南條史生 – 公益産業研究調査会／koken

『公研』2023年10月号「めいんすとりいと」 先日友人が韓国で始まったフリーズ・アートフェアを見に行って、落ち込んでいた。その盛り上がり方が凄いというのである。アートフェアもロンドンから乗り込んできたフリーズだけでなく、韓国のギャラリーが出店するKiaf SEOULも同時開催。両者ともに１００から１５０のギャラリーが参加している。また新しい私設美術館「アモーレパシフィック美術館」の開館とローレンス・ウェイナー展、アニッシュ・カプーアの大個展など町中がアートで盛り上がっていたらしい。芸能界のコレクターも登場し、各会場、夜中まで開館し、ソウル市自体がパーティー状態だったらしい。さらに清州市では工芸ビエンナーレが開催、国全体で演出ができている。 一方で日本の美術関係者内にはそうしたアートフェアを誘致したいという希望がある。が、今のところは来てもらえそうもない。実際、世界のアートマーケットの現状を見ると、第１位が米国、次いで中国と英国で３分の１程度をしめているので世界の市場の４分の３はその３カ国ででている。そのチャートの中で、日本の数字はたった数パーセントだ。しかしＧＤＰの数字を見ると、米国、中国、日本がトップ３である。そう考えると日本の美術市場は経済力に比してアンバランスに小さいのだ。だったら日本の市場はもっと拡大する可能性があるのではないだろうか。 では何が、日本での美術市場の発展を阻んでいるのか。ギャラリストやコレクターの意見を集約すると以下の様なものになる。①一時輸入の際の関税問題。②ギャラリーなどの展示会場に対する保税措置問題。③美術品の相続・寄贈・寄託に関する問題。④民間美術館の設立・運営に関する各種問題など、日本の美術業界は制約が多く、海外のアートフェアから敬遠されている。多くの関係者がこうした制約を軽減しようとしたが、抜本的には変わらなかったように見える。国立美術館・博物館は、いま毎年予算が減らされていると聞く。しかし自立するための資金集めなどに長けた人材は、館内にはいない。だいたい日本の美術業界には資金集めの経験のある人材はほとんどいないのだ。だったらそうした専門家を育てる人材育成もやるべきだろう。それをしてから、予算を減らすべきだとおもう。 文化立国といい、また文化観光を標榜しているが、それを支える内実の準備も戦略もできていない。これでいいのかという話なのだ。 韓国政府のこれまでの政策を見てみると、文化への投資が半端ではない。まず１９９０年に文化観光部が設立された。これは日本では省に当たる。ここでは文化と観光が一緒になっているだけではない。文化産業政策も推進することになっている。１９９９年には文化産業振興基本法ができて文化に巨額の投資をすることが決定した。 流れを見ると、最初に映画産業を保護し、育て、その結果が『冬のソナタ』の誕生につながった。韓国の映画やドラマがいかにアジア市場を席巻しているか、いまさら説明の必要はないだろう。東南アジアの国に行くと、テレビにはしばしば韓国ドラマが流れている。つぎにＫポップを育てて、世界戦略を打ち出した。その結果がＢＴＳの成功である。そして今は現代アートを育てようとしている。それも美術市場という経済的視点を含んだ振興策である。ちなみに今年のＫ（韓国）コンテンツ分野の予算だけでも８４４２億ウォン（約９００億円）が確定している。単純な比較はできないが、日本の令和５年度の文化予算は全体で１０７７億円で、うち芸術文化のグローバル展開、ＤＸの推進、活動基盤の強化のための予算は２１５億円である。 日本はどうやって、若いアーティストや監督、音楽関係者を育てる気なのか。その戦略があまりにも希薄である。 森美術館特別顧問

日本の文化戦略はこれでいいのか 【南條史生】

日本の文化戦略はこれでいいのか【南條史生】