石倉洋子 – 公益産業研究調査会／koken

『公研』2023年1月号「めいんすとりいと」 未曾有（言い古されていますが）の出来事が世界各地で起こった２０２２年がおわり、新しい年が始まる今、２０２３年の課題は、「世界」と「自ら」です。 世界の動きから乖離している日本の政治、経済、社会は度々指摘されていますし、私自身も海外へ行ったり、海外の友人と話すとまさにそうだ、と実感することが多いです。また日本が「同調社会」であり、他と違う意見や行動を取ると、「出る釘」としてなかなか受け入れられないという傾向も相変わらず見られます。つまり、周りを見てから行動する傾向が強いことは、コロナへの対応を見ていても明らかです。日本はそうした社会だし、それが日本の伝統であり、ユニークさなのだからこのままで良い、と考える人もいるかもしれませんが、私はこれまでの数年間の日本の状況、そして今後を考えると、この傾向を脱皮しなくてはならないと強く感じています。 特に若い人、あまり経験のない人が、なぜ義務教育の小学校、中学校は集合教育なのか、コロナに対応するために行ったオンライン教育でも良いのではないか、さらには学校がそもそも必要なのかなど、多くの人と違った意見を発するとよく言われるのが、「もう少し待てばわかる」というようなコメントです。また新たなビジネスを始める際、最初から日本以外でオフィスを構える、世界市場を対象にするなどというビジョンを掲げると、「まず日本での立場を確立してから」というアドバイスもよく聞かれるようです。私はこうしたアドバイスには真っ向から反対して、極端に言えば逆張りをすることが不可欠だと確信しています。 国境や産業の境界の意味をどんどん下げているデジタル化の世界、そしてデジタル化が経済の分野だけでなく、社会全般にこれだけ加速度的に影響を与えつつある時代に、これまでの「常識」や「考え方」に固執することは、自ら新たな創造のきっかけをなくしてしまっていることになると思います。 これまでのようにどの組織に属するか、その組織でどんな立場、役職にあるのか、によって、その人の価値が決まるのではなく、その考え方がどれだけ世界の次の一歩となり、それまでは想像もされていなかった新しい可能性を開くのか、で判断される。また年齢や資格ではなく、どれだけアイデアを実行に移しているのか、そのインパクトがどこまであるか、などによって、その人の力が評価される時代が進みつつあるのです。こうした新たな視点での価値判断をしなくては、20世紀の亡霊ばかりに囚われてしまうことになります。 ではどうしたら良いのか。私の提案は①常に世界から考える、②周囲とか多くの人の意見ではなく、自分独自の情報収集、判断、アイデアを追い求めることです。 デジタルによって手に入る情報の量は膨大ですし、これだけ事実と違う情報が氾濫する情報の質の大変容の中で、常に多様な情報源から新しい情報を求め、自分と違う意見をあえて探し、自分自身で判断することが今ほど必要な時代はありません。しかし、こう提案するのは簡単ですが、これを実践するためには、多くのエネルギー、そしてある程度の思い切りが不可欠です。もう少し状況がわかってから判断しようという誘惑に負けず、ある程度のところで「えいや！」と決めてしまい、判断し、実行に移してしまうのです。「まだまだ」と言っているのは、判断をすることを避けている、実行しない言い訳に過ぎないと思います。 これからは、物理的な地域や年齢、経歴などに左右されず、自分の判断を世界に問い、実践することです。判断し、実践しなくては、それが間違っているかどうかもわかりません。一方、判断すればそれと違う意見の人からの反論があるでしょうし、実践してみて予想通りに進まなければ、軌道修正をすることができます。自分の辞書には、理由をつけて判断しない、実践しないと言う言葉は存在しないと言う気概を持つことです。またそうした気概を持つ人たちを年齢、国籍、経歴などに関係なく、全力でサポートすることが今最も必要です。 一橋大学名誉教授

「世界」を対象に「自分」が決めて行動する【石倉洋子】