電源開発 – 公益産業研究調査会／koken

『公研』2024年2月号「PR」 九頭竜川は福井県と岐阜県の県境にある油坂峠（標高７１７メートル）を水源とし、福井県北部の越前平野に流れる。途中で支流の石徹白川や日野川と合流し、福井市街地を経て坂井市で日本海に流れ込む。延長は１１６キロメートル、流域面積２９３０平方キロメートルを有し、北陸地方屈指の大河川だ。日本海型の気候エリアを流れる九頭竜川は、冬の積雪量が年間で２０００～３０００ミリに達するほどの多雨多雪地帯である。２～４月は雪どけ、６～７月は梅雨、９月は台風による降雨など、極めて豊かな水資源を持つ水力発電に絶好の河川である。 近年、水力発電は化石燃料を使わずＣＯ２を排出しない電源として、再評価が進んでいる。また、エネルギー自給率が約10％と低い日本にとって、安定的に自国でまかなうことができる貴重なベースロード電源でもある。さらに、再生可能エネルギーの余剰電力を吸収する揚水発電や小水力発電の拡大など、水力発電の可能性は大きい。 Ｊ-ＰＯＷＥＲ 電源開発（以下Ｊパワー）は、水力発電事業において60年以上の実績を持つ。現在は全国61カ所に、総出力約８６０万キロワットの水力発電設備を持ち、日本水力発電の約２割を占める。 ２０２３年11月に、同社が福井県大野市の九頭竜川流域で運営している、水力発電所群を訪れる機会を得た。この地域における同社の水力発電事業の歴史は長く、１９６８年に長野発電所と湯上発電所が運転を開始し、２０１６年には小水力発電であるこのき谷発電所の運転を開始している。 発電所群が所在する大野市には、戦国時代の織田信長に仕えた武士・金森長近が築いた越前大野城があるなど、その歴史は深い。趣のある城下町は平日にも関わらず観光客で賑わっていて、街全体から活気を感じた。また、１０００メートル級の山々で囲まれた大野市には、市街地に名水百選の御清水や、平成の名水百選の本願清水など町のいたるところから水が湧き出るなど、湧水の郷としても名高い。 この記事では、九頭竜川水系におけるＪパワーの水力発電所群について、渡邊格さん（Ｊパワー九頭竜電力所所長）、大栗浩之さん（同所所長代理※２０２３年12月１日付で十津川電力所所長代理に転任）に発電設備の特徴、揚水発電の役割や今後の可能性、地域とのかかわりなどについてお話を伺った。 多様なダムと発電所 今回訪れた九頭竜川水系の水力発電設備を、支流から本流へと順番に紹介していく。まず、支流の石徹白（いとしろ）川にある石徹白ダムは、福井駅から車に乗り約１時間で到着する場所にある。２０２３年10月に中部縦貫自動車道の九頭竜インターチェンジが開通したため、よりアクセスがしやすくなった。 石徹白ダムは重力式アーチダムを採用し、高さ32メートル、長さ１１３メートル、１０３万立方メートルの総貯水容量を持つ。そして、ダムで一度貯められた水は、約７・４キロメートルの導水トンネルを通り、三面（さづら）谷や智那洞（ちなぼら）谷の取水設備からの水も加え、このき谷発電所に流れ込む。 このき谷発電所は、未使用の遊休落差７・４メートルを利用する小水力発電所で、２０１６年12月に運転を開始した。流れ込み式の発電所で、ダムのように水をせき止めずに、川の流れのままに水を水車に流し、回転させることで発電を行う。「流れ込み式は、少ない落差でも発電が可能なことや、ダム建設が必要ないため初期費用が抑えられるなどのメリットがあります」（渡邊所長）。 最大認可出力は１９９キロワットとかなり小さい発電所でダムも小さいが、白波を立てて流れる水はとても勢いがあった。決して大きくはない落差でも発電が可能なことに小水力発電の存在意義を感じた。 このき谷発電所で使われた水は九頭竜ダムの貯水池に流れ込む。九頭竜ダムは土と岩でつくるロックフィル式を採用。高さ１２８メートル、幅３５５メートル、有効貯水容量は１億９０００万立方メートルのダムで、国内でも有数の規模を誇る。岩が積み重ねられた表面を下から見上げると、そのどっしりとした重厚なたたずまいに思わず感嘆の声が出た。まさに、巨大建造物だ。 ダムには、大きく分けてコンクリートダムとロックフィルダムの２種類の形式がある。ロックフィル式はコンクリート式より主材料が軽いため、比較的地盤の緩い場所にも大規模なダムを建設することが可能だ。九頭竜ダムも当初はコンクリート式が検討されたが、地盤の軟弱さや、山奥の地点まで交通手段が整備されておらず、建設物資や大量のコンクリートを運ぶことが難しいこともあり、ロックフィル式が採用された。ダム内部は、コア部分に水を通さない粘土質の遮水壁があり、その周りには砂や礫などのフィルターの層がある。さらに、その外側を岩や石で覆う三層構造になっている。 九頭竜川は１９５９年９月の伊勢湾台風を含め幾度も氾濫して流域を悩ませていたが、高度経済成長期における電力不足に対し大規模な貯水池式の発電所建設地としても国内で残された数少ない地点だったこともあり、上流にダムの建設が計画された。その後、洪水調節と発電の機能を持ったダムとして、国土交通省（旧建設省）とＪパワーが共同で建設し、１９６５年に着工、67年10月に完成にいたった。「ダンプトラックをアメリカから35台輸入し、フル稼働させて建設にあたったそうです。今ほど施工技術は発達していなかった当時としては、約３年という工期は異例の短さです」（大栗所長代理）。 九頭竜ダムで一度せき止められた水は、ダムの左岸直下にある長野発電所に導かれる。このように、ダムの直下に発電所がある発電所形式をダム式と呼び、水車や発電機を含む発電設備全体が完全に地下に配置されている。地下の発電機フロアでは広々とした空間が広がっている。 長野発電所では、毎秒２６６立方メートルの水を使い、97メートルの落差を利用し、２台の発電機で合計22万キロワットの電気を生み出す。力強い音を立てながら回る発電機の回転軸を目の前にすると、これほど大きな人工物を回すことができる水の力をひしひしと感じた。 同発電所の最大の特徴は、揚水発電所であるという点だ。揚水発電とは電力需要の少ない時間帯に揚水をし、需要が高まるときに水を流し発電をする方法だ。後程詳しく説明をする。 長野発電所で役割を終えた水は、放水口から放水され、２・５キロメートル下流にある鷲ダムに到達する。高さ44メートル、幅２７７メートル、有効貯水容量６１０万立方メートルの中型のダムだ。当初、鷲ダムの建設は計画されていなかったが、上流の長野発電所が揚水発電方式を採用したことで、揚水用の水をためる下池、つまり調整池の役割として建設が決定した。 鷲ダムの特徴は、アーチ重力式の型式を採用した点だ。重力式コンクリートダムとアーチ式コンクリートダムの両方の利点を兼ね備えた形式だ。この型式は、アーチ式ダムのように強固な地盤を必要とせず、重力式ダムほど大量のコンクリートを必要しない点に特徴がある。鷲ダムはその外観も美しく、なめらかなアーチ式ダムとどっしりした重力式ダムの良いところを取り、細身だが引き締まったダムとの印象をもった。 鷲ダムでは一部の水が九頭竜ダムに揚水され、残りが石徹白川にある山原ダムの水と合わさり、約５・５キロメートルの導水トンネルで湯上発電所に導かれ、発電に利用される。ダム水路式の湯上発電所には発電機が１台あり、有効落差１２０メートル、５万４０００キロワットの電気を生み出すことができる。 再エネ時代の揚水発電 次に、長野発電所が採用した揚水発電について詳しく見ていく。揚水発電とは、人々が電気を使用しない夜間の時間帯に出る火力発電や原子力発電の余剰電力を使って、下ダムに溜めた水を上ダムに汲み上げ、昼間の電力需要が多い時間帯に汲み上げた水を流すことで発電するという仕組みだ。電力需給のひっ迫に備えて電力を水の位置エネルギーに変換して蓄えることが可能で、電力の安定供給を担う調節場としての役割を果たしている。また、24時間一定の発電をする大規模火力発電等の夜間余剰電力を、吸収することにも役立っている。 そして、再生可能エネルギーの普及が進む近年、揚水発電の役割が見直され始めている。そもそも、電力系統では電気を使う量とつくる量、つまり需要と供給のバランスを取ることが重要になる。なぜなら、このバランスが崩れると周波数に乱れが生じ、発電機などの設備に負担がかかり、最悪の場合、大規模停電につながるおそれがあるからだ。しかし、天候によって発電量が左右される太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーの普及が進むことで、この需給バランスを取ることが難しくなっている。そこで、太陽光が需要以上に発電した電気を使って水を汲み上げて（揚水）発電することで、余剰電力を吸収し、需給バランスを保つことができるのだ。このように、近年、揚水発電の使われ方が時代に合わせて変化しつつある。 長野発電所を訪れた日にも揚水発電が行われていた。その日は最高気温24℃と、11月としては異例の暖かさで、非常に天気の良い１日だった。そのため、太陽光の余剰電力が発生。「再エネの普及によって夜間ではなく昼間に揚水を行う傾向に変わってきています」（大栗所長代理）。 また、揚水発電には、定速システムと可変速システムの２種類がある。その名の通り、定速は回転数が一定でのため、汲み上げる水の量（揚水量）も一定だ。よって、揚水時に余剰電力を使う量が固定されていて、電力需給バランスの微調整は難しい。一方、可変速はポンプの回転速度を変えることができるので、必要に応じて揚水時に使う電力を変化させ、電力需給の細かな調整にも対応することが可能なのだ。「可変速の必要性はかなり前から言われていました。現在、長野発電所は定速機を配備していますが、いずれリパワリングの機会があれば可変速機を導入する可能性は大いにあります」（渡邊所長）。 別名「崩れ川」における治水協力 次に、九頭竜川における発電以外のＪパワーの取り組みについて紹介していく。一つ目は治水協力だ。まず、九頭竜川上流でのダム建設の経緯を振り返ってみると、前述したように、もともとこの一帯は洪水の被害が大きい地域であった。かつての九頭竜川では記録が残る限り２００回以上の洪水が発生していて、別名「崩れ川」とも呼ばれ、それが現在の九頭竜川との呼称となっているという説もあるほどだ。中でも、紀伊半島から東海地方を中心に猛威を振るった昭和34年の伊勢湾台風は、この地域にまで甚大な被害をもたらした。現在は大野市に編入している和泉村では、罹災者９３７人、死者26人、家屋全壊26戸、浸水２００戸の被害を出し、住民から治水の必要性を求める声が高まり、ダム建設が立案されたという経緯がある。 洪水被害を防ぐために、九頭竜ダムでは水深約４メートル、３３００万立方メートル分の洪水調節用の貯水容量を設けている。この洪水調節容量を用いて大雨の時にダムに水を一時的に貯めて、ダム下流における洪水被害を防いでいる。また、気象庁から配信される降雨予測に基づくダムごとの上流域の予測降雨量が、ダムごとに設定された基準降雨量以上である時に事前放流といってあらかじめ発電とは別に水を放流し、水位を下げることもできるが、同ダムからダム放流が行われたのは１９７６年の１回のみだ。 二つ目が堆砂だ。堆砂とは川の上流から流れてきた土砂がダム湖の底に堆積したものを指す。現状、石徹白ダムの堆砂率は94％、山原（やんばら）ダムが67％で、ほぼ満砂状態のダムもあるが、構造上・発電上の問題はない。また、地元の内水面漁協から、ダム建設以前の川の土砂供給状態を取り戻すべく、山原ダムにある堆砂を下流域に移動する要望が出され、２００４年から、１年間に５００立方メートル×２回分の量の下流への土砂供給が行われるなど、堆砂解消と合わせ河川環境にも資する取組みがなされている。「堆砂を下流に移すことによる河川環境の改善は、数値で示すことは難しいです。しかし、漁協と同社が行った現地確認では、川の石のヌメリが減ったことが確認され、漁業環境の改善につながるなど、一定の効果が出ています」（大栗所長代理）。 地域と歩む電力事業を 渡邊所長にさらにお話を伺っていく。 ──入社以来どのような事業に携わってこられたのでしょうか？ 渡邊 １９８７年入社し、現在に至るまで現場一筋です。先ずは北海道上士幌電力所に配属され制御所にて発電所の運用業務に従事、その後は変電所の増改良工事、水力発電所の現場保守等様々な事業に携わってきました。特にここ九頭竜電力所は２００９年から６年ほど当社設備の保守を担っているグループ会社に出向の立場で配属され、最先端の作業員となり設備メンテや機器の更新に携わるなど、思い入れのある現場です。 ──九頭竜ダム、長野発電所ともに大規模な設備です。建設時にはどのような苦労がありましたか？ 渡邊 ダム直下の地下に発電所を建設することは簡単ではなかったと聞いています。地下に発電所をつくるために岩盤を掘削したのですが、周辺に多くの断層があり、そのまま掘り進めると断層が崩壊し発電機のフロアが潰れるとの調査結果が出たそうです。そのために、発電機フロアの南北の壁には４～15メートルの鋼棒を壁面内に３５０本ほど挿入し、岩盤を支えています。 ──北陸は水力発電の割合が多いそうです。理由はあるのでしょうか？ 渡邊 日本全体の電源構成で水力発電が占める割合は８％程度ですが、北陸では25％を占めるなど、水力はこの地域にとって非常に重要な電源です。水力発電所が多いのは、北陸地方が多雨多雪のエリアだからだと思われます。北陸地方には約１５０カ所も大小様々な発電所がありますが、Ｊパワーとしても強い責任感のもとで同発電所を保守・運営をしています。 ──渡邊所長が思う、この地域の魅力とは？ 渡邊 風光明媚な自然ですね。九頭竜ダム湖畔は、春は桜、初夏には新緑、秋は紅葉、冬は白銀の景色を楽しむことができます。また、伝統漁法のアジメ漁で獲るアジメドジョウや生でも食べられる穴馬スイートコーンなど、新鮮でおいしい地域特産物も豊富にあるなど、魅力溢れる地域です。 ──地域共生の取り組みを教えてください。 渡邊 我々の事業はこの土地の自然をお借りして行っているわけですから、地域の皆様の理解なくして成り立ちません。そのため、できるだけのことは地域に還元していきたいと考えています。その例が、発電所見学ツアーへの協力で、２０２３年７月には国土交通省「森と湖に親しむ旬間」に協力して開催したほか、同年10月には九頭竜国民休養地にて実施された「九頭竜紅葉まつり」でも見学ツアー開催に協力しました。 そのほかにも、Ｊパワー本店に要請して２０２３年８月に開催した「ふれあいミニコンサート」があります。このコンサートは、発電所近隣の和泉地区にある統廃合を迎える予定の中学校で、地域の方に思い出を一つでも増やしていただけたらという想いから、ささやかながら開催したものです。 また、地域と発電所がお互いに顔が見える関係でありたいと考えていて、スポーツや囲碁の大会なども定期的に開催して地域の方と発電所員との交流も行っています。今後も、地域の方との人と人との対話を大切にしながら、交流を深め、地域と共生した事業運営を行っていきたいと考えています。 ──ありがとうございました。 ＊ ＊ ＊ 今回、九頭竜川水系を訪れて感じたのが、水力発電が持つ広い可能性だ。戦後経済復興の一助となった水力発電は、時代が変わってもＣＯ２フリーの電源として、安定的に人々の暮らしを支え続けるであろう。長きにわたり水力発電事業に従事してきたＪパワーの知見は、カーボンニュートラルの時代の到来において、欠かすことのできないものとなっている。

九頭竜川水系の水力発電所群を訪ねる【J-POWER 電源開発】