高市早苗 – 公益産業研究調査会／koken

『公研』2023年9月号「公研セミナー」 第718回公研セミナー 経済安全保障担当大臣 高市早苗 たかいち さなえ：1961年奈良県生まれ。84年神戸大学経営学部卒、松下政経塾に入塾。87年米連邦議会コングレッショナルフェローとして勤務。93年衆議院議員初当選。通商産業政務次官、経済産業副大臣、内閣府特命担当大臣、自民党政調会長、総務大臣などを経て、2022年8月より現職。 なぜ経済安全保障が重要なのか 高市 本日は「経済安全保障の考え方」と題してお話をいたします。ご参加の方の中には経済安全保障についてすでにご存じの方もいると思いますし、企業によっては経済安全保障を担う部署をつくり対応していただいているところもあるかもしれません。しかし、本日はあえて経済安全保障推進法の建てつけという基本的なところからお話を始めようと思います。 私は、一昨年の令和３年10月１日に自民党政調会長に就任しました。就任して最初の業務は、10月末に行われる衆議院選挙の自民党の政権公約をつくるというものでした。この政権公約の後半部分には細かい文字でぎっしり政策が書いてあり、前半部分には強調したい政策の特集が書いてあります。その特集ページに「経済安全保障推進法（仮称）を策定します」と明記しました。当時、法律の名称は確定していませんでしたが、ここが我が国の経済安全保障政策のスタート地点です。そしてその翌年、令和４年５月に経済安全保障推進法が成立しました。 自民党の中で経済安全保障への問題意識が高まる契機となったのが、令和２年１月に初めて国内で感染者が確認された新型コロナウイルス感染症です。コロナ禍によって多くの物資を海外に依存していることが浮き彫りになりました。当時、日本で使っていたマスクの７割が中国でつくられていることを知り、驚いたのを覚えています。また、医療用ガウンが不足したので、ゴミ袋でガウンをつくり病院に寄附をしようという運動も起きました。消毒液や人工呼吸器やワクチンを打つため最適な注射器も不足しました。私たちの命に関わる身近な物資が、すぐに手に入らないという事態に直面したのです。 調達先の多様化と国内生産を進める また、供給途絶の事態にはなりませんでしたが、パルスオキシメーターは、コロナ禍の当初には中国製が多く流通していました。日本製のものが少ないということは、感染症の蔓延に限らず日本が供給を依存している国で大地震や水害などが起きて生産ができなくなり、日本に入ってこないというリスクを含みます。また、国際紛争の影響で輸入がストップする可能性もあります。あらゆるケースが考えられますが、国民の皆様の生存、国民生活、経済活動に必要な物資はどんなことがあっても調達しなくてはなりません。 完全に国内だけでまかなえないものに関しては、調達先を多様化する必要があります。また、研究開発を進めて同じような物資を国内で製造できるようにしなければなりません。このように安定的な供給確保体制を構築しなくてはいけないというのが、自民党内で議論が始まったころの問題意識でした。 アメリカにはすでに国防生産法がありました。大統領が、特定の民間企業に対して国防上必要な物資を生産するよう、命令を出すことができる連邦法です。コロナ禍でトランプ前大統領は自動車メーカーのＧＭ社に、人工呼吸器の生産を命令しました。また、バイデン大統領は、ワクチン製造が追いつかないため、ジョンソン・エンド・ジョンソンのワクチンをライバル会社であるメルクの工場で増産するように命じました。増産に必要な設備のお金は国で払います。これらをアメリカは大統領令で進めることができたのです。 一方、日本には日本国憲法の制約があります。第22条一項の職業選択の自由には営業の自由も含まれますので、国が特定の企業に「これをつくってください」と命令することはできません。そのため、手上げ方式で協力してくださる企業に、ツーステップローンや助成金など様々なかたちの支援をして、民と官が力を合わせてサプライチェーンを強靭化しなくてはいけません。 昨年５月に成立した経済安全保障推進法によって、四つの新しい制度ができました。一つ目が、今お話したサプライチェーンの強靭化に関する制度で、正確には「重要物資の安定的な供給の確保に関する制度」。二つ目は、「先端的な重要技術の開発支援に関する制度」。三つ目は、「基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する制度」。四つ目は、「特許出願の非公開に関する制度」です。 この法律はかなり規模が大きいので、国会で成立したからといって、すぐに施行日がやってくるというわけではありませんでした。成立・公布後、１章ごとに準備期間を設けて基本指針を定め、必要なことを政令で定めます。政令は閣議決定が必要です。このような段取りを踏みながらこの法律を動かしていきました。昨年の８月に経済安全保障担当大臣に就任した私の仕事は、５月に成立した法律に魂を入れていく、つまり法律を動かすための準備を徹底的にやっていくことが主な仕事となったのです。 具体的なお話に入る前に一つお伝えしたいことがあります。この経済安全保障推進法の中にも、「経済安全保障とは、一体何なのか」という定義は１行も書かれていません。その他の法律でも、定義を記したものはないのです。ただ、「経済活動に関して行われる国家および国民の安全を害する行為を未然に防止すること」が経済安全保障だと考えていただいていいかと思います。 各制度の運用状況 では、それぞれの概要を大まかにご説明していきます。一つ目は、「重要物資の安定的な供給の確保に関する制度」、つまりサプライチェーンの強靱化の制度です。これは昨年８月に施行され、その後、有識者会議を経て基本指針が９月30日に閣議決定されました。また、９月にはサプライチェーン調査を各省庁に依頼しました。どの物資に供給途絶の蓋然性があるのか。つまり、国内調達が難しくなっている物資、国際社会で日本企業の競争力が落ちている物資、将来的には国内で必要な量を調達できない可能性があるような物資を、各省庁に依頼して調査をかけていただきました。そして、慎重に検討した上で、12月20日に政令を閣議決定することによって11の特定重要物資が指定されました。 二つ目は、「先端的な重要技術の開発支援に関する制度」です。昨年８月に施行されました。施行後の流れとして、どのようなものが日本にとって重要な技術であり、また秘密を守りながら政府と民間企業が協力をして優先的に開発する必要があるのかという方向性を決める必要がありました。まずは有識者の先生方から意見をいただき、９月16日に一次ビジョンを決定し、９月30日には基本指針を閣議決定しました。そして、12月５日には重要技術の開発に協力いただける企業の公募を開始しました。この公募は現在も続いています。また、すでに第二次ビジョンの策定に向けたプログラム会議も開催しています。 三つ目は、「基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する制度」です。これは、わかりやすく言いますと基幹インフラへのサイバー攻撃対策です。電力、水道、ガスなどのインフラが機能しなくなると、国民生活も経済活動も立ち行かなくなります。また、航空も基幹インフラの一つです。今は人工衛星を経由して飛行機もハッキングできてしまう時代で、航空や空港も基幹インフラ14分野に含まれます。 この制度に関しては、事業者の方々のご負担になってしまうのですが、各基幹インフラの事業者が重要設備を導入したり、維持管理を委託したりする場合に、事前に国へ計画書を届出していただき、国がそれを審査するという流れになっています。審査期間は、届出受理から原則30日間としています。しかし、脆弱性のある部品が含まれていたり、バックドア（コンピューターへ不正に侵入するための入り口）が仕込まれていたりする可能性があると見受けられる場合は、事業者に対して内容の変更や中止を勧告します。その勧告が拒否されたときには強制力のある措置命令がでて、厳しい対応になってしまいます。 基幹インフラのサイバー攻撃対策には、相当な準備が必要です。基幹インフラ事業者の方々にとって、かなりのご負担になると思います。今後、具体的な企業名が出てきますので、官と民で十分なコミュニケーションをとりながら、来春の本格運用開始をめざしています。 四つ目は、「特許出願の非公開に関する制度」です。例えば、軍事転用できるような機微な技術が開発された場合、現在の日本の法制度では特許出願の１年半後には、自動的に技術が公開されます。これが悪用されて私たちの安全を脅かすようなものに転用されたら、非常に困るわけです。ですから、安全保障を損なわずに、発明者が特許法上の権利を得られるように、保全指定をして公開を留保する仕組みや外国出願制限の措置をしました。Ｇ20の国の中でこの制度を持っていなかったのは、日本とメキシコとアルゼンチンだけでした。国際的に見て日本がいかにこの分野で遅れていたかがわかります。 この制度も、どのようなものを非公開にするのか、それを非公開にすることが日本の産業活力の減退に繋がってはいけないので非公開にする範囲を慎重に決めるなど、詰めるべき詳細が残っています。また、この制度を運用するには多くの方の理解が必要です。来春の本格運用をめざしています。以上が経済安全保障推進法の大まかな内容でした。 特定重要物資と重要技術開発支援の詳細 では、制度の詳細に移ります。まず、一つ目の「重要物資の安定的な供給の確保に関する制度」です。特定重要物資として11の物資が政令指定されました。ではどの物資が指定されたのか。 一つは、厚生労働省所管の抗菌性物質製剤です。皆様の生存に直結する分野ですね。中でもβラクタム系抗菌薬は、原材料を１００％中国に依存していました。過去に供給途絶が発生し、手術が中止になる事態が相次ぎ、供給が正常化するまでに１年もかかるなど医療の正常な提供に深刻な影響を与えました。ですから、国民の生存に必要不可欠な製剤は国内で原料から製造し、国内で生産する体制をつくろうということで、特定重要物資に指定しました。 次に、農林水産省所管の肥料です。肥料は、ロシアがウクライナ侵攻をする前の２０２１年秋頃から、すでに原料の供給途絶リスクが顕在化していました。肥料の主な原料は、尿素、リン安、塩化カリウムです。現在、尿素の国内調達率は５％で、残りは輸入に頼っています。リン安は、国内は０％で、中国への依存が76％です。塩化カリウムも国内は０％で、８割はカナダから輸入しています。そして残りがロシアとベラルーシからの輸入なので、リスクが高い状況です。ですから、肥料の原料も調達先を多様化し、そして余ったときにしっかりと備蓄をして備える必要があります。 また、日本の技術力を使い現存の肥料の代替になるものを開発し、国内で完結する肥料の生産体制を構築しようという動きもあります。さらに、農家と酪農家が協力し、牛のフンを堆肥にして農業に使ってもらうことも可能です。そして、自治体が下水汚泥を肥料に活用するという動きも出てきています。 なぜ食料が11の特定重要物資に含まれないのかと言いますと、経済安全保障推進法の建てつけでは、他の法律で対応できるものは入れてはいけないという決まりになっているからです。食料は食糧法で対応できるので、ここでは肥料のみを指定しました。 次に、皆様の関心が高い半導体です。これは日本が弱い分野では決してありません。半導体の種類によっては世界シェアで日本企業が上位を占めるものもあります。ただ半導体全体で見ると海外依存度は79％に達しています。半導体は自動車、エアコン、鉄道、通信機器など幅広い製品に必要な基盤ですが、シェアが下がってきているのが現状です。例えば、パワー半導体は約３割、アナログ半導体は約２割、マイコン半導体は約２割の世界シェアです。 アメリカと中国はかなりのお金をかけて半導体の国産化に取り組んでいます。これによって日本企業のシェアが低下してはいけないということで、半導体を特定重要物資に指定しました。ただ黄リンや誘導品、希ガスなど海外に大きく依存している原材料もあります。ここの調達を含めてＮＥＤＯ（新エネルギー・産業技術総合開発機構）に予算をつけて対応していただき、国が支援をしながら安定供給の確保をめざしています。 次に、蓄電池です。蓄電池は、ＥＶや５Ｇの基地局の電源としても必要です。再生可能エネルギーの活用にも必要です。車載用蓄電池の海外依存度は、63％です。定置用蓄電池の海外依存度は、68％です。日本は、電池セルや部素材については、高いレベルで開発・製造できる技術を保有していますが、残念ながら世界シェアが大幅に低下しているので特定重要物資に指定しました。 次に、永久磁石です。これも非常に用途が広いです。ＡⅤや発電機、家電のモーターでも使用されています。また防衛省が調達する安全保障に関する製品でも必要となります。日本も頑張ってはいますが、世界シェアでは日本が15％、中国が84％を占めています。必要な量を国内で調達できず、輸入分はすべて中国に頼っているのが現状です。 永久磁石や蓄電池の原料であるレアアースやバッテリーメタルは１００％海外に依存してしまっています。蓄電池やモーターなどの製造に不可欠なバッテリーメタルであるリチウム、ニッケル、コバルト、黒鉛、それからレアアースは今後どんどん需要が拡大することが予想されます。ですから、バッテリーメタルについては調達先を多様化するとともに、南鳥島沖のＥＥＺに眠っているレアアースを採掘していくしかないだろうと考えています。数百年分に相当する大量のレアアースが深海にあることはすでに確認されていて、昨年の夏には、約２５００メートルの深海でレアアースの採掘実証が成功しています。私としては今のように少量ではなく大量かつ迅速に採掘できるようになると、日本の競争力に繋がるだろうと考えています。レアアースを含む重要鉱物も、特定重要物資に指定しました。 国際競争力強化へ向けロボット産業も指定 また、日本が強い工作機械・産業用ロボットも、あえて特定重要物資に指定しました。工作機械は海外依存度が25％、産業用ロボットは２％と、今すぐに日本が困るわけではありません。産業用ロボットでは、ファナックや安川電機が有名で、世界でもトップクラスのシェアを誇っています。しかし現在、中国がこの分野への投資に非常に力を入れているのです。２０１６年にはドイツの大手産業用ロボット企業であるクーカが中国に買収されました。 産業用ロボットは日本が強い分野ですが、世界シェアで見ると急激な減少が進んでいるのも事実です。２０１１年の段階では59％でしたが、２０２０年では45％まで減少しています。中国は、中国製造２０２５という計画の中で産業用ロボットを重点分野に入れていて、もの凄い勢いで投資をしていますので、今後は国際競争力をより高めてくるでしょう。そうなると、日本も現状維持に留まらず、より高性能の産業用ロボットを国内で製造、増産できる体制をつくり、競争力を高める必要があるのです。 一昨年、ファナックの幹部とお話しする機会がありました。話によると、ロボットの組み立ては中国も含めて世界各地に拠点がありますが、心臓部となるソフトは決して国外に出してこなかったそうです。しかし最近、中国政府からソフトも含めてすべての工程を中国で完結させてほしいという話がきて、非常に困っているとおっしゃっていました。このようなリスクもあるので、工作機械・産業用ロボットも特定重要物資に指定したのです。 そして、航空機の部品も特定重要物資に指定しました。部素材の安定供給確保は、航空機が正常に安全に運行するために不可欠です。特にＣＭＣ（エンジン用のセラミック複合材）は、大部分をアメリカに依存しています。同盟国ですが何か起きたときのために、国内でも調達できるように体制を整える必要があります。大型鍛造品も、大部分をアメリカに依存しています。また、機体の軽量化に不可欠な炭素繊維は、日本企業の３社で世界シェア５割を持っていますが、これもより強固な体制にしていく必要があります。 次に、クラウドプログラムです。自国の重要なデータは、自律的に管理するに越したことはありません。そうなると、国内に基盤を有する事業者が基盤クラウドサービス事業を提供することが必要です。現在はクラウドプログラムの海外依存度は７割ですが、日本も早急に措置を講ずる必要があります。 次に、天然ガスです。ＬＮＧは、日本の発電の約４割、都市ガスのほぼ全量を占めています。現在は、ＬＮＧの調達競争に各国が参戦して、取り合いになってしまっています。海外依存度は97・９％です。今のところはオーストラリア、マレーシア、カタールなどから調達できていますが、早急に安定供給確保の措置を講じなくてはいけません。 そして、最後が船舶関連機器です。ソナー、エンジン、プロペラなどを、将来的にも国内で調達できる体制の構築をめざしています。現状は、１００％国内で調達できています。しかし、これらの業界はいま設備不足や人手不足に直面しています。日本の貿易量の99・５％を海上輸送が担っていますので、船舶関連機器は非常に重要な物資なのです。何かあったときに部品調達ができず、海上輸送に支障が生ずることは避けなければいけません。また、最近は中国と韓国が大規模な公的支援をしているので、今後これらの国が強くなってくる分野だと思います。これは国内で完結できる体制をつくっておかなくてはいけないということで、指定をいたしました。 11物資だけですべてのリスクはカバーできない 以上が11の特定重要物資です。しかし、大臣としての問題意識は、この11物資に留まりません。この11物資は、昨年９月に各省庁にサプライチェーン調査をお願いした上で指定したものですが、11物資で経済安全保障上のリスクをすべてカバーできているとは思えないのです。医療品一つとっても、供給途絶のリスクがあり国民の生存になくてはならないものは、今回指定した抗菌性物質製剤だけではないことは明白です。 そこで、今年の２月に各省の局長級を集めて、サプライチェーンにおけるリスクの再点検をお願いしました。本当にこの11物資だけで見落としはないのか、再度確認していただきます。 併せてお願いしたのが、リスク要因の再点検です。現在の法律では、国民の生存または国民生活・経済活動に大きな影響が出て供給途絶の蓋然性が高いようなものを特定重要物資に指定しています。しかし、この変化の激しい社会で、供給途絶の要因となるリスクは日々増えています。 例えば、世界的な需要の急激な高まりによって調達が困難になるリスク。供給網における人権問題のリスク。海外の労働争議によって物流機能不全になるリスク。予測がつきませんが、自然災害や感染症の流行も視野に入れなくてはいけません。仕入れ先企業のサイバーセキュリティが脆弱で、供給が途絶えるリスク。環境問題に起因する世論圧力による操業停止のリスク。経済的威圧や経済制裁のリスク。特定重要物資の選定においては、より多様なリスク要因を点検する必要があると考えます。 次に国外の法制度やルール変更への考慮です。中国もアメリカも法制度がどんどん変化していて、アメリカのエンティティリスト（米国商務省産業安全保障局が出している貿易上の取引制限リスト）も急速に増えています。例えば、アメリカから一定割合の技術や部品を調達して、日本国内で製品を組み立てている日本企業があるとします。日本企業がエンティティリストに載っている中国の企業に製品を販売すると、日本企業も罰則の対象になりアメリカから制裁を受けることになってしまうのです。他方、中国では、第三国の法律に基づいてこれまで行っていた中国企業との取引を辞めた場合、中国企業が訴えることができるという新たな法制度ができました。このように、米中両国のサプライチェーンから切り捨てられる可能性も十分あります。ですから、政府も企業も、国外の法制度まで熟知した上で、日本の経済安全保障を考える必要があるのです。 ドローンの技術開発を強化 二つ目の「先端的な重要技術の開発支援に関する制度」に話を移します。昨年の12月５日の公募で対象となったのが宇宙航空領域で小型無人機、つまりドローンです。経済安全保障のために、現在ドローンの開発では様々な新しい技術が求められています。例えば、日本では災害などの緊急事態が起きたときに、被災地の上空にヘリコプターや航空機、ドローンが飛び交います。ドローンは、離れた場所から遠隔で情報を収集することも可能ですし、孤立集落に物資を届けることもできます。 しかし、ヘリコプターや航空機と、ドローンは異なる高度で飛行していて、一体化した安全運行管理システムが現在はありません。あまり考えたくはないのですが、国土交通省が定める規制を破る悪意を持った人が、航空機が飛ぶ高度にドローンを飛ばし、航空機のエンジンにドローンが巻き込まれたら、悲惨な事故が起きる可能性があります。ドローンと航空機を一体で安全運航管理できるシステムをつくる必要があるのです。これが１点目です。 ２点目は、サイバー攻撃に強い、信頼性の高い国産ドローンの開発です。皆様ご承知の通り、現在市場に出ているドローンのほとんどが中国製です。日本のメーカーも開発に力を入れているので、非常に性能の良いドローンが出てきますが、中国と比較するとどうしても価格が高いのです。しかし、外国製ドローンはサイバー攻撃に対する脆弱性のチェックが十分にできません。どの国のドローンに脆弱性があるというわけではないのですが、国産だったら部品単位からドローンのサイバーセキュリティへの強度をチェックできます。 チェックが不十分なドローンが日本の上空を飛ぶことは、様々な危険性を含みます。私が一番心配しているのが、不正な制御信号を本体に送信された場合です。ドローンを上に飛ばしたいのに下に行ってしまう。こんなことが起きると事故に繋がります。またＷｉ-Ｆｉの操作端末と本体との接続が遮断されると操作不能になる可能性もあります。不正なＧＰＳ信号が送られると、ドローンは自分が飛んでいる位置がわからなくなるというリスクもあります。 さらに、現在ドローンは、物流、警備、空撮、測量、インフラ点検、農業や林業で幅広く活用されています。しかし、セキュリティが脆弱だとそこで収集した情報が窃取され、悪用される可能性も考えなくてはいけません。昨年12月よりドローンのレベル４飛行が可能になりました。レベル４とは、有人地帯（都内・住宅街等）で操縦者の目の届かない場所でもドローンを飛ばせるようになったということです。このように頭上をドローンが飛び交う時代になったからこそ、セキュリティの高いドローンを国内で開発する必要があります。 ３点目は、重い物を長距離運べるドローンの開発です。現在市場に出ている国産ドローンは一般的に最大積載量が５キロほどです。しかし、災害時に孤立集落に物資をドローンで届けるとき、水、食料、薬などが必要とされますが、その場合５キロまでしか運べないと少し不便ですよね。もう少し重いものを運べるようになるとより活用の幅が広がってくると思います。飛行時間も現在は一般的に１時間ほどですので、そこも含めてより高性能なドローンの開発を推し進めることをめざしています。 以上が「先端的な重要技術の開発支援に関する制度」の第一次ビジョンに関する例示でした。第二次ビジョンは、８月末に正式に発表されると思いますので詳細はお話しできませんが、少し触れておきます。二次では、生成ＡＩによる偽情報に対応するシステムなどサイバー分野も含まれてきます。今後も、民間企業の方々と協力しながら、機微な技術の開発に取り組んでまいります。 セキュリティ・クリアランス制度の創設 最後に、「セキュリティ・クリアランス制度の創設」についてお話しします。私は昨年８月から、経済安全保障推進法に新しく章を立てて、セキュリティ・クリアランス制度を法律で制定したいと各所でお話を続けてきました。これはぜひ、企業の皆様に応援いただけたら嬉しいと思っています。 セキュリティ・クリアランス制度とは、安全保障上の重要な情報にアクセスする必要がある人に対して、政府による調査を実施して、信頼性を確認した上でアクセス権を付与するものです。現在、日本に存在する唯一のセキュリティ・クリアランス制度は、安倍内閣の命運をかけて安倍晋三元総理が制定された特定秘密保護法に基づく適性評価制度のみです。特定秘密保護法の対象は、防衛、外交、特定有害活動、つまりスパイ、そしてテロリズムの４分野に限られています。今の日本では、合計で約13万人がクリアランスを保持していて、そのうちの97％が国家公務員です。残りの３％は防衛省と取引のある企業の一部の方々で、数千人です。 特定秘密保護法ができたことで、少なくともこの４分野に関しては、日本の情報保全制度はしっかりしているという信頼感が諸外国との間にできました。同盟国や友好国の間で、日本と情報を交換しても絶対に漏れないだろうという信頼感です。インテリジェンス機関で働く方に聞くと、諸外国との情報交換が非常にスムーズになったと話していたので、大きな効果を実感しています。 しかし、まだ課題は残っています。私はＧ７とファイブアイズのセキュリティ・クリアランス制度について調べたのですが、どこの国にも日本の４分野に相当するような分野はクリアランスの対象情報に含まれていました。防衛、外交、スパイ、テロの分野です。一方で、日本にはない分野のクリアランス対象情報も諸外国にはありました。例えば、アメリカでは、国家安全保障に関連する科学的・技術的・経済的事項もクリアランスの対象情報に含まれています。国家安全保障に関連するシステム・設備・インフラ・プロジェクト・計画・防御サービスの脆弱性または能力も含まれています。また、イギリスでも、英国経済への長期的な損害という項目が入っています。フランスでも、国防秘密に科学・経済・産業が含まれます。オーストラリアでも、国の経済、国のインフラが含まれています。 要するに、日本の制度には、防衛産業以外のデュアルユースと言われるような経済・産業・技術版のセキュリティ・クリアランス制度がないのです。しかし、他国にはある。こうなると、様々な問題が生じてきてしまいます。これまで、海外でビジネスをされている企業の営業担当者や技術者の方々からヒアリングをしてまいりました。責任者の方がクリアランスを持っていないがゆえにビジネスチャンスを失っているケースを多く伺いました。 多大なるビジネスチャンスの喪失 情報通信関係企業の事例です。他国政府の情報通信システムの仕事を取るために、日本人社員が営業に行くのですが、クリアランスを持っていないので政府機関のシステムのどこに脆弱性があるのか、教えてもらえません。日本人技術者もクリアランスを持っていないので、教えてもらえない。しかし、日本企業はその仕事が欲しいですし、他国政府も日本の技術を必要としています。そうなると、その国で現地法人をつくり、クリアランスを持っている当該外国籍の社員を雇うしかありません。ここまでして、なんとかお仕事を受けることができるのです。 しかし、仕事を受けた後も、外国政府から詳細な情報をもらった外国籍社員は、日本人社員に対してそれを伝えることができません。クリアランスを持っていない人に情報を伝えると罰則が科されます。日本の特定秘密保護法違反では、10年以下の懲役です。他国では、数十年単位の非常に厳しい罰則を科す場合もあります。せっかく現地法人で仕事が取れても日本人には伝えられない。さらに言うと、現地法人だけで納期までにシステムを導入できたとしても、その後トラブルが起きた場合は、本社の技術陣は協力できないし、メンテナンスもできません。しかし、日本の本社の責任になるのです。こういったケースが実際に出てきているのです。 宇宙関係企業の事例もあります。日本は宇宙分野で非常に優れた技術を持っています。宇宙関係企業の方にお話を聞くと、日本の技術が必要な外国政府調達があったが、結局はクリアランスを持っていないので入札の説明会にすら呼ばれずにとても悔しい思いをしたということでした。 また、日本は素材産業も非常に優れています。日本の商社が、日本の素材を調達して欲しいという依頼を他国からもらったものの、クリアランスがないのでその素材を何の目的で使用するか詳細を教えてもらえないことがあったそうです。そこで、相手国の規則の範囲で教えてもらえる大体の情報で、複数の日本の素材メーカーに話を持ち掛けますが、詳細がわからないのでイメージが湧きません。そうなると商談にはなりませんよね。 Ｇ７やファイブアイズの国々では、政府と民間の取引だけでなく民間企業同士の取引でも、「あなたは、どのレベルのクリアランスを持っていますか？」から話が始まるのが、常識だそうです。ビジネスマンの間でも、クリアランスの確認が共通言語になっていて、その話に入っていけない時点で相当な数のビジネスチャンスを日本は失っているのだと伺いました。 また、研究者や技術者の方が国際的な学会に出席できないという問題も出てきています。クリアランス保持者のみが参加できる機微な技術を扱う学会があるのです。最先端の技術に触れることもできなくなっているというお話も伺いました。 このように、日本でも４分野だけでなく、重要な経済・産業・技術情報を対象とするクリアランスを保持するビジネスマンを増やす必要があります。これは、経済安全保障推進法を改正して新制度を創設しないとできませんので、今は法改正案をつくるための準備を行っているという段階です。 実は、昨年の５月に経済安全保障推進法が成立したときにも、経済・産業・技術版のセキュリティ・クリアランスの必要性は語られていました。しかし、労働法制との関係で難しいのではないかと、当時は見送りになりました。また、体系的な経済安全保障推進法の制定、特にサプライチェーンの強靱化が急務だったことも、理由の一つです。 クリアランスを付与するかどうかの調査は、人権との関係が非常に難しいのです。特定秘密保護法の４分野でクリアランスを保持する人の97％は国家公務員です。では、彼らが日本政府から何を調べられるのか。現在この調査は各省の人事課や総務課が担っています。 まず聞かれることは、生年月日、氏名、現住所、学歴、職歴です。ここまでは民間企業の就職試験でも一般的に聞かれるものなので、問題ありません。しかし、これ以外にも多くのチェック項目があります。国籍、渡航歴、犯罪・懲戒歴、薬物の影響、精神疾患、アルコールの影響、情報取扱い非違歴、信用状況・経済的状況、本籍、帰化歴、旧姓・通称。家族・親族についても、氏名、国籍、帰化歴、旧姓・通称を聞かれます。 アメリカの調査はより厳格で、知り合いの連絡先まで政府に申告して、上司や大家さん、隣人や昔からの友だちにまでヒアリングが行われるそうです。配偶者や被扶養者の外国関連活動、民事裁判への関与情報なども調査対象です。 私は、特定秘密保護法よりも厳しい調査項目を課すようなクリアランス制度が必要だとは考えていません。しかし、日本の経済力と技術力を強くするために、取れる仕事は確実に取らなくてはいけません。そんな時代にいるので、経済・産業・技術版のセキュリティ・クリアランス制度の創設をどうしても実現したいのです。 企業負担軽減のため、クリアランスを法制度化 では、なぜ私は法整備によって制度をつくろうと考えているのか。仮に、経済・産業・技術版セキュリティ・クリアランス制度の創設だけを決めて、社員の信頼性調査を各企業に丸投げしてしまった場合、企業の方が非常に困ると思うのです。それは、民間企業による信頼性調査が労働基準法に抵触してしまう可能性があるからです。労働基準法第３条には「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない」と記されています。しかし、クリアランス付与の調査では国籍なども聞かなくてはいけません。 人事関係の方はご存じかと思いますが、厚生労働省が、ガイドブックやリーフレットを作成して、企業に対して公正な採用選考を実施するよう啓発活動をしています。就職差別に繋がる恐れがあるとして企業に配慮を求めている項目があります。本籍・出生地に関すること、家族に関すること、住宅状況に関すること、生活環境・家庭環境などに関すること、宗教に関すること、支持政党に関すること、人生観・生活信条などに関すること、尊敬する人物に関すること、思想に関すること、労働組合・学生運動など社会運動に関すること、購読新聞・雑誌・愛読書などに関すること、身元調査の実施、本人の適性・能力に関係ない事項を含んだ応募書類の使用、合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断の実施。以上14項目が書いてあります。つまり、本人に責任のない事項や本来自由であるべき事項は聞いてはいけないのです。 クリアランスを付与するためには聞かなくてはいけない項目も含まれますが、企業は訴訟リスクを嫌うと思います。そんな状況の中で、国が制度だけつくり、信頼性調査を企業に丸投げというのは無責任な話です。そのため、私が舵を取ってつくろうとしているのが、信頼性調査を国の役割とする法律と、統一的に調査を実施する政府機関です。 アメリカでは、国防省の内部に設置された機関が、民間人も含めてすべて調査をしています。約３３００人が所属しています。日本はアメリカと人口が違うので、そこまでの規模は必要ありませんが、それでも数百人規模の組織は必要だと考えています。 デュアルユース分野は、どの省の所管なのか非常に複雑です。例えば、軍事転用も可能なドローンだと、ドローンの操縦ルールや空港におけるテロ対策は国交省の所管で、小型無人機等飛行禁止法に基づくテロ対策は警察庁の所管になります。さらに細かく見ると、経済産業省、総務省、海上保安庁、防衛省、内閣官房も関係してきます。ここまで複雑だと、ドローン技術に携わる方のセキュリティ・クリアランスの信頼性調査はどの役所が担当するのかということになります。例えば、内閣官房周りで一つ組織をつくり、調査実務そのものは民間の信頼性のある企業に守秘義務を課して外注します。そして、信頼性調査で集めた個人情報は政府組織が責任をもって厳重に管理するという体制を構築することも一案だと思います。 経済・産業・技術版のセキュリティ・クリアランス制度の創設は、日本のビジネスチャンスに直結する非常に重要なものです。どうしてもやり遂げたいと頑張っているところですので、ご理解をいただけたらと思います。 ◆意見交換 国として基幹インフラ事業者に求める対応 金子 経済安全保障推進法に係る四つの制度のうち、「基幹インフラ役務の安定的な提供の確保」について、基幹インフラ事業者の立場から質問させていただきます。特定重要設備の導入計画を、申請から30日でスピーディーに審査をしていただけることは非常にありがたく思います。一方、導入しようとしていた資材や部品が使用禁止の対象になってしまった場合、それらをスピード、量、コスト等の面で満足できる代替品を準備することが、今後の企業側のリスク管理として重要になってくると考えています。 国が企業の使う部品等に使用制限をかける、あるいは禁止することに対するサポートについては、今日のお話の中で伺えましたが、事業者の側では具体的にどのような努力をすべきか、国として事業者に求めるところがあるのか、お考えをお聞かせいただけますでしょうか。 現状では海外のネガティブリストを参考に 高市 部品などを発注される前に、重要設備にどのような部品を使うのかという仕様を計画書に書かれることになると思います。 日本の経済安全保障政策の場合、残念ながらというと語弊がありますが、日本はネガティブリスト（原則的に規制がない中で例外として禁止するものを列挙した表）をつくっていないのです。現状、特定の国、特定の製品を排除することはやっていません。私は、日本もアメリカのエンティティリストに近いものをつくったほうが企業は判断しやすいのではないかと繰り返し訴えてきたのですが、なかなか実現できません。日本政府が特定の国や企業を名指ししない理由には、ネガティブリストをつくったとしても抜け道ができてしまうからです。例えば、リストに名前が載った企業が社名だけを変えて、資本的にはほぼ同じ企業からリスクのある製品を輸出してくる可能性があります。リストに抜け落ちがあった場合に国は責任を持てないという考えです。 ネガティブリストがあれば企業の負担はもっと減ると思うのですが、現段階ではネガティブリストをつくるという話にはなっていません。ただ、ジェトロ（日本貿易振興機構）には、アメリカのエンティティリストをすぐに閲覧できる仕組みがあります。私が政調会長だったとき、当時の萩生田光一経済産業大臣に「もう少し手軽に海外の法制度がわかるようにしてほしい」と予算委員会で提言したため、その対応の第一弾として、エンティティリストなどアメリカの法規制関連がジェトロのサイトから見られるようになりました。ただ、アクセスしてみたら英語で表示されていたので、これを日本語でもっと見やすくできるよう対応して欲しいと要望しているところです。また、中国もどんどん法律が変わっているので、日本企業と取引のあるいろいろな国の法律を、もっと幅広く情報収集できないかという相談も併せてしています。 大規模な設備の場合は海外のネガティブリストも参考にしていただきながら、計画書の段階で重要設備の概要・内容・時期・供給者・部品名といったものを書いていただくほうがよいと思いますので、発注前に情報収集をお願いできたらと思います。企業の皆様にはご負担をおかけしますが、よろしくお願いします。 経済安全保障の仕組みで成果を上げていくには 小平 経済安全保障の仕組みを導入し、今後さらに拡充していかれること、大変重要と認識していますが、その前提となるインテリジェンス機能が日本は相対的に弱く、それに関わる人員も少ない。お話にあったセキュリティ・クリアランス制度の整備にもインテリジェンスが関連します。日本では、インテリジェンスに消極的な考え方の人たちの影響もあって、インテリジェンスの整備・充実が立ち後れています。経済安全保障の仕組みをきちんと機能させていくためには、海外の状況や安全保障上の問題を精査して、日本でも専門的体制の整備、人員の増強、予算の手当などをして、インテリジェンス機能を相当高めないと実際の成果を上げていくのは難しいのではないかと思うのですが、どうお考えでしょうか。 それから、データの整備と言いますか、アメリカのケースを見ても、例えばサプライチェーンのうち一次サプライヤーがどこから仕入れているのかはわかるけれども、ずっとさかのぼっていくと、二次三次が実は中国から仕入れていたというようなことが発覚しています。結局、サプライチェーン全体の実態を把握するためには、かなりのデータが収集・共有できるようにならないと、先ほどの抜け道ができてしまうという話がありましたが、まさにそういうことが起こってしまうと思います。このことについて、国として総合的なデータベースをつくるとか、あるいは民間の専門企業──アメリカにはサプライチェーンを調査する民間コンサルティング企業がある──と連携・協力する等、お考えがありましたらお聞かせください。 インテリジェンスに関する意識は変わってきた 高市 インテリジェンス機関の問題について、日本は非常に厳しい状況にあります。インテリジェンス機関と併せてもう一つ日本に絶対的に足りていないのは、サイバーセキュリティです。民間からも応援をいただいておりますが、人数は絶対的に足りていないという状況です。インテリジェンス機関に関しても人員を増やしていく必要があるという政治的な合意は、少なくとも与党内ではできていると思います。 例えば、公安調査庁、国家安全保障局の経済班、それから内閣情報調査室といったところの人手があまりにも足りないのではないかということで、ここ数年、私自身も今のような予算の概算要求に向けた時期に働きかけをしてきましたし、実際に微増はしています。昨年の国家安全保障戦略における国力とは何かという定義の中に、外交力、防衛力、経済力、技術力に加えて、情報力が初めて入りましたので、やはりインテリジェンスが非常に重要だという意識は共有されつつあると思っています。 行政改革との兼ね合いで、本当に必要なところに必要な人員を確保することがこんなに難しいものなのかということも、ここ数年で痛感しています。というのも、数年前に、サイバーセキュリティに関して一元的な責任・権限を持った機関を政府の中につくらないと各省ベースでの対応では限界だろうということで、総務大臣だった私はサイバーセキュリティ局をつくろうとしました。しかし、新しく局をつくるのなら、代わりに今ある局を一つなくさないと許可は出せない、という非常に厳しい対応を受けました。定数そのものを増やすことに関しても、大きな壁があるのは事実です。それでも、インテリジェンスに関する意識は少しずつ変わってきたかなと思っています。 サプライチェーンについて、先ほど私は追加的な調査を依頼したと申し上げました。二次、三次サプライヤーとなると、日本だけではなく外国も含めたすべての取引先・子会社の発注先などにまで対象が広がりますが、国に申告した後に業者が変わる場合もあるでしょうし、すべてを把握するのは難しいと思います。 それから国籍について、例えば外資系企業の母国は懸念国だということで、サプライチェーンの中で当該企業を省くような取り組みも、私は一時真剣に考えました。しかし、サプライチェーンに入り込んでいくために同胞を一人だけ帰化させるといった方法もありますので、外資だから危険、国内企業だから安全という時代ではなくなってきていると思います。サプライチェーンの調査は非常に大変な作業ですし、課題はまだまだあると思います。 日本半導体戦略の今後 髙田 経済安全保障が話題になったときは新聞等で取り上げられたので、こういうものかなと一応は把握していたつもりでした。それから時間が経ってかなり記憶が薄れてきたところで、本日、先生から改めてご説明いただき、またいろいろな裏話などもお聞かせいただきまして勉強になりました。 先ほど半導体のお話がございました。弊社の地元、北海道では、半導体メーカーのラピダスさんが千歳に工場進出していただくことになりました。４年後の製造開始に向けて、いま私ども電力会社は当然のことながらインフラの増強と、それから供給源の確保などを速いスピード感に間に合わせるべく取り組んでいるところです。 私どもも今後の日本の半導体戦略について急遽勉強を始めたところです。今ラピダスさんはＩＢＭが試作した２ナノメートル（１ナノが10億分の１メートル）のロジック半導体の量産化を実現するという目標を掲げています。さらに国としては、２０３０年ごろまでに１ナノの半導体もめざしていると聞いています。この１ナノのほうは２ナノを実現した先にその経験値を踏まえた上で今後戦略を練っていくのではないかと考えています。 しかしながら、２０３０年はそれほど遠い未来ではないですから、もしかするとある程度は開発のイメージがあるかもしれないとも思えます。つきましては、日本の半導体の今後の方向性、ビジョンがありましたら、お話しできる範囲でお聞かせください。 科学技術が発展していく中で必要とされる 高市 これまで、日本はシングルナノのチップがつくれないことが課題だと言われたこともありました。何でつくらなかったのかと言うと、国内需要がないから研究開発も進まなかったのだろうと思います。これからは、先端機器、ＡＩ、量子コンピューター等どんどん科学技術が発展していく中で、当然シングルナノのチップも国内需要が出てくるでしょう。それから、そのチップをつくることができる企業は世界でもまだ非常に少ない状況ですから、海外展開も考えられ、ムダになる投資ではないと思っています。 ただ、何年後に１ナノのチップが必要とされるのか、どこに使うのか、売り先はどこなのかまで含めた戦略は、私は承知しておりません。経済産業省で作業されていると思います。 原子力関連機器、原子燃料について 長瀬 私は原子力業界で働いています。原子力関連機器、原子燃料──ウランについて、経済安全保障の観点から何か議論はありましたでしょうか。 基幹インフラ役務に入っている 高市 基幹インフラの審査対象分野に電気が入っていますので、発電で使われる原子力関連の機器・部品は基幹インフラ役務の対象になっています。これは来年春から動かそうとしている「基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する制度」に関連してきます。 官僚の働き方をどう改善するか 川内野 いま公務員の方々は大変な労働環境で仕事をされていると思います。今後、採用を増やす方策や、公務員の方々の時間外労働時間を削減するといったあたりの率直なご感想や、今後の方向性などを教えていただければと思います。 遅い質問通告と膨大な質問主意書 高市 これはものすごく大事な問題だと思っています。私一人でできることでしかないのですが、官僚の皆さんの労働時間を減らすために閣僚の自分ができることをいくつか実践しています。例えば、私はいま内閣府の特命担当大臣（２回目）なのですが、その前は総務大臣を約４年間やりました。そのときも現在もそうですが、委員会開催日の早朝大臣レク（官僚から大臣に対する答弁書の説明）をやらないことにしています。大臣が朝４時に出てきたら、局長も４時に来なければならなくなる。局長が説明できない細かい内容もあるので、課長も４時にいなければならないし、大臣室の職員は大臣室を開けて準備をするために３時40分には来なければならない。これでは、ほとんど睡眠時間がなくなってしまいます。 加えて、野党議員の方の質問通告が遅いこともあります。私が総務大臣だったときに、翌朝９時から始まる総務委員会の質問通告を前日の夜12時を過ぎてからされたことが何度かありました。官僚の方々はその時点から答弁書をつくらなければならないのです。 その他、大臣として私ができることは、夕方６時15分の退庁時間になったら、まず大臣の私が役所から退庁することです。大臣在室のランプが点いていたら職員の皆様も帰れないですから、どんなに仕事が残っていても書類を抱えて帰り、家で処理しています。 洋上風力に関わる安全保障的な制約 井上 再生可能エネルギー関連についてお伺いします。現在、再生可能エネルギーは太陽光発電がたくさん導入されていますが、太陽電池パネルは海外の製品がほとんどです。今後、洋上風力の公募が進み、応札して選ばれた事業者が風車等の設備をつくって運営することになります。その際、海上は安全保障上重要な空間だと聞いていますので、海外の製品が日本近海に浮いていると、海面下の情報が盗られてしまう可能性を考えなければならないかもしれません。それは今後の課題だという話も伺っています。そうなると、我々電力会社が洋上風力に参入していくときに、どのタイミングで安全保障的な制約がかかってくるものなのか。応札のときなのか、あるいは決まった後、部品を調達するタイミングなのか、もしご知見があれば教えていただければと思います。 審査のときに考慮されるべき 高市 電気というくくりですので、先ほど言った基幹インフラに関連する話になります。海外の企業・製品にもいろいろありますので、中には安全な部品・製品ももちろんあると思います。 ただ、洋上風力に関しては、海中も含めた情報窃取、それから設備にリスキーなものを埋め込まれた場合に何が起きるのかということもすごく重要ですので、当然、審査のタイミングで考慮されるべきことだと思います。 基幹インフラの復旧対策と医療機器の調達制度 立花 本日は貴重なお話をありがとうございました。今まで多くの大臣から様々な分野のお話を聞いたことがありますが、経済安保は本当に難易度が高く重要な分野だと感じながら聞いていました。多くの現行法が関連し、多くの省庁が関わる中で、これを取りまとめられるのは高市大臣でないとできないとも思いました。 私は、東日本大震災の災害復興に初動より携わってきました。弊社は応急仮設住宅をどこよりも多く建設しましたが、私自身が発災直後、１週間以内には陸前高田市の現地に行き、６カ月間復旧活動をした経験からお話しします。経済安保対象の基幹インフラが14分野あり、インフラ企業の方々は、国民の安全と生存を守るという意識が非常に高い企業が多いことをすごく実感しました。 その14分野の中で、復興の初動に乗れず大変だった分野が二つありました。一つ目の分野は水道で、陸前高田市の水道インフラは全滅しましたが、上下水道は地方自治体による組織が多く、民営化が進んでいない分野ということもあり、復旧初動に時間がかかりました。国民の生存に、第一に必要な分野は水であり、大変苦労いたしました。もう一つの分野が石油です。資源としての石油供給は、意欲の高い旧国営企業や意識高い企業が多いのですが、消費者に一番近い販売店やガソリンスタンドでは民間の地元中小企業が多く、まずは自社・自分の安全確保を優先してしまうことがあり、初動で供給が滞り、復旧活動や避難所生活に支障をきたすことが多々ありました。実働に携わった私の経験から申し上げますと、水と石油の分野は初動が課題なのかなと思いました。時間軸が早く、業界的に課題のある基幹インフラの今後の対策についてお考えをお聞かせいただきたいと思います。 もう一つは、高市大臣よりお話をいただいた特定重要物資選定の件です。今回のコロナ感染症対策において、弊社は初期のダイヤモンド・プリンセス号のときから必要な施設に携わり、世間が混乱に陥ったときから感染数が爆発的に増えたときには仮設病院を建設し賃貸する事業をしてまいりました。コロナの正体が判明しない初期の段階では、従業員は不安を抱えながら、施設資材の調達・施工する職人の手配も上手く行かないことが多くありながらも、社会に貢献する思いを持ち、仮設病院を提供してきました。その中で、世間でも問題となったように困難を極めたのは、医療従事者の確保と医療機器の調達です。先ほど、大臣のお話の中でもあったように製薬・医薬は指定されていますが、我々が緊急で病院を整備した中で困ったのが医療機器の調達でした。これは、外資系企業の製品が多く、通常の供給量が限られているからです。例えば、透析用機器やＥＣＭＯ（体外式膜型人工肺）といったものを調達できず非常に苦しみました。現実に感染症病棟の建物は建てられるけれど、医療機器が揃わず、さらに医療従事者も揃わなかったという問題が起きたのです。私の経験から、この特定物資の中に、医療機器が必要なのではないかと考えましたので、ご意見をお聞きしたいと思います。 医療と港湾を基幹インフラ役務に入れるべき 高市 特定重要物資と基幹インフラは、別の制度です。医療機器、具体的には供給途絶の蓋然性が高い医療機器が明らかであれば、国内で製造していない、もしくは製造していても十分な供給量がないものは、特定重要物資の中に入ってくる可能性はあると思います。私はいま各省庁に再度サプライチェーン調査をお願いしているのですが、厚生労働省が医療機器を挙げてこない限りは入ってこないと思います。現在、どのぐらいの供給力を持っているのかを厚労省が調べて、特定重要物資に指定すべきと判断すれば挙げてくると思います。 コロナ禍が始まったばかりのころ、私は官邸の会議で「この後すぐに必要になるのは酸素、挿管、ＥＣＭＯです。これらが必ず不足するから、今から手を打っておいたほうがいいのではないか」と言いました。ただ、当時私は総務大臣でしたので、所管外のことについて何を言っているのだという雰囲気でした。結局、不足することとなりました。 それから、基幹インフラ役務は、主にサイバー攻撃に対して強いものにするという目的があります。先ほどおっしゃった水道も石油も含め14分野となっています。 私の問題意識として職員に指示しているのは、来年セキュリティ・クリアランス制度を入れた経済安全保障推進法の法改正を行うのなら、併せて基幹インフラ14分野に医療を加えるべきではないかということです。医療機関へのサイバー攻撃が多い中、拠点病院だけでも対象にできたらと考えています。あと、港湾も入っていません。このあいだ、名古屋港がサイバー攻撃を受けましたよね。先ほど申し上げたように、日本の貿易量の99・５％を海上輸送が占めるのですから、港湾は基幹インフラに加えたほうがいいと考えています。 国民的議論は必要か 前田 高市先生のご講演は、昨年からずっと楽しみにしていました。セキュリティ・クリアランス制度は非常に大切な話で、多くの国民は納得すると思うのですが、プライバシーの話になると慎重な方々が反発して「国民的議論が足りない」ということになってくると思います。本日のテーマと外れる質問ですが、この国民的議論について、大臣は必要だとお考えですか。必要だとすると、どういう分野でやるべきで、どういう方法で行ったらいいのかについてお考えを教えていただきたいと思います。 原子力や防衛関連で国民的議論が足りないという話が世の中に出てくると思うのですが、そこについて何かお話しできることがあれば教えてください。 国民的議論が必要なのは憲法改正 高市 これは大変難しいご質問ですね。国民的議論が必要だというのは、あらゆる分野で言われることです。今だったら、ＡＬＰＳ（多核種除去設備）処理水の放出をどうするべきかという話があります。国民的議論が足りないのではないかと言われます。昨年の国家安全保障関連３文書の見直しでも、国民的議論が足りないと言われました。最近の少子化対策でもそうです。 日本は大統領制ではなく議院内閣制なので、皆様が直接内閣総理大臣を投票で選ぶことはできません。代わりに衆議院選挙、つまり政権選択選挙でどこを与党にするかを選んでいただき、選ばれた衆議院議員が代わりに本会議場で内閣総理大臣を投票で選びます。代議士という名前の通りですが、任期中は逐一国民の皆様に確認できないこともありますし、急に大問題が起きたときの判断は、公約集に書いていないことでも選挙で選ばれた私たちに負託していただいていると割り切ってやらせていただいています。 その判断を間違えたときには、次の選挙で審判をしていただく。間違った判断をしないように、いろいろな方とお話ししています。だから、議員は週末に選挙区と東京を行ったり来たりしているのです。私は仕事柄、自分の選挙区にはほとんど行けませんが、出張で地方に出たときにこういうことで困っているという話を聞いたら、自分が大臣を務めている役所でできることであればすぐに制度をつくるということをやってきました。今日もいろいろなご質問をいただいて、参考になることがずいぶんありました。 そういった方法で国民の皆様のご意見を反映しています。自分では正しいと思って主張していることでも、こういうご意見もあるのか、ここを直せばこの方もあの方も救われるのではないか、ということを議員立法や政府提出法案づくりの場で活かしています。 どうしても国民的議論が必要で法的にも担保されているのは、憲法改正です。これはいくら国会で発議しても、国民の皆様が反対だと言ったら絶対に改正できないものですから、憲法改正は国民的議論が必要な最たるものだと思っています。 司会 公益産業研究調査会 専務理事 堀籠 節 2023年8月2 日ベルサール九段/リアルタイム配信 セミナー出席者 金子 洋平(東京電力ホールディングス) ・今井 貴彦(関西電力) ・海輪 誠(東北電力) ・川内野 崇(東北電力) ・井上 敏彦(中国電力) ・藤森 誠(中国電力) ・阿部 雄介(四国電力) ・髙田 聡(北海道電力) ・山本 恭(北海道電力) ・牛間 省吾(北海道電力) ・太田 智之(みずほ銀行) ・足立 裕之(みずほ銀行) ・坂口 喜啓(みずほ銀行) ・定岡 祐二(みずほ銀行) ・佐藤多嘉大(みずほ銀行) ・田村 匠(みずほ銀行)・ 松尾 尚典(みずほ銀行) ・長瀬 琢磨(丸紅) ・玉置 浩平(丸紅) ・杉尾 芳彦(大和リース) ・立花 弘治(大和リース)・柴崎 晃(大和リース) ・児島 昇治( JFEスチール) ・今井 洋介( JFEスチール)・ 松川 大輔( JFEスチール) ・前田 誠( JFEスチール) ・太田 佳永( JFEスチール) ・新宮 和周( JFEスチール) ・今野 愛( JFEスチール) ・小平 信因(トヨタ自動車) ・温湯 達也(トヨタ自動車) ・上條 英夫(トヨタ自動車) ・鈴木 寛(トヨタ自動車)・ 亀尾 将之(トヨタ自動車) ・福島 啓介(トヨタ自動車) ・米村 耕一(トヨタ自動車) ・藤原 正彦(日揮) ・片桐 千博(日揮)・ 三浦 浩(東芝エネルギーシステムズ) ・中台 和宏(日立製作所) ・松木 俊哉(国際社会経済研究所) ・宇佐美幸一(川北電気工業) ・大下 浩(出光興産) ・古野 哲也(出光興産)・小田 茂一(大成建設) ・小橋 栄作(大成建設) ・澤畑 克実(清水建設) ・赤村 重紀(清水建設) ・松﨑 任宏(安藤・間) ・太田 昇(安藤・間) ・黒木 拓也(安藤・間) ・大熊 義夫(熊谷組) ・杉本 幸司(熊谷組) ・藤岡 宏文(前田建設工業) ・今村 一紀(東亜建設工業) ・齋藤 琢(東亜建設工業)・ 足立 徹(日本国土開発) ・仲村 敦(若築建設) ・日下部建人(若築建設) ・末永 龍介(鴻池組) ・生方 秀浩(鴻池組) ・三浦 直之(株木建設) ・栗山 務(FEN) ・近本 一彦(日本エヌ・ユー・エス) ・佐藤 慶一(芝工業) ・森田 良行(アーク・ジオ・サポート)・ 網谷 勝彦(日本コンクリート工業) （終）

経済安全保障の考え方【高市早苗】