森功 – 公益産業研究調査会／koken

『公研』2023年2月号「issues of the day」 ２０２３年は日本が大きく方向転換する年になる──。そう感じるのは私だけではないだろう。理由はいくつかある。 一つは、最近の岸田文雄首相の動きだ。当人は安倍晋三、菅義偉と９年続いた首相官邸一強政治を継ぎ、政権発足から岸田カラーを見せなかった。「聞く力」のアピールも周囲への気遣いの現れかもしれない。しかし、ここへ来て、永田町では「岸田はかなりの頑固者だ」と評判が立っている。そのせいで失敗もある。 昨年10月周囲の反対を押し切って長男翔太郎を政務秘書官に抜擢したことなどはその典型だ。首相の筆頭秘書に位置づけられる政策秘書は政権発足後、元経産事務次官の嶋田隆と長年岸田事務所で仕えてきた山本高義の２人体制だった。その政策秘書が30歳を過ぎたばかりで政治経験のほとんどない身内に務まるのか。そんな周囲の反対を押し切って長男が秘書官に就いたが、案の定、先の欧州外遊でミソをつけ、岸田自ら火消しに追われる始末である。ある事務次官経験者はこう茶化す。 「総理が閣僚に土産を買うのは慣例だから、さほど大した話ではない。なのに、ここまで叩かれるのは番記者を大事にしていないから。彼らにも土産を買っておけばよかったのに」──。 ドラ息子を政務秘書官という要職に就けることの政治的センスの欠如はともあれ、岸田首相はなかば意固地になってこの官邸人事を押し切ったと聞く。 もっとも当人の頑固さについては、防衛費増額に伴う増税などで一定の評価もある。後世にツケを回さないよう、安倍派を中心として沸き起こった赤字国債の発行や60年国債償還期限の延長を拒否した。政治家にとって増税という危ない橋をどうわたるのか、その手腕はこれからの見ものと言える。 他人の意見に振り回され頼りなく見える岸田には、たしかに譲らない側面がある。先のＮＨＫの会長人事などもそれが現れていると言える。安倍・菅政権下におけるＮＨＫへの介入は呆れるほかなかったが、その影響は今も残る。この度、退任した前会長の前田晃伸もまた、首相時代の安倍指名により実現している。永田町では今年１月の前田会長任期満了にあたり、昨春以降、その後継会長選びが活発化してきた。前首相の菅をはじめ、菅と同じ総務大臣経験者の佐藤勉ら自民党郵政族議員が後任に推してきたのが、丸紅元社長の朝田照男で、対して反菅で動いていたのが、副総理の麻生太郎だとされる。麻生は政治部時代に宏池会担当だった元専務理事の荒木裕志を担ごうとしてきたという。 ＮＨＫ会長人事をめぐる攻防 そうして双方がぶつかり合う中、日銀出身の稲葉延雄が浮上する。もっとも３人の中では最も可能性が薄いとされ、11月には候補者としての名前が消えていた。ＮＨＫ会長レースは菅側の朝田と麻生側の荒木の一騎打ちと目され、実際、12月３日付の東洋経済ウエブ版は「ＮＨＫ次期会長人事、丸紅元社長の朝田氏で最終調整」と報じる。その背景には会長選任の権限を持つＮＨＫ経営委員会委員長の森下俊三の存在が囁かれた。元ＮＴＴ西日本社長の森下は自民党郵政族議員と近く、菅人事がまかり通ると取り沙汰されたわけだ。 しかし蓋を開けると、予想は大外れ。ダークホースだったはずの稲葉が12月のＮＨＫ経営委員会で選任され、１月に会長に就任した。実はこのＮＨＫ会長人事をめぐり、岸田の意を汲んで動いたのが、岸田派の参議院議員宮沢洋一だとされる。宮沢は岸田の従兄であり、稲葉とは東京教育大学附属小学校（現・筑波大学附属小学校）、東京教育大学附属中学校（現・筑波大学附属中学校）を通じた同窓生だ。１９５０年生まれの宮沢と稲葉は「寅年の会」をつくり、岸田政権の自民党税調会長として、先の防衛費における増税で首相と気脈を通じてきた。そうして岸田は菅、麻生の思惑を振り切り、ＮＨＫの会長を決めた。岸田は独自の政策や人事にこだわりを見せ始めたと言ってもいい。 ３月に２期目の任期を迎える日銀黒田東彦の後任総裁選びについても然りだ。自ら２月の通常国会に人事案を提出すると言い、黒田総裁が10年続けた異次元の金融緩和政策の見直しを決めようとしているのは間違いない。 黒田に代わる総裁候補者は、日銀プロパーの中から選ぶと言われ、中曽宏、雨宮正佳という前任と現職の両副総裁が有力視されてきたが、官邸筋からはそれだけでなく、山口広秀元副総裁の名前も挙がった。山口は第二次安倍政権誕生前後の白川方明総裁時代、真っ向から２％成長に異を唱えてきた。反リフレ派として知られる。 ２０１２年12月の第二次安倍政権発足から10年あまり、岸田政権を取り巻く環境は大きく変わった。欧米の金利政策転換もさることながら、日本国内において最も大きな変化は最大派閥を率いた安倍が亡くなったことだ。その権力の隙間を縫って岸田が、この先どこまで独自色を打ち出せるか。それは本人次第と言うほかない。 （敬称略） ノンフィクション作家 森 功

日本が変わる 見え始めた岸田カラー【森功】

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