原昌宏 – 公益産業研究調査会／koken

『公研』2023年10月号「私の生き方」 第 ６４４ 回 私の生き方 デンソーウェーブ 主席技師 原 昌宏 はら まさひろ：1957年東京生まれ。80年法政大学工学部電気工学科を卒業、日本電装に入社。入社当初は現在コンビニのレジで使用されているバーコードリーダーの開発などに従事。92年新たなコードの開発を開始、94年にＱＲコードを完成させた。2014年ＱＲコードの開発チームは欧州発明家賞を受賞。23年日本学士院賞・恩賜賞受賞。 「もちろん使っています」 ──今年６月の日本学士院賞・恩賜賞の授賞式の記事を拝見したのですが、原さんは天皇陛下に「ＱＲコードを使われていますか」とおたずねしたそうですね。 原 最初、事務局から天皇皇后両陛下にＱＲコードについて２分で説明してください、と言われました。それで私は２分ちょっとで説明を終えました。その後、天皇皇后両陛下は興味を示されて10分ぐらいご質問をいただきました。普通だったらそこで退席されるのですけれども、これからも頑張ってくださいみたいなお声をかけていただく機会があったので、そこで「ＱＲコードを使われていますか」とお聞きしたら「もちろん使っています」とおっしゃって、ちょっとホッとしたのです。 ──陛下がお支払いで使われることはないと思いますので……。 原 テレビ画面のＱＲコードから詳細情報を取るためといったことでしょうね。 ──本当に、いつの間にかどこでも見かけるようになりましたね。 原 テレビで使われるのは、もうちょっと早くてもいいのにと思っていました。なかなか進まなかったのは、ＱＲコードの生成に時間がかかるので難しかったみたいな話を聞いたのだけれど……。 昔から数字が好きだった ──東京・杉並のご出身ですね。 原 東京で生まれて２歳の時に親父の仕事関係で大阪の藤井寺市に行きました。小学校は大阪で過ごして、中学のときに東京に戻ってきました。中学・高校・大学まで東京で、デンソーに就職してからはずっと愛知です。 ──関西に引っ越したのは、お父様がサラリーマンで転勤したのですか。 原 うちの親父は、最初はサラリーマンだったのですが、友達と起業して電子部品を作る会社をやっていて親父は技術担当でした。工場が和歌山にあったので、僕が２歳の時に一家で大阪に行ったのです。 ──ごきょうだいは？ 原 姉が２人です。 ──どんな小学生でしたか。 原 その頃は野球が流行っていたので、友達とやっていました。野球をやったと言っても、どちらかと言うと集団行動があまりできない人間だったので、一人だけ隅のほうで好きなことをやっていることが多かったですね。周りの人に言わせると、そういう人間だったみたいです。 もう一つは、昔から数字が好きだったみたいです。カレンダーの数字を熱心に見て「何月何日は何曜日」と当てるような子供でした。その代わり国語などは全く苦手ですね。 ──算数（数学）以外の理系科目はどうですか。 原 理科（化学）は好きでしたね。国語については、今で言う読解力がなかったみたいです。 囲碁とプラモデル 原 小学校の頃、学校で将棋が流行りました。それで将棋をやっていたら、たまたま囲碁をやっていた親父は囲碁相手が欲しいからと、僕も中学に入ったぐらいにやり始めました。親父に「将棋はいわゆる日本ルール、囲碁は一応世界ルールだから世界で通用するからやれ」と言われて、騙されたわけではないですけれど……（笑）。 両親は福井出身なのですよ。毎年お盆は両親と福井に帰るので親戚のおじいさんとかの相手をするのですが、喋るより囲碁をすれは間が持つと言うか、そういう意味では囲碁は役に立ちました。 ──囲碁は将棋より難しいイメージがありますが、どうなのですか。 原 それほど難しくはないのでしょうが、ただどこに打ってもいいから選択肢が多いので、そこが難しいと言われるけれど、そこがまたいいところなのでしょうね。 小学校のときは近鉄バファローズが好きで野球をやっていたのですけども、大阪から東京に戻ったときに大阪弁で喋ると結構からかわれるのですよ。だから、人と話すこと──コミュニケーションがあまり得意ではなくなって、プラモデルを作るのが好きになっていきました。そこでモノづくりという話に繋がってきたような感じがしますね。 ──学生時代にクラブ活動はやりましたか。 原 中学時代はテニス部（軟式）でした。他人と喋るのがイヤだったから、テニスなら２人で打ち合っていればいいから気に入ったのかもしれません（笑）。 クラブが終わったら、プラモデルを作っていました。僕らの時代はアメリカのテレビドラマ『コンバット！』が放送されていたので、戦車が好きでした。加えて、迷彩色に塗装するのに熱中しました。ジオラマ（情景レイアウト）に仕上げるところまでやっていました。２カ月に１台ぐらいのペースで作っていましたが、自分なりに手を加えて仕上げるのが面白かったですね。 白黒テレビに色がついた！ ──法政二高に入ってからは？ 原 正直な話をすると、本当は都立に行きたかったのですよ。第一志望に落ちて入ったから、何もやる気がなかったという感じでした。家は高円寺で法政二高は川崎なのです。通学で新宿・渋谷を通るから、渋谷や新宿で遊ぶほうが楽しいから部活はやりませんでした。遊ぶと言っても、帰りに友達と喫茶店で過ごすくらいですけどね。 ──法政二高は進学校ですね。 原 今はレベルが高いけれど、僕が入ったときは法政大学の付属校ということで人気はありましたが、今ほど偏差値が高くなかったですね。第一志望に落ちたのは、文系科目が原因だったと思います。 ──理系なので大学は工学部に行こうと決めていましたか。 原 親父の弟が建築関係の仕事をしていました。僕の高校時代は建築ブームだったので、大学は建築に行こうかなと悩みました。そのとき叔父さんに「お前、図面を書くのが好きか」と聞かれたのですが、嫌いだったので叔父さんに建築は向かないと言われてやめました。親父が電気をやっていたので電気にしようかなという感じですね。 ──大学で電気に行ってみたらどうでしたか。 原 法政の工学部に行ったら、どちらかと言うと好きな科目ばかりなので、そこから一生懸命勉強しました。学生時代の中で一番勉強したのは大学だと思います。当時は、テレビ映像関係のいわゆるアナログ回路に興味がありました。 エンジニアになりたいという思いのきっかけに、子供のときの感動があります。一つはテレビが白黒からカラーに変わったのを目の当たりにしたことです。小学校の一、二年生ぐらいでした。それを体験したときに、すごく感動したのを覚えています。 もう一つは、アポロ11号が月面に着陸したときも技術ってすごいなと感動してエンジニアになろうという気持ちになりました。特に白黒テレビに色がついたのは、子供心にインパクトが大きかったですね。それに代わる感動は未だに出会っていないという感じがします。 ──と言うことは、卒業後の進路は電機メーカーを考えたのでは？ 原 実は、関西のある電機メーカーを志望していました。エントリーだけしたのですが、最初に自動車部品メーカーであるデンソー（当時、日本電装）から内定をもらったのです。教授推薦があったから決めました。 「車関係はやりたくありません」 ──高校に続いて第一志望ではなかったのですね。 原 デンソーに入社して、配属前に工場実習などがあっていろいろな場面で人事の人と面談がありました。そこで何がしたいかという話がありました。それがどれだけ配属に考慮されたのかはわからないですけれども、そのとき僕は「車関係はやりたくありません」と言ったのですよ。 たまたま当時のデンソーは、トヨタのジャストインタイム生産システムを支えるカンバン（製造や運搬に必要な情報が記載された管理カード）にバーコードを入れて生産管理をやろうと言い始めた頃でした。バーコード事業──工場用のバーコードのリーダーなどを作っていたので、研究開発部に配属になったのです。 いわゆるトヨタ生産方式では、トヨタさんが必要なときに製品を納めなければいけない。例えば、それまで１週間に１回の納入で良かったのが、１日に何回も納入しなければならなくなると、伝票処理が膨大に増えてしまいます。当時はキーボードを叩いてコンピューターにデータ入力していたので、結構間違いが多かった。その作業を自動化したいという要望が出ていました。 カンバンに商品名・品番・収納数・保管場所などの情報を付けて納入し、そのうちトヨタさんが使った部品のカンバンを持って帰って必要な数だけ作るというシステムにバーコードを入れれば、もっと容易に管理できるとデンソーが提案したのです。 それがトヨタグループに採用されて、その読み取り装置が完成したのが、ちょうど僕が入った頃でした。当初の工場のカンバン用バーコードリーダーはずいぶん大きなものでした。上司の部長から「それを片手で持てるように小型化しろ」というのが最初の仕事でした。 その部長は先見の明がある人で、80年当時にコンピューターの時代が来ると言っていて、コンピューター入力装置として、磁気カードリーダーや音声入力も研究していました。いろいろ考えているうちの一つとしてＯＣＲ（光学文字認識）があって、バーコードリーダーも入っていたのです。 ──それで小型化はうまくいったのですね。 原 そうですね。今のコンビニで使っているバーコードリーダーを最初に作ったのはデンソーです。１９８４年にセブン・イレブンさんに正式採用されました。そのときに僕は、線が太いか細いかを認識するだけのバーコードは正直言って技術的に面白くないから、文字認識──ＯＣＲ製品の開発をしたいと要望しました。例えば印刷された文字を読み取ってコンピューター上のデータにすることをやったのですけども、これがなかなか売れませんでした。 そういうことをやっているうちに、90年ぐらいにバブルが崩壊して、自動車の製造現場では多品種少量生産化が進み、きめ細かな生産管理が求められるようになりました。それに対応して最初の頃はバーコードを10個ぐらい並べてやっていました。もちろんカメラで一括して読むことは、できなくはなかったのですけれども、その後の情報化時代を考えると、もっと桁数が増えたときに対応できないから、新しいコードを作ったほうがよいのではないかと思って「ＱＲコード」の開発を始めたのです。 ２人で２年間の開発期間 ──ＱＲコードのデータベースは、スマホやコンピューターの中に格納されているのですか。 原 テキストレベルぐらいだったら、漢字で１８１７文字──Ａ４が１枚分の文章がＱＲコードの中に入れられます。今、動画などは通信でやっています。こんなに早くスマホのネットワーク化が進むとは思っていなかったところもありますが、最初からそういう構想を考えていました。ＱＲコードを開発していた１９９４年ごろは通信と言っても専用回線くらいしかなかったので、通信をしなくてもＱＲコードだけで情報を持って来られる構想で開発しました。 ──開発当初は少人数で始まった……。 原 僕はバーコード──光学的な読み取り装置を10年ぐらいやってきて、それなりにノウハウを得ていました。先ほど言ったように、多くの情報を扱うものが必要になってくるから、ここで勝負をかけないといけないのではないかなと思ったわけです。それで、会社にやらせてくださいとお願いしました。 新しいコードなんて日本ではほとんど作ったことがないし、もちろんデンソーも初めてだから、最初は反対されたのですよ。それで、１回は退いて、２回目の提案のときに「１人で２年間やらせてください」って啖呵を切ったのです。そのときは上司もわかってくれて、お情けで部下を１人つけてくれました。ですから、２人で始めました。 こういう四角いコードは、ＮＡＳＡがロケットや宇宙船の部品管理をするために研究していました。ただ、コードサイズが大きく、あまり情報は入りませんでした。 ──２人で２年と期限を切られて、何がネックでしたか。 原 当時一番苦労したのは、実験ツールを全部自分たちで作らなければいけなかったことで、時間的な余裕がなかったことです。 ──コードから情報を復号するルールは、既存のものを利用したのですか。 原 効率よく情報を収めることを一生懸命考えて、そのための規則を自分たちで決めていきました。ただ、情報が破損しても読めるといった誤り訂正機能に関しては、すでに通信分野で確立した技術があるので、それを活用しています。誤り訂正符号を実装すると汚れに強くなるといった、いろいろな工夫をしていきました。 マトリックス上に白黒を並べると多くの情報が入れられることはすぐわかったのですけれども、そのときに規則正しくマス目を塗りつぶさないと読めないという壁にぶつかりました。当時のプリンターでは結構インクがかすれたりして、マス目が歪んだりきれいに印刷できたりできなかったりするからです。この方式は、情報は入るけれども安定して読み取りができないのではないかという考えがよぎりました。 囲碁から発想したのではない 原 囲碁は線と線の間に石を置くのですが、多少ずれても打っている人間は周りの石から相対的に石の位置がわかります。それと、碁石の白はハマグリの貝殻で作られているのですが、安い碁石は薄い貝殻で落としたりするとすぐ欠けてしまいます。多少欠けてもそこに白があることを人間は認識できることに気づいたときに、コードのマス目が歪んだり、マス目が全て白か黒でなくても読み取り装置がずれた位置を相対的に補正する、白黒がはっきり印刷されていなくても認識できるソフトを作ってやれば読めるのではないかという発想で、この方式で行くと決めたのです。だから、囲碁から発想して白黒格子状に並べたと言われるのは、ちょっと違うのですよ。 ──さらに、基準点を三つ置いたことがよかったと言うか……。 原 速く読み込むという意味では一番効いたポイントでした。当時のコンピューターは性能が低く、印刷物の中にある文字とコードを区別するのが難しくて非常に処理時間がかかっていたのです。 そこで、どうやってコードだけを速く抽出するかをいろいろ考えました。たまたまマンションか何かのビルを見たときに、最上階の部分だけが印象に残ったのです。そのビルをよく見ると、最上階だけが下の階と間取り──窓の大きさや間隔が違う。周りと違う目印を付けてやればいいのではないかという発想から、文字ではない特徴をコードの中に入れることを思いつきました。 それでも複雑な形状だとコンピューターがすばやく認識するのが難しいので、コンピューターが認識しやすい特徴は何かと言ったら白黒の幅の比率の処理なのです。文字に出現しない白黒認識比率を調べて、極端に少ないものを見つけました。Ａ、Ｂ、Ｃの基準点のどの位置からも必ず白セルと黒セルの比率が１：１：３：１：１になるような目印を考えました（図）。これにより、コードがあらゆる角度で回転していてもコードがここにあるとわかるのです。 また、コードの３コーナーにこの目印を付けることで、コードの大きさ、回転角度が認識できるようになり、速く読めるようになったのです。さらに、コードに基準位置となるアライメントパターンを配置することで、歪んだコードでも正確に読めるようになりました。 特許を開放した理由 ──これでカンバン方式の新バージョンに対応するコードが完成したわけですね。 原 僕らはバーコードリーダーでコンビニさんとかスーパーさんといった流通関係のビジネスをやっていたのですが、会社としてはＦＡ（ファクトリー・オートメーション）を重要視していました。僕らは工場以外の方向に持っていきたかったのですが、会社を説得するために工場の生産性効率や正確性の向上と言ってやらせてもらったわけです。 ──流通でビジネスとおっしゃいましたけれども、ＱＲコードの特許を公開したことはビジネスとしてはどうなのですか。 原 デンソーという会社は何が得意かと言うとモノづくりです。また、Ｂ ｔｏ Ｂの会社です。一方でＱＲコードみたいなソフトを世間一般に広めることには不得意です。ですから、特許開放してＱＲコードを一般に広めて、我々の会社の得意な読み取り装置を売るツールとしてＱＲコードを活用するという考え方でオープンにしたのです。よく特許を取ったらライセンス料で稼げたとか言われるけれど、多分それをやったらうまくいっても自動車業界のコードで終わっただろうし、最悪はトヨタグループのコードで終わっていたと僕は思います。世間一般にワーッと広がっていったのは、携帯電話でＱＲコードを読んでインターネットにアクセスできるようになったからですね。 ＱＲコードを世界に広めるには、世界規格にしなければいけないのでＩＳＯ（国際標準化機構）規格の取得をめざしました。まず、ＪＩＳ（日本産業規格）を取って、それからＩＳＯに申請しました。 ──海外で認知されるようになったのは？ 原 実は、工場や倉庫での活用以外で日本より早く産業用途で広がり始めたのは韓国なのです。税務署の処理にＱＲコードを採用したのが２０００年の初めぐらいです。ＩＳＯ規格を取ってから１年後ぐらいでした。 その後に、カメラ付き携帯電話が普及していた日本が続きました。欧米ではｉＰｈｏｎｅの登場した後の２０１０年ぐらいになって、日本と同じようにカメラで読んでインターネット接続するかたちで普及し始めました。 ＱＲコードを使った支払いではＡＮＡさんの「ＳＫｉＰサービス」が大きかったですね。チケットレス搭乗サービスで、２００６年に導入されました。あれからＱＲコードにはこういう使い方ができることが周知されました。ＱＲ決済は中国で爆発的に普及したけれど、最初の発想は中国ではないのですよ。 ──原さんのウィキペディアの記事に、ニジェールの教育について記述がありますが、これはどういう経緯なのですか。 原 あれは誤報だと思います。ミャンマーなどでのＱＲ決済関係で、ＮＰＯやＪＩＣＡなどの依頼で講演会をやったことがあるのですが、ニジェールには関わっていません。 間違ったら直せば良い ──最後に日本の製造業について。 原 ＱＲコードがここまで普及したのは、ユーザー視点と言うか、使う人のことを考えてやってきたからだと思います。日本のモノづくりは元気がないとか言われますけれども、日本企業が高品質の製品を作れる背景にはユーザーのことを考えていることがあります。良いものを作る技術は持っているので、それをいかに時代のニーズに合わせてうまく対応していくかを考えることが重要になっています。日本のモノづくりはそんなに悪い状況ではないし、日本企業はカイゼンがうまいですから、ユーザー視点でカイゼンを続ければいつかは革命を起こせると思っています。それは創造力がある最近の若い人が得意な感じがしますので、製造業の世界にどんどん入ってきて欲しいですね。 もう一つ言うと、ビジョンを伝えたいですね。ビジョンがあると未来に進んで行けます。目標は、立ててそれを達成するとそれで終わってしまいますが、ビジョンというのは「そうありたい姿」なので、一つの目標を達成したら次に新たな目標を持つといった意味で、若い人にビジョンを持ってもらいたいなと思っています。 ちょっとした発想転換って重要ですね。ＱＲコードの場合も、先ほど言ったようにマス目が歪んだりしていたら読み取り装置のソフトで対応すれば良いと考えました。また、多くの情報を入れると、縦・横のマス目を多くしなければなりません。そうすると一つのマス目が小さくなり、読み取りが難しくなり間違えも多くなります。私はそこでも悩みましたが、発想を変えて間違ったら直せば良いのではと思い、誤り訂正を調べて、それを活用することでクリアしました。だから、問題に直面したら既存の概念にとらわれず、見方を変えてやることがやはり重要なのかなと思いますね。 ──ありがとうございました。

カイゼンから生まれた 「ＱＲコード」【原昌宏】

カイゼンから生まれた「ＱＲコード」【原昌宏】