加藤出

『公研』2023年12月号「めいんすとりいと」 11月中旬にベルリンで開催された第31回「日独フォーラム」に参加した。日独双方の政界、経済界、学界からの出席者が両国の関係強化と相互理解を目的に年１回討議を行う会議だ。 同フォーラムに度々参加していると、日独の経済には似た点が多々あることに気づく。例えば、自動車などの従来型製造業は得意だが、米シリコンバレー的なイノベーションは苦手である。 一方で水と油のように全く異なっている点もある。代表例は財政赤字や政府債務に対する考え方だ。ちょうどベルリン滞在中に、ドイツ憲法裁判所は政府の予算案は違憲との判決を下した。コロナ危機対策のために国債を発行して確保したものの余った６００億ユーロ（10兆円弱）を独政府は気候変動対策に流用するつもりだった。しかし裁判所は、流用するなら憲法が定める「債務ブレーキ」に違反すると判断した。 「債務ブレーキ」とは、非常時の例外を除き、政府が年間に新規に発行できる国債は名目ＧＤＰの０・35％まで、というルールである。その厳しさは日本に当てはめると実感できる。日本の昨年度の名目ＧＤＰに０・35％をかけると約２兆円。つまり年間たった２兆円しか許されないのだが、今年度の日本政府は計34兆円もの追加国債発行（ネット）を予定している。 国債をわずかしか発行できないということは、経済対策をあまり打てないことになる。ドイツ内のエネルギー価格は一時より落ち着いてきたとはいえ、まだまだ高水準だ。また昨年ドイツは人道的見地によりウクライナから約１１０万人もの難民を受け入れた。小さい州に匹敵する人数である。子供と母親の組み合わせが多く、住居・生活費だけでなく、託児所や独語を学ぶ費用も当面は財政負担となる。そういったときに「債務ブレーキ」を遵守せよと憲法裁判所に命じられたため、ショルツ政権は対応に大わらわとなっていた。 「債務ブレーキ」が存在している理由を独政府関係者に尋ねたところ、次のように説明された。第一に、憲法を変えるには国会で３分の２の賛成が必要だが、それは困難。第二に、ドイツ人は基本的に政府を信用しておらず、政府に金を使わせると非効率なことになると信じている。第三に、ユーロを規定するマーストリヒト条約を作成した際、ドイツは財政規律重視を主張したため、その看板は下ろせない。第四に、現世代がつくった借金のツケを次世代にまわしてはいけない、という倫理観が強い。特に第四の要因が重視されているように感じられた。 とはいえ、さすがにこの「債務ブレーキ」は厳しすぎるのではないか、との声も高まっていて大論争が起きている。例外認定を広げるなどして同ルールを事実上緩める方向にもし進むとしても、前述の要因により、日本のような財政規律の弛緩は起きないだろう。今の日本は政府債務増大に関するせめぎ合いがあまりになさすぎる。 また、かつてはドイツと日本は似ていたが今は大きく異なっている、という事象もある。人口動態だ。以前はドイツでも人口減少が顕著に進むと見られていたが、独政府の最近の予測では、約半世紀後の２０７０年まで見渡しても人口はほとんど減らない（日本は３割減）。主因は移民（含む難民）だ。移民の急増は様々な社会問題を起こしているが、彼らが独語を学んで労働市場に参加できるようになれば、ドイツの潜在成長率を押し上げていく。円安のせいもあって今年日本の名目ＧＤＰはドイツに抜かれて世界４位に落ちそうだが、長期的に見てその差は大きくなっていくだろう。 東短リサーチ代表取締役社長

「物価の番人」に望む【加藤出】

ドイツの「債務ブレーキ」【加藤出】

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