半導体 – 公益産業研究調査会／koken

『公研』2023年2月号「issues of the day」 半導体をめぐり米国が中国に対する締め付けを強めている。「産業のコメ」と言われた半導体が今、軍事力の強化に死活的に重要になっているためだ。中国の軍事力拡大を阻止しようと、米国は昨年10月、平時では異例とされる強力な半導体の輸出規制に踏み切り、中国が先端半導体を入手できないようにした。半導体関連品は中国が多くを輸入に頼る「チョークポイント」と言われる。覇権国・米国が本気でその中国の弱点を突き始めた。 半導体技術の中国への流出に、米国が神経をとがらせているのはなぜか。それは半導体の計算能力の高さが人工知能（ＡＩ）の能力を左右し、そのＡＩが軍事と密接に関係するようになったことが背景にある。 ＡＩと軍事の関係を解き明かしたのは２０２１年３月、米国の政策提言機関「人工知能に関する国家安全保障委員会」が発表した報告書だった。委員会には米ＩＴ大手から多くの幹部が参加し、委員長は米グーグルのエリック・シュミット元ＣＥＯが務めた。 報告書はＡＩという新技術の特異性について「世界の生活を再編する秘密を握っている」と説明。ＡＩは典型的な「軍民両用」技術だとし、「人間よりも速く、正確に認識し、評価し、行動する機械の能力によって、民間、軍事のどの分野においても競争上、優位に立てる」と指摘した。 そして、ＡＩ分野の中国の台頭について、強い警鐘を鳴らした。「第２次世界大戦以降、米国の経済力と軍事力を支えてきた技術的優位が初めて脅かされている。中国は、もし現在のトレンドが変わらなければ、今後10年以内にＡＩで米国を凌駕する力と野心をもっている」。 その年の夏、懸念が現実味を帯びる。中国が実施した「極超音速兵器」の実験で、兵器開発が驚異的な進歩を遂げていることがわかったのだ。音速の５倍以上で飛行する極超音速兵器は探知や迎撃が難しく、戦力バランスを一変させると言われる。中国の実験結果は、米国の軍事関係者に米ソ冷戦期の「スプートニク・ショック」級の衝撃を与えた。 こうした先進兵器を開発するうえで、重要になっているのがＡＩの存在だ。ロケットの形状の計算、新素材の開発、目標物の認識――。専門家によると、兵器開発でのＡＩの用途は考えればきりがないほど多い。そして、そのＡＩの能力を支えるのが高度な半導体だった。 昨年10月に導入した米国の対中半導体規制は強力だ。ＡＩやスーパーコンピューターの開発につながる先端半導体の中国への輸出を事実上禁じ、製造に使われる装置などの輸出も禁じた。米国人の技術者らに中国の半導体企業への関与を禁じる異例の措置もとった。これによって米国の影響力が及ぶ範囲で、中国は先端半導体を入手することも、つくることもできなくなる。 中国の軍事的な台頭を止めるには、ＡＩの性能向上を阻止する必要がある。それを止めるには半導体技術の流出を食い止めなければならない――。強力な規制の裏にはそうした米政府の危機感があった。 日本も対中規制の方向へ 米国による強力な規制の影響は日本にも及んだ。日本は半導体製造装置分野が強く、東京エレクトロンやニコンといった有力メーカーを抱える。米国企業だけが規制され、業績が落ち込むのは割に合わない──。米国の業界団体、米半導体工業会（ＳＩＡ）は日本政府に対し、規制で足並みをそろえるよう声高に迫った。「日本、欧州には米国企業の多くを代替し、補うことができる企業がある。海外の競合他社にシェアを奪われないようにするために、すぐに規制に賛同してもらわなければならない」──。 米政府にも弱みがあった。10月に半導体規制を導入した裏には、11月の中間選挙を見据え、対中強硬派の票を取り込むという、バイデン政権の政治的な思惑もあったとされる。米産業界と十分に対話をしないまま規制に踏み切ったとの負い目もあり、バイデン政権も日本政府に対し、規制に同調するよう圧力を強めた。 日本政府は中国との経済関係を背景に立場を明確にしていなかったが、今年１月の日米首脳会談では、バイデン大統領が半導体規制の問題を提示したことで、事態は首脳レベルの問題に発展した。岸田首相はその場で「適切に対応することを示唆した」とされ、日本政府は現在、規制を米国の規制に対応させる方向で検討を進めている。 「米国はこれまで、競合する国より２世代ほど先を行くという方針を維持してきたが、現在はそうした環境下にない。先進的な半導体などで可能な限り、大きなリードを維持する必要がある」。米国のジェイク・サリバン大統領補佐官（国家安全保障担当）は昨年９月、先端技術戦略について演説し、科学技術力で中国を引き離す決意を示した。一方、中国は米国の半導体規制に強く反発し、昨年12月、世界貿易機関に提訴したと発表した。そこには死活的に重要になった半導体を十分に入手できなくなる焦りも垣間見える。 半導体を制する者がＡＩを、そして軍事を制する時代。国の命運を賭けた半導体の攻防が続く。

国の命運を賭けた米中半導体攻防