畝山智香子

『公研』2023年8月号「めいんすとりいと」 「めいん・すとりいと」で食品中放射能基準について取り上げるのは三度目になります。現在ＡＬＰＳ処理水の海洋放出が関心を集めていますが、ここで紹介したいのは昨年（令和４年）６月29日の英国による日本産食品の輸入規制撤廃のニュースです。 英国はＥＵ離脱後いくつかの規制の見直しをしていて、ゲノム編集食品の規制緩和が大きなトピックとして注目されています。そうした動きの一つが日本から英国に輸入される食品の放射性セシウムの上限値である１００Bq／kgを撤廃することでした。これには英国食品基準庁（ＦＳＡ）が、日本の食品で検出されている放射能レベルと、英国人が摂取するだろう日本産食品の量をもとに、ＥＵが定めている日本産食品の基準値１００Bq／kgを撤廃しても英国人消費者のリスク増加は無視できるという科学的評価を行い、パブリックコメントを経て決定されたものです。ＥＵの一般食品中の放射性物質基準値は１２５０Bq／kgですが、日本が日本の食品の基準値をそれよりはるかに小さい値である１００Bq／kgに設定しているために、日本の食品についてだけ特別な値が採用されているのです。ＦＳＡが計算に使った日本の食品で検出されている放射能レベルは厚生労働省のＨＰに掲載されている比較的放射性物質が検出されやすいだろう、市販されていない山菜やキノコなどを含む食品の検査結果ですが、それでも問題なしと判断されています。安全性に寄与しないのに手間が増える規制は無駄なので撤廃しましょう、というわけです。 現状日本国内で流通している食品の放射能にはほとんど原子力発電所事故の影響はなく、基準値を超過する食品は見つけるのが難しいという状況なので、日本でも基準値を国際基準と同程度の１０００Bq／kgに変更しても国民のリスクに影響はほとんどありません。本来、日本が率先して「日本の食品は安全なので特別な基準は必要ありません」とアピールすべきだと思うのですが、英国の方が先に合理的判断をした形になっています。 食品中の放射性物質基準について最近もう一つ動きがありました。消費者庁が食品表示基準に係る通知・Ｑ＆Ａについての第29次改正（令和５年６月29日消食表第３４３号）で、「乳児用規格適用食品」である旨の表示について、「本品は（食品衛生法に基づく）乳児用食品の規格基準が適用される食品です。」という表示を使用可能としていたところを、「乳児用規格適用食品（食品衛生法に基づき、乳児用食品に係る放射性物質の規格が適用される食品）」とすることとする、と変更したのです。これは乳児用食品には放射性物質の基準として50 Bq／kgが設定されていて、その基準を満たすと「乳児用規格適用食品」と表示できることになっていたのですが、「乳児用規格適用食品」と表示してある食品が放射能以外の、柔らかさや噛みやすさ、その他汚染物質等の側面で赤ちゃんにふさわしいわけではないのに消費者がそのように受け取ってしまうという問題が指摘されていたことに対応するものです。生協などから、既にほとんどの食品は50 Bq／kg以下なので「乳児用規格適用食品」という基準や表示は必要ないという意見が出されていました。さらに国際的には乳幼児用食品についてはカドミウムや鉛、ヒ素のような有害汚染物質の基準を定める事例が増えているため、放射能だけを対象にした「乳児用規格適用食品」という表示は将来の規格基準設定にとってはむしろ邪魔になる可能性も指摘されていました。しかしながら消費者庁が決めたのは、表示を「乳児用規格適用食品（食品衛生法に基づき、乳児用食品に係る放射性物質の規格が適用される食品）」と複雑にすることでした。この表示をしたいと思う事業者は少ないと思います。 英国では日本のＡＬＰＳ処理水放出についても多くの科学者が安全に問題はなく、根拠のない懸念の表明は被災地域を苦しめるものだと発言しています。英国は日本から遠いので客観的科学的対応ができるという側面もあるかもしれませんが、問題解決と復興を望む気持ちは日本の方が切実なはずです。多くの場面で、より合理的判断を望みます。 国立医薬品食品衛生研究所 ﾀ全情報部長

食品中の放射性物質基準値について【畝山智香子】