竹内舞子

『公研』2023年8月号「 issues of the day」 ２００６年に開始された国連制裁により、北朝鮮には輸出制限や海外労働者派遣の禁止、機微技術移転の禁止など様々な制限が課されている。北朝鮮にとって、サイバー空間上の活動は、制裁下で資金や情報を得るための重要な手段である。２０２０年から新型コロナウイルス対策として貿易制限、国境封鎖を続ける中でこうした活動の重要性はさらに高まったとみられ、２０２２年には暗号資産の窃取額が大幅に増加し16・５億ドル（約２０００億円）に上ったと指摘されている。制裁強化前には35億ドル（２０１６年）であった北朝鮮の輸出額は、２０１９年には約５億ドルに減少した。今後も、減少した外貨収入を補う強力な手段として北朝鮮のサイバー攻撃が一層激化することが予想される。そのため、北朝鮮のサイバー攻撃の特徴を理解し、対応をとることが重要となる。 北朝鮮のサイバー戦士 北朝鮮国民の多くは、インターネットはおろか十分な電力もない生活を強いられている。行動や発言は常に監視され、海外の情報を得れば厳罰に処される。インターネットが利用できるのは極めて限られた０・１％以下の国民に過ぎない。 しかし、北朝鮮で「サイバー戦士」と呼ばれるサイバー要員は一般国民とは対照的な世界にいる。インターネットの利用はもちろん、英語での授業を受け、海外の習慣にも詳しく、本国で実績を積めば海外に派遣されて本国よりはるかに自由な環境でハッカーとして活動し、あるいはＩＴ技術者として月に数千ドルを稼ぐことができる。 北朝鮮では80年代からサイバー要員養成が開始されたといわれる。現在は優秀な生徒を小学生のうちから選抜して英才教育を施している。こうして培われた北朝鮮のサイバー攻撃技術は極めて高度で、海外からの技術を必要としない水準に達している。 そもそも北朝鮮のハッカーはどこにいるのだろうか。北朝鮮国内からサイバー攻撃を仕掛ければ、攻撃元が判明するリスクがあるので、本国の指示に基づき海外から攻撃することは理にかなっている。北朝鮮のハッキングを主導する偵察総局には２０２０年の時点で６０００人を超えるハッカーがいるが、その多くは、国連制裁に基づく送還を逃れつつ中国、ロシア、ベラルーシ、マレーシア、ラオス、赤道ギニアなどで活動しているとみられる。 多様なサイバー攻撃 北朝鮮のサイバー攻撃を目的別に分類すれば、①２０１６年のバングラデシュ中央銀行に対する攻撃のように現金を窃取するもの、②２０１７年に発生したランサムウェアWannaCry による攻撃のようにデータを「身代金」として暗号資産を要求するもの、③２０２３年のアトミックウォレットへの攻撃のように暗号資産を窃取するもの、④軍事企業や原子力関連施設などに対する攻撃のように機微情報の窃取を目的とするもの、⑤２０１４年のソニー・ピクチャーズに対する攻撃のように北朝鮮に敵対的な相手を攻撃するもの、⑥政府関係者や有識者に取材を装った偽メールを送付して外交政策などに関する情報収集を行うものがある。 こうした攻撃に用いられる手段は様々であるが、その手法にはいくつかの特徴がある。例えば、ソーシャルエンジニアリング（人的手段を通じてセキュリティ情報を入手する手段）の多用である。２０１９年に北朝鮮がイスラエルを主な標的にした攻撃では、有名企業からのスカウトを装い航空・軍事関連分野企業の従業員に連絡を取り、情報収集を行ったうえで資料を装ってマルウェア（悪意あるソフトウェア）を仕込んだファイルを送るという手段がとられた。 また、作戦には現地の習慣や祝日なども計算に入れている。バングラデシュ中央銀行への攻撃では、攻撃の１年前に求職者を装って送ったメールに仕込んだマルウェアを利用してシステムに侵入し、攻撃がバングラデシュなどの祝日に行われたために発覚が遅れた。 また、米国が２０２２年に警告したように、北朝鮮のＩＴ要員が国籍を偽ったうえでリモートワークを利用して官公庁や企業の事業を請け負う事案は日本でも起きているが、このような業務を通じて収集された情報がサイバー攻撃に利用されるリスクは高い。また、オンラインを通じた委託業務はＩＴ関連に限らない。翻訳など様々な業務が委託可能であり、例えば英語が堪能な北朝鮮人が業務を請け負う可能性もある。業務の内容が機微でなくても、委託者のメールアドレスがわかるし、成果物としてマルウェアを含むファイルを送られる可能性もある。 北朝鮮によるサイバー攻撃の目的は多岐にわたり、 あらゆる個人や組織が攻撃対象となる。しかし、ソーシャルエンジニアリングなど個人の行動の隙をつく手法が利用されるということは、個人や組織での基本的なセキュリティ対策が有効だということでもある。また、北朝鮮の攻撃は日々進化し新たな事案が発生している。米国や韓国のように、日本政府も積極的に注意喚起をする必要がある。 経済産業研究所コンサルティングフェロー、 前国連安保理北朝鮮制裁委員会 専門家パネル委員 竹内舞子

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