薮田ひかる

『公研』2024年2月号「めいんすとりいと」 広島大学では、昨年から理学部棟の改修が行われている。老朽化した実験室の環境改善を希望していたので、改修そのものは喜ばしい。だが、新設する部屋の配置図、移設する備品のリスト、電気・水道工事等の要求事項等を、教員自らが作成するようにとの急な指示には、面食らった。さらに改修委員を務めていた私は、学科教員全員の部屋と実験室そして学生部屋の備品リストを取りまとめなければいけなかった。ちょうど大型共同研究プロジェクトが佳境に入っていた頃だったので多忙を極めており、（なんで、このような業務まで大学教授が負わなければならないのか）と、心の声は漏れた。それでも、生真面目に徹夜で作業。学生達が道に迷うことのないよう彼らの仮移転先の配置図も作り、引越し作業をガイダンス。 その後は、自身の引越し準備に取りかかる。日々の教育、研究、教室運営の合間に梱包をするというペースでは、なかなか片付かない。夜を徹し、運搬業者の方々の助けを得てなんとか「仮移転」を済ませた、一年前の冬。仮移転先では、18時以降に暖房が止まる教室に７人の教員が詰め込まれた。新しい居室が完成するまで小学校の職員室で過ごすようなものだと思えば苦ではなかったが、新しい実験室が完成するまでは１年間かかる。これはなかなか不自由で、研究活動が滞る上に、学生達にまともな研究環境を提供できないのが心ぐるしかった。新年度になり、春、夏、秋と、常に校舎のどこかが工事中で、落ち着いて仕事できず、授業中も騒音に負けじと大声を張り上げなければならなかった。 そしてこの冬、再び、実験装置等を仮移転していた部屋から、新設された実験室へ引越しする日がやってきた。昨年以上に諸用が重なり、年齢的に徹夜できなくなってきたので、片付けが間に合いそうになかった。我々の学科は大講座制なので、こういう時に同僚が協力してくれる仕組みになっていない。女性教員だからといって力仕事に手を差し伸べてもらえるわけでもない。氷河期世代は放っておいても自力でなんでもできると思われている気がする（実際、そうである）。連休中に広島に遊びに来た妹まで巻き込み、梱包作業を手伝ってもらった。特にしんどかったのは、誰が残していったのかわからない、数々の古い備品や中身が不明の薬品・廃液類の始末。片付けてから出ていってよと言いたくなる思いに駆られながら黙って片づけていると、脚立を肩に担いだ女性事務員さんが目の前に登場して、テキパキと手伝ってくださった。感謝しかない。 ただ、昨年と違い、今年は新しい実験室に移ることができるという期待があった。昨年お世話になった運搬業者さんが、今年も爽やかな笑顔で、重量物を次々に運んでくださった結果、部屋がさまになってきたではないか。ようやく、理解できた。一年前に嫌々作った配置図は、このためにあったのか、と。我ながら上手くデザインしたなとドヤ顔になってしまう。暖房のきいた、明るい実験室で、学生が手で大きさを表しながら「仮の実験室では（ラップトップＰＣぐらいの）狭いスペースを交代で使わないといけなくて、どの器具を使ったらいいかわからないほど雑然としていたから、（新しい実験室は）十分すぎるほど広く感じます」と喜んでいる様子にひとまず安堵した。あとはダンボールの開梱が待っているが、新しい実験室づくりと思えば、楽しくできそうだ。 と、その矢先、大学の施設担当から連絡が。「来年から世界トップレベル研究拠点の新棟を建設することに伴い、そこに新設する薮田先生のクリーンルームの配置図を作るので、現在の実験室を見学したい」と。えっ、また、配置図？ また引越しですか、私……。も、もう、落ち着きたいのですが……。 広島大学教授

しんどかった、実験室の引越し【薮田ひかる】