戸田奈津子

『公研』2023年5月号「私の生き方」 映画字幕翻訳者 戸田 奈津子 とだ なつこ：１９３６年東京生まれ。津田塾大学英文科卒。『地獄の黙示録』（１９７９年）で本格的に字幕翻訳者としてデビュー。これまでに約１５００本の映画字幕を担当。洋画字幕翻訳の第一人者としての地位を確立。通訳者としても活躍。ハリウッドスターとの親交も厚い。著書に『字幕の中に人生』（白水社）、『KEEP ON DREAMING 戸田奈津子』（双葉社）等。 フィクションの世界に夢中になった幼少期 ──どのようなお子さんでしたか？ 戸田 フィクションが好きな子供でした。幼少期から周囲にある本を読み漁って妄想にふけっていました。その延長で映画の世界に魅了されたのです。映画って知らない世界を旅することです。フィクションの世界に入り、自分ならどうするかな？ と頭の中で遊ぶことが好きなのです。そういうことを好きな人はいっぱいいると思いますけど。 ──ご両親は？ 戸田 父は愛媛県の農家の生まれです。父の記憶は全くありません。と言うのも、父は私が生まれてから１年経った１９３７年に日華事変に出兵し、帰還しないまま亡くなってしまったのです。母は中流階級の家庭で、結婚するまで父親の仕事先だった韓国で暮らしていました。 父が亡くなってからは、二人で東京の母の実家に身を寄せていました。祖父は仕事でそこそこの役職に就いていたので、上流とは言えないまでもなかなか立派な家を持っていました。とは言っても母は働かねばならず、当時、母のように戦争で夫を失った女性たちを対象に、２年ほど勉強すると教師の資格がとれる東京女子高等師範学校（現在のお茶の水女子大学）の教育施設に母は入学しました。一緒に通えると都合がいいということで、私も同じ敷地内にある幼稚園に入り、幼稚園から高校までお茶の水女子大付属に通うことになりました。 ──母一人、子一人、どのような親子関係でしたか？ 戸田 いい距離間というか、クールというか……。母一人子一人でしたが、二人でべたべたすることはなかったです。あなたはあなた、私は私という関係でした。私が我が道を行く性格でしたから（笑）。 ──お互いに個を尊重し合っていたのですね。お母様から影響を受けたことは？ 戸田 言葉で何か教わったとかはありません。「こうしなさい」など、考えをぶつけ合うような親子ではありませんでした。しかし、夫が戦死して、これといった手に職がないのに娘を育て上げた苦労は見ていましたので、そこから学んだことは多いですね。 食い入るように観た外国映画たち ──映画好きはお母様の影響でしょうか？ 戸田 母はいわゆるパフォーミングアートが好きでした。戦後の焼け野原の中でもバレエやオペラが上演されるようになり、よく連れて行ってもらっていました。文字通り焼け野原の中です。戦後でも貝谷八百子さんのような有名なバレリーナの方がいました。当時の日本にはものがなかったので、衣装や背景も今と比べると正直言って貧しいもの。でも、私はそれまでそんな世界見たことがなかったので、すっかり魅了されました。 母は映画も好きだったので、小中学生のころは仕事帰りの母と待ち合わせをして、新宿などの、焼け跡の中のお粗末な映画館によく通いました。これが洋画との出会いです。『キュリー夫人』『カーネギー・ホール』『チャップリンの黄金狂時代』──。「こういう世界があるんだ……」と、食い入るように観ていました。１９４０年代から60年代は、素晴らしい映画との出会いがたくさんあった時代。戦後、娯楽が少なかった日本では皆が外国映画のファンでした。 ──魂を揺さぶられるような映画体験は？ 戸田 数え切れないほどあります。「好きな映画を１本あげてください」とよく聞かれますが私には選べません。１００本あげろと言われたら、何とかリストはつくれるかも。その日によって観たい映画や楽しめる映画って違うものではありませんか？ ──戸田さんにとっていい映画とは？ 戸田 心打つ映画です。エモーションを掻き立てる映画。悲劇、喜劇、なんでもいいのですが、感情が揺さぶられる作品に惹かれます。今もいい映画はつくられていますが、最近流行のアメコミが原作で、ＣＧ満載の作品には感情が動きません。アクションの連続で、めまぐるしく画面が変わり、そのあげく「この作品は何を伝えたかったの？」という疑問が残る。コンピューターでつくって、人が生きるということが何も描かれていない。これは「映画」のあるべきかたちとは思えません。 映画の中の言葉を学べるときめき ──英語は幼い頃から得意でしたか？ 戸田 英語を学び始めたのは中学に入ってからです。戦時中は英語が禁止されていたので、終戦後の中学生になってようやく英語の勉強が始まりました。すでに英語は大好きな映画の中で耳にしていたので、あの言葉を習うと思うと胸がときめきました。中学１年生の時の先生は退屈な発音記号ばかりで英語への興味もしぼみかけましたが、２年生の時の先生が英語への好奇心を掻き立ててくれました。毎回授業の最後に和文英訳の宿題を出してくださり、英語の文章をつくれるのが嬉しくて、頑張って挑戦しました。英語力をつける一つの道は文章を書くことです。頭で何となく理解していても、文字にすると間違いが的確にわかり、英語力に繋がるのです。 ──ご著書では、「大学生時代の思い出は白紙」と書かれていました。 戸田 熱心な生徒ではありませんでした（笑）。映画のおかげで英語が好きになり、英文科で伝統のある津田塾大学に進みました。でも場所が中央線の先の郊外だったので通学に時間がかかり、中央線沿いに映画館が幾つもあったので、「授業に出るより、映画館」となることが多かったのです。 また、この大学は学生の８割が地方出身で寮生活でした。私のような通学生はほんの一部で、友人をつくるのが難しかった。それに映画館通いが重なって、大学時代の友達はほとんどいないという結果になってしまいました。 ──授業はどうでしたか？ 戸田 記憶に残る授業は特になかったかなぁ……。 でも英文科の生徒が読むべき古典などはしっかり学びました。 二つの「好き」が重なる職業 ──大学生のころには字幕翻訳者になりたいと考えていたのですか？ 戸田 大学３年生の終わり頃になると、周りが就活をし始めます。当時の英文科の女子学生にはスチュワーデスなどの職業が人気でしたが、私は興味なし。卒業が目先に迫り、「自分の好きなことを職業にしたい」と初めて自分と向き合い、好きな映画と英語の両方を楽しめる仕事は字幕翻訳だ、というゴールを見出したのです。 しかしインターネットもない時代、この業界の情報はゼロです。唯一の手掛かりが映画の巻頭タイトルに出てくる字幕翻訳・清水俊二の名前のみ。藁にも縋る思いで清水先生に手紙を出してお会いすることはできましたが、先生は「字幕をやりたいとは困ったねぇ。難しい世界だから」とおっしゃり、よいお返事はもらえませんでした。もちろん、簡単な道ではないと覚悟していたので、それで諦めるつもりは一切ありませんでした。 夢を諦めなかった20年間 ──大学を卒業された後は？ 戸田 字幕翻訳者への道はそう甘くはないことがわかりましたが、食い扶持は繋がないといけません。そこで、周りが次々と就職を決める中、就職先を決めずにもたもたしている私に大学から「第一生命の社長秘書室に行かないか」とのお声がかかり、渡りに船で就職を決めました。社長宛の英文の手紙を扱う仕事でしたが、それも時々で極めて退屈。ダサい制服を着せられ、時間に拘束されることに耐えられなくて、結局１年半で退社。組織に合わない性格だと身に染みてわかり、以後、一切宮仕えはすまい、と誓いました。 会社を辞めてからはアルバイトの日々です。翻訳の仕事なら英訳、和訳、なんでもしますという態勢で、通信社の原稿を訳したり、広告代理店の資料を翻訳したりしていました。一つの仕事がまた別の仕事に繋がっていったので、食べていくことに苦労はしませんでした。もちろん、この間も夢は諦めていません。清水先生に年賀状で字幕への想いをさりげなくアピールしたりしていました（笑）。 大学を卒業して10年が経ち、配給会社から外国映画のシノプシス（あらすじ）づくりなど洋画界と繋がりのあるお仕事をようやく任されるようになりました。それからは字幕の仕事より先に未経験の通訳の仕事がきたり、徐々に単発で字幕の仕事が入ってきたり、プロの字幕翻訳者への歩みを一歩ずつ進める時期でした。 ──そして、フランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』（１９７９年）で、ついにプロの字幕翻訳者として認められたのですね。 戸田 この作品は最初から字幕翻訳を任されていたわけではありません。もともとはフィリピンの撮影現場に通訳として行ったことが始まりで、それがきっかけで監督が「彼女は現場で私の話を聞いていたから、字幕をやらせてみたらどうか」と言ってくださったのです。監督のこの「鶴の一声」は後から知ったのですが、公開前から話題沸騰の超大作だったので、責任感大で懸命に仕上げました。映画史に残る超大作を担当したことで業界からお墨付きをもらい、各配給会社から仕事をもらうようになったのです。この時点で字幕翻訳者への道を志して、すでに20年経っていました。 「自分の軸を持っていたら何でもできます」 ──20年という時間はあまりにも長く感じてしまいそうです。焦りはありませんでしたか？ 戸田 焦ったってしょうがないでしょう？ 焦ったら道は開けるのでしょうか？ そんな甘いものではありません。それで道を切り拓けるのなら、誰も苦労はしません。でも世の中ってそうではない。ブレない気持ちはひたすら持ち続けていたので、途中で別の道に行くなんてことは一度も考えたことはありませんでした。来るか来ないかわからないチャンスを待ち続け、振り向いたら20年経っていた、という実感です。 ──そこまでの覚悟を決めて突き進むことは中々できることではありません。 戸田 どうしてそれが不思議なの？ あなたにもできますよ。自分の軸をきちんと持っていたらできます。もちろんネガティブな面も考えておく必要があります。夢が叶わない場合の50％も覚悟しながら、夢を捨てない。その覚悟がなく、夢ばっかり追っていたら、挫折した時に立ち上がれなくなってしまいます。私は「たとえ夢が叶わなくても、最悪、ゴミをあさりながらでも飢え死にはしないだろう」と最低線の覚悟を決めていました。 ──字幕翻訳で食べていくには相当な覚悟が必要なのですね。 戸田 字幕翻訳に限らず、すべての道はそういうものです。狭き門という言葉がありますが、映画字幕の世界には門すらなかった。字幕を生業にしているごく少数の人たちが壁の内側にいて、どこにも入り口がありませんでした。今も状況は変わっていません。字幕を仕事にしたい人は沢山いますが、今もやはり壁があって、おいそれとは入れない。でもそれって需要と供給の原則から言って、当たり前なのです。劇場公開の洋画が年に何百本と日本に来ても、字幕翻訳者が10人もいれば成り立ってしまうのだから。そこに20人の翻訳者がいたら、当然、仕事をもらえない人が出ます。 ──映画１本当たりの単価が安いのでしょうか？ 戸田 ものすごく安いです（笑）。収入のことを考えるのならこの仕事は絶対にお薦めしません。年に１、２本では到底食べてはいけません。映画業界は外から見ると華やかな世界に見えますが、実際は火の車なのです。最近だと、『トップガン マーヴェリック』（２０２２年）がヒットしましたが、あそこまで稼ぐ作品は10年に１本あるかないか。ほとんどの映画は客足が伸びず、すぐ上映終了。宣伝費すら出ないなんてざらです。それが映画業界の実情です。 パズルを解くような魅力 ──字幕翻訳のどの部分に魅了されましたか？ 戸田 映画の字幕には厳しい字数制限があります。人が１秒間に読める文字はせいぜい３～４文字。１、２字増やしただけで字幕が読み切れなくなってしまいます。どれだけ名訳をしても、途中で画面から消えて読み切れなかったら意味がありません。その厳しい制約の中に言葉をはめていく。難しいけれど、パズルをするようなおもしろさはあります。 ──その字数にぴったりと合う長さの日本語を探す？ 戸田 そうです。短くて、しかも的確に意味を伝える日本語を探す。５文字で表すことを ２文字で表現できたら、３文字の余裕ができて、セリフの別の部分を訳せるかもしれない。パズルのピースがカチッとはまるような感覚ですね。 ──そのピースは戸田さんの中にあるのですか？ 戸田 もちろんです。私が単独作業で字幕をつくっているのですから。そのために必要なのは日本語の力です。英語がわかるというのは、この仕事では当たり前のスタートライン。 腕の見せ所は日本語なのです。実感として、重要度は日本語が８割・英語が２割だと思っています。日本語の勉強はたくさんの本を読むことが第一です。 あとは、新しい言葉に対して常にアンテナを張っておくこと。自分の知らない言葉に出会ったらメモを取る。最近の若者言葉も、字幕で使うかどうかは別として、念のためインプットしておく。語彙力がものを言う仕事ですから、貪欲に言葉を溜め込んでおくことが大事です。 入院中でも仕事 ──幅広いジャンルの映画をご担当されています。映画に出てくるさまざまな分野の専門用語を訳すのは大変なのでは？ 戸田 もちろん歴史映画なら、その歴史を調べないといけないし、『トップガン』のようにパイロットの話ならパイロット言葉を調べます。しかし、文献をじっくり読んだりして、時間をかけて調べることはできないのです。映画が来たら一週間で仕上げなくてはいけないのだから。ある日突然映画が届き、「明日から一週間で字幕をつけて」という流れです。事前に、どんな映画が来るかは基本的に一切わかりません。最後に専門家によるチェックを入れることもありますが、字幕は１００％一人でつくりあげます。仕事量がピークだったころは、週に１本、年間50本以上も担当していたことが何十年も続きました。もちろんたまには休みをとりましたが、睡眠以外は一日中机にかじりついて、仕事に追われ続けた毎日でした。 ──とてつもない仕事量ですね。身体にガタは来ませんでしたか？ 戸田 ありがたいことに、生来、丈夫な身体をもらい、それが一番ありがたい親からの財産だと思っています。おかげで締め切りに遅れたことは一度もありません。２、３年前に自宅近くの横断歩道でタクシーに撥ねられて、腕と腰の２カ所骨折しましたが、入院中もギプスをはめ、ＰＣを病院に持ち込んで仕事をしていました。そこまでの責任感を持って取り組むのが、仕事だと思っています。 ──そんな戸田さんですらスタンリー・キューブリック監督の『フルメタル・ジャケット』（１９８７年）の字幕翻訳は交代されました。 戸田 キューブリック監督はとてつもない完璧主義者で、字幕も意訳ではなく直訳を要求する監督でした。例えば、この作品には絶えず罵り言葉が出てくるのですが、「a sun of a bitch! 」をそのまま訳すと「メス犬の息子！」という意味になります。しかし、これをこのまま字幕にのせたら、日本語としてまったく馴染みがないので観客は混乱してしまいますし、字幕を読むのに追われて映画を楽しめなくなってしまいます。日本人の観念では「貴様！」という言葉を使えば、相手を罵倒する気持ちが表れると思うのですが、日本語を知らないキューブリックにはわかってもらえません。結局、話が行き詰まって、私はこの仕事を降りました。長いキャリアで、こういうことは、この一度だけでした。 字幕は必要悪とも言える存在 ──映画は全体を楽しむものだというのが戸田さんの考えなのですね。 戸田 当たり前でしょう。映画館に字幕を読みに行くのですか？ 字幕はそれがないとストーリーがわからなくなるので、仕方なく存在しているのです。必要悪とも言えます。現場で映画を製作している人は、画面に字が入るなんて誰一人考えていません。 映画は総合芸術です。音楽、映像、セリフあらゆるものが合わさって映画全体を楽しむ。そのためには、パッと見て理解できる字幕ではないといけません。視線が字幕に逸れてしまうと、そこで映像を追っている楽しみが途切れてしまいます。字幕を読むために、観ている人の意識が画面を離れたら、その字幕は落第です。 ──日本で上映される字幕映画も少なくなってきていますね。 戸田 もちろん。なぜなら今の若い人たちが字離れしているから。あまり本を読まないし、文章を早く読むこともできない。となると、吹き替え映画を耳で聞くほうがラクということになります。これは日本にとって由々しき事態です。字幕映画にお客さんが入らないという問題とは別次元の話で、文化の衰退とさえ言える憂うべきことです。 そもそも日本に字幕文化が根づいたのは、日本人の識字率が高かったからです。アテレコがなくても皆が字幕で外国映画を楽しんでいました。日本以外の国は、外国映画は吹き替えが主流です。現代の我々はスマホ依存で本はあまり読まないし、漢字は書けない。携帯で送り合っているのは、文章ではなくてメッセージです。10文字ぐらいのメッセージに絵文字がくっついている。あれで自分は文章が書けると思っているなら、それは恐るべき認識不足です。 昔も今もミーハー・ファン ──２０２２年の『トップガン マーヴェリック』のイベントを最後に、通訳のお仕事は引退されています。 戸田 通訳の仕事は本業だと思っていません。昔からやっていますが、偶発的な趣味みたいなものでしたから。本業である字幕翻訳は86歳になった今でも続けています。もちろん昔ほどの仕事量ではないですが、今も２本の映画を抱えています。 ──通訳のお仕事は戸田さんにとってどのような位置付けでしたか？ 戸田 日々、字幕翻訳に向き合う中でいい気分転換になりました。字幕は最初から最後まで単独作業なので、仕事中は誰とも会うことがなく、誰とも話をしないことすらあります。そういう日常で、外に出てマスコミに囲まれ、スターとの仕事をするのは、普段と真逆の日々ですから。 もちろんただの気晴らしだけではなく、とても楽しい時間でもありました。映画好きだったらブラッド・ピットがどんな人か知りたいですよね。私自身、今もミーハー・ファンですから、スターの素顔を知りたい気持ちがあります。通訳はその興味を満たす、めったにないチャンスでした。 ──戸田さんの通訳といったらトム・クルーズのイメージが強いです。戸田さんとトムの間には阿吽の呼吸があり、信頼関係を感じます。 戸田 トムとはお仕事を一緒にする回数がとても多かったからですかね。彼は通訳にも気を遣ってくれる優しい人です。中には一気に長い話をする人もいて、通訳が大変なのですが、トムはきっちり話を区切って通訳をしやすくしてくれる。思いやりのある彼の心遣いの一つです。 スターと信頼関係を築くには、必要以上にスター扱いしないこと。これが彼らとよい付き合いができる秘訣です。これはスターに限らず、相手が誰であっても同じです。人と会う前に先入観を持ってはいけない。その人と直接会って、「こういう人なんだ」とまず理解して、偏見なく付き合いを始める。その結果、嫌な人だったら付き合わない。一緒に仕事をしたスターでも、できれば二度と会いたくない方もいましたよ（笑）。でもそういう人は不思議と消えていくんですよね。人間性の問題だと思います。 ──スターであり続ける人は、人間ができた方が多いのですね。スターとそうではない人の違いはありますか？ 戸田 やはりオーラがあります。ロバート・レッドフォードという超有名な二枚目俳優と、郊外まで食事に行ったことがあります。土地の人は彼が有名スターだなんて知りません。でも彼が歩いていると、通りすがりの人が皆振り向くのです。「普通の人じゃない」というオーラを感じるからでしょう。 ハリソン・フォードも、今でこそ世界的大スターですが、初対面の時は普通のアメリカの青年で、オーラなんて全くなかった（笑）。それ以後、彼の50年のキャリアをこの目で見てきましたが、一作毎にスターの貫禄が出てきて、今や押しも押されもせぬスーパースターです。 ブラッド・ピットも今とは全くの別人。駆け出しのころは、押し寄せるファンを怖がる新人。マスコミ対応も頼りなく、インタビューにもきちんと答えられなかった。しかし、今は別人かと思うほどの貫禄あるプロです。 自由でいられることが何より大切 ──それでは最後に、字幕翻訳家は天職だと感じますか？ 戸田 天職です。私の性格にピッタリなのです。一人で好きな映画と向き合えるまたとない職業ですから。もちろん友達とワイワイするのも好きですが、一人の時間もそれと同様に好きです。24時間、誰かとスペースを共有する暮らしは私には向いていません。 この仕事は生活のすべてを自分の意志でコントロールできます。仕事の締め切りはあっても、それ以外に時間的な束縛はありません。この自由が私にとっては何よりも大切なのです。映画が好きで、そのボーナスで英語が好きになり、それがキャリアになっている。不満は言えない人生だと思っています。 ──ありがとうございました。 聞き手 本誌:薮 桃加

映画愛が背中を押した 夢を信じた20年の軌跡【戸田 奈津子】

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