年間で１兆円しか伸びていません。１年間にすると、毎年約３００億円の増加です。これに対して図の中央の社会保障関係費は約25兆円も増加しています。この社会保障関係費の増加を国債で賄ってきたことから、その国債の償還費・利払費である左端の国債費も10兆円伸びています。要するに、ここ30年間の歳出の増加は、社会保障関係費と国債費の増加分の34兆円でほぼ説明ができてしまのです。そして一番下にあるとおり、税収の増加では追いつかない分の30兆円を特例国債、いわゆる赤字国債の増発で賄っていることになります。 ここで特に注目したいのは、社会保障関係費以外の予算が伸びていないことです。それを可能にした要因の一つは、日本経済の慢性的なデフレです。さらに、予算編成の現場にいた私の感覚としては、社会保障関係費の拡大があまりにも著しいため、他の予算はそれを賄うべく効率化しなくてはいけないというプレッシャーもあったのだと思います。 財政が直面する新たな課題 しかし、近年新たな課題が出てきています。それが、防衛、ＧＸ（グリーントランスフォーメーション）、少子化対策です。まず、一つ目の新たな課題である防衛について。北朝鮮による弾道ミサイルの発射やロシアによるウクライナ侵攻など、近年の国際情勢を踏まえれば防衛費の増額は不可避です。令和４年度の防衛費（中期防対象経費）は５・２兆円でしたが、これを令和９年度までに８・９兆円に増額することが、令和４年12月に決定された「防衛力整備計画」で定められました。 この増額された約４兆円弱の防衛費をどうやって賄うのか。まず、１兆円強は歳出改革で賄います。５年間の計画のため、単純計算で毎年２１００億円ずつ歳出改革をする必要があります。すでにご説明したとおり、具体的には、令和６年度予算では社会保障関係費以外の一般歳出は１６００億円の伸びに止め、その中でも防衛費を除けば５００億円の減額にしています。すなわち防衛費以外の予算で歳出改革を行い、防衛費の財源を捻出しているということです。 二つ目が、決算剰余金です。見積もりより増えた税収や、結果として不用となった歳出が、毎年平均して７０００億円ほどあります。これを防衛費に充てることにしています。 三つ目が、税収以外の収入です。例えば大手町の国有地を売却したり、外国為替資金特別会計の剰余金を活用したりすることで、先ほどご説明したとおり、令和５年度に合計で４・６兆円の税収以外の収入を防衛費の財源として確保しました。１年間で約９０００億円ということになります。 それでも足りない分は、１年間で１兆円程度は税制措置をお願いする予定です。法人税は納税すべき税金の４％から４・５％、所得税は当分の間、税率１％の新たな付加税が課されます。また、たばこ税は１本当たり３円の増税を段階的に行うことが決定しています。ただ、この増税をいつから開始するかはまだ決定しておらず、引き続き税収以外の収入で財源確保に努めている状況です。 ＧＸと少子化対策 二つ目は、ＧＸです。地球温暖化への対応は、世界的に見ても喫緊の課題となっています。他方、国のＧＸ推進策においては、単に温暖化を防ぐために国が補助金を出すのではなく、新たな経済成長の呼び水となるという観点を重視しています。具体的には、２０５０年のカーボンニュートラル達成に向けて、革新的な技術開発へ官民合わせて１５０兆円、その内、国は20兆円の投資が予定されています。令和６年度予算においても、令和５年度補正予算と合わせて１・７兆円のＧＸ投資支援を計上しました。 この財源は、当面の間ＧＸ経済移行債で賄います。その償還原資となるのが、ＣＯ２排出枠の発電事業者への有償化と炭素に対する賦課金という新たな財源です。これらの新たな負担は、いずれも再エネ賦課金の減少分やカーボンニュートラルに向かう中で石油石炭消費の減少による石油石炭税の減少分の範囲内とすることで実質負担額は増やさないような仕組みとなっています。 ＧＸ推進法のように、経済成長の大きな核となる分野に国が投資をしていくことは、世界的にも見られます。例えば、アメリカの場合、２０２２年８月時点で、10年間で総額４３７０億ドルの政府の投資を予定しています。主な投資先はエネルギー安全保障・気候変動投資で、３６９０億ドル規模です。併せてこの財源は大企業への課税強化などで賄われる「インフレ抑制法」というパッケージとなっていること、そして財源は総額７３７０億ドルとむしろ歳入の方がかなり大きくなっている点にも注目する必要があります。経済成長のために借金をしてまで財政を拡大しているということではありません。 三つ目は、少子化対策です。この課題は防衛費やＧＸとは少し異なり、昔から認識されていた課題です。私も平成17年に子育て予算を担当しましたが、児童手当を増額するなど当時から国としても少子化対策には取り組んできました。今回はさらに思い切った取り組みを行うことになったと考えています。 具体的には、「こども未来戦略」において令和10年度まで３・６兆円の施策充実と安定財源確保の枠組みが決定されました。これによれば、こども・子育て関係の支出は一人当たり対ＧＤＰ比で11％から16％に上昇し、ＯＥＣＤ諸国の中でトップ水準になります。高福祉国家のスウェーデンが15・４％なので、これと遜色のない世界トップ水準になるよう思い切って力を入れました。 内容を見ていくと、一つ目は児童手当の拡充です。所得制限を撤廃し、従来は中学生までだった支給を高校生まで延長します。次に、高等教育の負担軽減です。従来は世帯収入が２７０万円以下では大学の入学金と授業料が無償化、３００万円以下では２分の１の支援、３８０万以下では３分の１の支援を行うという仕組みでした。これを拡充し、令和７年度からは扶養される子どもが３人以上の多子世帯には、支給額に上限はありますが、所得制限なしで無償化されるようになります。 実質的な負担を軽減しながら財源に充てる こども・子育て政策の強化を賄う財源は、まず一つ目の財源が既定予算の最大限の活用で１・５兆円を確保します。具体的には、「社会保障と税の一体改革」の下で消費税率の引き上げにより手当てした、社会保障の充実枠の執行残６０００億円を子育て政策に活用します。また、「こども未来戦略」では男性の育児取得増加をめざし、育休の給付金増額を掲げています。この財源として既定の雇用保険料から６０００億円を活用します。 二つ目の財源が、社会保障給付費の節減分を、少子化対策に回すというものです。これまで社会保障関係費の伸びを高齢化による増加分に収めてきたわけですが、その中で高齢者向けの医療・年金・福祉の社会保障給付費を抑えて確保した財源１８００億円を毎年少子化対策に充ててきました。これを今後も継続することで、６年間で１・１兆円の財源を確保します。 そして、三つ目の財源１兆円は、新たに支援金制度というものを創設します。医療保険料を集める仕組みを活用するかたちで、プラスアルファの負担をお願いすることになりますが、歳出改革と賃上げによって実質的な社会保険負担を軽減させて、その範囲内でできる支援金制度の構築を考えています。 ＧＤＰの増加がカギに 本日のまとめに入ります。繰り返しお話ししてきたように、現在は物価と金利の継続的な上昇という変化が日本経済で起きようとしています。これは過去30年間、20年間では見られなかった変化です。 過去においては、国債残高は増え続けるものの、金利の低下に伴い、利払費も低下や横ばいの状況が続いてきました。金利が上昇すると今後は利払費も増えていくと考えられますが、これは、利払費も借金以外で賄うという財政収支において大きなマイナスの要因となります。また、物価が上昇すれば、国が行う様々な事業においても資材費や人件費が増えます。そういう意味で、金利と物価の上昇は財政的には大きなマイナスの影響があり、財政の転換点となります。 しかし、これはプラスの影響もあると考えています。それを説明するものが図11です。これはＧ７各国の名目ＧＤＰの推移を比較したものです。一番下にある日本では、名目ＧＤＰが伸びていないことがわかります。これは経済が停滞していたこと、物価が上昇しなかったことの二つが作用していると考えられます。他方で、先進各国は１９９０年を１００とすると、現在ではほとんどの国が２００を超えていて、中には３００を超える国もあるのです。名目ＧＤＰが30年間で２～３倍になっているのが世界の状況です。単純に考えると、日本もＧＤＰが２倍に伸びていれば、債務残高の対ＧＤＰ比は現在の半分に抑えられていたということになります。純債務で考えると、今は対ＧＤＰ比１５７％ですが、半分の80％というそこまで悪くない状況に抑えられていたと言えます。 「物価と賃上げの好循環」という言い方をしますが、財政規律を保ちつつ、物価と金利が上昇し、賃上げにつながっていくという好循環が生まれれば、経済が拡大し税収も増加、さらにＧＤＰの増加による債務残高対ＧＤＰ比の改善という、財政にプラスの影響をもたらすことも考えられるのです。また、好循環を生むような経済財政運営をしていく必要があると考えています。 財政を過度に悲観的に考える必要はない 最後に図12の左の図をご覧ください。この図でもわかるように、日本では政府支出が対ＧＤＰ比で右肩上がりになっています。一方、他国はリーマン・ショックやコロナ対応の時期に一時的に上昇していますが、基本的には横ばいです。これは政府支出の増加だけでなく、ＧＤＰも同じように増加しているため、対ＧＤＰ比で政府支出の伸びが抑えられていると考えられます。他方日本だけがＧＤＰは伸びずに、政府支出だけが増えています。繰り返しになりますが、財政の悪化は経済状況と直結しています。 多くの人がなぜ日本の財政はなかなか健全化しないのだろうかと考えているかもしれません。また、平成生まれの世代は物心ついた時から、どうしても悲観的に財政を捉えてしまうのはしかたがないことかもしれません。ただ、これは手が付けられない課題というわけではないのです。 図12の右の図をご覧ください。リーマン・ショックやコロナなどの有事に際しては、日本を含めた各国ではどこも同じように財政支出を増やしています。むしろアメリカは日本よりも大きな財政支出をしています。 では、日本と各国では何が異なるのか。一つは図からもわかるように、バブル崩壊に伴う金融危機によって日本だけが財政支出を拡大した時期があるのです。ここで起きた経済の悪化が、財政悪化の転換点ともなりました。さらに、これまでお話ししたとおり、急速な高齢化と低い経済成長が他の先進国と異なる日本独自の事情です。急速な高齢化による社会保障費の増加は他国が抱えていない問題ですが、この問題には、十分とは言えませんが対応してきているのだろうと思います。 具体的には、消費税率の引き上げや様々な制度見直しによる社会保障給付の伸びの抑制などです。そうすると、引き続き社会保障の伸びの抑制に対応していければ、今後経済が成長することで財政状況が好転する可能性もあります。長い目で見れば、悲観する話ばかりではないのです。 チャンスにもなる財政の転換点 繰り返しになりますが、今、財政は大きな転換点に立っています。一つは社会保障以外の新たな課題が出てきたということです。防衛・ＧＸ・少子化対策ですが、財源とセットで兆円単位の予算の増額というかたちで新たな三つの課題に対応しました。財政は一定の余裕を持っておかないと新しい課題に対応できません。新型コロナウイルス感染症の流行時には、異例の１００兆円とも言われる対策の財源を主に借金で賄いましたが、このような対応がいつでもできるわけではありません。本日ご説明した三つに限らず、新たな課題に的確に対応できるよう、財政の健全化を進めていく必要があるのです。そのためには経済、財政が転換点になっていることを踏まえ、物価と金利の継続的な上昇が与えるマイナスの影響への対応も誤らないようにしなくてはいけません。 この転換点はピンチというだけではありません。チャンスの転換点になる可能性もあると私は考えています。新たな課題への対応、そして物価、金利の上昇という転換点を、皆さんも前向きに捉えていただければと思います。何より我々がこのピンチをチャンスに変えるよう今後も努力をしていく必要があると考えています。 ◆意見交換 消費税増税は避けられないのでは？ 川内野 財政のためには消費税増税は避けられないのではないかと、素人目から考えています。日本の消費税は、諸外国の付加価値税と比べて税率が低いし、社会保障費の増加を考えたら将来の選択肢としては十分あり得るのではないでしょうか。正直なところ消費税増税はやってほしくはないのですが、選択肢としてはあるのかなと思っています。どういった条件が揃えばそういった方向に行くのか。仮定の話で恐縮ですがご教示いただけたらと思います。 消費税増税は経済への影響が少なからず出る 前田 本日申し上げた通り、社会保障関係費が増えていく構造は変わっていないので、何らかの対応が必要なのは確かです。それは給付の伸びの抑制かもしれないし、負担の引き上げかもしれない。負担にも色々な選択肢があります。例えば、自己負担の議論では、皆さんが病院にかかられると３割の負担をされていると思いますけれども、75歳を過ぎた方は１割負担になっています。負担の割合を年齢で区切るのは合理的ではないということで、75歳以上でも一定の所得がある方は２割、あるいは現役世代と同じくらい所得がある方であれば３割負担していただくという自己負担の見直しを行っています。 このように負担といっても自己負担というやり方もあるし、あるいは保険料というやり方もあるし、税というやり方もあろうかと思います。税であっても、所得税、法人税、消費税、あるいは資産課税と様々な税目があります。何で負担するか、今後議論を尽くしていかなければいけないと思います。 その様々な選択肢の中で、ご質問にあったように消費税は諸外国と比較すると税率が低いのは事実なので、負担する余地があるというご指摘はそのとおりだと思いますが、ただ消費税しかないということはなく、いま申し上げたとおり、様々な選択肢があります。 また、消費税については、これは日本特有なことですが、消費税を上げると経済へ影響が出てきます。消費者物価の推移を見ると、物価が上がってきたのは最近のことだけではなくて平成に入ってから過去にも直近を除いて５回ほど上がっています。この五つの山のうち四つは消費税率引き上げ時の物価の上昇です。中小企業対策も含めてきっちり転嫁をやっていくという仕組みがあるため、消費税率の引き上げは直ちに物価に反映されます。それは残念ながら消費にとってマイナスの影響を与えるということが過去に見られた現象です。その点で仮に消費税率を引き上げるという場合でも、今と同じようなやり方をとるかどうか、いろいろな工夫が必要なのではないかについて、さらに議論されなければいけないと思います。 例えば、ヨーロッパの付加価値税は内税方式で、税率が上がった場合でも、価格全体の中で吸収しながらなだらかに物価が上がっていくというのが、ヨーロッパ諸国で見られる現象です。したがって、日本のように消費税を上げると、すぐに消費が落ち込むということはあまりないようです。 繰り返しになりますが、経済がしっかりしなければ財政は健全化しません。それを踏まえながら、様々な選択肢を考える必要があると思います。また、選択肢のどれを選ぶかは当然国民的な議論が必要でしょう。 経済成長政策は政府・与野党で共有できているのか 鈴木 経済成長を促し、税収を増やしていくことの大きな考え方について、政府・与党、野党で共有できているのでしょうか。もし共有できていないとすれば、壁はどこにあるのでしょうか。経済成長を促すための民間投資の活発化や新しい産業の育成を図るための施策について、財務省は関係省庁に働きかけているのでしょうか。 経済と財政は不可分であることは概ね共有されている 前田 私の承知している限りでは、経済成長をすることによって財政も健全化していくという考え方は、政府あるいは与野党も含めて共有されている考え方ではないかと思っています。もちろん全員が同じ考えとまでは言うつもりはないですけれども、財政規律を維持しつつ経済のパイが大きくなればその一定割合が税収として国にも配分されるので、当然、経済と財政は不可分であって、そこに大きな認識の違いはないと思っています。 経済のパイをどうやって大きくしていくかについては、いろいろなご意見があります。先ほど申し上げた通り、かつては民間の成長力、イノベーションが重要だと言われ、政府の役割はそれを妨げるような規制を撤廃するなど成長が可能となる環境を整備することであるという議論もありました。最近では、政府が積極的に投資をすべきというご意見も強いです。かつてのように単なる公共事業を追加すれば良い、政府がお金を出して雇用を維持すれば良いということではなくて、政府の投資がさらなる成長につながるように、あるいは民間投資の呼び水となるような投資をすべきだという考え方です。ただ、何が成長分野なのか、あるいは仮に成長分野があったとしても、国がどういうやり方で投資をすれば経済成長につながるのかということは、残念ながら確定した解があるわけではありません。 総論的・概念的には、経済産業省はじめ各省庁と議論をするときには「経済成長に資する」ということは、我々にとっても重要な観点ではありますけれども、必ずしも正解はないわけです。そのあたりは、民間の皆様のご意見にもっと耳を傾けて、毎年検証しながら予算編成を行っていくことが重要だと考えています。 国の借金と民間の資産の関係 清水 報道等で政府の債務残高等が過去最高を更新し続けているといった話はよく耳にするところですが、他方で政府の債務というのは民間、例えば企業に供給されている資産と表裏一体の部分もあるのかなとも思っています。最近、民間企業が最高益を更新したとか、バブル以来の好景気みたいな話を耳にすることはあっても、そこを政府債務と結びつけて報道される機会はあまりないと思っています。その辺りのご見解、ご意見等をお持ちでしたら、お伺いできればと思います。 国債は世代間の負担差の問題を生む 前田 ご質問の趣旨を正確にとらえていないかもしれませんが、おっしゃるとおり「政府の債務残高は大きいのだが、国債は基本的には国内で消化されているのだから、政府の債務は国民の誰かの資産になっている」というご指摘はあります。国債は政府から見れば借金だけれども、買った人から見れば資産なので問題ないのではないかというご趣旨だと承知をしています。 二つほど問題点を指摘できると思っています。ミクロの視点では、国債を買って持っている方から見れば、国債は資産です。この国債は、将来どこかの時点で税というかたちで国債を持っている方も持っていない方も含めた幅広い国民の負担で償還するわけです。したがって、次世代になって国債の償還が生じた時に、償還を受ける方と、この償還をするために新たな負担をしなければならない方が生じることになり、この両者の間で望ましくない再配分が起きる可能性があることが一つ目の問題点だと思っています。 また、現在発行した国債による支出の多くは、将来世代の人たちのためではなく、今の世代の人たちが受益を受けるわけですが、その負担をする将来世代の人たちは、自ら決定に関与できなかったその受益についての負担を求められます。マクロで見れば、確かに国民から調達をしたお金で国民に返すという意味では、国全体でプラス・マイナスはないのですけれども、ミクロで見た場合の再配分の問題、世代間で見た場合の受益と負担の問題を考えると、それが社会的に公平と言えるかという問題があるのではないかと考えています。 もう一点は、国が借金をすればするほど、現状ではその分のお金が市場に供給されることです。通常お金の供給が増えればインフレになるわけです。現在、国債は確かに国内で消化されていますが、その保有者を見ると相当の部分を最終的に日本銀行が引き受けています。日銀に国債を購入するための原資があるわけではないので、日銀は最終的には日本銀行券という紙幣を刷ることによって賄うことになります。 どんどんお金の供給が増えたとしてもインフレが起きなければ、国が借金をしても問題ないのだ、という立場を取られる方もおられます。今ご説明したように、国の中でのお金のやり取りなのだから問題ないということもあるわけですけれども、そうおっしゃる方でも、インフレが起きれば何らかのかたちで財政は引き締めなければいけないことは、同意されると思います。ですから、国の中でバランスしているから良いのだ、というわけではないのだろうと思っています。 これからの地方自治体のあり方 立花 財務省の予算編成において前田次長がご担当されている地方交付税についてご質問させていただきます。地方自治体においては、過去様々な経緯をたどり、時には三位一体の改革──「国庫補助負担金の廃止・縮減」「税財源の移譲」「地方交付税の一体的な見直し」が行われた地方分権の議論もありました。現在、国と地方の関係、地方自治のあり方について、どういう議論をして、将来どういう方向に進んでいくべきなのか。前田次長の個人的なご見解でも構いませんので、ご教授いただきますようにお願いします。 バランスの取れた地方分権 前田 私は奈良県庁に４年間出向して、福祉部長、総務部長、そして副知事を務めさせていただきました。そのため、地方行政について多少の経験があり、また地方財政についても、今回だけでなく５年前にも担当していることもあり、いろいろと申し上げたいことはあります。 まず、地方分権について言えば、かつて国から地方への権限移譲が強く言われている時期がありました。その当時と比較すると、現在ではあまりそういう声は大きくないのではないかと思います。一つは、権限が移譲されるのは良いことだけれども、その権限を活用するのはなかなか難しい場合があるからです。かつては、国から県、県から市町村にどんどん権限を移したら良いという議論もありましたが、例えば、今、市町村では権限をもらっても自分たちでは対応できないという声も聞きます、地方公務員の数も十分ではない、行政の内容も専門化しているがその専門家がいないなど、権限だけ移譲されても対応に困るという声があります。私が奈良県にいた時も、市町村から「この権限は県に逆移譲したい」という要望を聞くことも多かったです。 地方分権の理念から言えば、住民に一番近い地方自治体が住民のニーズを汲み取ってやる行政が理想ですし、そのための権限はなるべく地方にあったほうが良いのは間違いないと思います。けれども、現状で、何か個別の権限が地方になくて住民のニーズに応えることができない場合があるかと言うと、それほど多くは思い浮かばないかもしれません。 逆に地方分権と逆の流れもあります。例えば新型コロナウイルス感染症対策です。各地方自治体におかれてはこの対応に非常に努力をされたと思いますが、専門的な知見は国に集中しがちです。感染症危機対応などの場合は、国から地方自治体に指示をするようなことがあっても良いのではないかという議論があり、現在地方自治法の改正が予定されています。したがって、局面に応じてどういう権限の配分が望ましいのかという議論は引き続きあると思いますけれど、少なくとも一方的にもっと国から地方に権限を移譲するという議論にはならないのではないかというのが私の印象です。 地方財政について申し上げると、三位一体改革の当時、権限とセットで財源も移譲してほしいということで、実際に所得税から住民税への税源移譲をするという改革をしたわけです。今、それにも反動が来ています。端的に言うと、地方税を増やすと地方間の格差が拡がるという現象が起きています。税源移譲をした結果、東京に多くの税収が集まることになりました。東京はどんどん豊かになりますが、地方の市町村はまったく税収が増えない。これは「税源の偏在」という言い方をしますけれども、地方自治体で国から財源、少なくとも地方税というかたちの財源を渡してほしいと言っているところは少ないと思います。むしろ「国において適切に配分をする地方交付税のほうがありがたい」という地方自治体の声も多いと思います。 いま申し上げたように、地方自治あるいは地方財政の議論は、かつてとは大きく変わってきていると思います。変わってきていることを含めて、今はある程度バランスのとれたかたちで地方分権の議論はなされているのではないかと私は考えています。 社会保障の課題と経済の正常化について 太田 本日のご説明を伺って、あらためて財政課題の本丸は社会保障であること、またその課題に対してあの手この手で工夫をされ取り組まれてきたことがよくわかりました。抜本解決には、給付削減と負担増をお願いするしかないかと思います。ただ、これについて日本の人口構造（有権者構成）を考えると、解決策を実施するのは難しいと感じました（政治ではなかなか解決しづらい）。課題を受益者と負担者が共有するために何が必要とお考えでしょうか。 物価が持続的に上がること、金利が上昇することを懸念する方はまだ多いのですが、それらは経済が正常化することでもあります。名目で成長する経済では、デフレ経済よりも痛みを吸収できるメリットもあります。チャンスを逃さないためにも、このあたりのご意見をお聞かせいただければと思います。 社会保障費の課題は越えられない壁から脱却しつつある 前田 前段の社会保障についてはご説明したとおりです。ご指摘のとおり、社会保障費の増加の背景としての日本の人口構成の変化は大きな課題であることは間違いないと思います。 これも私個人の意見ですが、先ほど少し申し上げた通り、私が平成14年に主計局に入った頃は、社会保障関係費の増加は毎年１兆円というような状況でした。これから社会保障関係費はどうなってしまうのだろうという危機感を強く持ったのですけれども、足下、令和６年度予算では高齢化による増加は３７００億円です。もちろん団塊ジュニアがこれから高齢化していきますし、団塊の世代も75歳を超えていくので、社会保障費は引き続き増えるでしょう。けれどもすぐにでも行き詰まってしまうほどの課題ではなくなってきたのかなというのが私の印象です。社会保障の課題は絶対越えられない大きな壁ではないと思います。 「課題を受益者と負担者が共有する」ことですが、これまでも諸々の社会保障給付の伸びの抑制の改革はもちろん、消費税率の引き上げも行ってきました。議論の場では反対する人が多かったものもあったのかもしれませんけれど、例えば消費税率の引き上げで言えば、当時、与野党が三党合意をして決めました。このように、受益者と負担者が解決策を共有することについて、私は悲観していません。 世代対立を煽るような発言もありますけれども、何が何でも現役世代だけに負担をしてもらって高齢者の手厚い給付を維持したい、とおっしゃる意見は、私はあまり耳にしたことがありません。なので、十分議論を尽くしていけば、社会保障の課題はなんとか乗り越えられるのではないかというのが、これは少し楽観的すぎるのかもしれませんけれども、20年前と今とで私の認識が一番変わったところかもしれません。 ご質問後段の「名目で成長する経済のほうがデフレ経済よりも痛みが吸収できるメリットがある」ということは、ご指摘のとおりで、わたしも本日ご説明しました。物価や金利が上がるのは、財政にとっては新たなチャレンジであって、まさに財政の転換点でもあります。他方物価や金利と表裏になる経済成長を考えれば、これは大きなチャンスです。「ピンチはチャンス」という言葉がありますけれども、仮に過去20年間、あるいは30年間、少なくとも他の先進国の平均並みに成長していれば、足下の財政はまた違った状況だったのではないかと考えています。 国全体が希望を持てる財政の説明を 網谷 私からは一国民からのお願いというニュアンスの発言をさせていただきます。冒頭に「今年度は転換点を迎えている予算です」ということでお話をスタートされました。いま日本の国民はいろいろな意味で自信を失ってきているのが現状だと思います。本日のご説明の中でプライマリーバランスの黒字化について、２０２５年度という目標に対して決して手が届かない状態ではない、というお話をされています。次長は言葉を選びながら説明されていますが、端的にこの30年間、社会保障費の増長という問題がありましたけれども、高齢者人口の減少が目の前に来ていて社会保障費の負担は過去の問題になりつつあるところまで来ていると思います。 ですから、来年度予算編成が６月頃、骨太の方針の枠組みができて８月からスタートする時に、プライマリーバランスの部分を財務省としてはっきり国民に伝えてほしいのです。負の問題と国民には映ってきていた日本の財政にプライマリーバランスの黒字化が見えてくることは、国全体が希望を持てることだと思います。借金が多いだけではない説明を是非してほしい、というお願いをして私の発言とさせていただきます。 転換点を機に明るい方向へ 前田 本日の講演で私が申し上げたかったことも、今ご指摘のあった点です。これまでの財務省の説明は、「財政は大変だ」「すぐにでも狼、財政破綻が来る」というものが多かったかもしれません。財政というのは身近なこととして捉えづらいので、わかりやすく、いわばエッジを立てた説明をしないとなかなか理解してもらえないという事情がある訳ですが、かつてとは違って逆に今は「財政は悪いままで、もうどうしようもないのではないのか」という悲観的な認識が広まるのも、それはそれでいかがなものかと思っています。 ご説明したとおり、財政もいま大きな転換点を迎えています。この転換点を契機に今後明るい方向に持っていけるのではないか、持っていかなければならないということをご説明させていただいたつもりです。まだ悲観的に考えている人も多いと思うので、この明るい方向が現実のものになるように、我々としても今後の経済財政運営をしっかりとしていかなければいけないと思っています。 社会保障費の増加をなだらかにするための施策 吉野 年齢別一人当たりの医療費・介護費のグラフを拝見してショックを受けましたが、その増加カーブをなだらかにするための施策についての議論はあるのでしょうか。 医療費は提供する医療サービスと表裏一体 前田 色々な議論があるところだと思います。75歳以上になると、ご説明したとおりどうしても一人当たりの医療費が増えてくるのですが、それは高齢者にどのような医療サービスを提供するかということと表裏一体なわけです。そこで、どういう医療サービスが必要かを我々一人ひとりが考えなければいけない。人によっては、本当に最後の最後までできる限りの治療をしてほしいという方もおられるでしょう。そこまでしなくてもいい、自分の生活の質を維持するための医療サービスを受けたいという方もおられるでしょう。これは各人の価値観にも関わってくるので、問題提起はすでにされていると思いますが、まだ十分に議論が深められてはいない気がします。 またこの問題を含め、現在も社会保障費はまだ増えていく傾向にあるので、社会保障については、引き続き国民全員で考えていくべき問題だと思っています。 （終） 2024年1月24日 ホテルメトロポリタンエドモント/リアルタイム配信 司会 公益産業研究調査会 専務理事 堀籠 節 セミナー出席者 川内野 崇(東北電力) ・藤森 誠(中国電力) ・清水 海斗(北海道電力)・ 魚屋 敦司(北陸電力) ・太田 智之(みずほ銀行) ・西野 恭平(みずほ銀行)・ 定岡 祐二(みずほ銀行) ・立花 弘治(大和リース) ・柴崎 晃(大和リース) ・福岡 敦(大和リース)・中野 宏祐(大和リース) ・吉野 恭司( JFEスチール) ・前田 誠( JFEスチール)・ 鈴木 寛(トヨタ自動車)・ 村瀬 駿(トヨタ自動車) ・山角 洋之(三菱重工業) ・濵田 克己(三菱重工業) 髙木 和哉(三菱重工業) ・黒田 洋輔(三菱重工業) ・片桐 千博(日揮) ・小向 夕紀(東芝エネルギーシステムズ) ・小俣 明(ダイヘン)・天谷 健一(国際社会経済研究所) ・宇佐美幸一(川北電気工業) ・小橋 栄作(大成建設)・ 松﨑 任宏(安藤・間) ・大熊 義夫(熊谷組) ・杉本 幸司(熊谷組) ・赤松 英樹(佐藤工業) ・今村 一紀(東亜建設工業)・ 大橋 裕寿(東洋建設)・ 三浦 直之(株木建設) ・網谷 勝彦(日本コンクリート工業) ・渡邊 厚夫(富士石油)

令和６年度予算のポイントと財政の課題【前田努】