国際政治 – 公益産業研究調査会／koken

『公研』2024年2月号「issues of the day」 トランプ前大統領が２０２０年大統領選の後、米中西部ミシガン州ウェイン郡の選挙管理委員２人に電話をかけ、選挙結果を承認しないように圧力をかけていた。通話の録音データを入手した地元紙デトロイト・ニュースが昨年12月、特ダネを報じた。トランプ氏は南部ジョージア州でも州務長官に電話をかけて投票結果を覆そうとしたが、ミシガンでも同じことをしていたのだ。 「（承認に転じたら）格好が悪いぞ」「我々はこの国のために戦わないといけない。やつらに奪われるわけにはいかない」。 共和党全国委員会のマクダニエル委員長が「承認の署名をせずに帰宅して。（中略）弁護士を用意する」と言うと、トランプ氏は弁護士費用の肩代わりをにおわせた。 「面倒はこちらでみる」と。 トランプ氏が電話をしたことはすでに知られていたが、録音内容が表に出たのは初めてだ。電話を受けたのはモニカ・パルマー氏らウェイン郡の選挙管理委員２人だ。委員会は共和、民主両党から選ばれた４人で構成されている。委員会はその日、投票結果を承認するかどうかで意見が割れていた。 ウェイン郡は黒人が住民の８割を占めるデトロイト市を含む民主党の票田だ。「投票数と集計数が合わない」と文句をつけて承認を拒否した２人に対し、市民が公聴会で怒号を浴びせた。郵便投票では中身を入れ忘れて投函する有権者がいるため、多少の誤差は起きるのだ。 「恥を知れ。民意を否定する大統領に従うのか」「あなたたちは民主主義を破壊している」「２人の名前を人種差別主義者として永遠に記憶する」。 激怒の公聴会の後、２人は州による再調査を条件に投票結果の承認に同意。しかし、トランプ氏の電話を受けて署名せずに帰宅した。一方、トランプ氏は「デトロイトでは人口より多い投票数があった。巨大詐欺だ」とツイートし、嘘を拡散させた。 トランプ支持者は各地の民主党地盤の開票所で嫌がらせをしていた。窓ガラスを叩き、叫び、スタッフの写真を撮影して、「不正投票や集計詐欺が行われた」とＳＮＳで嘘を発信した。「こんな子どもだましの茶番劇をして、どうするつもりなのか」。当時、米国で取材していた私は首をかしげた。 米国は２０００年大統領選の集計が大混乱した経験から、投票制度を進化させてきた。大規模な不正を行うことは難しい。例えば、オハイオ州アシュランド郡では、電子画面で投票するが、結果を印刷してスキャナーで読み込み集計センターに送信する。紙でも証拠が残り、自分が投票したとおりに集計されたかどうか、確認が可能だ。実際、20年の選挙では選挙結果を覆すほどの不正は確認されなかった。しかし、トランプ氏と共和党支持者の７割は今も「20年の選挙では不正があった」と主張している。 04、08（予備選挙）、16、20年の大統領選を現場で取材してきたが、米国人の急速な劣化ぶりに驚いている。異変を感じたのは16年だ。「（民主党大統領候補の）ヒラリー・クリントンを牢獄にぶち込め」。トランプ氏のスローガンを繰りかえす支持者に、「何の容疑でぶち込むの？」と聞いても、まともな答えが返ってこない。しかし、まだこの頃は有権者にはトランプ氏に対する懐疑心があった。「鼻をつまんで票を入れる」という人が多数だった。 20年になると、彼らは迷いなくトランプ氏に投票していた。今年はさらに熱い気持ちで応援するだろう。トランプ氏は「魔女狩り裁判の犠牲者」だと信じているからだ。 毒饅頭の毒が回った共和党 劣化の原因はトランプ氏にあるが、共和党の責任も大きい。トランプ氏を嫌悪しながら御輿を担ぎ、狙い通りに最高裁に保守派判事を送り込んだ。トランプ氏を批判した者が落選するようになると、トランプ氏の嘘に迎合した。地元政治家が嘘を復唱するため、有権者はさらに深い幻影の中に沈んでいった。 「勝つために嘘をつくくらいなら、本当のことを言って負けたほうがいい」。今年１月に共和党予備選から撤退した東部ニュージャージ州のクリスティ知事の最後の演説が象徴的だ。知事は、トランプ氏を明確に批判しない他の候補を「臆病な偽善者」と酷評。トランプ氏が予備選で勝利すれば、ヘイリー元国連大使だって夏の党大会で公認するだろう、と予想した。トランプ氏が有罪判決を受けていても、だ。 「私は絶対に公認しない。トランプ氏に大統領になる資質はない。私は彼を22年前から知っている。彼は国民より自分を大事にする」。トランプ氏を大統領にさせないために力を尽くす、と知事は宣言した。 11月の大統領選では茶番劇が繰り返されるだろう。今回は実害が生じるかもしれない。ＡＩを使ったフェイク動画は手が込んだものになる。 20年の選挙でのトランプ敗北を認めない選挙否定派は、選挙に影響を与えることができるポジションを戦略的に獲得している。ＮＰＯステイツ・ユナイテッド・デモクラシー・センターによると、知事８人、州務長官５人、州司法長官10人が選挙否定派だ。 懸念すべきは暴力だ。米公共宗教研究所が昨年10月末に発表した世論調査によると、「愛国者が国を救うために暴力に訴えること」を容認する米国人は23％に達している。民主党支持者では13％だが、無所属は22％、共和党支持者は33％にも達する。さらに、トランプ氏に好感度を持つ者に限ると41％、選挙否定派は46％が政治的暴力を是認している。 投票しようとしている市民の列に暴走車が突っ込むなど、あからさまな投票妨害も考えられる。投票箱の破壊や、自分が気にいらない候補が選ばれた場合、暗殺しようとする者もでかねない。 米国は近く大統領選に国際社会から選挙監視団を招かねばならないような事態に陥るかもしれない。 毎日新聞デジタル報道グループ記者

公正な選挙を拒否する「トランプ党」の実態【國枝すみれ】