竹内純子 – 公益産業研究調査会／koken

『公研』2023年10月号「めいんすとりいと」 史上最も暑い夏、世界各地で山火事や豪雨被害が多発した。気候変動問題が深刻化するに伴って、解決に資する技術・サービスが成長分野として期待されるのは当然のことだ。米国のインフレ抑制法や欧州のグリーンディール産業計画、わが国のＧＸ実行計画など、各国が環境を旗印とする戦略を策定している。 しかし、その戦略の目的とするところは、気候変動対策だけでなく、経済安全保障、成長戦略であり、自国産業の保護育成を目的としている。そのため新興国からは、「緑の皮をかぶった保護主義」との批判もある。政府による保護主義は、本当に産業競争力を強化するのであろうか。 この問いに対する答えは複雑であり、評価する視点やタイミングによって異なるだろうが、日米自動車摩擦に際し米国政府がとった保護主義的な政策を例として考えたい。 １９７０年代オイルショックによる石油価格の高騰により、燃費効率の高い日本の自動車メーカーは米国市場における存在感を高めた。米国メーカーの競争力低下に危機感を抱いた米国政府は、輸入制限や関税引き上げなどの保護主義政策を導入した。これらの保護主義政策により、アメリカの自動車業界は息をつくことができたし、日本車メーカーによる直接投資は米国内の雇用を増やし、メーカーと共に米国に進出した日本の部品メーカーは米国車メーカーにも質の高い部品を供給した。しかし、米国の消費者にとっては選択肢の制限や経済的負担を増したという側面があり、政府が目指した米国メーカーの長期的な競争力の向上には貢献せず、むしろ革新力を削いだとも評価される。 保護主義的政策が長期の成長につながらないとすれば、それはなぜか。数々の学術的な分析が既にある中で僭越ではあるが、私見を述べてみたい。 政府の支援策の原資は国民の税金であり国内産業に投じられることが期待されるのは当然だ。しかし、補助金は、企業が顧客ではなく政府と向き合うことを促してしまいがちだ。顧客と向き合うことをおろそかにすれば、産業が正しく成長することはできない。補助金が「生き金」になりづらいのは、多様な制約や手続きの煩雑さ以上に、向き合う相手を間違えさせるという点にあるのではないだろうか。 輸入規制を講じたとしても、海外事業者が直接投資をすればクリアできてしまうし、それは強力な新規参入者を国内市場に招くことになる。輸出規制により他国企業のサプライチェーンに圧力をかけたとしても、対象企業が技術開発や内製化に成功すればより大きな脅威となる。米国の半導体輸出規制にも関わらず、先日中国で超微細化された半導体を使用した高性能スマートフォンが発売され、世界に衝撃を与えたことは記憶に新しい。 長期的に見れば、研究開発や生産現場の改善に地道に取り組み、優れた製品・サービスを提供する企業が市場で選択されるのであり、そうした選択が可能な市場を整備することが国民の福祉に資するのだろう。企業は、保護主義的政策を歓迎しがちだが、難題を糧にさらに競争力を高める努力こそが求められる。 ９月下旬、上海を訪れ、ファーウェイの販売店に立ち寄った。発売されたばかりのスマートフォンの折り畳み式の大きな画面やクリアな映像を自分の眼で確かめようと多くの消費者が群がり、レベル４の自動運転機能を搭載した自動車には人だかりができていた。同社はこれまで年間売上の10％以上を常にＲ＆Ｄに費やしてきたが、米国による経済制裁を受けて、昨年は売上の約25％、約３兆円を投じたという。売上減少によって比率が上昇したこともあるが、研究開発によって活路を拓こうという明確な意思が感じられる。そうなると制裁は結局、中国企業に成長の機会を提供しただけなのかもしれないと思えてくる。 気候変動や経済安全保障を錦の御旗として、保護主義的な政策に多くの国が回帰しつつある今こそ、成長の原動力とは何か、改めて考えたいと思う。 国際環境経済研究所 理事・主席研究員

保護主義は産業競争力を強化するのか？【竹内純子】