2023年12月号

『公研』2023年12月号「めいんすとりいと」 本誌に『温暖化とワイン』という小文を寄せたのは今からほぼ８年前（２０１６年４月号）、パリにいた頃だ。ＣＯＰ21でパリ協定が合意された直後に書いたもので、温暖化という言い方も今では少し懐かしい。 その後の展開は予想より（はるかに）早い。今や気候変動がワイン（ブドウ栽培）に与える影響はワイン界の最大関心事の一つとなった。かつて小文で「将来は（温暖化のせいで）イングランド産のシャンパーニュを飲むことになるかもしれない」と書いたのだが、早くもその２年後には当時の英環境担当大臣が東サセックスのワイナリーを訪問し、そこで生産されるスパークリング・ワインは「最高のシャンパーニュを上回ると評価されている」と発言したと報じられた。シャンパーニュ党の私はもちろんせせら笑ってやったね。だがイングランドのスパークリング・ワインの評価は高まるばかり。イングランドのブドウ作付面積はこの８年で２倍になったとか。日本の酒屋のリストにも載っていてかなり高い値段がついている。とうとう英国大使館のパーティーで遅まきながらイングランド産を禁を犯して（？）口にしたところ、酸味豊かでなかなかのものだと言わざるを得なかった。ううむ。 イングランドは序の口で、ベルギー・オランダ・デンマーク・スウェーデン・フィンランド・ノルウェーなどでのワイン生産も報じられ、世界のワイン地図は毎年書き換えられている。伝統的なワイン産地でも、ドイツのモーゼル地方は日射が少ないので南向きの急斜面にブドウを植え、それにモーゼル川の水面に反射した光を加えて冷涼な気候の中でも何とかブドウを完熟させていると昔は聞いたものだが、今ではその心配がなくなって今世紀は不作の年がないとか。気候の変化は「今のところは」ワインの品質向上につながっているという評価が多い（猛暑だった２０１９年はボルドーもブルゴーニュもとても良い年になった）。 とは言ってもこのところのニュースは、干ばつ・洪水・山火事などによる被害を伝えるものばかりで、ワイン生活の将来への不安を掻き立てる。カリフォルニアのワイン産地は２０１７年と２０２０年に山火事で大きな被害を受け、私の好きなワイナリーの一つも畑の一部とワイナリーの建物が燃えてしまった。火災で土壌も変質するので再建は容易ではない。フランスでは、春先に夏のような陽気になり新芽が出たところで急に霜が降りて大きなダメージを受けたり、車のフロントガラスが割れるような大きな雹でブドウの樹がなぎ倒されたり。 気温上昇でブドウの収穫は以前より２週間以上早くなり、ブドウに含まれる糖分（果糖）も高くなっている。その結果（糖分を分解した）アルコール分は上昇し、今や14度以下のワインはつくりにくくなっている。それでもアルコールにしきれない糖分がワインに残ってしまい、我々は少しずつ甘く（果実味が強く）、酸味とタンニン分が弱い（バランスの悪い）ものを口にするようになっている。カリフォルニアではブドウ果汁を水で薄めてから発酵させると公言しているワイナリーもあるくらいだ。 ワインは毎年の気候条件の変化を敏感に反映し、我々はそれを食卓で味わいとして感じることができる。数ある農産物のうちでも気候変動に思いをはせるのに最も向いている。『ワインは（気候変動のリスクを告げる）炭鉱のカナリア』と嘯きつつ毎晩飲んでいる私を皆さんは笑うだけではすみませんよ。 国際金融情報センター理事長

2023年12月号

編集メモ

ぐんぎん尾瀬片品発電所・家康公用水発電所未来に繋がる小水力の新たな価値【東京発電】

総ゼネラリスト社会は、もう終わりにしませんか【清水唯一朗】

中東政治「10月７日」の前と後【池内恵】

台頭する極右政党国際秩序の形成は？【古賀光生】

ＧＸはどこから来たのか【大場紀章】

ロシアとオランダヨーロッパの東と西、大国と小国【水島治郎】【池田嘉郎】

北海道の発展に尽力する【真弓明彦】

緊張との付き合い方【横山幸雄】

ワインは炭鉱のカナリア【玉木林太郎】