浅川雅嗣 – 公益産業研究調査会／koken

『公研』2023年5月号「めいんすとりいと」 アジア・太平洋地域の開発途上国の経済成長率は、昨年４・２％と、２０２１年の７・２％から減速した。今年の成長率は４・８％を見込んでいる。減速はしたが、堅調に成長を続けていると言っていいだろう。ただし、いくつか留意しなければならない下方リスクがある。 第一に、欧米先進国の経済動向だ。これまでＦｅｄもＥＣＢもインフレ抑制をめざして政策金利を引き上げてきた。Ｆｅｄは次第にそのペースを落としてきてもいるが、先進国経済がうまくソフトランディングするのか、インフレ圧力がなかなか収まらなくてリセッションに入るのか、まだその方向性は見極めがつかない。同時に急ピッチでの金利引き上げは、グローバルな金融環境をタイトなものにした。その結果、債券市場のイールドは上昇し、欧米のいくつかの銀行が破綻し、アジア地域には資本流出、通貨下落の圧力がかかっている。これに対応するために、域内の中央銀行も累次政策金利を上げてきているが、それは経済成長にとっての重しになる。 第二に、ロシアのウクライナ侵攻の影響だ。当初は、ロシア経済と関係が深い中央アジア、コーカサス、モンゴルなどの経済への影響を心配したのだが、今のところそれほど大きな影響はみられていない。むしろ、ロシアのウクライナ侵攻で進んだ食糧、エネルギー価格の高騰により、スリランカ、パキスタン等アジア域内のいくつかの国の対外収支が大きく悪化した。これらの国の経済状況に関して、アジ銀はＩＭＦ、世銀等他の国際機関と緊密な連絡を取り合っている。さらに心配されるのは、食糧安全保障に関する懸念が一般的に拡大してきていることだ。アジア域内では２０２１年には４億２５００万人が飢えの問題に直面した。早急に飢えの問題に対処するとともに、長期的に食糧安全保障を確保する解決策を実行せねばならない。アジ銀では、昨年の９月に、食糧安全保障の問題に対処するための４年間１４０億ドルのパッケージを公表した。このパッケージには、アジ銀加盟途上国において短期的に必要な食糧を供給するための財政支援や、長期的に農業セクターをより強靭なものにするための投資プロジェクトが含まれており、すでに２０２２年には37億ドルをコミットしている。 なお、中国経済に関しては、厳格なゼロコロナ対策、不動産市場の低迷等で、２０２１年の８・４％成長から２０２２年には３％と急速に減速した。その後ゼロコロナ対策から脱却したことから、今年に関しては経済が回復し、５％程度の見込みである。これは中国に対する一次産品輸出国や、サプライチェーン、観光などで結びつきの強い国にとっては好材料である。ただし、中国経済が予想以上に上振れると、資源価格が思った以上に上昇するというリスクもある。 最後に、域内のサプライチェーンに関しては、これまで20年間アジア地域の高成長を支える原動力の一つであった。域内貿易も活発化したが、貿易紛争とコロナによりここ数年間、貿易の伸びが減速した。ただし、これらの時期においても、アジア域内のサプライチェーンは相対的に強靭性を発揮したと思う。例えば、アジア地域のインフレ率は他地域に比べて相対的に低いし、コロナ禍においてワクチンやＰＰＥ生産のカギともなった。もう一点注目すべきは、サプライチェーンによって生み出される付加価値が、次第に製造からその外、例えば知的財産やサービスの分野に拡大してきたことだ。したがって、アジア地域の戦略としては開放的な貿易体制を維持するとともに、こうした新しいタイプのサプライチェーンを取り込む視点が必要だと思う。そうすることにより、低所得国や中小企業、貧困層等がグローバルな経済システムに参加する機会もまた増えることになるであろう。 アジア開発銀行総裁

これからのアジア経済を展望する 【浅川 雅嗣】

これからのアジア経済を展望する【浅川雅嗣】