大河内直彦

『公研』2023年6月号「対話」 地球46億年の歩みには未だに多くの謎が残っている。 海洋をご専門とする藤岡氏と同位体から地球環境の変動を研究する大河内氏に、過去の大規模な気候変動、地球の滅び方など地球の歩みとこれからについてお話しいただいた。 静岡大学客員教授 海洋機能利用部門部門長 藤岡 換太郎 大河内 直彦 ふじおか かんたろう：1946年京都生まれ。東京大学理学系大学院修士課程修了。理学博士。専門は地球科学。東京大学海洋研究所助手、海洋科学技術センター深海研究部研究主幹、グローバルオーシャンディベロップメント観測研究部部長、海洋研究開発機構特任上席研究員を歴任。「しんかい6500」に51回乗船し太平洋大西洋インド洋の三大洋潜航を達成。2021年4月より現職。著書に『見えない絶景 深海底巨大地形』『天変地異の地球学』。 おおこうち なおひこ：1966年京都生まれ。東京大学大学院博士課程修了。 京都大学特別研究員、北海道大学助手、米国ウッズホール海洋研究所などを経て、2020年より現職。著書に『チェンジング・ブルー─気候変動の謎に迫る─』『「地球のからくり」に挑む』『地球の履歴書』など。 いいサンプルが謎を解く 藤岡 本日は大河内さんと「地球の歴史の見つめ方」をテーマにお話ししていこうと思います。私はこれまでずっと海洋の研究をしてきました。主に海の底やプレートについてなど、海洋に関することすべてです。そこからどんどん範囲が広がり、今は地球科学全般の専門書を執筆したりしています。大河内さんは私が東大の助手をしていた時の研究室で学生だったということもあり、改めてゆっくりお話できることを楽しみにしていました。 大河内 よろしくお願いします。私はもともと化学分析を基に地球の昔の環境を復元するということをやっていました。現在は炭素や窒素の同位体の天然存在比を正確に測定する技術を発展させ、地球科学や生物学などの周辺分野に応用し、自然界で起きた事象を読み解くということをしています。 日々の研究で少しずつ新しい発見はありますが、地球の歴史となると過去１０００年ですらまだ解明できていないことが多く残っています。１万年、１億年でも謎が多いのに46億年となると今でもわからないことだらけです。 藤岡 想像に頼らざるを得ない部分が多いですね。 やはり少しでも過去を知るためには、まずはサンプルを採らなくてはどうにもなりません。サンプルがないと分析もできないからです。これは地質学の分野で、サンプルを採取するためには、まず地質調査をする必要があります。地層や岩石がむき出しになっている「露頭」で、どちらが新しくどちらが古いか、どういう性質の岩石、つまり火山岩なのか堆積岩なのか、そういうことを一つひとつ丁寧に調べます。 例えば、イタリアのグッビオには１０００メートルほどの厚さがある地層を見ることができます。そこでは、６６００万年前頃から１億２０００年前頃まで順番に岩石を採取すれば、その地層の時代に何がおこったのか解明する材料になります。 大河内 あそこは白亜紀の地質の天国ですね。 藤岡 さらに化石があるとその地層の相対的な年代もわかります。これ以外に化石に含まれる放射性同位体による年代の測定があります。これは大河内さんがやっていることと似ていますが、同位体の中には放射能を出す放射性同位体があり、これは時間が経つにつれて放射能を出しながら別の元素に変化していくという特徴があります。この放射能の減少量から、どのくらい昔のものかを算出するのです。この放射能が半分に減少するまでにかかる時間を「半減期」と呼びます。例えば、炭素の同位体だと６万年前くらいまでしか測定できませんが、ウランの同位体を使った、ウラン・鉛年代測定法は半減期が46億年なので、かなり昔まで測定が可能です。その他にも、カリウム─アルゴン法と言った、12億５０００万年前くらいまで測ることができる方法など、元素の種類によって細かな年代測定が可能になります。 大河内 地層の重なりを丁寧に調べるには技術も必要ですね。 藤岡 地層からサンプルを採るために、陸上の調査ではひたすら歩いて露頭を探します。岩が出ているところは全部スケッチする。あとは、地質図の作成です。ここには断層があってここには褶曲があってというように、表土の下にどんな石や地層がどのように分布しているのか地質図に記します。地質図は今後の様々な調査に活用されるため、とても重要です。 一方で、海の世界は昔のことを知るには限界があります。海の堆積物は１億数千万年前、古くても２億年前までのものしか残っていません。古い海底の地層は、海洋プレートの動きによって地球の内部に沈み込み消滅してしまいます。なので、地球の昔の姿を知るには陸上を調べるしかないのです。 大河内 やはり陸上からいいサンプルを採ってくるのが第一。私の登場はその後の分析からです。 同位体で過去の環境を解明 藤岡 大河内さんのやり方は特殊ですよね。 大河内 そうですね。元素は１００いくつあって、同位体まで含めると何百とあります。それを、何を知りたいか、それをするためにはどの同位体を測定すればいいのかなど、目的に応じて使い分けるのですが、その研究の全体のデザインも含めて私はやっています。なので、結局一人ではできなくて、サンプルを採ってくる人、そのサンプルを正確に測定する人、方向性を示すとなど、分業をして研究を進める必要があります。 藤岡 個人的にはそれはあまりよくないと思うんだけども（笑）。と言うのも、このサンプルの採り方というのはすごく重要で、意味のないサンプルを採取し分析をしてもムダです。採取する人に、このサンプルはこういうことを解明するために必要だというクリティカルな思考が必要です。サンプルの採取から分析まで一貫して自分一人でできればいいのですが、そういう研究者は多分ほとんどいません。 大河内 両方に手をつけると結局どっちつかずになってしまいますからね。やはりみんなで分業するしかないです。 藤岡 同位体の分析はかなり繊細な技術を必要としますから、仕方がないことなのかもしれない。 大河内 そうですね。同位体といっても測定の難易度はピンからキリまであります。例えば、私はサンプル中に含まれている特定の有機化合物を取り出して、その炭素や窒素、硫黄などの同位体比を測定するのですが、ものすごい少量しか採取できないので、難易度が高いです。単位がピコグラム（１グラムの１兆分の１の重さを表す単位）や、最近だとフェムトグラム（１グラムの１０００兆分の１の重さを表す単位）の世界です。そうなると、測定する機械を新しくつくるところからのスタートです。 藤岡 それを全部自分でやっているの？ それはすごいですね。 大河内 そうですね。ないものはつくるしかないので。私の所属するＪＡＭＳＴＥＣは、いま世界で一番いろいろなものを測定できるんですよ。 藤岡 誰も測れないものを測れるようにしているということですね。 大河内 最近だと、20種類に分けたアミノ酸の窒素の同位体を測ることによって、ネアンデルタール人が何を食べていたのかがわかるという方法を確立しました。これも、魚類学者の方々や古生物の研究者の方たちなどと協力して研究しています。 ──その方法を使えばどんな昔の生き物でも何を食べていたか知ることができるのですか？ 大河内 原理的には可能です。ただ、昔のものであればあるほど分解が進んでいて測定できるものが少なくなってしまいますし、長年地層の中に保存されている間に付け加わる物質も多くなるので、何を測っているのかわからなくなってきてしまいます。例えば、アンモナイトの貝殻に残っていたアミノ酸を取り出して測定しましたが、発表できるようなものではなかったです。 藤岡 時代によって生えていた植物も違うし、食べられていた生き物も変わりますからね。 大河内 それもそうなのですが、生物の代謝のプロセスというのはとても保守的なので実は昔からあまり変化はありません。変わらないからこそ、どれだけ昔でも遡ることが仕組み上は可能です。例えば、植物の光合成の代謝も30億年同じプロセスです。しかし、さすがに１億年ほど遡るとなると、いくら原理上は可能だとしても、当時の物質の残りも悪くなってしまうので、測るのは難しい。やはり藤岡さんがおっしゃるように、特に歴史科学、時間軸が関係するサイエンスはいいサンプルをいかに採ってくるかが重要です。 藤岡 あたりまえですが、すごく質のいいサンプルが手に入れば、正確な年代測定や古い時代の環境を知ることができるということですね。 そういう意味だと、日本には先カンブリア時代などの大昔の地層はないので、研究するなら海外に行くしかない。場所によっては27億年の地層とかもありますが、日本列島が形成されたのが６億年ほど前ですから、それ以前の地層を研究するなら中国やロシアに行く必要があるのでサンプルを採るだけで大変です。 恐竜の発掘は別の意味で大変です。あれは資金面での心配が多い。地質屋だと石１個採ってくればいい話ですが、恐竜はまるまる１頭掘り出さないといけませんから。 大河内 たくさんのボランティアも必要だから大変ですよね。スポンサーがつく人もいますが、滞在費から何から何まで自分で負担しないといけません。それを数年単位で続けるのは簡単なことではありません。 同じような発掘の仕事でも考古学だと遺跡を掘ることは非常に大変なことだと聞きます。 藤岡 エジプトのピラミッドの調査に行ったことがありますが、あれはかなりの数のスポンサーがついていましたね。クフ王のピラミッドにある謎の部屋が超音波で発見されて、そこにフランスの調査隊がボーリングをしたのですが、その部屋いっぱいに鳴き砂がつまっていました。鳴き砂とは花崗岩が風化して砂になったもので、海岸に分布します。しかし、ピラミッドの周りには海が無いので鳴き砂は全くありません。あるのは一番近くてもシナイ半島か、ずっと奥のスーダンです。なぜそんなところ（王妃の間）に鳴き砂があったのかを調査に行きました。実は、ギザのピラミッドが建てられた約６０００年前はギザ周辺は海岸の地域で、そこにあった鳴き砂を使ったのではないかという仮説を立てました。スフィンクスも石灰岩でできていて、この地域が海の近くだったことを示しています。 大河内 藤岡さんは陸だけでなく海での調査もかなり多いですよね。藤岡さんほど船に乗った人はいないのではないですか？ 「しんかい２０００」や「しんかい６５００」などの有人潜水調査船の乗船回数もすごいです。 藤岡 「しんかい６５００」には51回乗りました。この記録は破られることはないんじゃないですかね。 大河内 深海の世界はまだまだ謎が多い。 藤岡 そうなんです。ポイントは深海底は陸上の環境は直接反映されないという点です。メキシコのユカタン半島付近に直径約10キロメートルの巨大隕石が衝突して恐竜などの大量絶滅がおきたというＫ─Ｐｇ（白亜紀─第三紀）境界でも、陸上の恐竜の卵は運よく残り、その後卵が孵化し生き残った可能性があるという説を北海道大学の小林快次さんが出すなど、陸上ですら影響がすくなく生き残った種もいる可能性があります。なので、深海底はもっと影響が少なったのではないでしょうか。我々が知りもしないような生き物が深海にはたくさんいると思います。 大河内 そういう意味でも、海には重要なヒントがありますね。 過去に何度もおきた大規模な環境変動 藤岡 今日、大河内さんに聞きたかったのが過去におきた大規模な気候変動の原因についてです。現在は異常気象が叫ばれていますが、地球の歴史を振り返ると「全球凍結」や「海洋無酸素事変」など大きな異常気象が何度もおきています。全球凍結は、約22億年前に地球の表面がほぼ全部凍りついてしまった地球史上最大と言われる環境変動で、これを説明するにはＣＯ２やメタンなどの温室効果ガスがなくなってしまえばいいわけですが、大河内さんはどう考えますか？ 大河内 僕の個人的な見解ですが、全球凍結がおきたと明言するのは難しいと感じています。全球凍結が本当におきたというエビデンスの一つは、大まかに言うと赤道付近に氷河が運んできた氷河堆積物が発見されたので、気温が高いとされる赤道付近が凍っていたのならその他の地域も全部凍っていたであろうというものです。この仮説はさらなる研究を行うための作業仮説としてはいいのですが、みんなが信じるような話かと言えばそのレベルには全く達していないのではないかと私は思うのです。 藤岡 なるほど。特定の地域だけが凍ってしまうのは、不思議ではないですよね？ 大河内 それは当然あり得る話です。カナダのヒューロニアン累層群でも同じような氷河堆積物が見つかっています。私はヒューロニアンの研究に携わったこともありますが、まだ作業仮説ではないかと感じてしまいます。と言うのも、凄く特殊な例ですが現在でも赤道から３００キロメートルに位置するキリマンジャロの頂上には氷河があって、そこでは氷河があったことを示すような地層が現在でもつくり出されています。見つかった赤道付近の氷河堆積物もキリマンジャロのような事例かもしれません。 藤岡 なるほど。それはそうかもしれない。 大河内 いや、私はいつもうがった見方をするので、何とも言えませんが。 藤岡 いやいや、私も気になっていたのが、もし全球凍結が起きていたのなら同時期の地層にもっと同じ証拠が残っていてもいいのではないかと。これに関して私は疑いを持っていたわけではありませんが、今の大河内さんの話を聞いてまさにそうかもしれないと思いました。 ただ、海底に全く酸素がなくなったとされる海洋無酸素事変に関しては大河内さんのご専門なので、要因についていろいろ聞きたいと思っています。そもそも海洋無酸素事変とは地殻変動や火山活動により大量に放出されたＣＯ２によって地球全体の気温が上昇し、海水温も上昇します。そうすると極地では海水が深層に流れる巡回が阻害されるので、海底に酸素が届かず無酸素になってしまうというものです。 大河内 海洋無酸素事変は名前に「無酸素」と入っていますが、厳密には無酸素というより、黒色頁岩が溜まった時代として定義されます。写真で見ると真っ黒の地層があります（写真1）。 藤岡 かなり厚い層ですね。 大河内 この写真はカリフォルニアのフランシスカン層群のものです。この真っ黒の地層は１億２０００万年前のもので、ここには有機物がぎっしり詰まっています。地面を掘っていき９４００万年前と１億２０００万年前に達すると、必ずこの真っ黒の地層が出てきます。有機物は通常腐ってなくなってしまうものですが、なぜここに１億年前の有機物が大量に残っているのか。おかしな話ですよね。この不可思議な地層を説明するとりあえずの答えとして「海が無酸素になって有機物が腐らなくなった」という説が立てられました。この海洋無酸素事変は過去の地球で複数回おきていると言われています。 しかし、酸素がなくてもバクテリアが有機物を分解するので、腐ります。なので、酸素がなかったからといって１億年もの間にわたって有機物が、つまりヘドロがヘドロのままで存在していること自体おかしなことなのです。 藤岡 そうなると、なぜOceanic Anoxic Events（海洋無酸素事変）という名前をつけたのですかね。 大河内 非常に誤解を招く名前だと思いますね。有機物が残っている原因は海に酸素がなくなったからではないですが、結果的に酸素はなくなっているのでこの名前が間違っているわけではありません。とはいえ、１億年も有機物が分解されていないこの地層には、未だに多くの謎が残っています。 藤岡 実際に海洋無酸素事変の時代には、海の生き物が大量に絶滅しています。しかし、地球史上でこれまで起きた５回の大量絶滅と海洋無酸素事変は必ずしも一致していません。 プルームの上昇が大量絶滅の原因に 大河内 ５回のうち一番大きい絶滅はＰ─Ｔ境界ですね。約２億５０００万年前におきたペルム紀末の大絶滅で、地球上の90％の生き物が絶滅したと言われています。 藤岡 私個人の意見としては、このＰ─Ｔ境界時期は、２００万年も続いたシベリアの大規模な火山活動によって引き起こされたという説が可能性としては高いと考えています。 大河内 大量絶滅の引き金としての可能性は高いです。しかし、火山活動がどう作用して、最終的に大量絶滅に至ったのかという経緯を証明しようとしたらいきなり難しい話になりますね。 藤岡 私は引き金となったのはプルーム（マントル内部の上下方向の流れ。プレートの動きや大陸の移動など地球規模の動きを生み出す）ではないかと考えています。Ｐ─Ｔ境界の時期には、パンゲア大陸（ペルム紀から三畳紀にかけて存在したと言われる超大陸）を分裂させるほどの大きなプルームが、シベリアの大規模噴火だけでなくそこから少し南の場所でも噴火を引き起こしています。そうなると、とてつもない量のＣＯ２が放出されるわけですよね。これによって、海洋無酸素事変を含んだＰ─Ｔ境界という大量絶滅が起きたのではないかと考えます。 大河内 地球史を見渡すと、大規模な火山がプルームによって噴火することが時々おこってきました。白亜紀、１億２０００万年前に海洋無酸素事変がおきた時、つまりは黒色頁岩の地層からも、マントルの中だけに知られる特殊な同位体組成を持つオスミウムという元素が検出されています。これは、マントルが上昇するマントルプルームがやってきて、噴火をおこして地表の環境に影響を及ぼしたという印です。 藤岡 さらに不思議なのが、このプルームの上昇は地磁気が逆転していない時期と重なっている点です。実は地球の地磁気は数十万年単位で定期的に逆転しています。現在の地球は磁石のＮ極は北を向きますが、70万年前はＳ極を向いていました。ところが、地球の歴史上で３回ほど約１０００万年もの期間、地磁気がまったく逆転しない時期がありました。この時期には海洋無酸素事変だけでなく、超巨大海台（大量のマグマが海底に溜まり陸地に海水が流れ込むことによってできた巨大な海）も形成されています。 大河内 この地磁気が逆転しない時期に、地球上で解明されていないいろいろなことが詰まっているんですよね。しかし、それがどのように地球の謎に関係しているかは未だに多くの議論がおきていて、きちんと解明されていません。 地球の変化を複数軸で見る ──近年の異常気象は地球の長い歴史からどう見ますか？ 大河内 これまでの話からもわかるように、地球の歴史ではとてつもなく大規模な環境変動が数多く起きています。今の状況は人間の活動から見ると異常ですが、地球の長い歴史から見るとほんの少しの揺らぎ程度のものと捉えることもできます。 藤岡 私は、地球には大きな変化と小さな変化の両方があると考えています。例えば、３億年ぐらいのものすごい大きな時間軸の変化と、小さな時間軸での変化など、さまざまな周期をもった変化です。要するに、ラジオの局のように周波数の異なるものがいくつか存在するのです。この周期の違いは固体と液体と気体の、それぞれの粘性の違いから生まれます。固体はマントルをさします。液体だと海洋で、海の水は地球を１周するのに２０００年かかります。気体だと気象関係は１週間から、長くても１カ月です。このように粘性の違う事象が異なるスケールの出来事を生むのです。そして、複数の事象が重なってしまったときに、大規模な天変地異がおきてしまうという仮説を私は立てています。 小さい周期の事象には、約10万年周期で寒冷期と温暖期を繰り返しているというミランコビッチ・サイクルがあげられます。これは大河内さんのご専門ですね。 大河内 このミランコビッチ・サイクルとは、地球の公転軌道や自転軸の変化によって日射量が変化し、地球全体の平均気温にも影響をもたらすというものです。現在、太陽が地球に一番近い日は１月４日あたりです。直接太陽を見ることがあまりないので気づかないかもしれませんが、３％ほどサイズも大きくなりエネルギーも７％ほど増えます。北半球が冬の寒い時により多くのエネルギーをもらうので、寒い冬を緩和しています。それが２万年経つと、逆に夏の暑い時期に北半球に太陽が一番近くなります。これが２万年の周期です。この他に、地球が自転する軸がぶれて、太陽の周りを回る軌道が変化することで、４万年周期と10万年周期で日射量が変化するものがあります。そんな公転や自転の揺らぎが重なり合って10万年周期で寒冷期と温暖期を繰り返しているというのがミランコビッチ・サイクルです。このサイクルは、地球の歴史から見るとわりと短い周期のサイクルだと言えますね。 藤岡 そうですね。大きな周期のものと小さな周期のものが複数存在します。一つの軸だけで地球の変化を考えるのは不可能です。 おもしろいことにこれを発見したミランコビッチは獄中で、さらに手計算によってこの法則を見つけ出したんですよね。 大河内 ミルティン・ミランコビッチ（１８７９─１９５８）はセルビアの研究者です。彼は第一次世界大戦で捕虜になり、監禁生活の中で研究を続けました。もちろんコンピューターはないので、何万年前の地球と太陽の距離はこのくらいだというような計算を全部手計算で行いました。ミランコビッチ・サイクルは１９２０年から30年にかけて提唱されましたが当時は信じられておらず、１９７０年代になってようやく正しいということが証明されました。今では間違いないものとして確立しています。 藤岡 ただミランコビッチの理論が通用するのは、現在と同じような海陸部布の場合に限りますね。 大河内 そうですね。現在も内陸の群馬や埼玉は海側の横浜と比べると夏が暑いです。僕は横浜南部に住んでいますが、東京都内よりはいつも２度ほど気温が低いです。海と陸では同じ日射量でもそれに対する反応が全然違います。藤岡さんがおっしゃったように、陸と海がどこにあるのかという海陸分布は地球の気候を決めるのに非常に重要なファクターになっているのです。現在の大陸配置では北緯60度付近に陸地が多く、海が少ない。なので、気候変動が増幅されやすい緯度帯です。ミランコビッチはそこも踏まえて日射量をきちんと計算したのですね。 地球には環境を戻そうという力がある 藤岡 大河内さんは、気候変動は10万年に１度ほどの頻度で訪れると論じていますね。 大河内 ミランコビッチ理論による太陽放射の変動が背景となり、10万年で気候がシフトチェンジするんですよ。車のシフトを変えるように。地球の気候には安定解というものがあります。その解から少しズレたとしても、地球には元の環境に戻そうというフィードバックがかかるのです。 例えば、地球が安定している状況を、谷底にボールが置いてあって動いていない状態とします。そのボールを押すと弧を描くように左右に揺れますが、徐々にその揺れは小さくなって、最終的には谷底の安定した地点に戻ってきます。このボールを押す力がＣＯ２の増加だとすると、ある程度の力だったら谷の外には出て行かず、ＣＯ２を減らせばいずれ谷底に戻ってきます。なので、谷の中で揺れ動いているうちはまだなんとかなるのです。しかし、押す力が大きすぎて隣の谷にまでボールが行ってしまったら、もう二度と戻ってくることはできません。これを温暖化の問題に当てはめると、今はボールを押す力は山を越えない程度のものですが、これがどのくらいの力、つまりどのくらいのＣＯ２を排出しどれくらいの気温が上昇したら山を越えてしまうかはわかっていないということです。なので、いつかは山を越えてしまうのではないかと多くの人が警鐘を鳴らしています。 なぜなら、一度山を越えてしまうといろいろなものが大きく変化してしまうからです。例えば、グリーンランドや南極の氷の多くは溶けてしまうでしょう。そうなると、海面が大きく上昇します。グリーンランド氷床が全て溶けると５─６メートル、南極氷床が溶けると60メートルぐらい上昇する。すべてが海の底ですよね。 藤岡 何が山を越える最終的な基準となるのかがわかっていないのが難しいところです。 大河内 そうです。それがシミュレーションでわかればいいのですが、わからない。なので政治的には、その気温の上昇を１・５度や２度といった手探りで予想した数字にとりあえず設定しています。 地球の滅び方 藤岡 地球の未来やこの先の気候を想像するのは簡単なことではありません。しかし、地球の滅び方はわかっています。一つ目は巨大化した太陽にのみこまれるという終わり方です。太陽の中心部では水素が核融合をおこしてヘリウムに変化していて、その際に光と熱エネルギーを放出しているのですが、その水素が全部ヘリウムに変わってしまうと、次はヘリウムが核融合をおこしはじめます。そしてその影響で太陽が膨張し、赤色巨星になるのです。さらに太陽は軌道も大きくなるので水星をのみこみ、次に金星、そしてやがては地球の軌道にかかってくると予想されています。水素がヘリウムにすべて変化するのが50億年後と言われていて、それと同時に地球の終わりも始まるという考え方が一つ。 あとは、海がすべて無くなるという考えです。その要因の一つが、太陽が巨大化することにより温度が上昇し、海水が蒸発してしまうという予想です。もう一つが、水のもとになるＯＨ（水酸化物イオン）が地球の内部にすべて取り込まれてしまうという考えです。海洋プレートは地球の内部に潜り込むとき、海水も一緒に内部に取り込んでいます。そして、取り込まれた水のＯＨが実はマグマをつくるもとになっているのですが、内部のマントルが冷えてしまうとマグマは地上に上がってこないので、ＯＨも内部にとどまったままになってしまいます。もちろん、マグマとして出てくるときは火山をつくりそこから水蒸気も出ているので、海水は急激には減りませんが、長い視点で見るとやがて循環していたＯＨがすべて地球の中に入ってしまうのではないかという予想です。それが計算だと50億年後に訪れます。このどちらかですね。 大河内 他の星の終わり方を見れば、星の一生というのは大体決まっていますよね。50億年という時間スケールはほぼ間違いないです。そして、50億年後には人類が滅びていることは確実です。しかし人類の滅び方を考えるというのは、もはや哲学の領域なんじゃないですかね（笑）。答えを出すのは難しい。 一方で、人間が多すぎるという問題は確実に人類の絶滅に作用してくると思います。現在、人口は80億人に到達しましたが、地球上で生きていける限界が１００億程度と言われていますので。 藤岡 そうですね。どうしても食糧不足が課題になってしまう。 大河内 太陽が地球を照らすエネルギーのうち、植物に与えられるエネルギーは固定されています。植物が得られるエネルギーは限定されているのに、その扶養者である植物以外の生き物が増加し続けたらいつかはエネルギーが底をつきてしまいます。今はそんな状況になりかけているということです。 藤岡 地球の定員ということですね。 大河内 そうです。そうなると今の地球の定員はほとんど限界に近いです。先ほど１００億という数字を出しましたが、個体数よりもバイオマスで考えたほうがいいかもしれません。人類がいつ、どんな終わりを迎えるかは予想が難しいですが、人口の増加が負担になっていることは間違いないと思います。 （終）

地球の歴史の見つめ方【藤岡 換太郎】【大河内 直彦】

地球の歴史の見つめ方【藤岡換太郎】【大河内直彦】