白鳥潤一郎

2023年９月号「issues of the day」 ロシアのウクライナ侵攻から約一年半が経過した。日本はＧ７の一員としての立場を明確にし、ロシアに制裁を科すと共に、従来とは一線を画すウクライナ支援を行っている。さらに、日本周辺の安全保障環境悪化に伴って防衛三文書を改定し、防衛費の大幅増額や反撃能力の保有を決めた。政権の支持率は低迷しているものの、世論調査を見る限りでは、これらの政策は概ね国民からも支持されている。 国際的な危機に直面しても政権が右往左往せず、さらにその方針が大多数の支持を得ている状況はいささか不思議な気もする。資源保有国の関係する国際的な危機が生じる度に、政府の対応が問われ、国論が分断された過去を思い起こすからである。危機の舞台がウクライナであり、自衛隊の派遣が求められた訳ではないということも関係しているのだろう。防衛政策に関しても、尖閣諸島周辺における中国の軍事活動等もあって、ロシアのウクライナ侵攻以前から「軍拡」への支持は増加傾向にあった。さらにこの間、北朝鮮の核・ミサイル開発はさらに加速している。侵略を受けた側に立ち、防衛政策を見直すという政策への支持はそう簡単には揺らがないようにも見える。それ以外の選択肢がないとある程度まで理解されているのだろう。 「資源小国」としての自覚 アキレス腱となるのがエネルギー資源問題である。一歩踏み込んで考えると、政府の政策への支持が確固としたものかは心許ない。日本は選択肢の限られる「資源小国」だという現実はどれだけ理解されているのだろうか。 石油や天然ガスなどの化石燃料はほぼ１００％を輸入に頼り、気候変動対策を進める上でも重要な再生可能エネルギーの導入も限界が近付いている。国土面積あたりの太陽光発電導入量は主要国ですでに最大であり、屋根や屋上くらいしか目ぼしい設置場所も残っていない。洋上風力も、遠浅の海岸が限られる日本では大きな期待はできない。再エネ導入のために電気料金に上乗せされる賦課金総額が毎年３兆円近くに達するようになったこともあり、これ以上の負担を求めるのは厳しい。再生可能エネルギーが主役になる時代が来ても、残念ながら日本が「資源小国」である現実は変わらない。 以前はロシアからエネルギー資源を輸入することが、エネルギー安全保障を確保する一つの道であった。供給源の多角化に繋がるからである。２０２０年度には、石油の３・６％、天然ガスの８・４％をロシアから輸入していた。状況は一変し、エネルギー資源を「武器」として用いる姿勢を鮮明にしたロシアは最早「信頼できる供給者」ではなくなった。 気候変動対策のためのエネルギー・シフトが課題となり、さらにロシアのウクライナ侵攻によってエネルギー市場が激変するという厳しい状況に、日本は「資源小国」として対応しなければならない。 エネルギー安全保障が最優先 気がかりなのは、政府から発せられるメッセージが不明確なことである。 エネルギー安全保障を確保しつつ、エネルギー・シフトを進めることはどの国にとっても困難な道である。エネルギー安全保障の要諦は安価かつ安定的な供給をいかに確保するかにある。グローバルな市場が成り立っている石油とは異なり、天然ガスの供給源を短期間に代替するのは容易ではない。日本はＧ７の一員としての立場を明確にしつつも、サハリンの権益を維持する綱渡りをしている。ＥＵも制裁対象から天然ガスを除外している。長期的にエネルギー・シフトを進めるとしても、短期・中期の優先順位がエネルギー安全保障にあることを明確にすべきである。カタールとの大型契約を２０２２年末に失効させ、今年になって首相が訪問して関係修復を図るといったちぐはぐな対応の一因は、政府のエネルギー政策の優先順位が不明確だったことに求められるのではないだろうか。 エネルギー・リテラシーの向上を さらに気がかりなのはいわゆるガソリン補助金（燃料油価格激変緩和補助金）である。９月４日には９月末までの予定だったものが年末までの延長が決定された。価格が市場に与える最も重要なメッセージということを忘れてはならない。問題は、価格メカニズムを歪めるという経済面に留まらない。ウクライナを支持し、ロシアに制裁をすることには当然日本にとってマイナスも存在する。その負担を認識した上でなお、ウクライナを支え続ける覚悟が日本国民にも求められている。 ガソリン価格は日々の生活に直結し、輸送費上昇の影響も多大となる。価格が低ければ低いほど良いのは当然である。だが補助金はいつまでも続けられるものでもないし、エネルギー・シフトを進める困難な道はさらに長く続くという現実とも向き合うべきである。政府には中長期的視座に立って、エネルギー安全保障が最優先であることを明確にしつつ、価格メカニズムを正常に働かせ、国民のエネルギー・リテラシーを高める地道な取り組みが求められよう。 放送大学教養学部准教授 白鳥潤一郎

白鳥潤一郎

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