加藤泰浩 – 公益産業研究調査会／koken

『公研』2023年12月号「interview」 日本が直面するレアアース・レアメタルの確保とそれを活用した産業育成において、南鳥島ＥＥＺの海底鉱物資源はどう貢献できるのか。深海での開発などの技術的な課題やコストをどう評価しているのか。地球の資源・環境・進化を専門とする加藤先生にお話を伺った。 東京大学大学院工学系研究科 研究科長・工学部長／教授 加藤 泰浩 かとう やすひろ：1961年埼玉県生まれ。85年東京大学理学部地学科卒。90年同大学大学院理学系研究科博士課程（地質学専攻）修了。理学博士。山口大学理学部助手、東京大学大学院助教授・准教授・教授を経て、現職。千葉工業大学次世代海洋資源研究センター所長も兼担。 資源になる「レアアース泥」 ──２０１２年に『太平洋のレアアース泥が日本を救う』を上梓されてから10年以上経ちました。 加藤 いま私は工学系研究科長・工学部長をやっていますが、もともとは地球科学が専門です。私たちは２０１１年に太平洋で新しい海底鉱物資源「レアアース泥」を発見して、大きなニュースになりました。 この発見の前年の２０１０年、尖閣諸島で中国の漁船が日本の海上保安庁の船に激突し、中国船の船長が逮捕・拘留されるという事件（10年９月７日）が起きました。これの報復として中国はレアアースの日本への輸出を事実上停止しました。さらにその禁輸措置は欧米諸国にも拡大し、それがレアアース・ショックとして世界中に衝撃を与えたのです。 この事件が起こったときに、すでに私たちは資源になる海底の泥「レアアース泥」を見つけていました。それをいつ公表するかを考えていたときに、こういう大事件が起こったのです。これは私たちにとっては千載一遇のチャンスでもあったので、２０１０年の年末に地球科学の世界トップ学術雑誌『ネイチャー・ジオサイエンス』に論文を送りました。それが翌11年の７月４日に掲載され、世界中で非常に大きなニュースになりました。 実は、この論文には太平洋全域のデータを出しているのですが、あえて日本近海の詳しい情報は入れなかったのです。私たちは、すでに南鳥島周辺の日本の排他的経済水域（ＥＥＺ）内にこの資源があることを把握していましたが、それは隠し球として取っておいたのです。そして、２０１２年、ついに南鳥島のＥＥＺ内に莫大な量のレアアース泥が分布していることを発表し、これも大きく取り上げられました。翌13年には実際に南鳥島で航海調査を行い、当初の想定よりはるかにレアアース濃度の高いものを見つけることができたのです。そして14年に東京大学内に「レアアース泥開発推進コンソーシアム」を設立しました。最初は企業11社で始めたのですが、今は約40社に拡大しています。 コンソーシアムを設立してから２年後の２０１６年、私たちは南鳥島近海で、マンガンノジュール（マンガン団塊）という別の海底鉱物資源も大量に分布していることを発見し、公表しました。このマンガンノジュールは、リチウムイオン電池をはじめとする蓄電池の材料として重要な、ニッケルとコバルトを高濃度で含んでいます。近年の世界的なＥＶ化の潮流の中で、ニッケルとコバルトの安定確保はどの国にとっても大きな問題になっています。そういう点では、南鳥島の海底鉱物資源を開発することで、レアアースに加えてニッケルとコバルトという資源も確保できるというアドバンテージが生じます。私たちは、17年に南鳥島の海底から採取したレアアース泥の実試料からレアアースを抽出し、ＬＥＤをつくっています。それを「南鳥島の光」と名付けて発表し、これもニュースになりました。要するに泥を海底から揚げることさえできれば、すぐにでも製品をつくれることを証明したのです。 さらに２０１８年には、南鳥島ＥＥＺ内の有望海域にレアアース泥がどのくらいあるのかを可視化するとともに、高効率な選鉱手法を確立して品位を劇的に上げられることを示したほか、固体酸化物形燃料電池や軽量で高強度な新合金の原料として期待されているスカンジウムもレアアース泥に豊富に含まれていることを発見するなど、様々な研究成果を発表して国内外で多くのメディアに取り上げていただきました。 中国がレアアースの85％を生産している ──南鳥島のレアアース泥というのは、どういう資源なのですか。 加藤 レアアース泥は、海底熱水鉱床、コバルトリッチクラスト、マンガンノジュールと並び今後の開発が期待される海底鉱物資源の一つです。私の考えでは、この四つの海底鉱物資源のうちレアアース泥こそが一番開発しやすい資源です。海底の泥であるレアアース泥は、砕いたりする必要がなく、水と混ぜるだけで容易に海上まで吸い上げることができます。ちなみに、その次に開発の実現可能性が高いのはマンガンノジュールです。海底面に転がっている「タマコロ」を拾ってくるだけで、コバルトやニッケルの資源が手に入る。そして、南鳥島ＥＥＺではレアアース泥とマンガンノジュールは同じ海域に存在しているので、両方一緒に開発することが可能なのです。 ２０１１年に『ネイチャー・ジオサイエンス』に出した論文には、レアアース資源として特に有望なものがタヒチ東側とハワイ周辺の海域に分布していることを示しましたが、13年に南鳥島周辺を実際に調査してみると、それよりも遥かにレアアース濃度の高い泥を見つけることができました。タヒチやハワイ周辺のレアアース泥の濃度は大体１０００–１５００ｐｐｍ（０・１-０・15％）です。 これに対して、私たちが南鳥島で見つけた泥には、その７倍の７０００ｐｐｍを超えるレアアースが含まれていたのです。なぜそんなに濃度が高いかを調べてみると、泥の中に含まれる魚の歯や骨（生物源リン酸カルシウム）にレアアースがものすごく濃集していることがわかりました。高いものでは、約２万ｐｐｍ（２％）ものレアアースが入っているのです。しかも、この生物源リン酸カルシウムは他の泥の粒より粒径が大きいので、粒径選鉱でより分け、選択的に回収することが簡単にできます。 これまで誰も気づかなかった新しい有望な資源を見つけたことで、私たちはいろいろなメディアで取り上げられ、科学の研究としては異例の注目を集めました。また、２０１８年に「日経地球環境技術賞 最優秀賞」を、23年には「科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞」も受賞することができました。さらに、私は２回ほど参議院に参考人として出席して、この資源がいかに有望なものかという話をしています。 レアアースは、２０１０年の尖閣諸島での中国漁船衝突事件の時点で、中国が世界の97％を独占的に生産していました。現在は70％になり、多様化が進んだように見えますが、それにはカラクリがあります。現在はアメリカの生産量が14％ぐらい、その次がオーストラリアで次はミャンマーですが、実はアメリカとミャンマーの鉱石は中国に運ばれて製錬されています。結局、85％以上が依然として中国から出てくる。それが、レアアース資源にまつわる大きな問題です。 もう一つは、アメリカやオーストラリアのレアアース資源が全て質量数の小さい「軽レアアース」の鉱山だということです。実は軽レアアースよりも質量数の大きい「重レアアース」のほうが、希少性が高く産業的にも重要です。現在この重レアアースが世界でも中国南部の鉱山からしか生産されていないことも、非常に大きな問題点なのです。 さらに、陸上のレアアース資源の最大の問題は環境です。アメリカなどで採られた軽レアアースがなぜ中国に運ばれるかと言うと、レアアース鉱石に放射性元素であるトリウムやウランが大量に含まれており、製錬後に放射性廃棄物を処分する必要があるからです。環境基準が厳しいアメリカやオーストラリアでは国内で製錬することができないのです。そのため、例えばオーストラリアでは鉱石をマレーシアに運んで製錬していますが、そこでも現地住民から批判の声が上がっています。 一方、中国南部の重レアアース資源は、風化花崗岩を主体とする「イオン吸着型鉱床」から生産されています。これは、まず山に酸を撒いて、風化花崗岩層に吸着されているレアアースを脱離させます。そして、このレアアースを含んだ酸が不透水層に沿って流れ出し、山のふもとにできる酸の池からレアアースを回収しているのです。ここで投入した酸を全て回収することは実際には不可能で、未回収の酸が河川や田畑に流れ込んで、環境にものすごく負荷をかけています。このように、陸上レアアース鉱山は深刻な環境汚染と表裏一体なのです。 さらに、レアアース資源は、世界の経済安全保障において最重要資源となっています。日本は、５００億円分のレアアース原料を中国から輸入して、磁石、発光材料、触媒、エレクトロニクス材料などをつくっているのですが、その経済規模は５兆円です。ＧＤＰの１％に相当する巨大産業なのですが、原料は全て中国に依存している状況にあります。ＳＤＧｓや環境に配慮した社会をつくる上で、例えば風力発電をやると言うのは簡単ですが、それを実現するためにはレアアースをはじめとした鉱物資源が圧倒的に足りない。だから、日本、アメリカ、ヨーロッパは連携して中国依存から脱却しようとしているわけです。しかし、依然として中国がレアアースの85％を生産している状況では、サプライチェーンから中国を排除して自分たちの中だけで供給できるわけがないのです。最近、スウェーデンやグリーンランドでレアアースの新しい鉱床が見つかっているのですが、環境基準の厳しい欧州では開発するのは難しいでしょう。 経済安全保障に関係してもう一つ重要な資源は、コバルトとニッケルです。これらは、リチウムイオン電池の正極材料（プラス電極）として必要不可欠な資源です。現在、コバルトのサプライチェーンも、完全に中国に支配されています。コバルトのほとんどはアフリカのコンゴで生産されているのですが、そのコンゴの鉱山の権益を中国が押さえているのです。一方、ニッケルは、インドネシアやフィリピンで生産されていますが、インドネシアの権益も中国が押さえはじめています。 そういう中で、コバルトやニッケルなどの「バッテリーメタル」をどうにか確保して欲しいというのが産業界からの強い要望です。私のところにも電池サプライチェーン協議会（ＢＡＳＣ）の方が相談に来て、とにかく蓄電池関係の資源確保をどうにかして欲しいと言っています。 どうやって深海から泥を引き揚げるか ──日本の海底鉱物資源開発の課題は？ 加藤 レアアース泥の特長としては、まず産業上重要な重レアアースが50％も入っていることが挙げられます。残りの50％は軽レアアースなので、非常にバランスが良いのです。中国の重レアアース鉱山でも、重レアアースはたかだか25％です。そして、品位もレアアース泥は中国鉱山の数倍もあり、さらに海底の泥として広く分布しているので資源量も膨大です。 それから、探査が簡単なのです。例えば約１０００平方キロメートル（32キロ×32キロ）の海底の四隅に、ピストンコアという15メートルぐらいの金属製のパイプを突き刺すだけで、レアアース資源がどのくらいあるかを１週間程度で調べることができます。 また、レアアース泥からレアアースを抽出するのはすごく簡単で、室温で薄い酸に短時間つけるだけでレアアースの97％を抽出することができます。そして一番重要なポイントは、陸上レアアース鉱山で大きな問題となるトリウム、ウランという放射性元素を含まないことです。環境に優しいクリーンな資源だということが、レアアース泥の最大の特長です。 私たちは南鳥島のＥＥＺ内の有望海域で25本のピストンコアを突き刺して探査を行いました。この海域は、南鳥島から南に２５０キロメートルぐらい離れた、面積２５００平方キロの海域（横（東西）約60キロ、縦（南北）約40キロ）ですが、その資源分布を調べたところ、１６００万トンものレアアース資源量を確認できました。このエリアは南鳥島のＥＥＺ全体の面積の１％に満たないのですが、なんとここだけで世界の第４位の量に相当します。南鳥島のＥＥＺ全体では、中国を抜いて世界一になるでしょう。まさに日本はレアアース大国なのです。 南鳥島ＥＥＺのレアアース泥は魚の歯や骨を多く含んでいると言いましたが、これらの粒径が大きいのでハイドロサイクロンによる粒径選鉱が可能です。これにより品位を最大で２・６倍まで濃縮し、揚泥量を５分の１程度まで大幅に低減できます。こうした成果を踏まえて私たちは、開発に関わる諸費用を試算して経済性評価も行っており、レアアース泥の開発プロジェクトには経済性が十分にあることも明らかにしています。この結果については参議院でもお話ししていますし、経産省も認めてくれています。 ただし一つだけ欠点があります。それは水深４０００メートルを超える深海にしかないことです。問題はどうやって深海から泥を引き揚げるかという技術開発ですが、私たちは海底油田開発技術を応用したやり方を提案しています（図１）。まず、レアアース泥を水中バックホウ（油圧ショベルの一種）でかき集めて、海底に設置した貯蔵タンクに送り込みます。溜めた泥を順次「加圧式エアリフト」（泥と海水が混合したスラリー（泥水）に圧縮空気を送り込み、浮力を与えて引き揚げる方法）を用いて、レアアース泥を海上に引き揚げます。この加圧式エアリフトは、海底油田開発で普通に使われている技術です。いま海底油田は水深３７００メートルぐらいまで開発されています。南鳥島近海は水深が５５００メートルもあり、それより２０００メートルぐらい深いですが、技術的にはほぼ問題なくできます。 もう一つ重要なポイントは、資源開発時の海洋環境への影響です。海底油田開発の事故で、原油パイプが破断して油が漏れ、海の魚や鳥が油まみれになって波打ち際でのたうち回って死んでいる映像を見たことがあると思いますが、これで海底の資源開発は環境に悪いという印象があるかもしれません。 しかしながら、そもそもレアアース泥そのものはただの「泥」で全く無害です。また、レアアース泥が分布する海域はごく普通の海洋環境です。生物も普通種しかいないので、開発で一時的に生態系が乱されても、ほどなく回復することが期待されます。これは、そこでしか生息できない固有種を含む、独特で多様な生物がたくさん生息している海底熱水鉱床などとは大きく異なります。しかも、私たちが想定している方法では、泥を効率的に吸い込みながら開発するので、泥が周りに拡散しません。万が一どこかが破断した場合に、どのくらい周囲に影響を与えるかもシミュレーションしていますが、実験で明らかにした泥粒子の沈降速度から計算した結果、影響は非常に小さいことがわかっています。 陸上の資源は「誰でも簡単に開発できる」ので、違法な開発や児童労働などの人権問題が頻発しています。一方、水深５０００メートルの海底には普通の人は到達できません。海底の資源は、高度な技術を持ち、コンプライアンスのしっかりした国の機関や大企業しか開発できないために、開発をコントロールすることが可能なのです。私たちは、海底鉱物資源の開発こそが「真に持続可能で、ＳＤＧｓに合致した資源開発」であると考えています。 南鳥島の国産レアアースを開発することができれば、我が国の海底鉱物資源開発産業は年間で１０００億円ぐらいの経済効果をもたらします。またそれ以上に、国産レアアースを使った磁石、発光材料、合金、燃料電池など、革新的なハイテク素材産業の発展・創成を促すことができれば、年間20兆円以上の産業になると見込んでいます。私は、国家戦略として採掘からものづくりまでの一連のサプライチェーンをつくりましょうと主張しています。南鳥島の国産レアアースから「ものづくり国家・日本」を再構築しようというが、私の意見です。 私たちがレアアース泥を見つけた２０１１年は民主党政権でしたが、当時の自民党にこれを重要なターゲットとみなしていただき、12年の衆議院選挙以降、自民党の政権公約や総合政策集に記載されています。その結果、レアアース泥の開発は海洋基本計画や日本再興戦略など、国の重要な政策に反映されています。これらの政策に基づき、内閣府のＳＩＰ「革新的深海資源調査技術」（２０１８─２２年度）、「海洋安全保障プラットフォームの構築」（２０２３─２７年度）において、南鳥島レアアース泥の揚泥技術開発への取り組みが進められています。 現在、ＳＩＰで進められている方法は、地球深部探査船「ちきゅう」の泥水循環システムを利用したバッチ式のシステムです。直径３・５メートル、高さ５・６メートルの巨大なドラム缶のような「集泥管」を海底に突き刺して、その中に入った泥をブレードでかき混ぜて解泥します。そして上がってきた泥をライザー管内に回収し、泥水循環システムで引き揚げるのです。このシステムは昨年10月に海域試験が行われ、茨城沖の水深２５００メートルの海底から、１日換算で約70トン（３トン／時）の堆積物の回収に成功しています。 一方、世界の海底資源開発の状況を見ると、昨年11月には、スイスの海洋資源開発会社のオールシーズ社が、ハワイ沖の水深４３００メートルの海底から、１日２０００トンのマンガンノジュールを引き揚げることに成功しました。彼らは前述した加圧式エアリフト技術を使っており、最終的には水深５０００メートルから１日１万２７００トンものマンガンノジュールを引き揚げる商業開発プロジェクトを進めようとしています。日本の南鳥島ＥＥＺ内にも、マンガンノジュールは大量に分布しています。マンガンノジュールとレアアース泥は同じ海域に分布しているので、私たちは、この経済安全保障上重要な二つの資源を、両方同時に開発することをめざしています。 もう一つ大事なポイントは中国の動向です。いま中国は南鳥島のＥＥＺに近接する公海上にマンガンノジュールの国際鉱区を取得しています。彼らも海底鉱物資源開発をやる気満々で、ＥＥＺに接する南西側の海域でも、非常に高密度のレアアース泥探査を進めています。さらに、彼らの浚渫技術は今や世界一で、１時間に７０００トンの泥を吸い上げる技術を持っています。このままでいくと、南鳥島近海において中国に先に開発されてしまうという危機感を持っています。 日本の資源戦略の切り札に ──陸上と海底のレアアースで、放射性元素の有無は何が決め手になるのですか。 加藤 それは、でき方が全く違うからです。陸上のレアアース鉱床は、カーボナタイトという、カルシウムに富んだ日本にはないタイプのマグマ活動でできます。マグマが冷却・固結する際に結晶分化作用というプロセスにより、鉱物が晶出して分離していき、マグマの化学組成が変わっていきます。最終的に、最後まで残った軽レアアースとトリウム、ウランがマグマに濃縮し、軽レアアース鉱床になるのです。 一方、海でできるレアアース泥では、海水に溶けているレアアースが死んだ魚の歯や骨に吸着して、それがものすごく長い時間をかけて濃集していきます。しかし、海水には放射性元素はほとんど含まれていないので濃集しません。生物が活動する環境でできるものですから、非常にクリーンな資源なのです。 ──ものすごく長い年月をかけてできた資源とのことですが、資源になるにはどのような理由があるのでしょうか。 加藤 海中に溶けているレアアースは希薄だけれども膨大です。基本的にどの海でもできうるのですが、レアアース泥が水深４０００メートルを超える深海にしか分布していないのは、次のような生成過程のためです。海洋の表層には炭酸カルシウムの殻を持つプランクトン（例えば有孔虫など）が生息していて、水深２０００メートルぐらいまでは、その遺骸が海底に大量に降りそそいでレアアースを薄めてしまいます。それよりも深いところでは、炭酸カルシウムが圧力の効果で溶けてなくなるために、相対的にレアアースを濃集する物質だけが残ることになり、レアアース泥が生成します。 もう一つは、陸に近すぎてしまうと、レアアースを含まない風成塵（例えば黄砂など）がたくさん堆積するので、それでレアアースが薄まってしまって資源にならないのです。いずれにしても、高いレアアース濃度の泥となるためには、このような条件が地質学的時間スケールで保たれ続けるような環境にあることが重要となります。 ──魚の骨のカルシウムは水深４０００メートルでも残っているのですね。 加藤 魚の歯や骨はリン酸カルシウムから構成されていて、炭酸カルシウムとは違います。リン酸カルシウムは深海でも溶けてなくならないのです。 魚の歯や骨がたくさん集まるには条件があります。私たちが南鳥島で見つけた高濃度のレアアース泥の年代を調べると、約３４００万年前にできたことがわかりました。３４００万年前というのは、地球の環境が温暖期から寒冷期に切り替わった時期で、地球の歴史上、特別な時代です。温暖な地球では南極や北極に氷床がないので、海洋循環が停滞して海水の上層と下層が混ざりません。それが寒冷期になり、南極と北極に氷床が存在するようになると、表層の海水の塩分が上がることで密度が大きくなって沈み込むようになり、海洋循環が活発になるのです。 そうすると、今まで深海に溜まっていた窒素やリンなどの栄養塩が、南鳥島周辺にもたくさんある海台や海山といった海底の高まりにぶつかって表層まで湧昇し、生物のブルーム（大発生）が起こります。魚が繁殖した結果、将来レアアースをため込む歯や骨が海底に大量に供給され、レアアース泥ができたのです。 ──地球上で水深４０００メートル以上の海底を持つ海洋はどのくらいあるのですか。 加藤 地球の海の半分以上は水深４０００メートルを超えます。先ほど言ったように陸に近い海はダメで、私たちの簡単な見積もりでは海洋の面積の10％ぐらいには可能性があると見ています。さらに、南鳥島近海のようなレアアース濃度がものすごく高いところとなると、多分１％ぐらいになるでしょう。 ──そうすると、周りの大陸から離れていて、海山の多い太平洋が一番有望そうですね。 加藤 そのとおりです。私たちの調べたところ、大西洋とインド洋からはポテンシャルの高いレアアース泥は見つかっていません。南鳥島ＥＥＺのレアアース泥はまさに神様からの贈り物ですね。非常に、条件に恵まれたのです。しかし、この恵まれている南鳥島の南側には中国が進出しています。ここはもしかすると南鳥島ＥＥＺ内以上に良いものがあるかもしれないエリアです。中国は、まず現在確保しているマンガンノジュールの鉱区から有望なレアアース泥を探査することを優先しているようです。 ──日本の資源開発が縦割り行政で滞ってしまうのは残念です。 加藤 私の知る限りでは、経産省は冷静に見ていて、つくば市にある産業技術総合研究所の２００メートルの縦型水槽において、エアリフトで泥を連続的に揚げる試験などいろいろなことをやっています。 日本は、科学調査技術が高く経験も豊富なのですが、深海での産業レベルの技術開発は得意ではないのです。海底油田開発のパイオニアは欧米です。中でも欧州のフランスやノルウェーの企業がすごく強い。日本は製錬技術が強いので、その強みを生かして揚鉱技術を得意とする海外企業と組むべきだと思っています。私は、経済安全保障の点からも、足りない部分は仲間を募って補完することで、一刻も早く南鳥島のレアアース泥を日本の資源戦略の切り札として使えるようにしたいと思っています。 聞き手：本誌 常川幹也

南鳥島ＥＥＺに眠る レアアース泥とマンガンノジュール 次世代のクリーンな資源の開発実現へ【加藤泰浩】

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