壹岐素巳 – 公益産業研究調査会／koken

『公研』2023年5月号「interview」 ロシアのウクライナ侵攻から１年以上が過ぎた。世界のエネルギーをめぐる環境は劇的に変化している。今回の事態を踏まえて、各国はどのようにエネルギー政策を転換させてきたのかを検証する。 海外電力調査会 常務理事・編集局長 壹岐 素巳 いき もとみ：1958年東京都生まれ。国際基督教大学教養学部卒、81年東京電力入社。マサチューセッツ工科大学客員研究員、燃料部ＬＮＧグループ課長、八王子支社長、企画部総括調整グループマネージャー、グループ事業部長、常務執行役などを経て2017年６月より現職。 制裁が課されてもロシアの資源収入は増えている ──世界のエネルギー環境の変化について、その概要をお聞かせください。 壹岐 まずはロシアがウクライナに侵攻する前の状況を振り返ってみます。２０２２年１月に出された国際通貨基金（ＩＭＦ）による世界経済見通しでは、ＧＤＰ成長率は21年の＋５・９％に対して、22年は＋４・４％に減速すると予想されていました。新型コロナパンデミックの影響を受けたサプライチェーンの混乱継続や各国におけるインフレの加速などのマイナス要因によって、経済の下振れリスクが払拭されていませんでした。 一方、気候変動問題については、引き続き高い関心が寄せられていて、21年11月にイギリスのグラスゴーで開かれたＣＯＰ26では「１・５℃目標」の実現に向けた努力が再確認され、パリ協定の具体的作業計画が決まりました。「排出削減対策のない石炭火力の段階的な削減」も盛り込まれたわけです。22年は、各国のカーボンニュートラルへの取り組みが一層加速していくことになると見られていました。しかし、それでも温室効果ガスの排出量は前年を上回る公算が大きいと見られていて、また、先進国と中国を含む新興国・途上国間での路線対立が浮き彫りになっていたと言えます。 国際エネルギー情勢面では、将来を見越した再生可能エネルギーへの投資が拡大していく一方で、足元では需要の大部分を担っている化石燃料などの在来型エネルギーへの投資の縮小などにより、当面の需給安定が脅かされつつあることが最大のリスクになっていました。また、先進国や新興国の経済活動の活発化による景気の回復にともなって、石油・天然ガス・石炭などのエネルギー需要が増加することで需給逼迫傾向が続き、エネルギー価格は電力を含め高止まりし、各国で価格抑制がエネルギー政策上の重要課題となると見ていました。 ──戦争前のロシアの資源国としての規模感について、基本的なところを再確認できればと思います。 壹岐 ロシアは世界有数のエネルギー資源国です。２０２１年の年間生産量で見ると、石油が２位（１位米国）、天然ガス２位（１位米国）、石炭５位（中国、インドネシア、インド、オーストラリア、米国に次ぐ）でした。また、同年の輸出については石油が２位（１位サウジ）で欧州向けが輸出量の53％、天然ガスが１位で欧州向けが76％を占めていました。原子力分野でもロシア型は世界１位で、海外で運転中42基、建設・計画中32基があります。これらは原子炉保守サービス、燃料供給をロシアに依存しています。ロシア国営原子力企業ロスアトムは、２０２０年現在「海外輸出プロジェクトの75％を自社が占める」と自認していました。原子燃料分野でもウラン生産は世界３位（シェア15％）、濃縮が１位（シェア36％）、成形加工が３位（シェア17％）と圧倒的な存在感を示しています。 ──ロシアのウクライナ侵攻から１年以上が経ちました。現時点での世界経済およびエネルギー環境をどう見ていますか？ 壹岐 今年４月のＩＭＦの世界経済見通しによれば、 ２０２２年の世界経済の成長率は21年の６・２％から３・４％へと減速したとのことで、侵攻前の見通しに比べ１ポイント以上下振れしました。また、世界のインフレ率は８・７％に上昇しました。これには各国中央銀行による金利の引き上げ、中国における新型コロナウイルス感染拡大などの減速要因のほか、ウクライナ戦争もかなり影響していることは間違いないでしょう。 国際エネルギー情勢にも劇的な変化がありました。世界のエネ貿易の大動脈の一つであるロシアルートが断裂したことで、ガス・石炭価格が過去最高を更新しました。各国政府がロシアに代わる代替燃料確保、ガス貯蔵確保、原子炉運転延長、再エネ開発加速などに追われた年でした。国際エネルギー機関（ＩＥＡ）は「初めての本当のエネルギー危機だ」と評しています。 私はこの１年を振り返ったときに大きく分けて三つのポイントがあると思っています。第一はＧ７やＥＵ、豪州などが順次発動した対ロシア経済制裁とロシア側の対抗措置が国際エネルギー需給に大きな影響を及ぼしたことです。西側諸国は、ロシアの戦争継続能力を弱めるため金融取引や在外資産に制裁を加えたほか、ロシアの歳入の約４割を占める石油・ガスや石炭に禁輸や投資禁止を講じました。対抗してロシアは天然ガス取引をルーブル建決済にしたり、外資による地下資源採掘権の取得条件としてのロシアの現地法人の設立を義務化したりしています。 そして遂には欧州に対する天然ガス供給の大幅な削減を強行しました。いわゆる「エネルギーの武器化」です。 これによって欧州各国が非ロシア産のＬＮＧ（液化天然ガス）調達に邁進したこともあって、世界中で、とりわけ欧州でガス・電力価格が歴史的高騰を見せました。また、欧米の石油メジャーや大手電力会社などを含む西側企業の多くがロシアビジネスを縮小・撤退することになりました。ただし、今年３月末現在、米・英・豪が石炭・石油・天然ガスのすべてに禁輸を実施しているのに対して、ＥＵは石炭と海上輸送による石油の禁輸を決めたものの、ロシア依存度の高い加盟国に配慮してパイプラインでの輸入原油やＬＮＧを含む天然ガスには一律の禁輸措置を講じていません。また、米欧ともにロシアが提供する原子力関連サービス（原子燃料を含む）への制裁措置は未定となっています。 これらに加えてＧ７とオーストラリアは、禁輸に加わらない第三国への輸出収入を抑制するためにロシア産石油に上限価格設定を決定して、それを超える取引に使われるタンカーへの海上輸送保険の付与を禁止しました。これに対してロシアも上限設定国への石油禁輸を発表し、自主的に１日あたり50万バレルの減産も発表しています。 以上のような制裁と対抗措置の連鎖により、欧州へのロシア産化石燃料の輸出は大きく減少しています。その一方で、価格が高まったことや中国やインドなどの大量購入により、22年のロシアの石油・ガスの財政収入は前年比３割近い増収になったとされます。 ──経済制裁が課されてもロシアの資源収入は増えているわけですね。 壹岐 ただし石油の禁輸や上限価格が実施されたのは、昨年末あるいは今年になってからです。今年２月のロシアの石油ガス収入は「前年から46％減少した」と報じられています。過去１年に行われた経済制裁は順次強化されていきました。２０２３年は年間を通じてそれが続けられるため、制裁はロシア経済を徐々に苦しめることになると思います。 今回の戦争によってロシアは長期にわたり重要なエネルギー輸出先を失うことはほぼ確実だと考えられます。そういう中でロシアは中国やインド、グローバルサウス諸国との関係強化に動き出していますが、一方で脱炭素化が進むため、長期的にどこまで持ちこたえられるのかは見通せません。また、今後現状禁輸などの措置の対象となっていないエネルギー産品に対して追加制裁が行われるかどうかは、戦況の展開やこれまでの経済制裁の効果の見極め次第と考えられます。なお原子力分野では、フィンランドが22年５月にロシア製原子炉（ハンヒキビ１号）の建設をキャンセルしています。スウェーデンも同年２月にロシア製燃料の発注を停止したほか、チェコが燃料調達先をロシアから米仏に変更しています。 第２のポイントは、経済安全保障、特に自国や域内のエネルギー安全保障・安定供給の確保が急速に喫緊の重要アジェンダと化したことです。それは西側諸国においてはまず自国市場をロシア産エネルギーから遮断する「脱ロシア」政策の推進というかたちで現出しました。端的なのは２２年５月に欧州委員会が発表した「REPowerEU Plan」です。同計画は、それまでＥＵが進めてきた２０５０年カーボンニュートラルに向けた取り組みを強化・加速する方向で２０２７年頃に「脱ロシア」を達成することをめざすものです。 エネルギー安全保障を担保する政策は、短期的な対策のみならず、より長期の到達点を睨みながら行われていて、それらは大きく次の三つの分野にまたがると思います。一つ目は需要面です。省エネルギーを進め、化石燃料を中心とするエネルギー消費量全体を大幅に削減することですね。具体的には足元の需給逼迫に対処するため、ガス消費量や電力消費量の削減を図っています。長期的にはエネルギー効率向上の高い目標を設定して、そこへの誘導政策を講じることになりました。 二つ目は供給面です。ロシア産エネルギーの代替となる新たな調達先の獲得など供給源の多様化のほか、再エネや原子力などエネルギー自給率の向上に資する国産・準国産エネルギーの徹底的な利活用、そして水素など新しいタイプのエネルギーの開発・利用に向けた動きが進んだことです。いわば準戦時体制と化した欧州諸国ではそれまでの脱石炭・脱原子力といったエネルギー政策の目標期限を繰り延べることによって、緊急避難的にこれらを活用した事例が見られました。また、天然ガスの新規調達のための首脳外交が活発に行われました。ドイツのように国内にＬＮＧ基地を持たない国では、浮体式ＬＮＧ貯蔵再ガス化設備（ＦＳＲＵ）の急速な配備が進められています。ドイツは少なくとも６隻発注していて、すでに３隻が運転しています。ＥＵでは冬期に備えてガス貯蔵率の目標にも合意しました。フランスや英国が大規模な原子力新設計画を打ち出したことも注目されます。ウクライナ侵攻後の各国の世論調査で、原子力への支持率が上昇していることも特筆すべきでしょう。 ──浮体式ＬＮＧ貯蔵再ガス化設備とはどのようなものなのですか？ 壹岐 ＬＮＧ基地では液体で運ばれてきた天然ガスを、まずはタンクに貯蔵し、送り出しの際に気化させます。その貯蔵するタンクと気化する設備とを装備した船です。これを桟橋に接岸させ、陸地のパイプ等の設備とつなげます。そこにＬＮＧ船がやってきて、ＦＳＲＵにＬＮＧを入れるわけですから、陸地で何年もかけて基地を造成しなくて済みます。こうした船が世界にはいくつもあって、欧州は世界中からこれを掻き集めました。 三つ目は、ロシア産ガスの供給削減により欧州を中心に世界各国でガス価格や卸電力価格が異常な高騰を見せたことへの対策が講じられたことです。ＩＥＡによれば、２０２２年の卸電力価格は日・米・豪で過去５年平均の約２倍、欧州諸国では３─５倍以上に達しました。これに対処するために各国で電力価格への上限設定、電気諸税や賦課金の軽減・廃止、打撃を受けた家計や中小企業への補助金給付などの期間限定措置が講じられるなど、政府の市場介入が進みました。そのための財政支出は巨額となり、その一部は歴史的高収益を得ている石油・ガス会社や再エネ事業者などへの超過利潤課税に求める動きも見られました。またＥＵは域内のガス取引価格に上限を設けたほか、ガス価格が卸電力価格を事実上決定する電力市場を見直すため制度改革を進めようとしています。 エネルギー安全保障を重要課題としているのは、西側諸国だけではありません。近年、米国産ＬＮＧを積極的に輸入している中国も、将来起こり得るさまざまな有事への対応を当然検討しているはずで、豊富な国産資源を使った石炭火力の利用や長期ＬＮＧ売買契約の締結、活発な中東外交などにそれが反映されていると見ています。 それからウクライナ侵攻が契機というわけではありませんが、近年、太陽光・風力・蓄電池など今後のエネルギー移行に不可欠なエネルギー利用に際して使用される部材・部品に含まれる重要鉱物資源（クリティカルミネラル）の生産から製造にかかるサプライチェーンが、中国などの特定の国によって支配されていることへの懸念が強まっています。そのため、国産比率を上げる政策や開発が欧米を中心に積極的に行われているのです。また、電力をはじめエネルギー利用にかかる重要プロセスへのサイバー攻撃が増加していて、この対策も重視されています。 スリランカ、パキスタン、バングラデシュでは計画停電が続いている 壹岐 エネルギー情勢の変化に関する第３のポイントは、22年に急速に高まったエネルギー安全保障への懸念とそれへの政策を、従来から重要なアジェンダだった気候変動問題の解決とどのように両立させるかが国際関係において非常に困難な状況になりつつあるという点です。背景には世界の深刻な分断があります。従前から気候変動枠組条約締約国会議（ＣＯＰ）では、温室効果ガスを過去に大量に放出してきた先進国と、これからさらなる経済発展を図る ために化石燃料などエネルギーを必要とする新興国・途上国の間で、政策面での対立が深刻化していました。そこにウクライナ戦争が勃発し、西側先進国にとって当面のエネルギー安全保障政策の焦点が「脱ロシア」になったのです。 ──ロシア産化石燃料依存からの脱却は、脱炭素と親和性を持つわけですね。 壹岐 先進国は脱ロシアによる代替化石燃料、特に天然ガスを米国・中東・アフリカなどの産出国から恐らく高額で長期にわたり確保し始めています。中国も同様です。こうした国々は、少なくとも短期的には石炭や天然ガスの利用により現下のエネルギー需給バランスを維持しようとしました。しかし、エネルギー需給の不均衡による価格高騰は全世界に伝播していて、経済力の弱い開発途上国はそうしたエネルギー争奪戦に加わることも儘ならず、ますます不利な立場に追いやられています。外貨不足のスリランカやパキスタン、バングラデシュでは燃料調達が困難を極め、計画停電が続いています。 イアン・ブレマー率いるユーラシアグループのアナリストは、ウクライナ戦争の即時停止を求める途上国の主張について次のように解説しています。「欧米諸国は、世界が差し迫った地球規模の脅威に対して集中しなければならない時期に、この費用のかかる戦争を長引かせている一方、富める国が惹起した地球温暖化の影響を最も受けている多くの開発途上国は、足元の食料とエネルギーの安全保障を確保しようとしながら、持続不可能な債務に苦しんでいる。また、多くの発展途上国は、新型コロナから経済的に立ち直るために、ロシアからのエネルギーと食料の輸出品を割引価格で購入できるこの機会を重視しており、西側諸国がロシア産品を市場から完全に排除しようとすると、危険な水準まで価格が上昇することを非常に懸念している」──。つまり、民主主義的価値を守るためではない、と。 このように過去１年だけを見てもエネルギー需給面での南北格差は拡大していて、そうした中では気候変動問題における先進国と新興国・途上国の対立も一層深刻になっていくのではないかと思われます。そもそも自国・域内のエネルギー安全保障強化は保護主義を助長する可能性を孕んでいて、国際協調を前提とする気候変動政策との両立には非常に困難な調整が必要です。ウクライナ戦争が惹起した短期的課題と中長期的な脱炭素目標達成の同時解決は容易ではありません。再エネ・原子力・水素などあらゆるクリーンエネルギーへの投資の促進とその果実の世界への公平な分配がカギになることは指摘されていますが、それを具体的にどのように早期に実現するかがますます問われていると思います。 ◆EU 脱炭素化実現に向けた動きはむしろ加速している ──ロシアと地続きのＥＵのスタンスやロシア侵攻後の変化についてご説明願います。 壹岐 ２０１９年12月に就任したフォンデアライエン欧州委員会委員長は、就任時に温室効果ガスの排出削減目標を引き上げ、社会の構造転換を図ることなどを優先政策とする「欧州グリーンディール政策」を公表しています。これに基づき、ＥＵでは温室効果ガスの排出削減目標を規定する「欧州気候法」が21年６月に成立しています。同法において２０５０年までにＥＵ全体としてカーボンニュートラルを達成する目標を規定しました。あわせて２０３０年までの削減目標を従来の１９９０年比40％から、同55％へ引き上げることを規定しています。そして、21年７月には２０３０年の温室効果ガス排出削減目標引き上げに関連した包括政策案（「Fit for 55」）も公表しました。 ──ウクライナ戦争がもたらした変化は？ 壹岐 欧州委員会はＥＵの化石燃料依存からの脱却、クリーンエネルギーシフトをさらに加速する政策方針を打ち出しました。戦争が勃発したわずか２週間後の３月８日に欧州委員会は、天然ガスのロシア依存の低減をめざす「REPowerEU Plan」と呼ばれる政策文書を発表します。ＥＵは域内ガス消費量の約９割を輸入に依存していて、天然ガス総輸入量の約４割はロシア産です。そこで、短期的にはガス調達の多様化、バイオメタンの活用拡大、エネルギー効率化、再エネ・ヒートポンプの導入拡大などにより、２０２７─２０３０年までにロシアからの天然ガスの輸入停止を可能にする目標を掲げました。 昨年５月には「REPowerEU Plan」の詳細版を公表しました。ここでは２０３０年のＥＵ域内最終エネルギー消費に占める再エネの割合を従来の同40％から45％へ引き上げることが提案されていて、これについては今年の３月末に最終的に42・５％で合意しています。特に太陽光発電は25年までに累積３・２億ｋＷ（現状の約２倍）、30年までに同６億ｋＷの導入をめざしています。また、再エネ導入を加速させるために許認可手続きの簡素化も進めます。 エネルギーの効率化もより高い目標を掲げました。２０２０年に策定した長期想定で示された30年におけるエネルギー消費量の想定値から、実際の消費量を13％引き下げることが提案（従来の目標は同９％）され、今年３月に11・７％で合意しています。新しいエネルギー源として期待を集める水素については、30年における水素供給量についてＥＵ域内で１０００万トンを製造、域外からの輸入を１０００万トンとする目標を打ち出していて、いずれも再エネ由来のグリーン水素を前提としています。 ──エネルギーの調達が困難になったからといって脱炭素の方向性が弱まるわけではなくむしろ加速しているわけですね。 壹岐 まさにその通りです。22年６月にはＥＵ加盟国の天然ガス貯蔵量の義務化を規定するＥＵ規則が成立しました。これは加盟国に対し同年11月１日までに設備容量の少なくとも80％のガス備蓄を義務付け、ＥＵ全体では85％を確保することをめざすものです。23年以降については11月１日までの備蓄義務が同90％とされました。不測の事態への備えです。 また天然ガス需要削減にも取り組みます。ロシアからのガス供給遮断に備えて、域内の天然ガス消費削減を規定する規則案に加盟国が原則合意しています。これは22年８月から23年３月の期間、ＥＵ加盟国全体で過去５年の平均と比較して天然ガスの消費を15％削減するという目標です。実績としては17・７％削減を達成したそうです。次の冬期にも適用延長することが決まっています。 また、卸電力価格の高騰にともなって電力小売価格も上昇しました。ＥＵ加盟国の各首都における22年８月の家庭用電気料金は、平均で前年同月比54％上昇したとする報告もあります。こうした中で欧州委員会は料金上昇の抑制につながる、踏み込んだ対策を行うべく短期的なエネルギー市場介入に関する政策文書を公表します。これは、加盟国政府に一時的な電力市場への介入を認めるもので、主な介入策には次のようなものがあります。 まず、偶発的な超過利潤への課税です。原子力、水力、再エネなど、発電コストの低い一定の電源が、想定を超えた追加的な報酬を得ている場合、これら偶発的な超過利潤に対し、加盟国が暫定的に課税、その他の規制的手法によりこれを回収、再分配することを正当化しました。税収は暫定手段として、弱者世帯や中小企業を中心としたビジネスを支援するような、目的を定めた支出に充てることができます。 次に規制料金の導入です。加盟国は一般家庭や零細企業に対して、暫定的に規制価格を適用することが可能になりました。さらに、22年10月に成立したＥＵ規則では、超過利潤への課税を加盟国に義務付けるとともに、電力消費削減、具体的には22年12月１日から23年３月31日まで、努力目標として加盟国は過去５年間の実績平均より月間電力消費量を10％削減、強制目標として、電力価格ピーク時間帯に電力消費量を少なくとも５％削減することを決めました。なおＥＵは、現在もさらなる電力市場改革案を検討しています。基本的には今の卸電力市場では安い電源から調達して、最後に落札できたその電源の価格で取引をすることが決まっています。安い電源は原子力や再エネで、最も高い価格は天然ガスです。したがって、天然ガス価格の変動によって市場価格が左右されるという欠点が顕著になりますから、それを克服するための制度改革も必要になっているということです。 一方、原子力分野での脱ロシアの動きですが、欧州はロシアに大きく依存しています。ＥＵ27カ国中、ロシア型原子炉は基数で17％を占めます。ウランについてはＣＩＳ諸国を含め44％、濃縮の31％もロシアです。当面は原子力分野での禁輸措置を講じないとしていますが、ロシア依存脱却を、英国・フランスの濃縮製造力増強や成形加工のウェスティングハウス等西側メーカーへの切り替えなどにより進める方向です。ただ最近、ドイツの経済大臣が「ＥＵが次に発動するロシア向けの経済制裁には原子力分野を含めるべきだ」と主張しているという報道もありました。 ◆ドイツ ドイツの脱原子力は可能なのか？ ──それでは各国のエネルギー政策の変化について個別に伺っていきます。まずはドイツについてご説明願います。 壹岐 ドイツが注目されるのは、ＥＵの中でもロシアのエネルギー、特に天然ガスへの依存率が高かったためです。表１はドイツのエネルギー供給と電力供給の割合を示しています。これは２０２０年のデータですが、ドイツのエネルギー自給率は35％です。21年の一次エネルギー消費に占める化石燃料の比率は石炭17％、石油33％、ガス26％で合わせて76％です。また、ロシアからの輸入依存度は石炭24％、石油31％、天然ガス60％となっています。さらに国内の電力供給に占めるエネルギー源別の割合（22年）を見ると、ＣＯ２を出さない再生可能エネルギーが40％、水力３％、原子力６％で合計が49％です。 ドイツの原子力政策を見ると、２００２年に社民党と緑の党の連立政権が運転期間を32年に限定する改正「原子力法」を制定しましたが、10年12月、キリスト教民主同盟（ＣＤＵ）・キリスト教社会同盟（ＣＳＵ）と原子力推進派の自民党（ＦＤＰ）の連立政権は、運転期間を平均12年延長する原子力法改正を実施し、脱原子力政策を見直しました。けれども、福島第一原子力発電所の事故を受けて２０１１年７月に議会が脱原子力回帰の改正原子力法案を可決し、この改正により運転年数の長い７基および停止中１基は即時閉鎖されました。残りの９基は、22年までに段階的に閉鎖されることになりました。 昨年は３基が運転中でした。しかし、ロシアからの天然ガス供給削減を受けた電力需給の逼迫を理由としてショルツ政権は10月、原子力法改正案を閣議決定し、３基すべてを今年４月15日まで予備電源として維持することを決定しました。ただし、これら原子炉の運転の再延長は行わない方針で、４月15日に予定通り閉鎖されています。ちなみに昨年11月の世論調査では、原子力利用拡大28％、現状維持15％、削減26％、廃止29％という数字であり、国民の原子力への拒否反応が過去に比べ低下しています。 もともとこれら３基の原子力については、核燃料の調達が終わっていて新たにそれを発注して利用を続けようとしても、すぐには調達できないという事情もありました。また、３基の運転を継続するための費用の補償を政府が行っていました。ショルツ政権は、三つの政党による連立与党のバランスの上に立っています。すでに一度、緑の党の主張を引っ込めさせて、運転延長の方策を決めた中で、さらにそれを継続使用すれば、政権の力学が難しくなってしまう。そうしたこともあって、当初の予定通りに閉鎖したものと見られます。 ──ドイツの判断は日本でも大きな関心を呼んでいますね。原子力に頼らずに電力の安定供給が可能なのでしょうか？ 壹岐 まずＥＵは従来から欧州全体で効率的なエネルギー利用を図るため、単一のエネルギー市場の形成をめざしてきました。それが実現すれば、国境を越えて電気やガスが常時輸出入される状態になります。そのため各国が協調してガスパイプラインや、電力の連系線を張りめぐらせています。現在の欧州では基本的に単一の卸電力市場ができ上がっています。市場では常に電力価格の安いほうから高いほうへ電気が流れています。ガスも同様です。したがって、ドイツが国内で脱原子力・脱石炭を行い、今後も拡充を続ける再生可能エネルギーを中心に国内需要を賄って、不足する分を他の加盟国から輸入をすることは条件的に概ね可能になっていると言えます。特に隣国のフランスは、原子力の増強計画を持っています。それらを当てにしているかどうかはわかりませんが、いざとなればフランスから輸入することもできる。 ──当然、電気料金は高くなりますね。 壹岐 ドイツの電気料金は、再エネ賦課金がかなり入っていたため過去から非常に高かったと言えます。ドイツ国民には、理想主義的なところがあると指摘されます。経済的に電気料金が高くなったとしても、石炭や原子力をなくして、環境負荷の低い再生可能エネルギー中心で賄っていくことを国民の多くが支持しています。 ──気候変動対策についてのドイツの考え方は？ 壹岐 中長期目標にあたる気候保護法の中で温室効果ガス排出量を１９９０年比で２０３０年までに65％、40年までに88％削減して、先進国の中でも早い45年にはカーボンニュートラル達成をめざすことを打ち出しています。石炭火力発電については38年までに廃止することを法定しています。ショルツ政権発足時（21年12月）の連立協定ではこの廃止時期を「理想的には２０３０年に前倒しする」ことを掲げています。 その他の再エネ政策については、２０００年に再エネ法が制定されて、再エネ買取り義務が拡充・強化され、以後普及が加速しました。22年４月にはウクライナ侵攻を受けて「イースターパッケージ」という政策集が発表され、昨年７月に議会を通過して今年の１月から施行されています。その内容は30年までに総電力消費量に占める再エネの割合を従来目標の65％から80％に引き上げて、年間再エネ発電電力量６０００億ｋＷｈをめざし（21年実績：約２３３６億ｋＷｈ）、太陽光発電容量は２億１５００万ｋＷ以上（従来目標：１億ｋＷ）、陸上風力は１億１５００万ｋＷ（従来目標７１００万ｋＷ）に引き上げるといった野心的なものです。洋上風力法も制定されて、目標導入量を従来の２０００万ｋＷから引き上げ30年までに３０００万ｋＷをめざしています。陸上風力法も改正されて国土面積の２％を風力発電設備に充当するため、各州に面積貢献値を義務付けました。 ただ、ドイツでも再エネの大量導入には課題があります。風力などの再エネが北部に集中する一方で、需要が集中するのは産業の発達した南部です。南部にある原子力が閉鎖されたことで、北から南へ電力を送電する送電網の混雑が発生していますが、それを緩和するための新たな送電線の整備も住民の反対などにより遅れているのが実情です。 建設が進むＬＮＧターミナル ──ドイツのウクライナ侵攻の影響は？ 壹岐 海底ガスパイプライン「ノルドストリーム１」を介したロシアからのガス供給量が減少して、昨年８月31日以降はロシアからのガス供給量はゼロになりました。昨年通年でのドイツのロシア産ガス輸入量は、輸入総量の約２割に低下しました。ちなみに21年はこれが６割あったのです。冬期のガス需給逼迫が懸念されたため、ガス緊急計画における警戒レベルの第１段階目（全３段階）である「早期警戒」を昨年３月30日に発令しています。同年６月23日には第２段階の「警報」に引き上げました。幸いにして発令されずに済んでいますが、仮に第３段階目の「緊急事態」が出されると、ガスは大口需要家を対象に配給制になります。また国内ガス貯蔵設備の最低貯蔵率を設定しました。例えば11月に95％以上、今年２月には40％以上というものです。結果としてはノルウェーからの輸入が増えたこと、高価になったことで国内産業のガス消費が約２割減少したこと、暖冬の影響などもあってすべての時期で目標を達成しています。 それから、隣国同士でこのエネルギー危機を乗り越えるために昨年９月にドイツはフランスと「エネルギー安全保障強化のための連帯協定」を結んでいます。ドイツはロシア産ガスの供給ハブになっていますから、通常であればドイツからフランスにガスが輸出され、フランスからは原子力由来の電力がドイツへ輸出されるという関係でした。しかし状況が変わり、同年10月中旬からは逆にドイツのガス減少分の一部をフランスが輸出しました。 ドイツは国内ＬＮＧターミナルの建設も旺盛に進めました。先ほども説明しましたが、短期的な調達先拡大のために政府・民間でＦＳＲＵ６隻を確保し、今年の１月末までに３隻が到着していて４月現在ではそのうち２隻が運転を始めています。もう１隻も試験運転中です。それ以外にも今年の冬に向けて３隻を運開させる予定です。このほか、本格的なＬＮＧ基地３カ所も建設しようとしています。 もう１点ドイツの動きとして注目すべきは、代替電源確保法が22年７月に施行されたことです。これによりガス緊急計画の「警報」ないし「非常事態」が発令された場合、政府はガス火力の運転を制限することが可能になりました。また、今年の４月末まで再給電用の石炭・石油火力（系統リザーブ）や、脱石炭法により発電禁止となった石炭・褐炭火力の卸電力市場への復帰が認められています。さらに、エネルギー価格高騰への対応としては、再エネ賦課金（ＦＩＴ）の減額を行い、22年７月以降はこの賦課金を廃止しています。その他の救済策として、低所得世帯への１億３０００万ユーロの支給や６月から８月の燃料にかかるエネルギー税を欧州最低税率に引き下げています。23年９月には、総額２０００億ユーロに上る消費者・企業に対する電力・ガス料金の抑制策で合意して、一定の消費量を上限として補助金を拠出しています。 ◆フランス 再び原子力推進に舵を切ったフランス ──次はフランスについてお願いします。 壹岐 まずフランスの２０２０年のエネルギー自給率は55％です（表２）。21年の一次エネルギー消費構成を見ると、原子力が36・５％と他国と比べて非常に高くなっていることが特徴です。そのおかげで化石燃料については、約50％の水準に留まっています。同年のロシアへの依存度は石炭20％、石油５％、天然ガス27％とドイツなどと比べると低い水準です。電力供給の構成比で見ると、22年には原子力が63％と最大のウェイトを占めており、これに水力、その他（再エネ）を含めると大体88％がクリーン電源ですから、ＣＯ２排出量も他国と比較すると非常に小さく抑えられています。 原子力比率が高いのは、ちょうど50年前の石油危機以降に再処理を前提に大規模開発をしたことの結果で、２０２１年末の時点で国内56基６１３７万ｋＷが運転しています。ただし、22年は設備容量ベースで一時は約65％に相当する原子炉が停止するという非常事態が発生しました。これはプラントに応力腐食割れという事象が発見されたことで、検査や修理などの作業の影響があったためです。これによって年間の稼働率は54％に落ち込みました。２０１５年から19年の平均稼働率は73％ですから、かなり落ちていて昨年は特殊な年だったと言えます。 昨年２月にマクロン大統領は新しいエネルギー政策を発表しています。それ以前は、70％近くあった原子力の割合を50％まで下げるという目標を掲げていましたが、それを撤回してもう一度原子力を推進することを表明しました。減原子力から原子炉増強へと転換したわけです。２０５０年までに最大２５００万ｋＷの新設を行う計画になっています。今年４月にフィンランドでオルキルオト３号機という出力が非常に大きなフランス製プラント（１７２万ｋＷ）の運転が開始されましたが、そこで使われているＥＰＲ（欧州加圧水型原子炉）の改良版ＥＰＲ２を６基建設するとしています（初号機２０２８年着工、35年運開目標）。加えて、このＥＰＲ２をオプションとして８基を建設することも検討しています。また最近注目されている小型モジュール炉ＳＭＲや廃棄物を抑える革新炉についても開発を進める考えを示しています。 ──フランスの気候変動対策は？ 壹岐 温室効果ガスの削減目標については２０５０年までにカーボンニュートラルを達成する目標を出しています。石炭火力は昨年までに国内４カ所の発電所を閉鎖する方針でした。２カ所は閉鎖済みですが、残り２カ所はウクライナ危機の影響や立地地域の電力安定供給の懸念もあって運転が継続されています。そのうち１基は24年から26年まで閉鎖が繰り延べされていて、もう１基はこの春先まで使用することになっています。 再生可能エネルギーについては、30年までに最終エネルギー消費の33％（発電量ベースでは40％）に引き上げることになっています。これは欧州の他の国と比べると目標が低いように見えますが、原子力比率が非常に高いこともあって、太陽光や風力への動きがもともと遅かったことが背景にあります。フランスは再エネに関しては後発国でしたが、20年４月に発表された「エネルギー多年度計画」は、再エネ電源を23年に７３５０万ｋＷ、28年に１億１００万から１億１３００万ｋＷ（２０２１年末時点で５９８０万ｋＷ）を開発することを謳っています。 ──フランスのウクライナ侵攻の影響は？ 壹岐 昨年６月に冬場のガス供給量確保に向けてガス備蓄率を11月１日までにほぼ１００％とする目標を発表し、結果としてこれを達成しています。この備蓄を進めるためにガス販売業者だけでなくガス備蓄業者にもガス調達を求めました。当時はガス価格が非常に高く、逆ザヤになって損失が発生する場合は政府がその損失を補填することも決めました。またフランスも北西部ル・アーブル港にＦＳＲＵを設置して、今年の９月に運用を開始することをめざしています。 昨年７月にはウクライナ侵攻による電力不足を回避するために、今後２年間で燃料、天然ガス、電力の消費量を19年比で10％削減することを目的とした「省エネ対策」を発表しました。８月にはガス安定供給への重大な脅威が生じた場合には、政府がガス火力の発電制限・停止を命令できる法律（購買力法）も制定しました。さらに10月には個人向けエネルギー節減計画として、最大９０００ユーロのヒートポンプ設置補助、公務員在宅勤務手当の15％増額などの政策を打ち出しています。 また、昨年７月、エネルギー価格高騰による影響の大きい企業に対するさまざまな支援基準を発表しました。家庭用・小規模事業者用には、22年１月から電力規制料金の上昇率を21年10月の水準から４％以内に抑える措置を導入済みでしたが、昨年９月にこの措置期間を延長しました。なお、電気料金については今年２月以降、上昇率が15％まで引き上げられました。併せて低所得世帯に対してはエネルギー特別給付金（１００または２００ユーロ）を支給しています。 ◆イギリス ──イギリスについてご説明願います。 壹岐 イギリスはＥＵからは離脱していますが、エネルギー政策ではＥＵと協調するような動きを見せています。２０２０年のエネルギー自給率は76％と高い数字を示しています（表３）。これには自国産の北海石油、ガスがあることが大きく貢献しています。21年の一次エネルギー消費構成では石炭３％、石油３５％、ガス３９％と化石燃料が76％を占めている一方で、再エネが17・３％と他の欧州諸国よりも比較的高くなっています。21年のロシアへの依存度は石炭２3％、石油７％、ガス４％ですから比較的低いと言えます。発電の構成比で見ると、ガス火力と再エネの割合が高いことが特徴になっています。 イギリス政府はロシアのウクライナ侵攻を受けて22年４月に「英国エネルギー安全保障戦略」を打ち出しました。この中で２０５０年までに原子力設備容量を最大２４００万ｋＷ、現在15％の発電量比率を25％へ引き上げる目標を打ち出しました。注目すべきは、国内で建設中のサイズウェルＣというプラントに対して、新資金調達方式であるＲＡＢ（Regulated Asset Base：規制資産ベース）モデルを適用することを決定したことです。これはプロジェクトに限定した総括原価方式といったもので、建設中から一定の資金回収ができる仕組みです。これによって、建設に必要になる先々の資金調達を含めて有利になると期待されています。またイギリスではＳＭＲ（小型モジュール炉）の開発も積極的に行われていて、昨年４月には英国原子力規制局はロールス・ロイスＳＭＲ社が建設しようとしているＵＫ rＭＲ（ＰＷＲ、47万ｋＷ）の包括的設計審査の開始を発表しています。 ──自動車で有名なロールス・ロイス社ですね。 壹岐 そうです。車だけではなくて航空機用のエンジン、さまざまなエネルギー関連機器も手掛けています。 ──気候変動政策の考え方は？ 壹岐 イギリスは温室効果ガス削減目標について２０１９年６月に２０５０年までに排出実質ゼロとすることを法制化しました。Ｇ７でネットゼロを法制化したのはイギリスが最初です。また、35年までに電力システムの脱炭素化を図ることも決めています。具体的な再エネ目標としては、30年までに洋上風力の総設備量を現状の約１７００万ｋＷから５０００万ｋＷに引き上げて、そのうち５００万ｋＷは浮体式を採用する計画です。そのための導入支援策として、その時々の卸市場価格との差額を差し引きする固定価格買取り制度（ＦＩＴ─ＣＦＤ）を採用しています。石炭火力については、国内の石炭火力発電所を24年9月までに全廃することを決めています。ただし、ＣＣＳ（ＣＯ２の回収・貯留技術）付きはその対象から除かれます。 ──ウクライナ侵攻の影響は？ 壹岐 北海資源を持つイギリスは、他の欧州諸国と比べ、ロシア産エネルギーへの依存度は高くありません。ただしガス需要の約半分は、主にノルウェーからのパイプラインガスや、カタール・米国からの輸入ＬＮＧに依存していますから、国際的なガス価格変動に晒されています。なお、昨年の夏は、大陸欧州に向けてガス不足支援のため輸出も強化しました。また、イギリスでも大陸欧州と同じように卸電力市場ではガス火力が限界価格となることが多く、卸電力価格がガス価格に追随して高騰する傾向が見られました。そうした中で、先ほどお話しした「英国エネルギー安全保障戦略」には、脱炭素の達成を最優先する従来の戦略に加え、エネルギー自給率を高めるための一部目標の引き上げと、北海油田・ガス田開発の促進が新たに含まれています。 イギリスはロシア産石炭と石油の輸入を22年末までにフェーズアウトしました。ＬＮＧについても昨年10月に今年の１月１日以降禁輸措置を取ることを決めています。実質的には昨年６月からロシア産のＬＮＧの輸入は行われていませんでした。 前述のように、イギリス政府は21年６月に25年までとしていた石炭火力から脱却期限を１年前倒して、24年９月までとしました。しかしウクライナ侵攻後、政府はガス以外の火力発電設備が必要になったとして、脱却期限は維持したまま冬期を乗り切るために22年中に廃止予定だった石炭火力を運転延長する方針に転じています。この方針に基づいて、緊急時予備電源として今年３月末まで運転待機措置が取られていました。この石炭火力を運営している会社のうち少なくとも１社は、次の冬は運転延長を行わず閉鎖する考えを示しています。 ──エネルギー価格高騰への対応は？ 壹岐 エネルギー料金高騰からの需要家保護に関しては、英政府は昨年９月に「Energy Price Guarantee」と呼ばれる政策を発表して、22年10月から２年間、標準的な家庭向け電気・ガス料金の年間支払額の上限を２５００ポンド（約48万円）に設定しました。翌10月には英国内の石油・ガス事業者に適用する超過利潤税を財源として、各家庭の電気・ガス料金を４００ポンド割り引く措置を取りました。この一時金給付と合わせると、実質的にそれ以前の料金水準が維持されることになりました。そのほか、低所得世帯などを対象に給付金を配布しています。また、法人向けにも電気・ガス料金の減額措置が実施され、昨年10月から６カ月間、料金構成に占める卸調達コストの約５割弱に相当する部分を減額することになりました。今年１月にはこの支援の継続が決まっています。 なお、イギリス政府は昨年７月に、電力市場レビューを開始していて、ＥＵと同じように卸市場における再エネと火力発電の価格分離や地域別市場、再エネ支援制度の見直し等など、さまざまな案について意見を公募しています。今後、電力市場制度の見直し・改革を行うということですが、実施に移されるとしても数年先になる見通しです。 ◆ポーランド 石炭依存からの脱却をめざすポーランド ──ポーランドにはどのような特徴があるのでしょうか？ 壹岐 これまでは西ヨーロッパの国を挙げてご説明してきましたが、次に東ヨーロッパからポーランドを見たいと思います（表４）。ポーランドは欧州有数の石炭の産地で、２０２０年のエネルギー自給率は57％、21年の一次エネルギー消費に占める石炭の割合は42％、石油、ガスを含めると92％が化石燃料です。原子力はありません。21年のロシアへの依存度は高くて、石炭11・５％、石油56％、天然ガス47・５％となっています。電力の発電構成で見ても石炭がほぼ７割を占めている状況にあります。 このように化石燃料への依存が強いわけですが、ＥＵの加盟国であるがためにＥＵが打ち出した温室効果ガスの排出削減目標には従わなければならない。ポーランドの国情に合わせた温室効果ガスの削減目標として、先ごろ成立したＥＵ規則で２０３０年に２００５年比で17・７％減（ＥＵ排出量取引の非対象部門）というものがありますが、これは算定されている国内の産業部門などが非常に限られたもの（小規模産業、運輸、農業、建物部門など）になっています。ただし、ＥＵ目標を達成する上で、欧州委員会はポーランドが提出する自国の目標に対して「追加的な措置が必要であり、さらに低炭素電源への移行計画が不十分だ」としばしば指摘しています。 ──現状で石炭が高い割合を占めていますから移行はたいへんですね。ＥＵへの反感が出てもおかしくないようにも思えます。 壹岐 多くの課題を抱えています。国内の石炭火力発電設備の多くは30年以上運転している老朽火力で、温室効果ガスの排出量削減目標を達成するためにこれらの設備を中心に段階的な閉鎖を計画しています。石油、ガスの多くをロシアからの輸入に依存している状況を改善するため、新規にＬＮＧ基地を運開させてカタールや米国から輸入することで天然ガス供給源の多様化を進めているところです。21年４月には政府と炭鉱労働組合が「２０４９年脱石炭」に関する「社会的合意文書」に合意しています。政府としては炭鉱労働者の職業訓練などさまざまな補償を行うことになっています。 確かに、一部では根強いＥＵ不信の感情はあります。しかし、どのＥＵ加盟国でも一定の割合で反ＥＵの考え方をする人たちは存在しており、それでもＥＵと一体であることのメリットのほうが大きいという判断が大勢なのだと思います。特にウクライナ戦争によってロシアが牙を剥いた現実を目の当たりにしているわけですから、今ここでＥＵとの連携を弱めるのは得策ではないと多くの国民が感じているところでしょう。 ──環境対策の考え方は？ 壹岐 ポーランド政府は２０２１年２月に「国家エネルギー戦略２０４０」を策定しました。この中で「エネルギーの安定供給、経済競争力の確保」「エネルギー消費効率の改善」「環境保全」──これら三つの同時達成を掲げています。電力量に占める石炭火力の割合を２０３０年までに56％までに低減して、40年には電源構成の約５割をゼロエミッション電源とすることも目標にしました。 さらに今年４月には、40年までにゼロエミッション電源（原子力、再エネ）の設備容量の比率を74％に引き上げる構想を気候環境大臣が明らかにしています。洋上風力、陸上風力を中心に再エネ電源を合計で30年に５０００万ｋＷ、40年には８８００万ｋＷまで増強します。風力発電所は、近隣の建物からタービン高の10倍の距離（約１５００メートル）を取らなければならないという規制がありましたが、それを７００メートルに縮めることも決まりました。 エネルギーセキュリティへの懸念、エネルギー価格の高騰を背景に、昨年12月公表の世論調査では、原子力発電所の建設支持が過去最高の75％に達しています。ポーランドには現時点では既設炉はありません。１９８０年代には旧ソ連型原子炉を導入する計画がありましたが、チョルノービリ事故を契機に中止になっています。国家エネルギー政策２０４０には原子力発電所の新設が明記されており、１００万─１５０万ｋＷ規模の初号機は33年の運開が予定されていて、43年までに最大６基（６００万─９００万ｋＷ）が運開する計画になっています。 炉型としては、米国のＡＰ１０００、フランスのＥＰＲおよび韓国のＡＰＲ１４００から選定される予定です。さらには小型モジュール炉（ＳＭＲ）にも関心を持っていて、米国ニュースケール社製あるいはＧＥ日立製のＳＭＲの初号機を早ければ29年に運開させる計画を持っています。高温ガス炉の導入も検討して、日本原子力研究開発機構（ＪＡＥＡ）が技術協力しています。 エネルギーの多様化・ロシア依存引下げが最重要課題 ──ウクライナ侵攻の影響は？ 壹岐 ポーランドは冷戦下でソ連と同盟関係にありましたが、国がドイツとソ連のあいだで分割された歴史を経験しており、非常に強いロシアへの不信感を抱えてきました。近年では２００６年と09年にロシアからのパイプラインガスの供給が低下したことがありましたし、14年のクリミア編入を契機にウクライナの隣接国であるポーランドとしては、エネルギーの多様化・ロシア依存引き下げをエネルギー政策上の重要課題と位置付けています。「国家エネルギー戦略２０４０」では第４の柱として「エネルギーの主権」を追加して、22年末までのロシア産エネルギー資源からの完全独立をめざすと表明しました。さらには15年に運開したシフィノウイシチェＬＮＧ基地（50億立方メートル）を23年末までに年間83億立法メートルまで拡張する計画があるほか、ＦＳＲＵ２隻も計画中です。 ポーランドは、22年５月にロシアからヤマルパイプラインを経由して天然ガスを購入する契約を終了しました。一方で、ノルウェーからデンマーク経由で天然ガスを輸送するパイプライン（Baltic Pipe）が22年10月に運開しています。また、ウクライナ支援のためにウクライナ向け送電線の拡張を行う計画も表明しています。 エネルギー価格高騰への対応としては、家庭用のエネルギー支援策の一環で、暖房用に石炭・コークスなどを使用する家庭用需要家に石炭手当として３０００ズロチ（約８万７０００円）を支給しています。また、23年の電気料金については年間使用料を２０００ｋＷｈまで従前の水準で固定する規定も設けています。 ◆ノルウェー ノルウェーの自給率は７５９％ ──北欧のノルウェーについてはどうでしょうか。 壹岐 ノルウェーはＥＵ加盟国ではありませんが、ロシアの西ヨーロッパ向けのエネルギー供給のポジションが大幅に下がっていく中で期待を集める国です。ノルウェーはエネルギー供給面で特異な国です。まず自給率が７５９％、要するに国内で消費する量の７倍近くを国外に輸出しています（表５）。なぜそんなことが可能なのかと言えば、ノルウェー北海に豊富な石油・ガス資源があるからです。さらに国内では一次エネルギー消費構成の66％を水力が占めています。山間部の多い地形に加えて、気候が寒いので降雪量も多いために豊富な水力資源があるということです。原子力はありません。こうした背景からロシアへの依存度は、非常に低くなっています。国内に供給される電力の発電源構成を見ると、化石燃料がほとんどなくて、原子力もない。水力に88％を頼っています。 ──資源価格に左右されない水力が主力だと電力価格は安く抑えることができますね。 壹岐 ところが、２０２１年の卸電力価格は前年比で約５倍になっているのです。前年のパンデミックによる需要低下と価格下落の反動もありますが、21年の秋以降ノルウェーのダムの貯水率が記録的な低水準になったためです。今まで水力発電で生産した電力をイギリスなどヨーロッパ各国に国際送電線を通じて送電していましたが、このエネルギー危機の中でノルウェー政府は、貯水率が著しく低下した際には電力輸出を制限する仕組みを計画していることを示唆しました。これに対して北欧諸国の系統運用者らは一斉に反発します。また、イギリスでは危機感から冬に計画停電が必要になるのではないか、といったリスクまでが報じられていました。幸いにして22年の後半には状況は概ね回復し、危機を脱することができましたが、今年の１月にノルウェー政府は「電力安定供給統制メカニズム」を導入することを発表しました。これには、国内で深刻な電力供給リスクが顕在化した場合、最終的に近隣諸国への電力輸出を制限することを可能とする仕組みが盛り込まれています。 またノルウェーは、気候変動対策および再エネ開発目標については、ＥＵ目標と対応した高い目標を設定しています。洋上風力についても積極的で、新たな雇用・産業創出を主な目的としてその技術開発も促進しており、ノルウェー沖合の二つの海域で合計４５０万ｋＷの洋上風力開発を計画しています。 ──ウクライナ戦争の影響は？ 壹岐 昨年９月にロシアからドイツへ天然ガスを結ぶノル ドストリーム１、完成はしているが使われていなかったノルドストリーム２、これらを合わせて４本のパイプラインがありますが、そのうち３本が何者かによって爆破され使用不能になるという事件が起きました。さらにはノルウェーの領海で国籍不明のドローンが偵察飛行を行っているという情報が昨年秋に報道されました。今ＮＡＴＯとノルウェー、周辺諸国の軍はこの北海、バルト海におけるエネルギー安全保障に非常に強い関心を示しています。 欧州へのエネルギー供給においてロシアが退潮になるなか、資源が豊富なノルウェーの重要性が高まっています。 ＥＵの包括的政策「REPower EU」でも化石燃料のロシア依存低減を目的として、ノルウェーからのパイプラインによる天然ガス調達を拡大する方針が示されています。これを受けてノルウェーも「欧州への天然ガス及び石油の安定的な供給国であり続ける」と表明して、国内ガス田での生産拡大を国内事業者に許可したり、英独への輸出を増やしたりしています。 22年には対欧州向けパイプラインガス、ＬＮＧ輸出は対前年比で増加しています。ポーランドの箇所でも紹介しましたが、ノルウェーとポーランドを結ぶパイプライン（Baltic Pipe）が運開しています。ノルウェーからベルギー、オランダ、ドイツ、フランス、イギリスなどにもガスがパイプライン経由で供給されています。欧州の中でもイギリスは特にノルウェーへの依存度が高くて、イギリスのガス輸入の55％、電力輸入の約３割を占めています。昨年６月、イギリスのエネルギー大手セントリカはノルウェーの石油会社エクイノールと天然ガス追加調達契約を締結しています。またドイツとノルウェーは今年１月５日、水素や洋上風力などのグリーンエネルギー分野での協力に関する共同宣言に署名しました。３月にはストーレ首相が、ノルウェー訪問中の欧州委フォンデアライエン委員長らに、欧州へのガス供給について現行水準を維持することを伝えています。 ◆アメリカ アメリカはＳＭＲや革新炉に積極的な態度 ──アメリカの動向はいかがでしょうか。 壹岐 ロシアと地続きの欧州がエネルギー危機の震源地になったわけですが、アメリカはそうした欧州諸国やＮＡＴＯ加盟国に対して協力する責任を負っている国です。アメリカのエネルギー供給の姿を見ると（表６）、２０２０年は自給率が１０６％あります。国内で消費する量よりも供給のほうが多くなっているので、エネルギー輸出国です。アメリカ自体がすでに原油・天然ガスの世界最大の産出国になっていて、近年ではＬＮＧ輸出も増加しています。ロシアへの依存度はほとんどありません。21年の一次エネルギー消費構成は、石炭11・４％、石油38％、ガス32％という具合に化石燃料が多くを占めています。また22年の電力供給構成で見ると、天然ガス火力が39％と高く、原子力は18％程度、水力６％、再生可能エネルギーが16％です。つまり、ＣＯ２を排出しないクリーンエネルギーの比率が40％程度と比較的高いという特徴があります。 まず、アメリカの原子力政策・開発についてご説明します。原子炉数は世界最多の92基（約９４７２万ｋＷ）を保有し、原子力発電量比率は近年概ね20％を若干下回る程度です。昨年５月の世論調査では原子力支持が77％と過去最高に達しました。この４月のホットニュースですが、アメリカの原子力としては30年ぶりの新規計画で、ジョージア州で２０１２年から建設されてきたボーグル３、４号機（サザン社、１１０万ｋＷ×２基）のうち３号機が４月１日から送電を開始し、５月、６月にかけて営業運転を始めることになっています。これはアメリカのウェスティングハウス社が開発したＡＰ１０００と呼ばれる第３世代炉です。４号機も建設がほぼ完成していて、今年の第４四半期に運開する予定です。 また米国は既設大型炉に比べ固有安全性、プロジェクトリスク管理などを向上させた小型モジュール炉（ＳＭＲ）および先進型原子炉の開発についても積極的です。代表的なのはニュースケール社製のＳＭＲであり、原子力規制委員会が昨年７月に設計認証を発給するように指示を出していて29年に運転開始をめざすとしています。先進型原子炉では、ビル・ゲイツ率いるテラパワー社がナトリウム冷却高速炉（34・５万ｋＷ）をワイオミング州で、Ｘエナジー社が高温ガス炉（８万ｋＷ×４）をワシントン州で開発しようとしています。それぞれ28年頃の実証運転開始をめざしています。 ただし既設の原子炉については、卸電力価格の低下にともなって経済性の悪化した原子力発電所が相次いで閉鎖されています。これに対して、低炭素電源を長く利用し続けるために、ニューヨーク州、イリノイ州などの州政府が原子力発電所の炭素ゼロの価値を見直して、これらのプラントに補助金を出すといった政策を講じています。また、21年11月に成立した連邦法「インフラ投資・雇用法」においても、エネルギー省が「運転継続支援（Civil Nuclear Credit）プログラム」を創設して、経済的理由による既存原子炉の早期閉鎖を回避することを目的に４年間で総額60億ドル規模の財政支援を計画しています。その初回の認定炉にはカリフォルニア州のディアブロキャニオン１、２号機が選定されました。アメリカの原子力発電のもう一つの特徴としては、92基のうち84基が60年運転可能であることです。２回目の運転認可更新によって６基が80年運転のライセンスを取得済み、または追加対応中です。 ──アメリカの気候変動対策は？ 壹岐 思い起こせばトランプ政権の時は「Make America Great Again」という標語のもとに、従来のアメリカ経済を支えてきた石油・石炭産業を支持するなど、どちらかと言えば、気候変動対策には消極的な姿勢が目立ち、パリ協定からも離脱したわけです。21年１月に発足したバイデン政権は、前トランプ政権の政策を１８０度転換して30年までに温室効果ガスを２００５年比で50─52％削減して、社会全体の排出量を50年までにネットゼロとすることを公約にしました。電力部門についても35年までにネットゼロを目標としています。政権獲得後、即座にパリ協定に復帰して、クリーンエネルギーの拡大を加速させて、強力な気候変動政策の推進を指向しています。 一方で、石油・天然ガスを含む化石燃料については将来への不確実性が高まりました。20年にはパンデミックによってエネルギー需要が激減したこともあり、石油・ガス産業では生産拡大路線から収益健全化、投資家の配当志向に気を配るなどの企業行動の変化が起きています。ロシアへの経済制裁にともなう国際エネルギー価格高騰も相まってガソリンがガロン当たり５ドルを超えるなどエネルギー価格の高騰が非常に大きな問題になりました。こうしたことを受けて、バイデン大統領も政策を若干見直し始めています。 バイデン大統領が成立させ重視している法律が二つあります。一つは21年11月に成立した「インフラ投資・雇用法」で、この中で今後の再生可能エネルギーの大量導入に備えて送電網の近代化と拡張、原子力を含むクリーンエネルギーの維持、クリーンエネルギーの開発と実証などに財政支援を実施することが決まりました。もう一つが昨年8月に成立した「インフレ抑制法」で、ここでは気候変動対策に過去最大規模となる10年間で３６９０億ドルの予算を充てて、再エネ、原子力、クリーン水素、ＣＣＳなどを対象にタックスクレジット（税制優遇制度）を拡大しました。既存の施策を含めて今後10年間で２００５年比40％程度の温室効果ガスの排出削減を見込んでいます。 一方で州政府の気候変動対策は一様ではなく、積極的な州、消極的な州が混在しています。ニューヨーク州やカリフォルニア州は気候変動対策に積極的で、トランプ政権時代のパリ協定からの離脱に独自に対抗して、州知事たちがパリ協定の目標順守をめざす気候連盟（U.S. Climate Alliance）を17年に設立しました。現在23州とプエルトリコが参加しています。 電力においては、ＥＳＧ投資（環境・社会・ガバナンスにおける課題の解決に資する投資）への圧力などから各社が独自に低炭素化、再エネ導入計画を推進しています。また天然ガスの価格優位性を背景に、オバマ政権下での環境規制の強化に端を発した石炭から天然ガスへの転換が一貫して継続しています。かつては石炭火力が高いシェアを占めていましたが、毎年のようにその比率を下げていて、この状況が続けば石炭火力は市場から淘汰されるのではないかと見られています。 再エネ電力（水力を除く）のうち風力が63％、太陽光が28％を占めています。２０２２年には水力を含めた再エネの比率が初めて石炭を上回っています。連邦大では統合的な再エネ導入目標はありませんが、インフレ抑制法により再エネの税制優遇が大幅拡大されています。また、洋上風力についても東部の各州で洋上風力からの電力調達義務やさまざまな支援制度を受けて洋上風力が進展しています。連邦政府は30年に３０００万ｋＷの導入目標を掲げていて、昨年９月にはそのうち浮体式洋上風力を35年までに１５００万ｋＷとする新目標が発表されました。また、最近では再エネの導入に合わせた送電線のダイナミックレーティングの導入やグリッドスケールの定地型蓄電池の導入が進展しています。 一方で太陽光などの再エネ、蓄電池に欠かせない重要鉱物資源などのサプライチェーンが中国に多く依存していることへの懸念が浮上したこともあり、バイデン政権として「インフラ投資・雇用法」のもと、これら資源の抽出・分離・精錬の実証施設設置に１億４０００万ドルを財政支援するほか、ＥＶ用電池製造に必要なリチウム、ニッケル、コバルトなどの鉱物資源を国防生産法の対象として国内生産・加工を支援するなどの取り組みを開始しています。 アメリカはロシアに原子燃料を依存している ──ウクライナ侵攻の影響は？ 壹岐 ２０２２年３月にロシアへの制裁措置としてロシア産の原油、石油製品、天然ガス、石炭などの輸入を禁止する大統領令を発表しました。米国の企業や投資家によるロシアのエネルギー産業への新規投資も禁止しました。ウクライナ侵攻前から高インフレやエネルギー価格の上昇は社会問題化していましたが、さらなる状況悪化が懸念されています。昨年の消費者物価指数は前年同月比で７─９％も上昇しましたが、なかでもエネルギーは約20％上昇しています。 また、国際的なＬＮＧ需要の拡大や発電用ガス需要の増加を背景に、天然ガス価格が高騰して電気料金の上昇につながり消費者を直撃しました。それを受けてバイデン政権は、低所得者向けの連邦支援制度であるエネルギーコストの一時金支援制度を強化し、22年度当初予算の45億ドルから83億へとほぼ倍増させています。エネルギー価格高騰へのその他の対応としては、22年３月に石油戦略備蓄から１億８千万バレルを市場に放出することを発表し、価格高騰の冷やし弾としました。今後のエネルギー自給率を高めるための政策としては、22年４月に連邦公有地における石油・ガス開発リース権販売計画を再開することを発表して、メキシコ湾岸（９月）、アラスカ・クック湾（11月）で入札を実施しています。一方で国際協力という面では、ロシア産ガス途絶に苦しむ欧州向けのＬＮＧ輸出が大幅に増加しました。欧州のＬＮＧ輸入増分の３分の２をアメリカが供給しています。石油製品輸出も過去最高になっています。 頭が痛いのは、アメリカもロシアに原子燃料を依存していることです。特に濃縮役務は、21年にロシアからの購入量が全体の28％を占めていて依存度が高くなっています。ロシアからの濃縮ウラン供給が中断すると国内の原子炉運転に支障を来す恐れもあることから、エネルギー省は既存炉向け濃縮ウラン、新型炉で使用される濃縮度５─20％のＨＡＬＥＵ燃料を安定供給するための戦略を検討中です。インフレ抑制法では７億ドルの支援を国内濃縮に振り向けています。 ◆中国 世界の原子力と再エネ分野を席巻する中国 ──最後に中国についてお願いします。 壹岐 これまで欧米の主要国についてお話ししてきましたが、最後にそれらとは別の位置付けにある中国を取り上げます。まず２０２１年の中国のエネルギー自給率は83％です（表７）。つまり国内の生産では賄い切れず、積極的に輸入を行っています。国内生産の中で特に多いのは石炭で67％を占めています。同年のロシアへの輸入依存度は石炭１・７％、石油10・１％、天然ガス３・６％とそれほど高くありません。中国とロシアのあいだでの天然ガスのやり取りは、２００９年にサハリン２から輸入が開始され、19年には「シベリアの力」というパイプラインによって中央アジア方面からのパイプラインから輸入が開始されています。22年の国内の電力供給構成を見ると、石炭が59％を占めていて非常に高いところに特徴があります。中国の発電電力量の規模は、アメリカの約２倍、日本の約８倍です。ＣＯ２の排出量で見ると、石炭火力の割合が高いこともあって他国に比べて排出原単位が高くなっています。 ──中国のこうした数字は信用できるのでしょうか？ 壹岐 中国は積極的にいろいろな数字を国際的に公表している国だと思います。ただし、自分たちにとって都合の悪い数字は出していないのではないかと思われる節もあります。例えば、ＣＯ２排出量の実数は２０１０年以降公表していません。 中国の原子力政策については、国内で原子炉数は53基、５５５６万ｋＷを運転していて23基を建設中です。運転中の発電設備容量は18年に日本を抜き、米仏に次ぐ第３位です。建設中の規模は世界１位です。このように世界第３位の位置付けにも関わらず、原子力発電電力量の全体に占める割合が４・８％と低いのは、いかに全体で化石燃料や再生可能エネルギーの量が多いかということの表れです。 中国が現在実施している第14次五カ年計画では、原子力について「安全確保を前提として沿海部での建設を着実に促進する」とされていて、25年末までに７０００万ｋＷを開発する目標になっています。現状で運転中の原子力発電所と建設中のものを含めると７０００万ｋＷを超えますので、この目標はほぼ達成できるのではないかと見ています。一時期、福島第一原子力発電所の事故後の２０１１年から18年は、新規サイト着工がなかったのですが、19年からは新規サイトあるいは増設プラントの着工が加速しています。気候変動問題への対応として、中国も重要な非化石電源である原子力に期待していることがわかります。 また、中国は原子炉の海外輸出にも積極的です。１９９０年代からパキスタンに中国の国産原子炉である泰山Ⅰ期と同型のＰＷＲ４基を建設しました。２０１５年には第３世代炉にあたる華龍１号型をカラチ原発２、３号として建設してこれらは22年までに運開しています。また中国の原子力企業はフランスの電力大手ＥＤＦと合弁でイギリスのブラッドウェルＢ原発２基の建設プロジェクトを推進しています。そのほかにも東南アジア、東欧、南米、南アなどで海外事業を展開するなど、中国はロシアと並んで今世界で最も海外進出活動が活発な国です。 ──気候変動対策については？ 壹岐 習近平主席は２０２０年９月に「２０３０年より前のＣＯ２排出量ピークアウト、２０６０年より前のカーボンニュートラル実現」を国連総会で表明しています。これを「３０６０目標」と呼んでいます。また同年12月、習主席は世界気候サミットにおいて「２０３０年のＣＯ２排出原単位を２００５年比で65％以上削減」「２０３０年の風力・太陽光発電設備容量を12億ｋＷ以上」にする宣言を行いました。 21年３月策定の第14次五カ年計画（２０２１年から25年）ではエネルギー政策の方針について、①エネルギー供給チェーンの安定性・安全性の強化、②エネルギーのグリーン化・低炭素化転換の加速、③地域のエネルギー開発の最適化、④エネルギー産業の技術水準の向上、⑤市場の活用と管理制度の拡充、⑥新しい国際協力のあり方の構築──を挙げています。このうち①はまさにエネルギー安全保障のことです。同年６月には「再エネ十四・五計画」を発表して、大規模基地と分散型太陽光を推進する方針を示しています。 中国が再エネ政策に乗り出したのは、２００６年の第11次五カ年計画からで、それ以降風力・太陽光の本格導入が進展します。同じ年には再エネ法が施行されていて、一次エネに占める再エネ比率を20年に15％とする目標を決定しました。ちなみに20年現在では太陽光と風力を合わせて13・７％になっています。２０１０年には風力発電設備容量が世界首位になり、11年からの第12次五カ年計画で太陽光も急拡大して、16年からは風力・太陽光の新設容量が石炭を凌駕しました。ＦＩＴも導入されていましたが、段階的に引き下げられ、国家補助は打ち切りに向かっています。21年末の風力発電設備容量は３億２８７１万ｋＷ（13・８％）、太陽光の発電設備容量は３億６５４万ｋＷ（12・９％）になっています。22年には太陽光（３億９２１６万ｋＷ）が風力（３億６５４４万ｋＷ）を抜いています。最近では屋根設置型の太陽光パネルが急増しているほか、洋上風力も急増し21年に累計２６３９万ｋＷを超えて世界最大規模（世界シェア47％）になっています。 ──再エネ領域でもすさまじい規模ですね。 壹岐 それでもなお２０３０年12億ｋＷを達成するには、新増設ペースの一段の加速が必要です。発電地と需要地を結ぶ送電線建設、出力変動への対応など多くの課題を抱えています。出力変動対応面では、揚水発電や蓄電池など電力貯蔵設備の整備促進が重点政策になっています。21年９月には２０３０年までに揚水発電を１・２億ｋＷ運開とする開発計画を策定しました。中国は揚水発電でも日本を抜いて世界１位になっています。21年７月、２０２０年末時点で３２７万ｋＷだった新型電力貯蔵設備（蓄電池）を25年までに３０００万ｋＷ超とする導入目標も提示しました。またＥＶをはじめ新エネルギー車の市場も急速に拡大していて21年には新エネ車販売台数が全体の13・４％（３５２万台）を占めています。22年１月から６月には２６０万台と24％に加速しています。これは世界シェアの６割に当たります。 中東における中国の存在感が高まっている ──ウクライナ侵攻の影響は？ 壹岐 ２０２１年３月の第14次五カ年計画では、新たに「国家経済安全保障の強化」が打ち出され、エネルギーを食糧、金融とともに重点分野に据えました。エネルギー安全保障の強化の柱は自給能力を高めることです。具体的には、石油・天然ガスの国内生産増強、石油・天然ガス・石炭の備蓄拡大、緊急時対応システムによる電力供給保障の強化、サイバーセキュリティ防護の強化、石油・天然ガスの輸入先の多様化・人民元決済の導入などです。特にエネルギー安全保障の強化を重視する立場から、石炭・原油・天然ガス・再生可能エネルギーなどの国内生産能力の合計である「エネルギー総合生産能力」が新しい指標に据えられています。 ウクライナ危機後、中国は世界各国の石炭・原子力回帰などの動向も見ながら、国際的には地球環境対応での先走りを避け、「３０６０目標」関連政策のアピールがトーンダウンした印象を私は持っています。22年３月の政府活動報告においては、「石炭のクリーン・高効率利用を強化し、秩序立てて石炭消費を削減し、または新エネルギーに代替し、石炭火力発電ユニットの高効率化改造、フレキシブル運用に向けた改造、熱電併給改造を推進する。大型風力・太陽光発電基地および関連する調整電源の計画・開発を推進し」と具体的に記述していて、一定の条件を付した中で、豊富な国内資源である石炭利用を促進する意図がここに見えてきます。 22年10月、中国共産党大会で習近平主席は、「わが国のエネルギー賦存に立脚し、『確立が先・廃止は後』の方針を堅持し（中略）石炭のクリーン・高効率利用を強化し、新型エネルギー体型の計画・整備を急ぐ」と表明しました。22年の原油生産量は、16年以来の２億トン台を回復し、石炭生産量は45億トンで前年比９％増えています。天然ガス生産量は６・４％増でした。一方、価格高騰を受けて22年のＬＮＧ輸入量は前年比で19・５％減少しています。ただし、ロシアからのＬＮＧ輸入は44％増になっています。パイプライン経由の気体天然ガス輸入量は７・８％増でした。パイプラインガスをロシアからどのくらい輸入したのかは、よくわかっていません。 今年３月の全人代における「政府活動報告」では、エネルギー安全保障に関して「世界的なインフレがもたらす影響を前に、食糧とエネルギーを重点に安定供給・物価安定をはかった」とした上で、「石炭の主力エネルギー源としての役割を発揮させ、生産性の高い採炭設備を増やし、熱電併給企業への支援を強化し、エネルギーの安定供給を保障した」と言及しています。同じく国家発展改革委員会の「国民経済・社会発展計画案」でも「石炭の主力エネルギー源としての役割の強化」「発電・電力供給能力を向上させ、各種電源、とりわけ石炭火力発電など信頼できる供給力の開発を強化」とあります。明らかに石炭資源の有効活用、特に石炭火力を積極的に使っていくことが見えています。「３０６０目標」とどのように折り合いを付けていくのか、今後の見どころです。 その他のエネルギー安全保障に関わる動きとしては、中東における中国の存在感が高まっていることが気になっています。22年から23年にかけて、国有石油大手２社がカタールからのＬＮＧ輸入拡大の長期契約を締結しました。昨年12月には習近平首席がサウジアラビアを公式訪問してエネルギー関係を含む多数の協力協定を締結しています。今年２月にはイランのライーシー大統領を北京に国賓として招待し、３月にはサウジ・イランとの北京での協議も行われ、両国は２カ月以内に外交関係を回復することで合意しています。両国は２０１６年にサウジ国内でシーア派の指導者が処刑されたことを受けて、テヘランにあるサウジ大使館前で抗議デモが起きたことなどから、その後外交関係を断絶していましたが、今回中国が国交回復を取り持ったことになります。これらの背景に将来的な原油・天然ガス・水素確保も見据えた中国のエネルギー安全保障戦略も透けて見えるのではないかと私は考えています。 ──中国は温室効果ガスを大量に排出している国でもありますが、原子力でも再エネでも最先端の技術を擁して、それを普及させることで地球の環境問題に貢献していると言えなくもない。 壹岐 長期的なスパンで考えたときにロシアの存在感が薄れる世界は案外簡単に描けるところがありますが、中国のない世界は想像することもできません。必ずどこまでも付き合っていかなければならない。ロシアと中国を比較して見ると、中国はこの数十年のあいだで世界一流の製造業を持つ工業国に自国を育て上げた。しかも現在でもイノベーションが続けられていて、さまざまな最先端技術を生み出している。世界トップクラスの企業をいくつも輩出しています。一方このところのロシアでは、イノベーションが起きたという話を聞いたことがありません。プーチンは国内の石油、天然ガスといった豊富な資源の輸出をすることで得た利益で、海外の製品を購入し国内経済の浮上を図ろうという考え方です。国民生活を支えていくための産業技術力は育っていません。結局、化石燃料資源頼みのままではサステナブルな世の中を描くことは難しいと思うのです。 いま西側諸国は中国がロシアに対して軍事支援をするのではないかと心配していますが、もし中国がロシアに軍事支援をするのであれば、もうとっくにやっていてもおかしくないのではないか。西側はウクライナに対して軍事支援をしていますから、中国はむしろロシアに対して軍事支援をしないことを貫くことで、極めて独自のポジションを発揮できる可能性もあると思います。私はそんなことが気になっています。いずれにしても、中国の存在感は高まる一方だと思います。 電気事業は長期的視点での経営から逃れることはできない ──長く電気事業に携わって来られた立場から見て、今のエネルギー情勢をどのように感じていらっしゃいますか？ 壹岐 まず、今回の戦争ではＧ７やＥＵなど西洋諸国が行っている経済制裁やウクライナへの軍事支援に対抗して、ロシアが契約相手であるこれらの国に対しエネルギーを「武器」として供給削減に打って出ました。そしてロシアは、ウクライナの戦争継続意欲を削ぎ、社会混乱を招くために、冬を前にした特に昨年10月以降ウクライナのエネルギー・電力関連施設に対して繰り返し砲撃・爆撃を加えました。率直にこうした情報を目の当たりにして強いショックを受けました。 電気事業に長く携わった身としては、発電所や送配電施設への攻撃後、勇敢なウクライナ電力会社の作業員たちが復旧作業に赴き、生命を賭して供給を再開するために汗を流す姿が目に浮かびます。しかし、あろうことかロシアはそうした復旧作業にあたる作業員たちを標的にするために、初めの攻撃から時間をおいて同じ施設に波状攻撃を加えた、とも報じられています。エネルギーや電力は国民生活や経済活動に不可欠のものであり、その供給を維持し続けることは尊い仕事です。こうした野蛮な戦争行為を続けることは、長い間多くの国の人々に反ロシアの意識と深い傷を残すに違いない。世界有数のエネルギー資源を持つロシアが、今後どのように自国経済を支えようとするのか、その前途は非常に暗澹たるものになるような気がします。 今回の戦争は、世界のエネルギー地図を大きく変える可能性があります。ただ、事業者としてはこれまでも連綿とあらゆる困難な外部環境の変転と対峙し、その時々の国の政策変更や自らの事業戦略の見直しを図ることで発展をめざしてきました。一つはっきりしているのは、電気事業が長期的視点での経営から逃れることはできないことです。短期的な視点だけでは突然の環境変化の後に安定供給の維持可能性を担保できません。長期的にも安定供給を担保できるような電力市場の形成や電気事業の経営戦略が重要であると一層痛感しています。 聞き手：本誌 橋本淳一

ロシア・ウクライナ戦争が各国のエネルギー政策に与えた変化を検証する【壹岐 素巳】

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